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捨てられた聖女の再就職  作者: 秋月 もみじ


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8/10

第8話 フロントでの攻防


バンッ!!


最深部の重厚な黒曜石の扉が、乱暴に押し開けられた。

蝶番(ちょうつがい)が悲鳴を上げ、静寂が破られる。


「はぁ、はぁ……! 騙されないぞ……魔王め……!」


転がり込んできたのは、黄金の鎧を泥と(すす)で汚し、髪を振り乱した勇者アルドだ。

彼は聖剣を杖代わりにしながら、血走った目で部屋の中を睨め回す。


「部下たちは……弱い心につけ込まれて堕落した! だが僕は違う! 僕だけは、正義を見失わない!」


どうやら、マッサージと食事に陥落した騎士団を「見捨てて」一人で来たらしい。

さすが勇者様。自分の正当性のためなら、仲間すら切り捨てる潔さだ。


彼は荒い息を吐きながら、そこにあるはずの「禍々しい闇の玉座」を探す。

しかし、彼の動きが凍りついた。


「……は?」


彼の目が点になる。

無理もない。

そこは、シャンデリアの柔らかな光が降り注ぐ、純白の大理石フロア。

壁には名画(魔界の風景画)が飾られ、静かなクラシック音楽(自動演奏ピアノ)が流れている。

空気は清浄で、ほのかにラベンダーの香りが漂う。


そして正面奥には、高級木材で作られた重厚なカウンター。

その向こう側には、パリッとした制服に身を包んだ私が立っていた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


私は営業用の完璧なスマイルで一礼した。


「な……み、ミリア……?」


アルドが剣を取り落としそうになる。

彼は亡霊を見るような目で私を凝視し、唇を震わせた。


「生きて……いたのか? あの深淵に落ちて……?」

「ええ。おかげさまで、良い職場に恵まれました」

「馬鹿な……。いや、待てよ。その服、その虚ろな笑顔……そうか!」


彼はハッとした顔になり、再び剣を強く握り直した。

瞳に、狂信的な光が宿る。


「洗脳されているんだな! 魔王の傀儡(くぐつ)にされて、死ぬまで働かされているんだ! かわいそうに、僕が今すぐ楽にしてやる!」


(……相変わらず、自分の都合のいい解釈しかできない人ですね)


私は心の中で盛大にため息をついた。

私が元気そうに見えても「洗脳」、死んでいても「悲劇」。

彼の脳内シナリオでは、私は永遠に「彼に救われるべき弱者」でなければならないらしい。


アルドがツカツカと泥靴でカーペットを踏み荒らし、カウンターへと歩み寄ってくる。

足跡がつく。掃除の手間が増える。


「どけ! 魔王はどこだ! 貴様を操っている元凶を斬り殺して、連れ帰ってやる!」

「お客様、ストップ」


私は冷静に手を挙げた。

瞬間、カウンターの前に透明な壁――【神聖環境魔法】で作った『飛沫防止パーティション(物理無効)』が展開される。


ガィィィン!


