ミーア・リターンズ。
波の音が聞こえる。近くに海があるのだ。
「気持ちいいリズムだね。お兄ちゃん」
「あぁそうだな、みーあ」
地球の鼓動が波となり、命の息吹は海風が運んでくる。
生きているのだ。地球も。その母なる腕の中で我らも。
そして人が造りだした機械生命体もだ。
「ふふんふふんるんたった」
朔夜と手を繋ぎ、ぴったり寄り添うミアはご機嫌で歌っている。
パワードスーツでもバッテリーでもない。朔夜のよく知るツインテールのミアの姿でだ。
世界線を移動し再び戻って来たのだ。百年前の神嶋市へ。
時刻は日付が変わろうとしていた。商店街のシャッターは閉まり、人の通りは殆ど無い。
信じられない光景だ。地下シェルター育ちの朔夜からしたら、夜に外出するなんて狂気の沙汰としか思えない。
資料では知っていたが、実際この目で見ると衝撃過ぎた。
百年だ。僅か百年で人類は、地球の王の座を機械生命体に奪われてしまう。
そんな並行世界なんて必要ない。
朔夜とミアはフードを深く被りなおし、海辺目指して歩みを早めた。
腕時計型のバックルに表示されるは、自分達以外の二つの光。
「旦那」
神威とレイカはそこにいる。
砂浜が足の形に沈み込む。
この場所だ。最初の世界線で、神威達と戦ったのは。
「今回は待ち伏せしないんだな。神威の旦那」
「早かったな。朔夜待っていたよ」
砂浜で座る神威は静かに、海を眺めていた。
殺気を全く感じない。まるで別人格のジンの様に穏やかだ。
レイカは何処にいる。キョロキョロと周囲を見渡すが見えるのは、流木やテトラポットだけ。
身を隠すとしたら、その辺りか。
「フッ。レイカが気になるようですね。彼女は散歩をしてます。ミア迎えを頼みますよ」
「どうするお兄ちゃん?」
ミアはレイカがGODの始祖になる事を知っている。
どうするとは、戦うのかと聞いてるのだ。
「一緒に帰ってくるんだ。旦那とここで待っている」
一人で姉妹殺しの罪を背負わせない。
「うん。わかった」
「さてと、朔夜座りませんか? あつ苦しい野郎の隣ですけど」
「へへっ。自分でいうかよ」
「覚えてますか? 朔夜。僕達最初の出会いを」
「忘れるかよ」
*
家族が殺された。朔夜の前で。
人という種を地球上からデリートするため産まれた、機械生命体の手でだ。
複数の世界線を超え、沢山の朔夜の記憶が混ざり合う。その弊害か。混乱し印象の強い出来事も、混沌として詳細は霧の中。
夢を見てるみたいで、曖昧な矛盾の世界だ。
それでも覚えている。
六本脚の巨大機械生命体により、無惨にも奪われる命達を。
「……アァァァァッッ!」
朔夜は叫んだ。声なき声で吼えた。真紅の海で溺死する寸前、海面へと顔を出す。
地獄だ。ここは。朔夜以外に生きている者は無し。
人類の叡智の象徴である人工知能が、同じ叡智である建築物を破壊していく。
朔夜達はその巻き添えを食らったのだ。
ふざけている。タイミング悪くたまたまそこにいた者達は、無駄に命を落としたのだ。
命の価値とはそこまで軽いものなのか。
朔夜は頭部を強くうち、額から流血している。
今思えばそれがトリガーだったのかも知れない。朔夜が脳のリミッターを外せるきっかけになったのは。
「あぎぃぃぃるッ!」
紅に染まった朔夜の名を呼ぶ者はもういない。
咆哮し睨みつけるは家族の敵だ。
錆た臭いが鼻を刺激する。血か。それともオイルの臭いか。不愉快だ。
「この臭いを止めてやるッッ!」
六本足の一本に鉄骨が突き刺さっている事に、朔夜は気づいた。
足下へ近づく朔夜は、ブンブンと煩いハエだ。追い払うため機械の足が動く。
百パーセント開放された脳により、超人となった朔夜の視界が捉えるのは、ゆっくりと降りてくる鉄塊。
巨大故に動きはどうしても、人と比べて遅い。それにしてもゆっくり過ぎた。
足裏に貼られた、滑り止めの溝一本一本まで見える。
どうしてかわかる。全てのスペックが、最大値を超えているからだ。
いつまでそれが続くかわからない。続いても肉体に限界が来るかも知れない。
「へへっ」
ならばその前に片づければいい。朔夜は笑い足に飛びつき、鉄骨が食い込む膝関節へ近づく。
ギギギギと悲鳴をあげ、こぼれていく火花が熱い。
関節が駆動するたび外装がめくれていく。
朔夜の狙いはこれだ。
むき出しになっていく、ナノマシーンが寄生して造りだした歪なジャンクの中身。
動くたび突き刺さっている鉄骨に、赤や青の神経がダメージを負う。
