◆魔女の店❷
「改めて、先日は大変お世話になりました。……お礼の品にとワインを選んでしまったのですが、お口に合いますでしょうか」
「丁寧にありがとう。こんな外見をしているが、酒は好物でね。喜んでいただくよ」
声だけ聞けば、まだ声変わりをしていない少年のもののように聞こえる。
魔女に性別は関係ないと知っていたが、そもそも性別なんて彼女からすれば本当に些細な違いだろう。
一体いつから、この王都に存在していたのか。
想像するだけでゾッとする。
「ほお。なかなかの品だ」
「食事なんていらねぇくせに。もったいねぇ」
一緒に店内に戻ってきた少年は、彼女の正体を理解した上で、この態度らしい。肝が据わっている。
「ふむ。キミはわたしが何故人の形をとっているのか分かっていないらしいな? せっかく分けてやろうと思っていたのに残念だ」
「お前は何もしてないだろうが……」
「わたしが受け取ったものをどうするかは、わたしの自由だろう?」
紫色の瞳が細く弧を描く。
黒髪の少年はさぞ不満そうに頬を引きつらせた。
少年が酒を飲める年とは思えないのだが、魔女に人の決まり事なんて関係ないのか。はたまた、僕が想像しているより少年は年を重ねているのか。判断に困るところである。
「実は君にも気持ちばかりだが品を持ってきたんだけれど……」
「なんだ。それを早く言ってくれ」
そこまで期待されるようなものでもないのだが、買っておいてよかった。
眼鏡の入った箱と、焼き菓子の入った袋を渡せば、少年はさっそく中を確認している。
「お、ワッフルか。昼飯食べ損ねたから、ちょうどいいや」
遠慮なく包を開けて、彼はさっそくワッフルをかじった。
昼食を食べ損ねたというが、もう時刻は午後の三時だ。よくよく見てみれば、服のあちこちが擦れて泥や葉が付いていて、きっとどこかから帰ってきたところだったのだろう。急に来て付き合わせてしまったのは、悪いことをした。
何も立ったままでなくて、家に帰ってから飲み物と一緒に食べればよいのにと思わなくないが、ここにひとりで取り残されたくはない。
少年には感謝することにして、店内を見渡す。
「本当に色々なものが置いてありますね。ここは道具屋と伺ったのですが、日用品を取り扱っていらっしゃるのですか?」
「ばぁかいえ。ここがただのどおぐやなわけないだろ」
口にものを入れたまま、彼から呆れた眼差しを向けられた。
どういう意味かと首を傾げてみれば、ゴクンと喉を鳴らした少年が心底忌々しいものを見る目で店内の商品を見やる。
「ここは魔女の店だぜ? 普通の雑貨が置いてある訳ねぇだろ」
「……そうは見えないけど……」
「見かけに騙されるな。ここにあるのは道具は道具でも、魔道具だ。――気安く触ると呪われるぞ」
「え」
置かれていた砂時計に触れようとした手をぴたりと止めた。
ただの砂時計にしか見えないのに、これも魔道具だとでもいうのだろうか。
急に得体の知れないものに見えてきて、手を引っ込める。
「ふふ。自慢の作品たちだ。キミも一品選んでいってはどうだろう。値段は言い値で構わない」
魔女はにこりと微笑む。
雑用係を名乗る少年は物言いたげな顔をしていたが、黙ってワッフルを頬張っている。
店に入ることを止めた人が、商品を買うことだけは止めないのが、なんとなく引っかかった。
「せっかくですが、やめておきます。使い方が分からなくては、宝の持ち腐れになりますから」
「そうか。キミは用心深いね。――うん。すごくいい。是非とも気が向いたら買ってくれ。キミのような人にこそ、わたしの道具は相応しい」
僕が断った瞬間、ワッフルを食べていた少年の表情が明らかに変わった。ホッとしているように見えたのは、きっと気のせいではない。
おそらく僕の判断は間違っていなかった。
「道具といえば、借りたものを返そうと思っていたんだ。ワッフルとは別に、箱が入っていたろう?」
少年に向けて言えば、彼は不思議な顔をして紙袋を開く。
「なんだ、これ?」
「開けてみて」
促せば、食べていたワッフルのひとかけを口に放り込み、彼は箱を開ける。
そこに鎮座しているのは、ひび割れたガラスを取り替えた眼鏡だ。
「わざわざ直したのか? 別に捨ててくれてよかったのに」
「いいや。この眼鏡のおかげか、あの男爵令嬢に近付いても僕だけはなんともなかったんだ。ガラスを取り替えてしまったけれど、ちゃんと返したくて。修理してもらった店の人にはただのガラスだって言われたんだけど、もう効力はないのかな?」
「効力って……。そもそもこの眼鏡はただの伊達――待て。まさかあんた、魅了にかからなかったのか?」
少年は唖然として僕を見返す。
「うーん。その答えは僕には難しいかな。そういうのは自分で判断できるものじゃないでしょう?」
「じゃあ、俺とあの男爵令嬢が話してた内容は覚えてるか?」
「ゲームがどうとかってやつ? そういえばあの後、そっちが素なんですかって彼女に聞いたらすごく驚いた顔をされたな」
「…………」
信じられない者を見る目で、彼は手を止めた。
見定めるように僕を上から下まで見つめてくるから、なんだか居心地が悪い。
「――なんだ。気付いてなかったのかい?」
するとそこで、魔女が口を開く。
「……どういう意味だ」
「そういう体質の人間もいるってことさ。鍛えられた騎士の精神は、時に魔を祓うほど屈強なんだ。ここでは数世紀前に魔女狩りがあったことは教えてあげただろう?」
「それ、作り話じゃねぇのかよ……」
うんざりした顔で、彼は頭をくしゃくしゃ掻いた。
どうやら彼も苦労しているらしい。
魔法だのまじないだの説明の付かない不思議なチカラについては信じていなかったが、それはこの少年も同じだったのかもしれない。
「なあ、騎士様。やっぱり試しに、その剣でこいつのことを斬ってみないか?」
「悪いけど、僕はやることがあるからまだ死ねなくてね」
「チッ」
彼女を斬る時は、僕が死ぬ時だろう。
少年も本気で言ってる訳ではないことは分かっていたが、冗談でも笑えない。
「キミのような騎士がまだいることが嬉しいよ。最近の騎士はどうにも骨がなくて退屈していたんだ」
「お仲間が騎士に殺されたってのに不謹慎だな」
「魔女に人間の交友関係を当てはめるのは間違いだ。あるのはキミの言う“同族嫌悪”というやつだけだよ」
「……ヤな種族」
頬を引きつらせた彼は、そう吐き捨てる。
「キミたちは運がいいね。出会えたのがわたしのような親切な魔女で」
「どこがだよ。本当に親切なやつは、得体の知れない道具を売らねぇから」
「何を言う。ここにあるのは、非力な人間のために丹精込めて作った魔道具だ」
人形のような整った顔をムッと歪め、魔女は言う。
「――ただ、道具は使い様。うまく使うか使われるか。それは使用者次第であって、わたしにはどうにもできない話だけれどね」




