8 帰ろうとしたが……
「貴方も見たと思うけど、私達って本当にお互い仲悪いから。それなのにあのババア、死ぬ前に私と母さんを食事に呼んだの。父さん死んで落ち込んでるでしょうって。絶対そんな気遣いするような人間じゃないから、毒でも盛られるんじゃないかと思って断りたかったけど母さんが受けちゃったんだ。断るとまた愚痴愚痴うるさいからって。しょうがないから食事してきたんだけどその日に死んじゃったじゃん。しかも聞く限りじゃ食中毒って言うけど、絶対ない」
「ない?」
「あの日同じ物私も食べてるけど、私も母さんもなんともないんだよ? 怪しかったから私あのババアが食べたものしか食べてないもの」
なかなか賢い、というかたくましい子だなと関心する。確かに突然親切にされたら不信感を抱き警戒はするだろうが、咄嗟によくそこまで考え付いたものだ。
「祟りがあるとは思えないけど、食中毒なんかじゃない。それだけ」
言う事だけ言うと里津子は踵を返してどこかに行ってしまった。祟りは信じていない、と言っていたがそれは明らかに噓だろうと思う。殺人事件だと思っているならもっと気味悪がっているはずだ。目に見えない何かの仕業ではないか、対処できない大変な事なのではないかと脅えているからそわそわと落ち着かないのだろう。そう思わせる何かがあるとしたら、彼女の方がこの祠や言い伝えには詳しいかもしれない。
とにかく三番目の死者について新たな情報はもらった。さて、と提供された客室へ戻ると一華も戻ってきた。しかしその表情は微妙で、あまり成果はなかったようだ。
『一応見る?』
中嶋に憑依し、一華が見てきた清隆の母の記憶を見せてもらう。そこには、疲れてしょっちゅう腰をかけたり素通りしたりと祠を物凄くどうでもいい扱いをする姿。挙句親族とのいざこざでイラつきストレス発散に蹴っ飛ばしている記憶もあった。
「てめえも蹴飛ばしてんじゃねえかババア」
ビキっと額に青筋を浮かべて呟くと一華が憑依を解く。
『要するに、本来の形全然覚えてない』
「あいつら日ごろの行いが悪すぎて天罰下ってるだけなんじゃねえのか?」
はああ、と大きくため息をついて天井を仰ぐ。掛け時計を見ればすでに夕方になっていた。もう少し調べたらもう退散するか、と一応荷物をまとめ始める。
ここを離れてしまえばこちらのもの、後は頭の回転の早い者か、佐藤自身にバトンタッチして日を改めて来させればいい。携帯を見たが相変わらず佐藤からのメールも着信もなかった。あの親父め、と小さく毒づく。
残っている親族に聞き取り調査を行い、一応まとめてみるとどうやら本当に親族内にはあからさまに怪しい人物はいないようだ。話をしない者もいたしアリバイなど証明できるはずもなく全員が犯行可能だが、話している感じではピンと来る人物はいない。そのあたりは経験上の勘も入るので確実な事は言えないが。
唯一気になるのは中嶋の部屋を盗み聞きしていた三十代の男。一華の話では彼も祟りに脅えた様子があるらしいのだが、聞き取りには応じなかったのでイマイチどんな人物像なのかわからない。
中嶋のことが信用できないからと名刺を欲しがったのが引っかかった事ではある。確かに相手の立場で考えれば信用できないのも質疑に応答しないのもおかしな事ではない。しかし、営業マンの挨拶でもないのに名刺を普通欲しがるだろうか。清隆が雇ったのだから彼に言えば中嶋の詳細はわかる。仲が悪いからそちらを頼る事をしたくなかったのかもしれないが、似たような境遇で身分の証明できるものを求められ名刺を欲しがられた経験は今までない。
名刺には住所も電話番号も載っているので、自分で事務所の事を調べるつもりだろうとは思うが。
聞き取りに思ったよりも時間がかかったので、今日は一度帰ると清隆に告げた。
「泊まっていっても構いませんよ、どうせ部屋余ってるし」
「いえ、準備してきてないので。今日は初期調査ですし、こういうのが得意な人間を連れてきます。自分の見立てでは、殺人ではないと思いますけどね。不運が重なっただけのように思います」
言いながら足早に玄関を出て、乗ってきた車に近づいた時だった。清隆の母が車の傍でしゃがみこんでいる。
「どうしました?」
声をかけたが反応はない。そういえば耳が遠いんだった、と耳元に近づこうとしたが一華が気づいた。
『サトちゃん、タイヤパンクしてない?』
「え」
見れば確かに車体が数センチ低くなっている気がする。慌ててしゃがんで見ると、完全に空気が抜けてダメになっていた。しかも四つ全部だ。




