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Fight(それぞれの闘い)

 郡山ジャンクションだった地点を抜ける際、僕は真柴さんの発言について考えていた。生存者の方々が発揮される公共精神の度合いに多少の差はあれど、それぞれが構築されたモラルの中で精一杯、気高く生きようとされている。少なくとも越野さんのような発言をされる方にはお目にかかったことがない。災禍を生き延び、力を合わせて生きようとする人々の善性がなせるものかと思っていたが、どんな時でも悪いことを考え、実行に移す輩は居るもので、それは歴史が証明している。真柴さんの言う通り、トコログリアの歓迎すべき副作用なのかも知れない。神も仏も居るなら居ればいい、その程度の信仰心しかない僕にとって、性善説や性悪説にたいした意味はないが、今を必死に生きられる方々の真摯で思い遣りに溢れた振る舞いは、あの放送を流した連中とは明らかに性質を異にするものだ。カジさん、伊都淵さん、所教授ご夫妻に真柴さん、佐伯医師に泰然法師。彼等はそれを守って行こうとしているのではないのだろうか。

《おそらく、そうでしょうね》

 僕らーズが出しゃばってきた。

《何がそうなんだ?》

《推測の全てについて肯定しました。かつて所教授ご夫妻は人類の脳を進化させようと研究なさりP300Aを生み出された。当時、対立された伊都淵さんは『進化は人類にあまねく訪れるのを待つべきだ』とおっしゃった。でも、こんな状況でのんびり進化を待っていては、人類は絶滅してしまったでしょう。薬品の副作用ではあっても、これを進化と受け止めていいのではないでしょうか》

《諸外国はどうなんだろう?》

《先進国であれば、どの国にも緊急避難用のシェルターはあったはずです。でも伊都淵さんの予測された生存者数は3パーセント、なんの前触れもなく起きた衝撃波に生き残れた人類は〝偶然シェルターに居たかそこで働いていた人間〟若しくはトコログリアを摂取されたと同等の生命力を持っていた人々であろう、という推測からはじき出された数字だと思われます。そしてそれはホモローチ第一世代第二世代の襲撃によってどんどん減少しています。ここで起きていることは諸外国でも当然予想されます。異形に姿を変えずとも、自らの魂を異形に貶めた人々は見てますよね?》

 マンイーター(人喰い)のことを言っているのはわかる。だが我が脳味噌とは言え、こいつの傲慢な物言いには何故か反撥を感じる。

《同じ濃度のP300Aを接種された途端に、伊都淵さんと塁を磨したつもりか?》

《彼だって、その目で見て確かめた訳ではありません。災害の規模は彼の予測を遥かに上回っていましたし、ホモローチの発生及び襲撃は彼の計算外でした。推理は経験値ではなく、引き起こされた事象と確認できた現況の把握から行なっています。その意味では被災後の経験値は我々のほうが高く、予測も正確と言えるでしょう》

《おいおい、尊大な脳味噌君。君がどんなつもりでいるかは知らないけど、僕は伊都淵さんにとって変わろうなんてだいそれた考えはないからな。スパイダーマンの叔父さんも言っていた。『大きな力には大きな責任が発生するものだ』と。僕にそんな器量はないぞ》

《そんなことを言ってるのではありません。あなたに絶対的経験値が足りないのは明白な事実ですからね。わたしが言いたいのは『個々が何かに依存せずとも生きて行けるようになるべきだ』と言うことです。それに関しては所教授のご意見を全面的に支持します》

 こいつは僕を持ち上げたいのか、くさしたいのかさっぱりわからない。――クールを気取る知力と、人間の弱さを代表するかのような僕の感性との議論は永遠に接点など見い出せないのではないだろうか。サイトが戻ってくるのが見えたので僕は思考を閉じることにした。彼女がその優れた視界にとらえた記憶には、難航しながらも一路日本上陸を目指す無数の船影が映し出されていた。


《何だ、お前が来たのか》

 相変わらず偉そうな物言いの犬だ。だが、僕も成長し、それなりの観察眼というものが具わっている。一歩の尻尾はブルンブルンと振られていた。この照れ屋さんめ、僕は思わずほくそ笑んでしまった。

《久しぶりね、少し痩せた?》

《どうかな? 使命がハードだったから余分な脂肪は落ちたかもね》

 次に出迎えてくれたのはマリアだ。瞼もすっかり良くなっている。彼女の歓迎は両手に力を込めてなければ背骨が折れてしまいそうなほど熱烈な抱擁だった。これが本当のベアハッグというヤツか? 死地に向かう予定の僕が、このようにおちゃらけた態度でいいものだろうか。

《ダメに決まってま――》

 口出ししかけた僕らーズを封じ込める。

 たった二ヶ月半の間にアークは四つも建ち並んでいる。

《トップが優秀だとスタッフの成長も必然的に早くなります》うるさいっ! お喋りな脳味噌め。

「ふたりがお待ちです、こちらへどうぞ」

 張り巡らされた送電線はスマートグリッドで制御されているようだ。住民の皆さんの生活は質素ながら、充分に文化的なレベルを取り戻しているようにも見える。見覚えのあるスタッフの案内で、僕は伊都淵さんの居る部屋へと通された。

