Sympathy
「スマートグリッド……ですか?」
石井の提案に、作業の手を止めた雄一郎が聞き返す。
「ええ、今のところ風が止む心配はありませんが、東北のカリスマが言われる通り、再度の地軸ズレが起きた時、この場所が安定した風力を得られるとも限りません。ガスタービン発電と太陽光発電、バイナリ地熱発電も合せて電力の安定化を図りたいと思います。余乗分は新たに発見されたコミュニティに回せるよう、送電設備も作って行きたいと考えています。作業を終えても電力班はドーム建造に回さず、そのまま発電プラントの構築に就かせたいのですがどうでしょう、許可をいただけませんか?」
勤勉な労働力の多いこのコミュニティのドーム建造作業は順調で、既に外壁の積み上げにかかっていた。地下住居もあり、住民全員がトコログリアの接種を済ませている。一日や二日の遅れが彼等の生命を脅かすことにはならないだろうとの見通しが雄一郎にはあった。
「私に許可を求める必要はありません。あなた方が他の生存者のことを考えていただけるのはありがたいです。どこにも技術者が残っておられる保証はありません。是非、そちらを進めて下さい」
何年か前、原発事故で出た放射性物質を含む廃棄物の受け入れを拒否した自治体があったことを雄一郎は思い出していた。〝頑張ろう東北〟〝日本はひとつ〟の美辞麗句は、危機感が足元に及んだ途端〝ふるさとを放射性物質から守ろう〟〝子供を放射性物質から守ろう〟と、すり替えられていた。物ばかりが溢れ、痛みを分け合おうとする気持ちをなくしてしまったこの国で、教団時代、周辺住民から蛇蝎の如く忌避されていた彼等が、そんな申し出をしてくれたことが雄一郎は嬉しかった。
「良かった! 早速、中川さんにも伝えてきます。忙しくなるぞー」
石井が駆け出して行く。ドームの基礎を囲むように設置された風車群に向かって行く石井の姿に、一ヶ月前のひ弱だったデクの面影はない。
「大した変化ですね」
榊が肩を並べてきた。
「日常の小さな躓きが、彼等に魔の時を呼び込ませ、そこにつけ込んだ連中にいいように利用されていただけなんだろうな。誰しもが彼等のようになってしまう可能性はあった。自分で考える力を取り戻した彼等にもう心配はない。そろそろ生存者捜索に戻る時期なのかも知れない」
「去るとなると案外名残惜しいもんですね」
すっと背後に立った井上が感慨深げな声で言った。
「ああ。だが、そうも言ってはおられまい。今夜にでも話すとしよう」
「えっ! もう行かれてしまうんですか?」
石井が驚いたように席を立つ。その声に夕食のテーブルに着いた全員の視線が注がれた。
「鈴木さん達が、ここを離れられると言われたのよ」
石井の右隣に居た乾という中年女性が状況を補足して伝える。よく通る声だった。
「他のパーティーは既に複数のドーム建造に携わっており、完成したものもあると聞いています。競争意識はありませんがトコログリアの残量も心細くなってきました。補充に戻ることにでもなれば、遠回りをして救える命を救えなくなる場合だってあるでしょう。出発を考えたのは、そのせいでもあるんです」
「でも……鈴木さん達に教わりたいことが、まだまだたくさんあるんです」
「我々の都合で引き止める訳には行かないよ」
口をへの字に結んだ石井に、隣に座った中川が肩に手を置いて言った。この二人がコミュニティのリーダー格となっていた。
「私に教えられることなど何もありません。あなた方は人を思いやる気持ちをお持ちですし、住民の皆さん全員が自分のなすべきことを知り、それに打ち込んでおられます。我々が皆さんから学ばせていただいているくらいです。なあ」
同意を求められた榊と井上が厳かに頷く。犬達の世話をしてくれていた少女が雄一郎のテーブルに歩み寄ってきた。トコログリアの接種を最初に受けたリエと呼ばれている娘だ。彼女は震える声で言った。
「いつかまた、きっと逢えますよね」
「君が勇気を出してトコログリアの接種を受けてくれたお陰で皆さんがこうしていられる。ありがとう」
雄一郎が立って長く伸びたテーブルに座った面々を見渡す。屋外で監視にあたっている数名を除く住民全員が揃っていた。
「我々は、あなた方をひとりとして忘れることはありません。いつか全ての生存者が安心して生活出来るようになった時、我々はもう一度ここを訪ねたいと思います。立派なドームを、発電プラントを作り上げて下さい。困った時には仲間の誰かが必ず駆けつけるようにします」
リエは雄一郎の背中に顔を埋めて泣きじゃくっていた。井上がその背中をさする。まばらに沸き起こった拍手がスタンディングオベーションに変わっていった




