円環 終わりと始まり。(後編)
「――――!!」
朔夜は声なき叫びをあげた。ジンはどんなリアクションを取っているのだろうか。わからない。怒りで視界が真っ赤に汚れたからだ。
ガチャリ。脳の中で何かが動く。それは人間が繁栄するには必要無いと、進化の果てに封じられた一つの可能性であった。
牢獄に閉じ込められ手枷足枷された可能性という名の獣が、涙を流して手を必死に伸ばし誰かを助けようとしている。
血に染まる薄汚れた世界で唯一純白の存在である真紅髪の少女が、目の前で無数の魑魅魍魎に犯され穢され汚される。
「ギィィィッ!」
額に角を生やした獣は少女を救おうとするのだが、手足を拘束する太い鎖はそれを許さない。
――ガチャガチャガチャガチャ。ガチャガチャガチャガチャ。
無駄だ。どんなに暴れようが、戦う為に作られた全ての生命体の中で限りなく凶暴で凶悪の種。母なる地球女神さえ殺せるヒノカクヅチ、火の力を手に入れた獣は神により危険と判断され太古の昔、人が獣であった時デフォとして持っていた力。【限りなく無限の闘争本能】を切り離され封じられている。
故にそれを操り他の同種族を殺し唯一となった現世人類は、脳にリミッターがかけられていた。それでもだ。僅かに使える残滓でさえ、凶悪で凶暴。今でも人類は共食いし、母なる地球を喰らおうとする。
その封じられた力を牢獄の中で朔夜は欲した。
「――素晴らしい。もがき足掻く。神と人の間に生まれ堕ちた人間という種は封じられた禁忌さえ操ろうというのか」
白衣を着た霧島大全が、牢獄の中で獣となり慟哭する朔夜に真っ赤な林檎を差し出す。
「奪え。奴らから命を」
ニイイイッ。霧島の口角は耳まで裂け蛇の様な顔で笑った。
あくまでもこれら全て脳内のイメージだ。霧島もいないし手渡された林檎も無い。現実では一秒にも満たない時間で起きた出来事。それでも脳のリミッターを外すには充分だ。
「――限りなく無限の闘争」
ガチャ。鍵の外れた音が鳴り獣は世に放たれる。
「あぎぃぃるッ!」
脳で眠る全ての力を引き出し、人本来の能力に覚醒した朔夜は近くのレプリカに飛びつき、素手で頭部を引きちぎる。
バトルスーツを纏うとはいえ、常軌を逸してる。だがこれこそ、脳のリミッターを外した真の人の姿。神話の時代、人間を創りし上位者神に封じられた魔獣の力。
遙か昔から語られる、お伽話の獣人達は先祖がえりしてこの力に覚醒した者。鬼、悪魔、妖怪。怪異と呼ばれた者達だったのだろう。
「貴様ら全てを破壊してやるッッ!」
*
機械軍団と朔夜が戦う中、ジンもまた自らのやり方でリミッターを外す。
ジンの狙いは只一人、鴉。
オリジナルを守る為、レプリカ達が襲いかかる。しかし魔獣の力に覚醒した今、もはや障害物にもならない。
「邪魔ですよ」
斧の一振りで強度あるボディーは紙くずとなり、儚く散っていく。
「娘達よ。ジン様の相手はわたくしが。貴女達は御門朔夜を。ここが分岐の時。勝利し、我らの未来を掴みとる」
「はイ。オ母さマ」
母。娘。確かにそう言った。鴉の正体は間違い無く彼女だ。
ジンにとって彼女は呪いでしかない。朔夜や霧島と違いこの世界線での神威、ジンにとって機械少女は忌むべき存在。恋愛感情などあるわけが無かった。
幼き頃、機械生命体に両親を殺され孤児であった神威ジンと舞姫は、リリスの父、霧島大全の元で育てられた。
三人が聞かされたのは、英雄荒神王と畏敬の念で呼ばれた救世主。人類を裏切り龍神王と恐れられた破壊者の物語。
その破壊者が自分と同姓同名と知った幼い神威は、ジンと名乗った。信じる信じないの話では無い。単純に気分が悪かったからだ。
家族を殺す元凶と同じ名などいらない。
先日御門朔夜が現れ、お伽話は並行世界で起きた出来事と知る。
信じ上手く立ち回れば二人の妹、リリスと舞姫は救えたかも知れないのに。
ジンは自分を許せない。それ以上に機械生命体を許さない。
「ぬんッ!」
渾身の一撃は鴉の仮面を吹き飛ばした。