「ご苦労さん。各地での働きも見事だ。お父さんが生きておられれば、さぞかし君を誇りに思われたことだろう」

「そっ、それほどでも……」

 カジさんらしくない抱擁と賞賛に僕は少し戸惑う。

「心して聞いてくれ――」

 そして前置きなしに伊都淵さんの説明が始まった。

「――以上だ」

 ほぼ予測された通りの依頼内容だった。十州道のしらせ乗組員と合流して船を動かせるようにし、中国に渡ってホモローチ製造工場を潰して来い、と。実際には口頭での説明など必要なかった。部屋にはいってすぐ精神に接触してきた伊都淵さんは、僕の考えていたことを全てご存知だったのだから。これは同席したカジさんへの確認の意味で行われていた。

「雄さんの捜索はどなたが行かれるのでしょう」

「捜索というより奪還だな。私と伊都淵君が向かう。これが先ほど届いた」

 カジさんが無線機に繋げられたオープンリールの再生ボタンを押すと、一松の尊大な声が流れてきた。


――鈴木雄一郎の身柄は日本国暫定国家が拘束した。国家は厳然たる秩序の下に運営されねばならない。彼の無資格医療が逮捕理由だ。但し、処置を受けた者に深刻な症状は見られないことを考慮し、次の条件で彼の解放を約束しよう。ひとつ、杜都市の住民が速やかに暫定国家の指揮下にはいることに同意し、今後無資格医療を行わないことを代表者が暫定国家に赴いた上で誓約書に署名押印。ふたつ、所教授が国家付きの医師となること。以上である――


 僕達が通常の連絡に使っていた周波数だったところを見ると、他のコミュニティの住民も聞いていたかもしれない。

 なんて奴等だ、誘拐・拉致した人質と交換に経済援助を申し出るテロリスト国家と同じ論理じゃないか。こんなところに、たったふたりで乗り込んで行くつもりなのか、この人達は。しかもカジさんは――

《ご高齢なのはわたしも指摘した、だがカジさんの意思は変わらない》

 伊都淵さんの思考が届いた。

《相手は自衛隊の精鋭部隊と警官隊に護られているのではないですか? 武装規模や配備状況の情報もないんでしょう?》

《最後に届いた鈴木君の報告では自衛官9名にトコログリアの処置を済ませたそうだ。その意味はわかるな?》

 僕は頷くが、その9名のモラルがいかほどのものなのかはわかってない。暫定国家の欺瞞に気づいて雄さん救出の助けになってくれるとは限らないのだ。

《僕の任務を少し遅らせて同行させてください》

《サイトの視覚記憶は見たはずだぞ。君の任務に一刻の猶予もない》

 その通りだった。僕は俯いて唇を噛み締める。この時ほど、身体がふたつ欲しいと思ったことはなかった。

「声に出して話してくれんか。どうも爪弾きにされているような気分になってしまう」

 興信所時代、その人並み外れて優秀な洞察力を武器とされたカジさんだ、僕達の精神対話などその表情から読み取れていたはずだ。なのに、軽い調子でそんなことを口にされる。お年を召された彼は僕の記憶に残るカジさんとは随分違っているように思えた。

「では、ひとっぱしり十州道まで行って小銃を借りてきます。せめて、それを持って――」

「武器など下手に持っていれば相手に発砲の理由を与えるだけだ。それに私もカジさんも実弾射撃の経験はない。こんなことなら韓国旅行に行った時に試しておくんでしたね」

「そうだな」

 会話の軽さとは裏腹に部屋の空気はピンと張り詰めている。彼等の重大な決意が不自然な笑顔に宿っていた。

「なあに、心配は要らんさ。大勢を相手にする方法はある」

 伊都淵さんは、想定されるありとあらゆる事態への対処法をイメージされた。僕に参考にしろとでもいわんばかりに。

「心根の優しい君のことだ、気は進まんだろうが頼む。これは無益な殺生ではない。人類の生存を賭けた闘いなんだ。作戦の遂行にあたって現在考えられる最高のメンバーでチームを組んでもらう。人選は任せてくれ」

 

 夕食後、雄さんの救出に出られる旨を伊都淵さんは住民の前で発表された。人々はひどく動揺され、僕みたいに同行を強く望む者が続出した。しかし、その全てを伊都淵さんは却下する。国家のなりふり構わぬ横暴さを非難する声が上がった。0歳児らしからぬ利発そうな顔つきの赤ん坊を抱いておられた依子さんは、興奮される方々を回って宥め、涙にくれる人々を励ましと、気丈に振舞われていた。だが僕には彼女の精神の嗚咽が聞こえていた。


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