ほっといてもこの足は、使い物にならなくなる。その時間を早めるため朔夜は短刀を差しこむ。
機械生命体に侵略された世界で、朔夜は育ち生きている。
戦い方は知っていた。
刃が神経に斬りこみを入れる。これで反撃の準備は整う。ここから不具合が生まれ一時、動作を停止するはず。
その前にアソコへ移動しなければ。
朔夜の鋭い目が、機械生命体の背中を睨む。アソコにバッテリーであるコアが接続されているのだ。
「あらよっと」
コアが眠るランドセルへたどり着く。
ギギギギ。軋む音が高くなり機体は止まる。
今のうちだ。再起動するまでの一分一秒無駄に出来ない。
ナイフの刃をランドセルのハッチへ突き刺さす。
思った通りだ。機械生命体達はボディをメンテナンスしない。
人と違い物を大切に扱うという事がない。壊れたら廃棄しまた作ればいいと考えている。
赤錆が浮かぶハッチをあけるのに、そう時間はかからなかった。
外気が冷気を引き込む。
ハッチの中央に浮かぶは、ハートマークのコアバッテリー(鋼鉄の乙女)。
これが巨大機械生命体の本体であり、全てであった。寄生し増殖するナノマシーンの元がこれである。
「人類舐めんなッッ! からくり人形がッッ!」
「ふうっ……仇は討ったぜ……皆」
コアが破壊され完全停止。脱力し大地に頭を擦りつける巨大機械生命体の上で、朔夜は一息つく。
手元には刃が根元から折れたボロボロのナイフが置いてある。
「今までありがとな。相棒」
機械生命体のジャンクから武器に使えそうなパーツを探そう。奴らと戦うには同じ材質が経験上いいと、朔夜はそう思い疲れ果て鉛となった肉体に鞭を打つ。
刃になりそうな物はないか。パーツを漁っていると影に覆われた。
気配を感じさせない。新手の敵なら危険だ。接近を許してしまった。
慌てて顔をあげ身構えるとそこには、山がいた。
身長二メートル。体重百キロの白銀髪の巨漢が、朔夜を見ている。
「に、人間かよ。驚いたぜ」
「これは君がやったのですか?」
「へぇ。何故そう思う? ジャンク漁りのゴロつきとか思わないか。普通はよ」
「ゴロつき? そうは見えませんね」
白銀髪の男はゴーグル型のメガネをかけ瞳の色が違うオッドアイが、朔夜と機械生命体を交互に見ていた。
「アンタ、ニホン国の兵隊か。その白い軍服、はじめて見るぜ」
――フッ。男の分厚い唇は、笑みの形へ変わった。
「どの国にも属していません。僕は傭兵ですよ」
男の腕章に描かれるは、血に染まる掌。
「傭兵部隊レッドアームズかよ。噂だと確か世界中の機械生命体を狩って、苦いコーヒー飲むんだよな」
「フフッ。甘いコーヒーも飲みますよ。自己紹介がまだでした。神威了です。猛禽類の瞳を持つ少年よ」
「御門朔夜だぜ。神威の旦那。アンタに頼みがある。俺を部隊に入れてくれ。機械生命体を全て破壊する力が欲しい」
「勿論です。僕達は来る者拒みません。それに最初から君をスカウトしようと、声をかけたのですからね」
それが二人の出会い。運命の歯車が回りだした始まりの刻。
*
朔夜と神威は無言で海を見ていた。
「なぁ旦那にも記憶あるんだよな?」
「ありますよ。ジンの頃の世界線の記憶がね。お嬢に舞姫。家族のいない僕にとって、かけがえのない宝物です」
「ならわかった筈だ。家族を失う悲しみが」
「わかってますよ。僕はレイカを失いたくない。だから君を殺す。朔夜」
「そう来るよな。最初の世界線でも、アンタはそうだった」
脳のリミッターを外す。これにより人が持つポテンシャルを百パーセント開放できる。
目にも止まらぬ速度で、朔夜はサイレンサーのついた銃を引き抜く。
狙いは躊躇せず、眉間に向けてトリガーを二度引いた。
波の音に溶け込むわずかな銃声と潮に紛れた硝煙の匂いが、神威を撃つ。
神威の白いロングコートが海風でなびく。
左右の掌は小型の斧を握りしめていた。
彼もまた脳のリミッターが開放されし、常人を遙かに凌ぐ者。
そのオッドアイの瞳は、弾丸の弾道でさえも見逃さない。
音も無く忍び寄る両刀の刃が空を切り裂く。
綺麗な断面で二等分に分かれた弾丸は、大きく軌道を外し海と砂浜へ不時着する。
「へへっ。そう簡単にいかねぇよな」
「最初の世界線でのリベンジですよ。朔夜!」
「結構根に持つタイプだよな。お似合いだぜレイカと旦那は!」
「フッ。君とミアもお似合いですよ。ノリだけで生きている!」




