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注文の多い魔道具店  作者: 冬瀬


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4/7

◆幸福の指輪

【間話】





「やぁ、いらっしゃい。この店にたどり着くなんて運がいい」


 まだ十才くらいにしか見えない少女は、独特な香りのする店内で私を見つけるとそう言って笑った。見た目の幼さとは打って変わって、大人びた話し方をする子だったけれど、人間離れしたお人形さんみたいな顔には妙にしっくり合っていた。

 深窓の令嬢というのは、こういう人のことをいうのだろうとひとり考えながら、道に迷ってしまったことを伝えると、彼女はおかしそうにくつくつ笑う。


「貴女は迷ってなどいないよ。招かれたのさ。ここはそういうところだから。――さあ、せっかく来たんだ。気に入った品を選ぶといい」


 そうは言っても、ここがなんの店かも知らずに入った。

 今日は商店街で食材の調達をしていたのだが、気がついたら日が暮れ始めていて、慌てて近道しようと小道に進んだら見事に迷ってしまったところである。

 セミタ横丁は迷路のように入り組んでいるから、暗くなってきたら奥に進んではいけない。さもなくば帰って来られなくなる――と、大人たちからは半ば脅されるように聞かされていたが、まさかこの年にもなって自分が迷子になるとは思ってもみなかった。

 周囲はシンと静まり返り、道を聞けるような人も歩いていない。

 何かよくない場所に迷い込んでしまったのではないかと不安が募る中、ちょうど目先に見えた、良くも悪くも自分のような平民でも入りやすそうな店がここだった。

 しかし、あいにく、自分が自由に使えるお金はほとんどない。

 道を聞くためには何か買わないといけないのかと、諦めて雑貨の並ぶ店内を見回してみるが、どの商品にも値札が見当たらなかったから血の気が引いた。

 値札をつけない店なんて、大抵、高級店だ。

 青くなって思考停止している私に気がついたのか、店番の少女が下から顔を覗かせる。


「ふふ。うちの商品にはすべて値がないから、お代は気持ちだけでいいよ。もちろん払うだけの価値がないと思うなら払わなくてもいい。後から取り立てるようなことは誓ってないから安心してくれ」


 でも、違った。どうやら、ここはお金持ちの人が道楽にやっている店みたいだ。代金は気持ちだけでいいなんて、商売にならないのだから。

 とりあえず、払える分だけのものを選べばいいと分かって、私は安堵する。

 物の価値はよく分からないが、とにもかくにも早く帰らないと叱られてしまう。いや、叱られるのは確定しているのだけれど、少しでも罰は軽い方がいいに決まっている。

 どれが安い商品なのか、雑貨だけでなく瓶詰めされた食品まで並ぶ店内を懸命に目で探す。そうこうしている間に時間は経っているのに、なかなかちょうどいい品が見つけられないから、さらに焦る。

 

「もし決められないのらキミにぴったりの品があるのだけれど、どうだろう。幸運の指輪といって、つけると不幸を跳ね返す指輪だ」


 そんな私に店番の少女が差し出したのは、銀色の小さな指輪だった。石もついていなければ、錆びているようだし、小指にしかはめられないような小さな指輪だ。お世辞にも洒落ているとは言えない。きっと「不幸を跳ね返す」というのも、お守りとしてでも使ってくれということだろう。

