表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた聖女の再就職  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話 魔界リゾート、オープン


「総支配人、報告します! 今度は『商人』を名乗る人間が現れました!」


スケルトン将軍(蝶ネクタイ着用)の報告に、私は作成中の「備品発注リスト」から顔を上げた。


「商人、ですか?」

「はい。武器は持たず、荷車に商品を積んでいるようです。『取引がしたい』と」


ついに来た。

あの日、冒険者たちを帰してから数日。

彼らが酒場で広めた「ダンジョンには極楽がある」という噂は、冒険者よりも先に、鼻の利く商人たちを動かしたらしい。


「通してください。ただし、泥だらけの荷車は入り口で車輪を洗浄すること。それから……」


私は手元のリストを見下ろす。

在庫切れ寸前の小麦粉、砂糖、そして何より重要な石鹸の材料(苛性ソーダと油脂)。

これらを補充する絶好のチャンスだ。


「丁重にお連れして。カモ……いえ、大切なお客様ですから」


        ◇


通された応接室(元・拷問部屋)には、小太りの男が縮こまっていた。

東の商業都市連合から来た商人、ガストン。

彼は部屋に入ってきた私を見るなり、安堵と困惑が混ざったような顔をした。


「お、お初にお目にかかります……。こ、この城の主だと噂の……」

「総支配人のミリアです。ようこそお越しくださいました」


私は完璧な営業スマイルで紅茶を差し出す。

もちろん、ダンジョン特産の「魔界ハーブティー(疲労回復効果付き)」だ。


「い、いただきます……うっ、美味い!?」


一口飲んだガストンの目が丸くなる。

彼は商人らしく、すぐにカップの中身を凝視し始めた。


「こ、これは『月光草』の葉!? 市場なら金貨一枚はする希少品では……!?」

「庭(中層エリア)に雑草のように生えていますので」

「ざ、雑草……」


ガストンが絶句している。

掴みは上々だ。

私は本題を切り出した。


「さて、ガストン様。当館は現在、プレオープンに向けて物資を求めています。貴方様の荷車にある食材や布製品、全て買い取らせていただきたいのですが」


「は、はい! 喜んで! ……ですが、その、お支払いは……」


彼はチラチラとこちらの懐具合を気にしている。

当然だ。ここは魔王城。人間の通貨などあるわけがない。

しかし、私には勝算があった。


「ジェネラルさん」

「ハッ!」


合図と共に、スケルトン将軍が麻袋をドン、とテーブルに置いた。

中からジャラジャラと溢れ出したのは、色とりどりに輝く結晶。


「ひっ……!?」

「掃除のついでに拾い集めた『魔石』です。あと、ドラゴンの抜け落ちた鱗と、使い古しの牙も少々」


ガストンの顔色が、青から赤、そして黄金色へと変わった。

彼は震える手で魔石の一つを手に取り、ルーペで覗き込む。


「こ、高純度……いや、国宝級の魔石だ……! それにドラゴンの鱗だと!? これひとつで城が建つぞ……!」

「当館ではただの産業廃棄物ゴミですので。処分に困っていたんです」


実際、魔物たちにとっては自分の(あか)のようなものだ。

掃除のたびに掃き集めて捨てていたが、人間界では宝の山らしい。


「これで、荷車の中身と交換していただけますか?」

「もちろんですともぉぉぉ!! 荷車ごと差し上げます!!」


ガストンは平伏せんばかりの勢いで叫んだ。

商談成立。

これで当面のリネン類と食材は確保できた。


その時だった。


「……騒がしいな」


部屋の空気が、一瞬で凍りついた。

物理的な温度が下がったのではない。

「死」の気配が、濃厚に満ちたのだ。


扉の奥から現れたのは、不機嫌オーラを全開にした魔王ゼスト様だ。

寝起きなのか、黒いシルクのパジャマ姿で、髪は無造作に乱れている。

抱き枕(私)が不在で目が覚めてしまったらしい。


「ヒィィッ……! ま、魔王……ゼスト……!?」


ガストンが腰を抜かして床に這いつくばる。

歯の根が合わない音が響く。無理もない。

