オメガバースのおはなし
「オメガ、バース?」
小中と読書が趣味だった瑠々は、高校生になって友人の勧めで初めて小説の投稿サイトを利用した。そこにあった、オメガバースという特殊な設定の小説は、瑠々の脳内を刺激しまくっていた。特にオメガの健気さには、心を打たれた。アルファとオメガは、何と素晴らしい関係性なのであろうか。瑠々は自然とオメガに思いを馳せた。
「運命の番なんて、なんて素敵なの。羨ましいな」
そうポツリと呟いて、思い出すのは彼氏の神崎刹那。お互い一目惚れで付き合ったのもあり、何となくではあるが運命を自分なりに理解するのは容易だった。相手は本能で運命を感じるのだから烏滸がましいとは思ったが、初めての世界を覗き込んだ瑠々は興奮で妄想が止まらなかった。
「オメガバースが存在する世界線でも、セツくんと運命になれたりするのかな」
「セツくん何でも器用に出来ちゃうし、かっこいいし頭もいいし、きっと特別なアルファになるかも!」
「私はベータなんだろうけど、でもセツくんとずっと一緒にいたいから出来ればオメガだと助かる」
誰に言うでもない独り言に、こんなに熱を込めるのは、初めて神崎刹那に出会った中学校の入学式以来。いや、甘い告白を受けて付き合うことになった夜も、独り言が五月蠅くて寝れなかったこともあったな。
―ポキポキッ
そろそろ、妄想から戻ってきなさい。と言わんタイミングで、メッセージが送られてきた。もう夜の九時になるのに誰だろうかとスマホを見ると、なんと刹那からのメッセージだった。
「こ、このタイミングでセツくん?!」
たまたまなだけで、この世界にオメガバースはないので運命ではない。もう現実と妄想の境目を見失いかけている瑠々は、ドキドキしながらロックを解除すると、どうやら刹那は実家の用事の関係で三日ほど一人暮らしをしているマンションを留守にするらしい。それは大変。
「明後日でもよければ、最近物騒だし部屋の様子を確認しに行けるよ?」
「瑠々なら助かるよ。ありがとう。でも、時間がある時で大丈夫だからね」
「うん、無理はしない。気を付けて行ってきてね」
「ありがとう。実家にいるって言っても、瑠々からのメッセージならいつでも大歓迎だからね。行ってきます」
手を振るスタンプを送信して、瑠々はベッドに寝転んだ。ごろごろと右を向いたり左を向いたりと、忙しかった。じっとしていたら悶えそうなので、布団を思いっきり抱きしめてなんとか凌ぐ。よし、明後日は絶対にセツくんの部屋に行ってこよう。
そうして迎えた日曜日、いつも通り合鍵を使って刹那のマンションの部屋に入る。ぐるっと見渡しても、特に変わったことや不審な点もなく、エアコンは切ってあるし鍵もバッチリだ。さすがスパダリの部屋である。と、瑠々は昨日また違う小説で得た言葉、つまりスパダリをここで使ってみる。
「うーん、寝室かあ。入っても怒られないけど、セツくんいないからなあ。どうしよう」
迷った末、チラッと見回してドアを閉めようと思ったが、クローゼットの扉が少し開いていた。
「スパダリにしては、なんと不注意なのだ」
もう使いこなしたかのように振る舞ってから、クローゼットを閉めに部屋へ入る。クローゼットの扉を触った瞬間、刹那の優しくて甘い匂いが爆発しそうな勢いでフラッシュバックした。それと同時に、オメガバースで感銘を受けた「巣作り」をハッと思い出した。確か、アルファの匂いに囲まれて、あの健気なオメガの子は幸せそうだった。落ち着くのだとも言っていた。
「いやいやいや、小説の中だからね。ここは、現実世界だからね」
そう息を整えつつも、視界はクローゼットの中に釘づけだった。心臓の音が聞こえる。いつもは聞こえないのに、リビングの時計の音がする。ちょんっと制服のカッターシャツに触れてみると、そこで糸が切れたように瑠々はそのシャツをしっかり握って匂いを吸い込んだ。
「ご、ごめんねセツくん。あとで、アイロンしておくね」
巣作りに使うための服を一心不乱にクローゼットから、次々と出していく。もう手は止まらなかった。
「確か、自分の周りに広げて、真ん中に座るのよね……」
記憶を呼び起こしながら巣を作っていき、最後にペタンと座ると一瞬で得られたのは幸福感だった。右左、前後ろ。どこを見ても刹那を感じられる。何という至福。心からという訳には流石にいかなかったが、それでも満たされるものはあった。大収穫だ。
どれほど巣の中にいたか正確な時間は分からないが、気付けば夕方になっていたことで瑠々は正気に戻り、ちゃんとアイロンをかけるために立ち上がると、寝室のドアが開きそこに刹那が居た。
「え?あ、セツくん?」
「瑠々?これ、どうなってるの?大丈夫?」
どうやら、部屋を荒らしたのが瑠々ではないと思った刹那が心配して瑠々を抱きしめた。ここまでされて瑠々は申し訳ないことをしたと反省し、全てを刹那に説明した。話を聞いた刹那は、とても驚いたあとで喜んでくれた。
「僕も詳しくは知らないけど、愛情表現なんだよね?」
「う、うん。そうみたい」
「で?」
「え?」
「どうだった?」
「最初は幸せだったけど、だんだんやっぱりセツくんがいいなって思ったよ。セツくんは?」
逆に聞かれると思わなかった刹那は目を瞬いたが、すぐにいつもの甘い表情で瑠々の頭を撫でた。
「用事を急いで終わらせて疲れて帰って来たら、大好きな人がこんな可愛いことしてくれて嬉しいよ」
「ひ、引いてない?」
「まさか。また、ぜひやってほしいな。疲れも吹き飛ぶし、何よりすごく可愛いから」
顔が火照りまくっている瑠々が自分の手で顔を扇いでいると、刹那がふわっと瑠々の頬にキスをした。
「瑠々は、ほんとうに可愛いね。好きだよ」
「あ、う、私も……好き」
「好きじゃなかったら、こんなサービスしてくれないもんね」
「あ!からかってるの?!」
「でも、99%は本気」
「その1%は、なに!?」
「ふふっ」
愛、かな。と刹那が耳元で囁くと、瑠々が服を回収して部屋を出て行った。アイロン、本当にしてくれるんだ。と、刹那は目を丸くしてから微笑む。
「やっぱり、瑠々と一緒だと飽きないな。毎日、可愛い」
こうして、瑠々と刹那のオメガバース体験?は幕を閉じるのであった。




