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旅先の出来事

旅行代理店のせいでミコノス島の人気のない桟橋で六時間以上寒さに震えた話

掲載日:2025/11/08

 「私達日本語話せます」に騙されて入店してしまったアテネの旅行代理店(力士のような恰幅のおばさんが二人いたので「どすこいトラベル」とあだ名をつけました)で、うっかり契約してしまったエーゲ海巡りの話第三弾。

 ミコノス島の船着き場は人でごったがえしていた。

 1991年3月31日午前4時。が、その日からサマータイムなので、時計を1時間進めて5時にする。辺りはまだ真っ暗。日の出まで2時間余り。

 予約なしのツーリストを泊めようとする客引きの提示する値段を聞いて「ううっ。やっぱり予約なしで来るんだった」と思いつつ、どすこいトラベルで手配されているはずの迎えを探す。

 が……私と友人の名を呼んでくれる人は誰もいない。

 そして、とうとう周囲に誰もいなくなってしまった。

 何か事情があって迎えに来るのが遅れているのかも、と人気(ひとけ)のなくなった船着き場で待つ……が、待っても……待っても……来ない。

 宿の名前がわかっていれば自力で行く事もできたのに、前の宿を発った時点でまだ手配できていなかったらしい。「船着き場に迎えに行くから大丈夫」って感じだったのよねぇ。全然大丈夫じゃないんですけど。

 この時間だ。無駄とは思いつつ、事前に知らされていたこの島での連絡先(バンクツアーという旅行社)に連絡しようとしたけど、公衆電話が見当たらない。迎えが来た場合の為に友人を船着き場に残して公衆電話とバンクツアーの店舗を探しに行った。

 街灯はほとんどなく、起きている人の少ない時間帯なので家々の窓から漏れてくる明かりもない。迷路のような街をキーホルダーサイズの懐中電灯(マグライト)だけを頼りにあっちへこっちへと走り回る。

 バンクツアーは見つけられなかったけど、路上に公衆電話を見つけた。でも、バンクツアーにかけても、アテネのどすこいトラベルにかけても誰もでない。うん、わかってたけどね。

 ひょっとしたら迎えが来ているかも、と淡い期待を抱きつつ友人の所に戻ったけど、待っていたのは友人のみ。

 しかも、そこは待合所のあるフェリーターミナルなどではなく、吹きっさらしの桟橋。歯の根が合わなくなる寒さに耐えきれなくなって、その辺りでたった一軒灯りのついていたカフェに避難した。

 晩御飯を食べ損ねていたのでお腹はすいていたけど、食べている途中で迎えが来るかもしれない。船着き場が見える席で食べ物ではなくネスカフェを注文したら、ネスカフェのインスタントコーヒー・砂糖・クリーミングパウダーの小袋とスプーンが突っ込まれたカップとお湯が入ったポットが出てきた。

 迎えが来てくれれば一番だけど、来なくてもできるだけ長くここに居たいなぁと思っていたのに、他のお客さんは船が着いてすぐ入店した人が殆どだったみたいで、私達が席に着いた途端に帰り始め、店員さんが空席の椅子をテーブルの上に載せ始めた。

 終夜営業ではなく、船が入出港する時間帯だけ開けるお店だったらしい。退店を促された訳じゃないけど、がっつり掃除が始まってしまったのでネスカフェを飲み干して外へ出る。

 もう一度、友人を見張りに残してバンクツアーとどすこいトラベルに電話してみるが、やはり不通。

 荷物を抱えて船着き場の冷たい地面にへたりこんでしまった。


 ミコノス島の港の朝。

 藍色の海。白い家。

 これが夕飯すら食べ損ねた徹夜明けでなく、凍えるほど寒くなければ、どんなにか素晴らしかっただろう。

 シーズンオフの港は人気(ひとけ)もなく、疲れ果てて地面にへたっていた私の前を一羽のペリカンが横切る。

「あ、ペドロ君だ」

 そう、風切り羽根を切られてヨタヨタそこいらじゅうを歩き回っていたのは、ガイドブックでおなじみ島のマスコットのペドロ君。なんかくれ、という風に寄ってくるが、私の方がなんかくれ、と言いたい。

 そのまま膝を抱えて目を瞑っていたらいきなり犬にキスされた。飼い主らしき人は見当たらない。野良さんじゃないと思うけど。


 午前9時。やっぱり電話は繋がらない。

 そうこうしているうちに10時になり、いくらなんでももう営業しているだろうと再度電話に挑戦してみだけど、繋がらない。くっそー、絶対今日からサマータイムだって忘れてるよ。


 11時。また電話に挑戦。ミコノスの方はダメだったけど、どすこいトラベルと連絡が取れた。事情を話すとしばらく待ってもう一度電話をかけてこい、と言う。仕方がないので、そうした。

 ミコノスの代理店と連絡が取れない。宿の名前を教えるから、自分達でタクシーを使って行ってくれ、だってえェ!

 事前に宿の名前さえ教えてくれてれば、とっくにそうできてたんだよ!

