1 遠方の依頼
車を走らせて二時間、風景が都会からのどかな田園風景になり車や人の数も減ってきた。チラリと備え付けのナビを見ればそこは今通っている一本の道しか映っていない。
「マジかよ、この辺ナビ対応してねえし。どんだけ田舎なんだよ」
『そりゃあ地名入れたら北海道の端が表示されたくらいですからねえ。どこまで旅立つのかと思いましたよ』
今中嶋が車を走らせて向かっているのは依頼人の家だった。地名を調べたら電車が近くを通っていないほど田舎で、車で行くしかなかったのだがナビも対応できていないという辺境っぷりだ。同じ地名がたまたま北海道にあり、到着まで十九時間かかりますとナビが示したときは小杉が口元を押さえて静かに笑っていた。
普段ならこんな遠い場所への依頼は断っているのだが、今回は事情があって引き受けた。依頼人は以前佐藤に世話になり、佐藤探偵事務所を信用しているので是非お願いしたいと言って来たのだ。遠いし佐藤が不在だからと遠まわしに渋ると、破格の報酬額を用意してきた。そして今非常に事態が切迫している事と、家自体に問題があるのでどうしても来て貰いたいと言うのだ。何があるのか聞いても実際見てもらわないと説明しようがないと詳しくは教えて貰えない。
佐藤に連絡をしても返事がなく、その後依頼を受けて欲しいという電話が通算三十回を超えたあたりで中嶋が折れた。初期調査ということで様子見に来たのだ。
「俺の専門尾行と張り込みなんだけどな」
『まあまあ愚痴らない。いつも同じ圏内しか移動しないんだし、気分転換ですよ。帰りにサービスエリアでも寄って美味しいもの食べればいいじゃないですか』
何もない風景にも関わらずわくわくと外を見る一華はどこか楽しそうだ。それはそうだろう、一華は自分だけで移動できる範囲は少なく、どこかに行くには誰かにとりつかなければならないのだ。こういう遠出でもしない限り、成仏できない一華はずっとあの探偵事務所と周辺のみの移動範囲となっている。今回小杉が中嶋に行ってきてはどうかと言ったのも、どちらかというと一華を気遣っての事だったのだろう。
『それで今回の依頼って本当に何も教えてくれなかったんですか?』
「いや、ざっくりとは聞いた。昔怪奇現象みたいのが起きて、そういうオカルトっぽいのを信じてないそこの息子が所長を呼んだそうだ。調べた結果怪奇現象っぽく見せて家から関係者を追い出そうとしたじいさんの仕業だったらしい」
『おじいさんなんでそんな手の込んだことを』
「ありがちありがち。遺産相続で揉め始めたから親族追い出そうとしたんだってよ。ただ金に群がる親族がウザかったのは息子も同じだったからじいさんとばあさんと息子だけの秘密にしたらしいけどな。所長は幽霊を見た! って騒いで協力したんだそうだ。だから今回この件は絶対しゃべらないでくれって。で、すっかり怪奇現象の起こる家と親族からびびられるようになったわけだが、今回何もしてないのにおかしな事が起きてるから誰の仕業か調べて欲しいそうだ」
とんでもない田舎なので小さな派出所が一つあるだけ、しかも人がいないからと定年退職したOBが勤務している程度らしい。一応その人に見てもらっても何もわからなかったので、探偵に頼むことにしたそうだ。
「今回はあくまで初期調査、あとはマジで所長にブン投げる予定だからさくっと帰るぞ」
『サトちゃん、そういう事言ってると帰れなくなったりするもんですよ。クローズドサークルの殺人現場で俺は部屋に戻るからな! 誰も入るなよ! って言って次の日死体で見つかる人みたいな感じで』
「嫌なこと言うなよ。ちょっと自分でも思ったから」
『そういうのは言葉にすると実現するもんです。幽霊仲間にならないよう気をつけて下さいよ。あ、ナビ消えちゃった』
一華の声にナビを再び見れば、「信号を受信できません」という表示が出ている。
北海道への案内が出た時点でナビは頼りにならないかもということで地図は見てきたし持ってきている。分かれ道はいくつかあるが、基本的にひたすら真っ直ぐ進めばいいだけなので間違えようがないからいいのだが。
『これも怪奇現象の一つだったりして』
「どうだろうな」
冗談で一華は言ったのだが中嶋の反応は予想に反してテンションの低いものだった。運転しているから集中しているだけかもしれないが、先ほどと違って笑顔がない。