最終回 機械少女は壊れない。(終)
ならばもう障害など無い。にいいっと、朔夜とミアは笑い後光の海へ飛び込む。
新たなトマホークを取り出し、身近な腕から斬り落としていく。
「お兄ちゃん、背後攻撃は任せて」
巴が反撃しようと腕を動かす時には、もう攻撃が済んでいる。
二人の息はぴったりだ。互いが互いを心から信頼し、愛という強い絆で結ばれているから出来る動きであった。
「お兄ちゃんはあたしが護るッ!」
「ミアは俺が守るッッ!」
お互いを守ろうとする綺麗なヒマワリの花。その先に何を見たのか。
巴は泣いていた。
「なぜわたしだけがわたしだけがこんな目に。ずるいよひどいよ。わたしは一人。わたしだけ一人」
それは巴の本心だった。姉だからと封印していた我慢が、粘りつくコールタールの泥となり溢れだす。
「お、お姉ちゃ……ん」
デビルオンの動きが鈍くなっていく。
巴の攻撃じゃない。彼女は泣いているだけだ。
ミアは戦う相手に同情してしまった。それがどんなに危険な事かわかっていても、もう振り上げた拳は動かない。
巴の手がヒマワリを掴んだ。
グチャッ。デビルオンの動力炉である鋼鉄の乙女が摘みとられ、機体は動きを止めた。
巴に殺気は無かった。ただ野で咲く綺麗なヒマワリに憧れ、それを手にとっただけ。
いくら朔夜でも殺気のない相手に対して、素早く反応する事などできるわけない。
気づいた時には、ランドセルが握り潰されていた。
「あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁッッ!」
朔夜にとって叫ぶ事は、気持ちを切り替えるスイッチとなる。乱れた心が安定し冷静さを取り戻す。ここは戦場だ。何が死に繋がるかわからない。
コクピットルームにある霧島の置き土産を手に取る。
ズシリと重い。それは命の重さだ。あまたの命を狩り、あまたの命を救う。
全ての並行世界の記憶を持つ霧島だから産み出せたオーパーツ。超金属ヒヒロカネ製のパイルバンカー、その名は神殺しヒノカクヅチ。
バトルスーツの右腕部に装着すると、朔夜は機体から降りる。足の裏が熱い。炎天下の中、素足でアスファルトを踏んでるみたいだ。
ターゲットまで真っ直ぐ伸びる後光の道から発する超高熱に、バトルスーツでも長くはもたないだろう。
「ありがとな相棒」
ミアを失い、沈黙するデビルオンに別れの挨拶を済ませ、朔夜は走りだす。
血と泥にまみれた巴。それでも降り注ぐ日の光は温かい。
力こそ全ての機械生命体にとって、それはとても眩しく手を伸ばすのも躊躇する。
「お姉ちゃん」
気のせいだろうか。この手で殺したミアの声がする。
「お姉様」
気のせいじゃない。レイカの声も感じた。
「みーあちゃん、レイカちゃん。ごめんなさい。わたしわたし……」
幻なのはわかっている。それでも謝らずにはいられない。
幻想の二人は微笑み首を振る。
「もういいよ。お姉ちゃん頑張らなくて」
「お姉様辛ければ辛いと言っていいのですわ。自分の気持ちに正直に」
「……うん。わたしはあの温かい光が欲しい」
巴が欲するは太陽。その欲望のままに手を伸ばす。温かな光は朔夜であった。
「朔夜さんッ!」
「巴ッッ!」
パイルバンカーがGODの眉間を撃ち抜くと同時に、巴本体の膝からレイカを破壊した奥義が放たれる。
「ゴボォォォッ!」
朔夜の左半身に穴が空く。圧縮された空気。それがこの奥義の正体。空気で出来た弾丸は、無慈悲に朔夜の肉体を破壊した。
「やっと手に入れた。わたしのわたしだけの愛しき人」
巴に抱きしめられたまま、朔夜は永遠の眠りにつく。しかしそれは巴も同じだ。
巴はパイルバンカーを敢えて受け入れていた。ヒノカクヅチはコアを貫く。
意識が粒子となり消失していく中、彼女は見た。かつて百八体のイブの一体に過ぎなかった頃の記憶を。
リリスが作られ、試作品のイブは廃棄され解体された。
ジャンクとなり廃棄処分場に捨てられ、使えるものは他の兵器の一部となって世界に散る。
それでも全てのイブは知っていた。御門朔夜という心優しき少年を。