 迎えが来ないってわかっていれば、船で一緒になった黒人と白人のハーフっぽい女の子からのルームシェアしようっていうお誘いを受けていたのに。迎えを待ってず――――っと、寒いのも、ひもじいのも我慢して、夜明かししたんだよ。

 バカァ、バカァ、バカァ……と口の中でつぶやきながらタクシーを探した。


 港から離れて街でタクシーを拾い、教えられた宿にたどり着いた私と友人は、遅い朝食(というかもうお昼だけど)をとった。

 ネスカフェとジュース、パン、バター、イチゴジャム。

 どうやらここでも『豪勢なアメリカンブレックファスト』には縁がないようだ。

 大体、宿からして農家が裏の畑をつぶして日曜大工で建てたような掘っ立て小屋感がある。どすこいで約束されたデラックスなホテルとはほど遠い。泊まった建物には食事をする場所もなくて、隣に建っていた家(多分オーナーの自宅)の生活感あふれるダイニングキッチンで食べたし。

  後で色々文句を言ってやらなくちゃと思いながら、とにかく風呂に入って寝るぞー、とやっぱりバスタブのないシャワールームへ。

「うっひゃー!」

 お湯がでない。いくら待ってもぬるま湯以下の温度。チョロチョロ。しかも、塩っぽい。余計に寒くなったうえ身体がベタベタになってしまった。宿のおばさんに言うと

「いつもなの」といなされる。

 暖房もない。身体が冷え切って歯の根が合わない。山ほど服を着たまま毛布を一枚余分に借りて(ベッドには薄い毛布一枚しかなかった)さらに持参していたアルミの保温シートをひろげて、寝た。身動きするたびに保温シートがバサバサ音をたてて、うるさくて寝つけなかったけど。


4月1日

 朝、宿にミコノスの代理店のおじさんがきた。昨日からサマータイムだと言うことを忘れて寝過ごしてしまい、気が付いた時には遅くなっていたから「ま、いっか」とそのまま迎えに来るのをやめてしまったらしい。

 ひどい! ひどすぎる!

 なんで一時間遅れでも迎えにこないかなぁ。二時間遅れでも三時間遅れでも六時間も放置されるよりましなんですけど。宿の名前も教えられてないんじゃ、自力で行く訳にいかないんだから。

 しかも、いくら交渉しても宿代の減額にもタクシー代の返却にも応じてくれない。ちゃんと泊まれなかったのはおじさんのせいなんだから、慰謝料をプラスしてくれてもいいくらいだと思うんだけど。

 で、おじさんが帰った後、また電話代を使うのも(しゃく)に障るし、電話だと英語でちゃんと交渉する自信もないので、ミコノスの代理店からファックスしてもらおうと、どすこいトラベル宛ての抗議文を作成した。ちゃんと対処してくれないと日本の海外旅行指南本の編集部に「アテネのアントツアーは使わない方がいい」って投稿しちゃうよ、って。

 もう少し英語力があったら今まで抱えてきた不満の数々を全部書き連ねたかったけど、英文にするのが面倒過ぎてちょっと触れただけにとどめた。「慰謝料よこせ」も言えない小心者なので、イラクリオンで使わされた分も含めてタクシー代とか電話代の実費を書き連ねただけだし。


 暗い中で探すより楽だと思っていたけど、明るくてもやっぱり迷路みたいな街並みのせいで代理店を探すのに手間取った。おまけに旅行業務は副業らしく、別の看板の方が大きくてバンクツアーと書かれた看板はすごく小さい。

 見つけてみると、昨日、そして今日も1回この店の前を通っている。大きい方の看板だけ見て、ここじゃないと思ったんだ。

 オフィスの前にどすこいトラベルでエーゲ海巡りの契約をしたという日本人の男の子が立っていた。ここからサントリーニ島に行く船が15日にならないと出ないらしくて天気が悪くてする事もないし、もうアテネに帰りたいって話をしにきたけど、店に誰もいないので待っているとの事。

 どすこいさん達、私達の時と同じで宿の手配も船の手配も後でいいやって、船のスケジュールも確認しないで契約したんだな。それで彼も私達と同じで宿の名前も船の出港時刻も聞かずに契約しちゃったって事なんだろう。「大体こんな感じでエーゲ海周りたいんですけど」的な。ああ、思い返す度に自分のアホさ加減が嫌になる。

 彼は二月半ばに日本を出て、スペイン・モロッコ・イタリアと旅してきたそう。友達に学生証を預けて代返を頼んできたので「多分二回生にあがってると思う」って言っていた。

 おじさんが来ないので、「これをどすこいトラベルにファックスしてください」という手紙と一緒に抗議文をドアに挟んでおく。


 一応ギリシアの名物料理も食べておこうと、安くておいしいと聞いた街の食堂(タベルナ)でムサカ(一人前650ドラクマ)を食べた。トマトとナスと玉ねぎとポテトとミンチとチーズとベシャメルソースのオーブン料理。ワインとサラダなんかも付けて二人で2100ドラクマ。


4月2日 

 体調悪くて宿で寝ていたら電話で呼び出されてバンクツアーへ。宿代はダメだったけど、イラクリオンで使った分も含めたタクシー代と電話代は返却されました。

注)ギリシアでコーヒー(カフェ)を頼むとフィルターを使わず、挽いたコーヒー豆と水を鍋で煮立て、カップの底に粉が沈むのを待ってから上澄みを飲むやつが出てくるので、日本で言うコーヒーはネスカフェと呼んでいた。


ギリシアのサマータイムは3月最終日曜日から10月最終日曜日まで。


当時1ドラクマは90銭以下。両替した日によっては82銭とか。


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