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7章 それぞれの思惑



短かった夏休みも終わり、今日から新学期がやってくる。ちなみに冬にあるテストもあっという間にやってくるため私と陽は夏休み返上で毎日のように自主練に通っていた。そしてだらしない私を見て呆れたのか陽は……


「朝日奈さん起きて!今日から学校だから遅刻するわけには行かないよぉ!」

「あと5ふん……」

「それさっきも聞いた!朝ご飯作ったから冷めないうちにはやく食べて!朝日奈さんが好きなアサトバルエルン焼いてるから!」

「アサトバルエルン……!」


陽に教えてもらったアサトバルエルンはとてもおいしいウィンナー。しかしそれをもってしても眠すぎて起きる気にはならない。だが、私は心得ていた。しばらくこうして寝ていると、奴は必ずある行動を起こす。


「ほら、持ってきたから食べて!前自主練で食べな過ぎて気を失いかけてたでしょ!ほら、今日も訓練があるんだから!早く口開けて!」

「あ……」

「ほら、あーん!!」


そう、無理矢理詰め込んでくれる。最初の方は陽に言われたら真面目に起きて真面目に食べていたんだが、一度どうしても起きられなかったときに部屋でモソモソしてたら食べさせてくれるようになった。それ以来ずっと陽に食べさせてもらっている。


「もう!僕君のお母さんじゃないんだけど」

「パパ……」

「パパでもありません!次はスクランブルエッグね!早く口開けて!」

「ああ」


そうこうしてると朝ご飯の時間は終わり、陽が皿を洗っといてくれる。その間に制服に着替え、登校するための準備をした。


「やっと起きた!もう準備出来てるから早く行こう!」

「ん……」


こんなことしているが一緒に住んでるわけではないし、当たり前だが付き合ってもいない。そこは勘違いしないでほしいものだ。陽が準備した荷物をもって外に出る。


「行ってきます!」

「ん、行ってきます」


一緒には住んでないくせに2人で行ってきますというのは少しむずがゆく感じた。


***


「夏休みも終わり、そろそろ定期テストに入ります。今回は学科試験もあるので勉強してきてくださいね。ほとんどが夏休み前にやったことや課題から出題されますので各自見直しと反復をお願いします。それでは以上です」


夏休み前と全く変わらない一般男性のお知らせを聞き、2人で実技室に向かう。今日も帰り際に2人で練習して、その後に走り込み、陽が朝作り置きしてくれたご飯を家で食べる予定だ。


「陽、早く行くぞ」

「うん!」


陽が薬を飲んだことを確認してから荷物を持って教室を出る。廊下に出るとニヤニヤした天野弟と目が合った。


「なあ!名前呼びしてるじゃんか!いつからだ?立ち会わせろよ!俺だってあの会話の中に混じってたんだぜ!」

「お前は盗み聞きのことを会話に参加した扱いするのか」

「盗まれたの俺の戦闘機の方なんだけど」

「そうだったな」


陽は顔を赤くしながら天野兄に助けを求めていた。相変わらず私に対して思うところがあるのかこっちを見ようともしない。夏休みを開けてもなおコイツの問題は解決していないようだった。


「青島さんたちは今日も自主練ですか?」

「まあそんなところ」

「実君たちもどうですか?もうそろそろテストも近いし」


天野兄は私とは一切目を合わさず、陽のほうを見てニコリとほほ笑んだ。


「この間は逆だったのにな」

「え?」

「1回目のテストの時はこちらからご飯をお誘いしたのを覚えてますか?」

「ああ」


そういえば唐揚げを食べに来ないかと誘われたことがあった。意外にも弟のほうが作ると聞いて行きたいと思っていたが、その時はまだ陽のことを認められなくてきつく当たってしまったのをよく覚えている。


