◆魔女の店❸
「すみません。僕はそろそろ……」
「ああ。勤務中だったんだね。キミのことは気に入ったから、遠慮なくまた来るといい」
「――送ってく」
「あ、うん。ありがとう」
懐中時計を確認すると、思ったより時間が過ぎていた。
暇を告げると、黒髪黒目の少年は以外にも案内をかってでた。彼にはまだ聞きたいこともあるし、有り難く感謝を伝える。
最後にもう一度だけ魔女に頭を下げると、僕は少年と店を出る。
からんからんとドアベルが鳴って開けた扉の外は、すっかり日が暮れていた。
少年はランタンを持って、道を照らす。
「昼食もまだだったのに、付き合わせてごめんね」
「別に。あんたから甘い匂いがしたから、ご相伴にあずかろうと思っただけさ」
隣を歩く彼は、面倒くさそうに少し先を歩き出した。
迷いなく先導しているが、来た時には通らなかった道だ。
本当にここは人の理とは違う何かがはたらいている場所だと実感して、僕は彼に置いていかれないように隣に付く。
「やっぱり、君にはあの男爵令嬢がああなることがわかってたのかな?」
「どうなるかまでは流石に分からない。でも、あーいうタイプはちゃんと報いを受けるよ。自分で自分の魅了にかかるとは、微塵も思ってなかったんだろうな」
つまり、ただの精神疾患ではない訳だ。
鏡の前から動かなくなった姿は異様だったのを思い出して、言葉が出てこない。
あれが魔法のせいだと言われても、数時間前までは信じるつもりはなかったが、魔女に出会って全てがひっくり返ってしまった。
「魔法だろうが何だろうが、悪用すれば罰が下る。遅かれ早かれ、人の恨みをかったからには人の社会では生きてはいけなかったはずだ」
「……うん。そうだろうね」
あのまま王子たちの目が覚めなければ、最終手段としてそれなりの対処がなされる予定だった。
男爵令嬢に不信感を持つものは、彼女に決して近寄ろうとはしなかったし、明らかにあの学院で彼女たちは腫れ物扱いされていた。魔法だろうが何だろうが、その行いが間違っていれば正しく生きている人間からは除け者にされる。
「今日まで魔法を信じたことはなかったけど、裁くべきものの本質は変わらないみたいで安心した」
「安心ねぇ……。アレを見た後にそんなこと言えるなんて、あんた大物だな」
「そうかな? 僕からすれば、彼女のもとではたらいている君の方がすごいと思うけど」
「俺のは仕方なくだ。好きでやってる訳じゃねぇよ」
少年はランタンを持ち上げると、現れた階段を照らす。
こんなところに階段が出てくるなんて、地理的におかしい。いったいここはどこなのかと疑問はあるが、それを口にしたところで意味はないのだろう。
セミタ横丁では人が消えるという噂も、評価を改める必要がありそうだ。
「――あんたが初めてだ」
「え?」
「俺がこの店に来てから、何も道具を買わなかった客は」
階段を登る少年が、ちらりと僕を見下げる。
どこまでも吸い込まれそうな黒い目は、オニキスを想起させた。
「失礼だったかな。やっぱり僕も何か買った方が?」
「いや。買わない方がいいよ。魔道具なんて人間が持つべき代物じゃない」
「なんだか君が言うと説得力があるね」
「そうか? 俺みたいな異人の忠告を聞く人間なんてあんまりいないぞ」
まるで経験してきたような口ぶりだった。
「あんたはちゃんと俺の話を聞いてくれるから、改めて言っとく。あの店にはもう来るな。セミタ横丁にも、なるべく入らない方がいい」
「……君が警告してくれた理由は、嫌でも分かったよ。彼女は人とは違う生き物だ」
「それが認識できるだけでもすげえよ。他の人間じゃ、あれのヤバさも分からない。まあ、その方が幸せなんだろうけど」
淡々と皮肉を混ぜて話す彼の声は、スッと耳に入ってくる。
魔女の雑用係をやっていると言っていたが、彼自身はただの人間のはずだ。