青みがかった長い黒髪が風になびく。炎の灯りで色味は変わりとても綺麗だ。
抜けるような白い肌にうっすらと血管が透けて見える。人間にしか思えないその造形。失った妻を取り戻したい霧島の想いが込められていた。
綺麗な人だ。一瞬でジンの心は奪われる。
――この人の為なら僕は……。
斬。空間を切り裂くレイカの刃がジンの死角から飛び出し、上半身と下半身を一刀両断。命の炎が霞む。
*
「何やってる何やってんだァァ レイカッッ!」
朔夜は鴉の素顔を見て直ぐにレイカと分かった。最悪だ。分かっているのか。ジンの本名は……。
「邪魔な人間を排除しただけよ」
刀についた血の雫を払い、朔夜が大切に抱きかかえているリリスと舞姫の首に視線を移す。
「クスクス、その二人何故死んだかわかるかしら? 貴方が大切にしていたからよ。百年に渡るわたくしの苦しみ、これで少しは理解したかしらね。御門朔夜」
百年前、朔夜が神威を殺さなければ、レイカはGODとならず霧島の家族は死なずリリスシリーズも造られない。
百年前から分岐した数々の並行世界は誕生せず、人類は今も地球の王者として君臨していた筈。
人類が太陽から隠れ世界が闇に覆われたのは、朔夜のせいなのか。霧島のお伽話。荒神王戦記に出てくる世界の破壊者、龍神王とは神威了では無く御門朔夜なのか。
「どうでもいいッ!」
それが罪だというならば全て受け入れる。言い訳するつもりも無い。
朔夜にとって今言うべきは只一つ。
「レイカ分かっているのか。お前が手にかけたのは、この暗黒時代で生きている神威了だ」
「嘘ね。わたくしがあの人を忘れるわけがない。それに例えそうだとしても、わたくしの旦那様は百年前のあの人だけよ」
虚勢だ。レイカの体はブルブル震えている。思考プログラムに、復讐以外の新たなる感情が産まれようとしていた。
――カランッ。仰向けに倒れているジンのヘルメットが外れた音が鳴る。
「……レイカ。それに朔夜。ふむ。ここはカミシマですか」
ジンであった器のオッドアイが白銀に輝く。間違いない。この青年の魂は今、上書きされた。
「……神威なのか」
「いやぁぁぁ旦那様。わたくし何てことを」
刀が手からこぼれ落ち、レイカはヨロヨロとふらつく足取りで、上半身だけになった神威に近づいていく。朔夜はそれを黙って見ていた。あの状態だ。もう長くない。命の炎が消えようとしている。
神の慈悲か悪魔の気まぐれか。
神威了も朔夜と同じ異能力。並行世界を移動する時間超越者であったのだ。
「旦那様旦那様旦那様ぁぁぁぁ」
泣いている。機械である美しい少女が涙を流し、自ら手にかけた愛する男を抱きしめ泣きじゃくる。
同じだ。人間と変わらない。機械生命体もまた、地球で育つ命。選択さえ誤らなければ、人間との共存も不可能ではない。
「愛してるよ。レイカ」
神威は柔らかい表情で微笑み、銃をぬく。
「旦那ッ!」
「朔夜、また会おう。わかるなこの意味が」
――ダァァンッ。
自らの額を撃ち抜き、神威は死んだ。
リリス、舞姫、神威の遺体を埋葬する朔夜を、レイカと機械軍団は後方で見ている。
斧を墓標として突き立て手を合わせた朔夜は、レイカに「待たせたな」と声をかけた。
「……決着をつけましょう、御門朔夜。人類の魂全てをあの人へ捧げるわ」
「させねぇよ。お前を殺し神威を止めてやる」
バチバチバチバチ。砂埃が螺旋を描き火花が散る。それを合図に朔夜とレイカは走りだす。中央で激突する二人の武器は、互いの胸を貫く。
朔夜のパイルバンカーは心臓と共にコアを潰し、レイカの空間を斬る刀はバトルスーツを飛び越え朔夜の心臓を突き刺した。
――――。
――。
――ざぱぁん。
最初に朔夜が感じたのは、波の音であった。
「どうしたのお兄ちゃん? おっぱい触る?」
心配そうに顔を覗き込むは、ツインテールの美少女。
「……ミア」
幻では無い。繋がれた掌から体温が伝わってくる。生きているミアが朔夜の隣で笑みを浮かべていた。




