◆人を魅了する魔法❷
問題が起こっている王立学院は、王都から列車に乗って北へ小一時間揺られた先にあった。
広大な土地を切り拓かれたまるで要塞のような校舎には、貴族の子息子女をはじめとし、平民でも官僚や豪商のボンボンたちが学校生活を送っているらしい。
「……学生、か」
こちらに迷い込まなければ、俺も今ごろ大学で三年目を迎えていた。
向こうで受けてきた教育がこの世界のそれと同じレベルなのかは知らないが、今となってはあのバケモノに拾われたせいでまともな職に就ける見通しもない。
それでも前向きに……強いて、よかったことをひとつ挙げるなら。就活をせずに済んでいることだけは、不幸中の幸いだった。
煉瓦造りの駅を出ると、すぐ目の前に学院の門へと続く道が伸びている。これなら迷う心配もない。
「さみぃな。もう少し着てくればよかったか」
北にあるというから厚着をしてきたつもりだったが、それでも少々肌寒い。戻ったら報酬で少しいい上着を買おうと決める。
季節は秋のはじまり。ここは、四季が存在する西洋風の島国だ。石畳みの街道の端に並ぶ木々からは、乾いた葉が落ちてからから風と踊っている。
「なんだ……?」
とりあえず守衛を探して声をかけようと考えながら進んでいると、門の傍に騎士がひとり立っていた。
男はこちらに気がつくと、何を思ったのかまっすぐ向かって歩いてくる。
「……おいおい。まさか、まだ敷地にすら入っていないのに捕まえようって気か?」
「君には僕に捕まるかもしれないような、何かやましいことがあるということかな?」
おどけて見せれば、腰に剣をぶらさげた男はそう言った。
五つほどは年上だろう。物腰柔らかな話し方をしているが、正義感の強そうな凛々しい眼差しには碧眼が埋まり、髪は見事な金髪だ。
といっても、この島国では珍しくもない。
ただし、この男も店の魔女に負けないくらいの美形だった。いわゆる色男と表現されるのが相応しいその男は、服を着ててもわかるくらいには鍛えているらしく、嫌味なくらいに体格もいい。
「悪いけど、あんたが期待するようなネタはないよ。そもそも、俺は招かれた側の人間だ」
この国で帯剣を許されているのは、騎士だけだ。
警察が拳銃を持っているのと同じで資格がいる。
要は、この男は王立学院の守衛などではなくて、件の薬について調べている国の役人という訳である。
そしておそらく、俺が来るのを待っていた。
「――じゃあ、君が」
「どんな説明を受けているかは知らないが、俺はただの人間だ。あのバケモノとだけは一緒にしないでくれ」
ひどい誤解をされる前に、これだけは言っておく。
あんなバケモノと間違われるなんて、冗談じゃない。
本気で嫌がっているのが伝わったらしく、男は困惑した様子だった。
「そ、そうなの……? えっと。なら、そういう君は?」
「雑用係」
アレに使い走りにされるのは癪だが仕事だ。
それに、人ならざるものを出歩かせるよりかは、自分が出向いた方がはるかにマシだった。俺にはアレと違って、他人を思い遣る人の心がある。
「ほら、行こう。こんなところであんたと長話していたら、帰りの列車がなくなっちまう」
「あ、ちょっと――」
できればバケモノがいる店になんて戻りたくないが、あそこ以外に帰れる場所もない。今は軍資金を貯めるために無駄な金を使わないようにしているし、何より、これ以上の借りは作りたくない。
門に向かって歩き出せば、男は慌てた様子で付いてきた。
「君はせっかちだね。まだ名前も聞いていないのに……」
「好きに呼べばいい。知らなくたって仕事はできる」
どうせ今回限りの付き合いだ。品物を買いに来た客に、いちいち名前を聞いたりしないだろう。それと同じだ。
しかし、それをどう解釈したのか、
「気分を害したなら謝るよ。人に聞く前に、まず自分から名乗るべきだったね」
騎士はそんなことを隣で言い出す。
「僕の名はロベルト・フォーサイス。王国騎士団中央本部に所属している騎士だ。今日は捜査に協力してくれてありがとう。そして、同僚が君の主人に無礼を働いたこと、代わって謝罪したい。迷惑をかけてすまなかった」
ちらりと横を向けば、騎士が胸に手を当てて礼をしていた。一般庶民として育ってきたせいで、こう畏まられるとやり辛くて仕方ない。
「別にいいよ。事故のようなものだし、そもそもあんたが謝るようなことじゃない。アレも気にしてないから早く行こう」
ばつの悪さに頭を掻いて、とにかく先を急かした。
◆
この国に義務教育はない。
王立学院なんてたいそうな名を構える学舎にいるのは勉強することを許された、ごく一部の若者たちだけだ。
そんな格差社会の中、数年前に養子に入った元平民の男爵令嬢が王子を誑かしているという。
それも、特待生として編入してきた逸材だそうだ。
「へぇ。ずいぶん優秀なご令嬢なんだな」
「うん。でも、今はそれすらも疑われている状況だよ」
無駄に大きな校門を抜けて、説明を受けながら建物の方へ向かう。
ロベルト・フォーサイスと名乗った騎士は、なんでもこの学院の出身らしく足取りに迷いがなかった。
どこからか鐘が鳴ったかと思うと休み時間に入ったのか、窓から学生たちが窺っているのが見える。
「目立ってるみたいだけど、こんな大っぴらに騎士様が歩いてていいのか?」