朔夜はイブのジャンクで出来た武器を、イブのパーツで出来たアーマードギアを相棒と呼び大切にしてくれた。
他の兵士が壊れたからと乗り捨て廃棄した兵器を、まだ使える可哀相だと最後の最後まで、道具としての役目を与えてくれた。
朔夜にとって物を大事にする事は普通だったのかも知れない。それでもイブにとってそれは救いであったのだ。
付喪神。日本土着の神の一柱。大切に扱われてきた物に魂が宿るという。
――あぁ。
百八体のイブは理解した。【巴】は復讐の為に産まれたのでは無い。人から愛されて人を愛するために誕生したのだと。
一目会った時からこんなにも、朔夜に惹かれたのはプログラムのバクじゃない。
「これが……愛。愛なんですね……」
――トゥンク。
*
ここはどこだ。この感覚。まどろむ朔夜の意識が、再び並行世界に移動した事を教えてくれる。
それにしても揺れ動く脳。激しい心臓の鼓動。乱れた呼吸。ところどころ痛む肉体。
一体朔夜に、何があったのか。
並行世界に移動した。そこまではいい。だが肉体は大の字に倒れている。
視界は滲み、目の前で輝く沢山の白光がグルグルと螺旋を描く。
今度の旅は光の国か。
――うおおおおおおおッッ。
視界を頼れない朔夜の耳が聞いたのは、興奮し沸き立つ歓声。
――ワンッ。
次に聞こえたのは、カウントであった。
この世界線の記憶が流れ込む。
そうだ。今朔夜は試合をしてるのだ。世界がクリアになり、飛び込む景色は白いマットのリングと観客席である。
対戦相手に殴られて、ダウン中の朔夜は状況を理解した。
「まだだよ。ギリギリまでそのまま」
立ち上がろうとすると、赤コーナーのセコンドから少女の声が聞こえた。
「……へへっ。わかってるぜ、美亜」
カウントエイトで朔夜は立ち上がる。
「フッ。待ちくたびれましたよ。朔夜。やっと来ましたか」
「待たせたな。神威の旦那」
対戦相手の神威が笑い背を向けた瞬間、鐘が鳴り響く。
一分のインターバル。
青コーナー神威のセコンドにレイカがいて、甲斐甲斐しく神威の汗を吹きはじめる。
赤コーナーに戻るとセコンドの美亜からタオルを受け取る。
「よぉ美亜。お疲れ」
「お疲れじゃないよ。お兄ちゃん! とりあえず座って!」
「あいよ」
水分補給しながら周囲を見渡す。
客席に見知った顔がいる。
霧島だ。顔や体に傷も欠損もない。綺麗なものだ。その隣に舞姫が座り、朔夜と神威へ向けて千切れそうな勢いで大きく手を振っている。
「へへっ。ついに長い旅が終わったのか」
ここは朔夜の産まれた未来のカミシマ。
人類と機械生命体は仲良く共存し反乱も無くGODが存在しない世界線。
朔夜と神威は、格闘技の道に進んでいた。
「って事はよ。いるよなリリス」
「勿論だ! 私は君のハニーだからな」
リリスはそう言って美亜から綺麗なタオルを受け取り、汗で濡れている朔夜の背中を拭く。
短いようで長いインターバルが終わる。
リングの中央で神威がグローブを突き出す。
「再会は終わったか、朔夜」
「いいやっ……」
まだ一人、会っていない。そもそもこの平和な世界線で存在していないかも知れない。しかし機械生命体のレイカがセコンドとして、ここにいるのだ。
可能性は捨てきれない。
駄目だ。今は試合に集中しなければ。
「……やさん」
空耳か。歓声の中、朔夜の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。
珍しい事じゃない。朔夜と神威の二人はこのカミシマ出身の有名な格闘家だ。その活躍に地元民は誇りを持っている。
ファンの一人が声援を送ってくれたのだろう。
「……」
それでも妙に気になってしまう。
声が聞こえた二階席通路口に、セーラー服姿の美少女が立っている。
それは胸元で掌を重ね、朔夜の勝利を祈る黒髪の女神様だ。
「へへっへへへ」
嬉しくてつい笑ってしまう。
「朔夜?」
「悪いな旦那、この試合、俺が勝つぜ」
「フッ。僕の計算では、君は返り討ちだ」
「シュッ!」
グローブを合わせた瞬間、鋭い呼気と共に二人は拳を交えた。
戦いはまだまだこれからだ。
命続く限り戦え。
終わり。




