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注文の多い魔道具店  作者: 冬瀬


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1/7

◆人を魅了する魔法❶



 賑わう商店街の表通りを一歩外れると、建物に囲まれた細い道の入り組んだ迷路に変わる。奥に進むほど人通りも少なく、建物に囲まれた薄暗い道だ。日が落ちると殊更迷いやすく、人が消えるなんて噂もあるせいで地元の人間ならまず近寄らない。


 ここは王都のセミタ横丁――人を惑わす境界の小径だ。


 そして俺は、何の不幸かそんな小径に棲むバケモノの下僕をやっている。



「ああ、遅かったね。待ちくたびれたよ。その様子じゃ、苦労したみたいだ」


 天気雨に降られて傘もなく店に駆け込むと、開口一番に笑顔のままそう言ってのける店主に湧くのは殺意だ。

 苦労も何も、死にかけた。

 これでは命が幾つあっても足りない。

 が、だからといって、目の前の異形を敵に回すほど馬鹿じゃない。

 雑多な商品が並ぶ店内の奥。カウンターの向こう側で椅子に座っているのは、見た目だけは誰もが美少女だと認めるバケモノだ。

 いったい何百年生きているのかすら分からないソレは、およそ人とは違う生き物であり、人間の感性など持ち合わせていない。

 こんなものが平然と人間のフリをして王都のはずれで店を開いているのだから、異世界とは恐ろしい場所だ。


「さあさあ、早く例のモノを出したまえ」


 こちらはあちこち服が擦り切れて疲労困憊だというのに、ソレは椅子から立ち上がると依頼の品を催促する。

 ほとんど徹夜で朝一番に帰ってきた人間に対して労いの言葉ひとつないのかと思わないこともないが、バケモノに求めることではないから口には出さずに済んだ。

 頼まれていたものを懐から出すと、それをカウンターの上におく。


「……ほらよ」

「――っ、素晴らしい!」


 そっとそれを手にとって包を開けて見た瞬間、店主は感嘆の声をあげた。

 キラキラと紫色の瞳を輝かせ、俺が命懸けで取ってきた品をうっとり見つめた。そうしていれば、年相応の少女に見えなくもないところがまたタチの悪い話だ。


「やはりキミをかって正解だった! こんなに状態がいいコカトリスの卵が手に入るなんて!」


 破れないように細心の注意を払って持って帰ってきたのは、雄鶏と蛇をかけ合わせたような怪異の卵だ。鶏のようなものから産まれたそれは、白く柔らかい楕円形で、殻というより布に包まれている。

 これひとつとってくるのに、丸三日山を駆け回り、挙げ句の果てには石化しかけた。

 こちらの世界のことをあまり知らずとも、人間が手を出すべき領分をゆうに逸脱しているのだけは俺にも分かる。


「……バケモノのことはバケモノの領分だろ。自分で取りに行けよ。言っとくが、俺は二度と行かねぇからな」


 たまらず毒を吐けば、店主は残念そうに首を横に振った。


「わたしだって自分で取りに行きたいさ。だが、彼らは人間と違って繊細でね。わたしが行くと怖がらせてしまう。貴重な存在を不用意に弱らせるのは本意ではないんだ」

「……どの口が……」


 卵を取ってこいというヤツが言うべき台詞ではないし、バケモノを弱らせるほどのバケモノだという自覚があるなら尚のこと言う資格はない。


「ああ、いけない。忘れる前に報酬を払わなくては。今回は予想以上の仕事をしてくれたから、いつもより上乗せしておこう」


 こちらの話をまともに聞く気などないソレは、マイペースに指を鳴らした。

 そして、カウンターに現れるのは、この国で使える硬貨が入った小袋だ。

 中身を確認すれば、雑用係がもらうには破格の金額が入っている。いったいこの金はどこからきてるのか気になるところだが、藪蛇だということはもう学んだ。


「それから、もうひとつ」

「……あ? 俺は帰って寝るぞ」

「実はさっき久しぶりに騎士団から連絡があってね。第二王子が誑かされているから正気に戻せって言うんだ。このわたしに子守りをさせようだなんて、あまりにも無知でカワイイと思わないかい? つい、いじめたくなってしまう」

「…………」


 ふふっ、とあどけなさの残る整った美少女の顔を綻ばせているが、先ほどから窓の外では青い空からザアザア雨が降り注いでいる。

 どうやら天気雨などではなく、このバケモノが降らせていたらしい。

 こいつが人ひとり簡単に吹き消すことができることを知らないどこぞの阿呆が余計なことをしてくれた。

 下手したら、キュートアグレッションで人が死ぬかもしれないというのに。


「……わかったから、遊ぶのはやめてやれ。どうせロクなことにならない」

「おや。キミもわたしのことが分かってきたみたいで嬉しいな」


 喜ばれても、こちらはまったく嬉しくない。

 今ごろ、このバケモノのことを理解している人間たちは、機嫌を損ねたのかと大慌てだろう。

 ため息をついた後、再び外に目を向ければ雨はピタリと止んでいる。

 この世界の人間は店主のことを魔女と呼ぶらしいが、これでは魔女というより神の所業だ。

 

「きっと、騒ぎになってるぞ」

「それは愉快だね。面白そうだから、この店に張ってある結界を緩めておこうか」

「絶対にやめろ。どんなものが紛れ込んでくるかわかったもんじゃない」


 思いっきり顔を歪めて拒絶する。

 このバケモノの冗談めいた言葉は、冗談ではない場合が多々ある。断言するが、拒絶ははっきりと表すことが大事だ。間違いなくその選択が、今後の人生を左右する。


「残念。まあ、ここを荒らされるのは、わたしも本意ではないからね」


 そう言って、魔女はにこりと笑みを貼り付けた。

 不気味なほど、完璧な少女の笑顔で。


「それじゃあ、後は任せたよ。学院には話を通しておくらしいから。ほら、これが学院までの地図だ」

「――待て。まさか、今から行けと?」

「はやく終わらせた方がいいと思ってね。なにせ人間の寿命は短いんだから、何事も急いだほうがいい」

「………………」


 異世界に迷い込んでから、もう半年。

 このバケモノに拾われたのが、きっと運の尽きだった。





(異世界転移した男主人公の話を書いてみたかったんですが、なろうウケはしなさそうだと思って眠らせてたものを投稿します…。短めです)

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