目の前にいるのは、伝承にある「人類の捕食者」そのものなのだから。


しかし、ゼスト様は彼を一瞥もしなかった。

私の隣に来て、ドカッとソファに沈み込み、当然のように私の膝に頭を乗せた。


「……ミリア。俺の許可なく、また人間を入れたな」

「商談です、魔王様。リゾート運営に必要な物資を仕入れました」

「必要ない。人間など、俺が消せば済む」


彼は私の腰に腕を回し、商人に殺気を飛ばす。

ガストンが泡を吹いて気絶しそうだ。

ここで引いてはいけない。

私は膝上の魔王様の頭を、よしよしと撫でた。


「魔王様。この商人は『シルクのシーツ』を持っています」

「……なに?」

「最高級の肌触りです。今の玉座よりも、さらにふかふかで、スベスベになりますよ?」


魔王様の赤い瞳が、ピクリと動いた。


「……さらに、か?」

「はい。それに、美味しい紅茶の茶葉も、甘いお菓子も手に入ります。貴方様の安眠と快適な引きこもりライフには、彼らの協力が必要なのです」


私は諭すように言った。

彼はしばらく黙って私の指先を見つめていたが、やがて大きくため息をついた。


「……ずるい女だ。俺の欲求ツボを知り尽くしている」

「優秀な支配人とお呼びください」


彼はふいっと顔を背け、虚空から何かを取り出した。

それは、黒曜石に真紅の宝石が埋め込まれた、重厚な指輪だった。

宝石の中心が、まるで心臓のようにドクン、ドクンと脈打っている。


「手を出せ」

「はい?」


言われるままに左手を出すと、彼は薬指にその指輪をはめた。

サイズが自動的に調整され、指に吸い付くようにフィットする。


「ま、魔王様? これは……」

「城の管理権限マスターキーだ。結界の調整も、宝物庫の解錠も、配下の指揮権も、全てその指輪に紐付いている」


彼は私の指に口づけを落とし、赤い瞳で私を射抜いた。


「好きにしろ。城も、財宝も、魔物も、全部お前にやる。好きに改装して、好きに使え」

「え……全部、ですか?」

「ああ。その代わり」


彼の手が、私の頬を包み込む。


「俺の寝床ここだけは死守しろ。……お前がいないと、もう眠れないんだ」


ドキン、と心臓が跳ねた。

それは、どんな愛の言葉よりも重く、切実な響きだった。

世界を滅ぼす魔王が、全てを投げ出して「お前が必要だ」と言っているのだ。


(……責任重大ですね)


チラリと商人を見ると、彼はもはや恐怖を超えて、何か得体の知れないものを見る目で私を見ていた。

「魔王を膝枕し、あまつさえ全権を譲渡させた女」……彼の目には、私が魔王以上の怪物に見えているのかもしれない。


「承知いたしました、オーナー」


私はガストンに向き直り、努めて冷静に宣言した。


「商談は成立です。ガストン様、これから定期的に物資をお願いできますね?」

「は、ははははいぃぃぃ!! 喜んでぇぇ!!」


ガストンは床に頭を擦り付けた。


「あ、あと……最後に一つだけ、情報を」

「はい?」

「王都からの噂です。……勇者アルド様が、聖女様の『遺体』を探し回っているとか」


私の背筋が凍った。


「死亡確認が取れない、と苛立っているそうです。近いうちに、大規模な捜索隊が組まれるかもしれません……」


ガストンは震えながらそう告げると、逃げるように部屋を出ていった。


静まり返った応接室。

膝の上の魔王様が、不愉快そうに目を細める。


「……勇者か。目障りなら、今すぐ消してやるが?」

「いいえ」


私は首を振った。

魔王様の力を使えば簡単だ。でも、それでは根本的な解決にならない。

それに、彼が来るというなら好都合だ。


「お客様が来るなら、最高のおもてなしを準備しないといけませんね」


私は指輪をはめた手を握りしめた。

ここはもう、私の城で、私の職場だ。

理不尽な元婚約者だろうと、全力で「接客げきたい」して差し上げましょう。


「ジェネラルさん! スタッフ総出でエントランスの改装ですよ! 『勇者様専用・激辛コース』を作ります!」


魔物たちの歓声が上がる。

私の第二の人生をかけた、究極の防衛戦(リゾート運営)が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