流暢にこの国の言葉を話しているから、ここで生まれ育ったのかと思っていたが、話を聞いているとどうにもそれも違うような節がある。
異国からこの王都に来て、あの魔女に目をつけられてしまったとなると、生活は大丈夫なのだろうか。
まだ若い少年には、あまりにも酷だ。
「君はいつから彼女のもとで働いているの?」
「半年くらい前。知らねぇ土地に来て引き返そうとしたら道に迷って、たどり着いたのがあの店。最悪だろ?」
「え。じゃあ、この街に来たのも最近?」
「そ」
頷く彼には、同情しかない。
「今はどこに住んでるの? 頼れる大人は? まさか、彼女だけ?」
「……おい。あんた、俺のことを右も左もわからねぇガキだと思ってねぇか?」
つい質問を続けた僕に、彼は足を止める。
怪訝な顔になっているのは、薄暗い小径でもよく分かった。
「確かにこっちには頼れるような知人もいないけど、あいつは金払いだけは無駄にいい。住むところは店の物置きになってた部屋を借りてるけど、そのうち金が貯まったら出るつもりでちゃんと考えてる」
「そうなんだ。偉いね」
「……言っとくけど俺、二十歳だぞ?」
「えっ!? は!?」
あまりの驚きに、二度見した。
この容姿で、まさかの成人済み。十五くらいだと思っていた。衝撃で、僕はその場から動けない。
「ご、ごめん。すごく、若く見えて。その……」
「ハァ。どうせそんなことだろうと思った。こっちに来てから、こんなことばっかだ」
「東の人は若く見えるって聞いたことはあったけど、本当だったんだね」
「さーな。俺もそっちのことは知らない」
「……そっか」
謎の多い少年だが、とりあえず年齢は分かった。
年の割に落ち着いていると思ったが、そもそも成人しているなら納得である。
「ねぇ。やっぱり、君の名前を教えてもらえないかな?」
「は?なんで。もう店には来るなって言ったろ」
「いや。店じゃなくても、君には外で会えるだろう?」
「…………」
当然のことを言ったつもりだったが、彼は瞠目していた。
「あれ。もしかして店じゃないと会えない? いや、でも商店街のパン屋にはよく足を運んでるって聞いたんだけど」
「……素でこれかよ……」
「え。何が??」
「何でもねぇーよ」
少年はすたすた再び歩みを進める。
「ほら。もう商店街に出るぞ」
「う、うん。――あ、よかったら何か飲み物でも奢らせてよ。君には本当に助けられたから」
「正直、今すぐ帰って寝たいんだ。遠慮しとく」
「そ、そっか……」
「だから、また今度奢ってくれ」
「――!」
引き留めようとして失敗したかと思えば、彼の返事に下を向いた視線が上がる。
「色々聞ける相手が欲しかったところなんだ。騎士様なら、いろんな情報を教えてくれるよな?」
「君の期待に添えるように勉強しておくよ!」
「いや。そこまでしなくていいって……」
押しが強かったらしく、彼は肩をすくめた。
「……シュウでいい」
「え?」
「俺の名前」
「!!」
ようやく一番知りたかった情報が返ってきた。
室長には仕事のために交流しとけと言われたが、久しぶりに身分やら階級やらを気にせずに、人として自分を取り繕わずに話せる相手に出会えた気がして、純粋に嬉しかった。
「シュウか。うん、覚えた。ああ、そうだ僕の名前は」
「ロベルトだろ。もう聞いた。今日はやけに道が歪んでるから早く行け」
彼が視線をやった先には、ようやく人通りの多い商店街の道が見えていた。
「また会えるよね?」
「それは魔女の機嫌次第だな」
彼と別れて道を進む。
一度だけ振り返って見たそこに、黒髪黒目の少年の姿はもうなかった――。
――っていう、バディ系異世界オカルトダークファンタジー作品が読みたいんですがどこで読めますか??もし同志の方いらっしゃいましたら、ご評価ご感想いただけると嬉しいです(泣)