アルドの体が、見えない壁に阻まれて弾かれた。

鼻を強打し、彼はのけぞる。


「なっ……結界か!?」

「申し訳ございませんが、そこから先は『スタッフルーム』となっております。関係者以外のお立ち寄りはご遠慮ください」

「ふざけるな! 僕は勇者だぞ! 関係者どころか、お前の婚約者だ!」


彼はパーティションをドンドンと叩いた。

手垢と鼻水がつく。やめてほしい。不潔だ。


「婚約者?」

私は小首をかしげた。


「お忘れですか? 貴方様は私を『無能』と断じ、婚約破棄を宣言して崖から突き落としました。その時点で、他人以下……いえ、法的には『殺人未遂犯』かと」

「くっ……それは、お前のためを思って! 役立たずのまま生き恥を晒すより、名誉ある死を……」

「言い訳は結構です」


私は事務的に遮った。

かつては、この男の言葉一つに一喜一憂していた。

でも今は、ただの「厄介なクレーマー」にしか見えない。


「現在、私はこのリゾートホテルの総支配人を務めております。貴方様とは、店員とお客様という関係でしかありません」

「リゾート……? 総支配人……? 何を言っているんだ、ここは魔王の巣窟だろう!」

「ええ。ですが今は改装オープンいたしました」


私は手元の予約台帳(という名のブラックリスト)を開く。


「さて、お客様。本日はご予約でしょうか?」

「は?」

「ご宿泊、あるいはレストランのご利用でしょうか? 会員証はお持ちですか?」

「持っているわけがないだろ! 僕は魔王を討伐しに来たんだ!」


アルドが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「なら、お引き取りください」

私は冷たく告げた。


「当館は『完全会員制』です。ご紹介のない方、および泥だらけの服装でマナーを守れない方のご入館は、固くお断りしております」

「き、貴様ぁぁぁ……!」


アルドのプライドが音を立てて崩れていくのが分かった。

彼は「勇者」という特権階級だ。

どこへ行っても最優先で通され、誰もがひれ伏してきた。

それを「予約がない」という理由だけで門前払いされたことなど、人生で一度もないはずだ。


「僕を愚弄するか……! 操り人形風情が!」


アルドの聖剣が、眩い光を放ち始めた。

言葉が通じないなら力ずく。いつもの彼の手法だ。


「その結界ごと砕いてやる! 【聖剣・断罪の――】」


必殺技が放たれる寸前。


「……騒がしいな」


絶対零度の声が、ロビーの空気を凍りつかせた。


私の背後の扉が開き、黒い影が現れる。

魔王ゼスト様だ。

彼はゆったりとしたシルクのローブを纏い、濡れた髪をかき上げながら、不機嫌そうにカウンター内に入ってきた。


「あ、オーナー。お目覚めですか?」

「お前がいないからだ」


彼は私の隣に立つと、当然のように私の腰に腕を回し、ぐいっと引き寄せた。

背中に彼の逞しい胸板が密着する。

甘い香りと、圧倒的な覇気が私を包み込む。


「なっ……魔王!?」

アルドが目を見開いて硬直する。


ゼスト様は気だるげな瞳でアルドを見下ろした。

それは宿敵を見る目ではない。

部屋に入り込んだ羽虫を見るような、圧倒的な無関心と嫌悪。


「薄汚いな。……ミリア、なぜこんな『ゴミ』を店に入れた?」

「ゴミ……だと……!?」

「申し訳ありません、オーナー。すぐに掃き出します」


私が謝ると、ゼスト様はふん、と鼻を鳴らし、私の髪に口づけを落とした。

わざとらしく。

そして、見せつけるように。


「この女は俺のものだ。髪の一本、指の先まで、俺が管理している」


ゼスト様の指が、私の首筋をなぞる。

所有印を押すような、独占欲に満ちた仕草。

アルドの顔色が、怒りで紫色に変色していく。


「貴様……よくもミリアを……僕の聖女を……!」

「お前の?」

ゼスト様が嘲笑った。


「捨てたのだろう? 壊れた道具だと言って」

「っ!」

「俺は拾った。磨き上げ、価値を見出し、こうして隣に置いている。……今のこいつは、お前がいた頃よりずっと美しく、有能だ」


ゼスト様は私の肩を抱き、言い放った。


「見るがいい。こいつが作ったこの城を。お前たち人間が百人がかりで攻略できなかった場所を、こいつはたった一人で『楽園』に変えた。……俺を癒やせるのは、世界でこの女だけだ」


アルドが呆然と周囲を見渡す。

ピカピカの床。洗練された空間。

そして何より、魔王の隣で堂々と胸を張る、かつて「無能」と蔑んだ私の姿。

そこには、彼が知る「自信なさげなミリア」はいなかった。


「認めん……認めんぞ……!」


アルドが震えだした。

それは後悔ではない。

自分の「見る目」がなかったことを突きつけられ、さらに「自分の所有物」だった女が、より上位の男(魔王)に大切にされているという、男としての敗北感だ。


「魔王に体と心を売った汚らわしい魔女め! 恥を知れ!」

「恥じることなどありません」


私はゼスト様の腕の中で、真っ直ぐにアルドを見据えた。


「私は今、誰よりも必要とされ、誰よりも大切にされています。……貴方の後ろで、惨めに泥だらけの洗濯をしていた頃より、ずっと幸せですから」


その言葉が、トドメになった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」


アルドが理性を失い、獣のような咆哮を上げて突っ込んでくる。

聖剣が暴走し、見境のない魔力が膨れ上がる。

もはや勇者としての矜持もない。ただの嫉妬に狂った暴漢だ。


「……面倒だ。消えろ」


ゼスト様が指を鳴らそうとする。

空気が圧縮され、死の魔法が発動しかける。

私は慌てて彼の手を押さえた。


「オーナー、お店が汚れます! 死体処理は別料金ですよ!」

「……チッ。じゃあどうする」

「ここは私にお任せを」


私はカウンターから一歩前に出た。

パーティションを解除する。

アルドの剣が、私の喉元に迫る。


でも、怖くない。

この城の全てが、私の味方だから。


「【店内放送】――コード・レッド。害虫駆除モードを開始します」


私の号令と共に、ロビーの天井、壁、床に仕込まれた『衛生管理システム』が一斉に起動した。

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