「大丈夫だよ。第二王子殿下が在籍している間は、不定期で騎士が巡回することになっているから。それに目立っているのは僕じゃなくて、君の方だと思う」
「俺? あぁ……」
日本だったら、確実に金髪碧眼色男野郎が注目されるに決まっているが、ここでは違う。
「綺麗な黒い髪と目だね。ご両親が東の方なのかな?」
「……まあ、そんなところ」
平凡極まりなかったはずの黒目黒髪とこの顔が、この島国ではかなり浮いていた。
「珍しいからてっきり君が、団長たちを震撼させた魔女なのかと思ったよ」
「馬鹿言え。どう見ても俺は男だろ」
「でも、魔女に性別は関係ないって聞いてたから」
「……おい。まさかあんた、俺を疑ってるのか?」
騎士なんて仕事をしているからには、人を疑うのも仕事だろうが、バケモノの疑惑をかけられるなんて最悪な気分だ。
「本気で帰るぞ。というか、そんなに疑うならホンモノに会わせてやるよ」
「ごめんごめん。遠慮しておくよ」
人懐っこい笑みを返されるが、まったく笑い事じゃない。どれだけ見当違いなことを言っているのか分からせてやろうかと思ったところ、急に碧眼が視線を飛ばした。
無駄話もそこまでらしく、何かを見つけた騎士は言う。
「――いた。あの子だよ」
「…………げ」
そこにいたのは、紅一点で五人の男に囲まれて笑う女子学生だ。
「誑かされてるのは王子って話じゃなかったのかよ……」
聞いていた話と違う。
いや、違わなくはないのかもしれないが、他にも男が餌食になっているなんて聞いていない。
「見ての通りだよ。今のところあの五人が、全員彼女に執着するようになってしまって困っているところさ」
「……やりたい放題だな」
ちょうど昼の休憩に入った例の男女たちは、中庭で堂々といちゃつきながら食事を楽しんでいる。
一方、列車で軽く食事を済ませていた俺は、騎士と一緒にバカップルを見守っているという落差。
他人の恋路に興味はないが、胸焼けしそうなくらいの糖度に、身体がこれ以上の摂取を拒否している。よくもまあ、あれだけオープンに見せつけられるものだ。
「彼らには婚約者がいる。あんな風に公に不義理を働くような子たちではないと、みんなが口を揃えるよ。でも、残念なことに説得しようとしても真実の愛を見つけたと言って、誰も聞く耳を持たない」
「へぇ……」
ちらりと校舎側を見やるのを追ってみれば、そこにはとても穏やかとは言えない表情で件の一行をじっと見つめる銀髪の令嬢がいる。
あれだけ美人な婚約者がいておきながら、ひどいものだ。ぶん殴ってでも目を覚ましてやったほうがいいんじゃないか。
普通に考えれば、単に恋に落ちた学生同士が仲良くやっているというだけで話は終わる。が、この状況を見せつけられれば、誰でもおかしいと思うだろう。
第二王子ひとりだけならまだしも、他に四人も侍らせていれば、彼女が何か企んだのではないかと疑うのも分からなくない。
「そんなに引き離したいなら、休学させるか謹慎でもさせたらいいんじゃねぇの?」
「それができたら、こんなことにはなってないさ」
「はっ。まあ、それもそうか」
事情はだいたい理解した。
要は、なんとしてでもあの男爵令嬢のせいにして事件を終えたいのだろう。
「僕たちも色々と調べたけれど、薬物を使った洗脳は受けてないみたいなんだ。正直、僕は元平民の特待生が珍しくてみんな夢中になっちゃったのかなと思ってるよ」
「あ? 俺を呼んどいて、あんたは魔法を信じてないのか?」
「君を呼んだのは僕ではないから、こればかりは許してほしい。あいにくそういった類のものとは縁がない人生だったんだ」
「……そりゃあ、運がいいこった……」
こんな異世界だろうと、魔法とかいうものは御伽話の中でしか普段目にしない代物だ。俺はあのバケモノを知っているから、そういうものがちゃんと存在していることを理解しているが、一般的にはこの騎士のような反応が正しい。
知らずに済んでいるなんて、羨ましい限りだ。
「まあ、いいや。とっととやる事やって帰る。彼女とふたりで話がしたいんだけど頼めるか?」
「どこか部屋を用意した方がいいかな。一応、客室は使えるようにしてあるけど」
「どこでもいいよ。そう長く時間をかけるつもりはない」
「そう? なら、場所は変えなくていいかな。彼らには警戒されているみたいでね」
騎士は肩をすくめた。
さっそく仕事に取り掛かかろうと、中庭に身体を向けるのを見て、俺はひとつ思い出す。
「あ、ちょっと待った」
「どうかした?」
「これ掛けてけ。間違っても直接、彼女の目を見るなよ」
「……ヒビが入ってるみたいだけど?」
「ないよりマシ」
渡したのは上着に入れっぱなしにしていた眼鏡。
度は入っていないから、ただの伊達眼鏡だ。
コカトリスの卵を取ってこいと言われたから一応用意していたのだが、掛ける余裕すらなかったから忘れていた。
「えっと。これでいい?」
「ああ」
この世の怪異を信じていない割には、こちらを馬鹿にするような態度を見せないのは、根っから人がいいのだろう。
快く引き受けてヒビの入った眼鏡をしたまま、バカップルに突っ込んでいった金髪の騎士は、愛想の良い笑顔のまま彼らと言葉を交わしてから、こちらを振り向く。