 まさか彼女も私が大金を持っているような客には見えていないだろうから、貯金する予定だったお金を全部渡して、やっと道を聞く。


「わたしの助手が戻っていたら彼に送らせたんだが、すまないね。この店を出たら、来た道とは逆の方へ振り返らずにまっすぐ進めばいい。――それじゃあ、気をつけて」


 たくさん買った食材の紙袋を抱えると、私は家路についた。

 店番の少女が言った通り、振り返る暇もなく、来た道とは反対の道をただまっすぐ走って。




 ◇




 結局、家に帰ると父親に打たれた。

 酒を切らせて相当機嫌が悪かったらしく、気がついたら台所の床で朝を迎えていた。

 母はとっくの昔に私を置いて家を出て行って、お金だけは稼いでくる父親の元、私は学校に通わせてもらっている。

 あと一年で商業専門学校も卒業。そうしたら、いい就職先を見つけてこんな家なんて出ると決めている。

 ここまで来るともう意地だ。たとえ顔が腫れてようが、どこかの骨にヒビが入っていようが、学校には行く。

 まったく、年頃の娘に怪我させるなんて、あの男は本当に碌でもない。さっさとくたばればいいものを。

 硬い床から痛む身体を起こすと、かちんかちんと音を立てて、何かが転がった。

 音の先には、銀色の指輪が転がっていて、そういえば昨日は変わった雑貨屋に行ったことを思い出す。

 浮世離れした店番に、値段も分からない不思議な店。

 どうやら、あれは夢ではなかったらしい。


「私にぴったり、か」


 くすんで錆びた指輪は、確かに擦れた私にはお似合いだ。

 拾い上げてよくみてみると内側に何やら文字が刻んである。異国の言葉なのか、まったく読めやしなかったけれど、指につけてしまえば所詮見えない部分だ。

 将来この家を出て行く時のために貯めるはずだったお金を使って買ったと思うと、捨てる気にはなれない。

 せっかく初めて買ったアクセサリーだ。

 あの店番が言っていたとおり、ちょっとしたお守りだと思えば古いのも味があるような気がしてくる。

 左手の小指に指輪を通してみると、驚くほどサイズはぴったりだった。


「いけない。もう家を出ないと」


 着け心地を確かめている場合じゃない。我にかえると、私は慌てて支度を整えて、酒の匂いが染みついた我が家を飛び出した。

 殴られた腹が痛むけれど、これなら耐えられないことはない。本当にひどい時には痛くて動けないし、すぐに熱が出る。気を失った割には、今回は軽い怪我で済んだのは運がよかった。今日の数学のテストは、ちゃんと受けられそうだ。

 学校に着くと、さっそくテストに向けて復習をはじめる。定期的に怪我をして登校する、どうみても訳ありな私に話しかけてくる子はそういない。浮いてはいるけど、いじめられてはいないのだから、気にしたら負けだと思っている。


 そんなことを考えていた矢先だ。

 前の席に座っているクラスメイトが振り向いたかと思えば、私に話しかけてきたのは。


「大丈夫か」

「……え?」


 何を言われているのか分からなかった。

 同じクラスになってから半年近いのに、ほとんど言葉を交わしたことがない男子が話しかけてくるから、反応が遅れてしまった。


「怪我。痛むんだろ」

「え。あ、うん……。でも大丈夫。慣れてるから」


 わざわざ面倒ごとに踏み込んでくるタイプだとは思っていなかったから、私は心底驚いて返事をした。


「これ、やるよ」

「……え、なに?」

「傷薬。家で調合の練習したやつのあまり」

「……あ、ありがとう……」


 彼はポケットから銀色の小さな缶を取り出して、私の机の上に置いた。次から次へと予想だにしないことが起こるから、すべての言葉がどもってしまう。

 薬屋の息子だとは知っていたが、どうやら気を遣わせてしまったらしいということだけは理解した。後ろの席の女子が怪我ばかりしていたら、こうして薬を分けてくれることもあるのだろう。


 気まぐれの親切に感謝していたところ、驚くことはまだ続いた。


 その日の夜。酒がないと生きていけない父親が、酔った勢いで階段を踏み外したらしく、病院送りになった。

 頭を打ったそうで、しばらく目を覚まさなかったかと思えば、病院に呼び出された母親と再会。最悪に気まずい思いをしていたところで目を覚ました父親は、記憶障害のせいで中毒になる前の優しい人に戻っていた。

 好きだった頃の父が戻ってきて、離婚したはずの母親が、今は家に通っている。

 父親に打たれることもなく、家事をすべて押し付けられることもない日常は、楽しいに決まっていた。

 私が生き生きしているからか、学校でも話しかけてくれる子たちが増えて、今ではひとりで昼食を食べることがなくなるどころか、放課後に遊ぶ友人もできた。


「ほんとに、ついこの前までの暗い感じが嘘みたいだね?」

「あまりからかわないで。あの時は、私も家のことでいっぱいいっぱいだったんだから……」

「ふふ。ごめんね。でも、今はびっくりするくらい楽しそう。――あ、ほら。彼氏が迎えにきてるよ」

「……っ、か、彼氏じゃないから!」


 これまでのツイていない人生が嘘だったかのように軌道修正されていく。

 気になる人とふたりきりで商店街で買い物するなんて、前までの私なら想像すらしなかった。


「その指輪、最近ずっと付けてるな」

「うん。不幸を跳ね返してくれる、大事なお守りなの」


 すべては、この指輪をつけてからだ。

 人に話せば気のせいだろうと笑われるかもしれないけれど、私にはそう思えてならない。

 あの人形のように美しい店番に、本当にお守りの効果があったと伝えようと思って、あれからもう一度、セミタ横丁の奥へ進んだことがある。しかし、あの店にたどり着くことはおろか、店の名前すら知らないので人に場所を尋ねることもままならなかった。

 なんとなく、私はもうあの店に行けないのだろうと察している。たぶん、あそこはそういう場所なのだ。

 もしかすると、あの店番は人ですらなかったのかもしれない。


 幸運の指輪。

 そう言われて渡されたくすんだ銀の指輪は、私の小指にはまっている。






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