「なのに今はあなたたちから誘っていただけて……仲良くなれたようで本当にうれしいのです。でも、練習する気にはなれなくて」

「兄ちゃん……」

「テストがあるから頑張らなくちゃ行けないのにこんなことになってて情けないですよね。朝日奈さんはこういう人嫌いでしょ?」


嫌いでしょと聞かれても何とも思わなかった。コイツはやれることをしただけでおかしなことをしたわけじゃない。一緒に頑張ってきた弟がいきなりやられて、退学するかもしれないと思ったら気が滅入るのはわかる。私自身村雨と五月をぶち殺したいと思っていたしな。

しかし何と答えればいいのかがわからなくて、4人の間に沈黙が落ちる。


「じゃあ、僕と朝日奈さんで自主練に向かいますね!」


空気をぶち壊すかのように陽が大きい声で誤魔化すように叫んだ。

私自身天野兄弟とはこれからも仲良くしていきたいと思っている。特に弟は兄のために努力ができる人間で、1回目のテストの時も海に落ちたにも関わらず戦闘機にしがみついて粘っている姿勢は好感が持てた。だから。


「なあ、じゃあ練習が終わったら唐揚げ食べに行ってもいいか?」

「え?」

「朝日奈さん?」

「前は行きそびれてしまったから、今度こそ天野弟が作った唐揚げを食べたいんだけど」


私が弟に目を合わせて言うと、それが嬉しかったのか満面の笑みで「いいぜ!」とサムアップしてきた。


「今日は麻婆豆腐にしようと思ってたんだけど急遽変更だ!兄ちゃんいいよな?」

「え?」

「兄ちゃん以外に振舞うの初めてだから不味くても許せよな!練習終わったら俺のスマホに連絡してくれ!」


弟が兄の腕を引っ張りさっさと出口の方へ走って行った。きっとこのままでは天野兄はテストで落ちてしまうかもしれない。なんたって次生き残るのは10人だけなのだから。前よりも厳しい戦いになる。

1人でも減ってほしいはずなのに天野兄弟に関しては何故か落ちてほしいとは思わなかった。

『朝日奈さん。とにかく手を離してください。話はそれから聞きますから』

前に陽に酷いことを言おうとした私を止めてくれたからかもしれない。しばらく考え込んでいると陽に顔を覗き込まれる。


「朝日奈さん?どうしたの?」

「何でもない。行こう」


天野の心配をしてる場合ではなかった。コイツがいかにして落ちないかを考えなければならない。次のテストで生き残り、学科試験に合格すれば卒業資格がもらえるのだからコイツの目的は達成されるだろう。

じゃあ、自分は。飛行探検家になったら誰を一緒に連れて行くのか。目の前で笑っている陽を連れて行く気はなかった。喘息持ちを連れて行くわけにはいかない。


「朝日奈さんさっきからボーっとしてる。実君のこと気にしてるの?」

「いや……」

「そういえば前に自主練したとき朝日奈さんのこと言ってたんだよね」

「え?」

「返り討ちに合うのはわかってたって」


なんだそれ。複数機がこっちに向かっていたのに何故あいつはやられると思ったんだ。あの時私はギリギリの状況だった。意味が分からない。心臓のリズムが狂うような感覚がした。


「まあ朝日奈さんならやられたとしても無理矢理反撃しそうだからなんとなくわかるかも!」

「何だそれ」

「僕のこと泳いで探してくれたんでしょ?それを聞いただけで安心感が凄すぎるというか」

「島にたどり着かなきゃ意味がないんだから泳ぎもするだろ。それに五月はお前の自爆攻撃を受けたのに泳いで到着した挙句私のことを襲ってきたぞ」

「2人とも体力どうなってんの……」


五月のあの顔は軽くトラウマだ。まるで死神のようだった。そう笑い交じりに陽に話そうとした瞬間、その死神みたいな顔が目の前に現れた。


「うわあ!!」

「ぎゃー!!」

「ねえ、零見なかった?」

「あ、あくま……」


陽もそう思うか。私は死神に見える。テスト中ならまだしも私たちがお前に何したってんだ。何もしてないだろ。それなのにこの形相。子供が見たら泣いて逃げ出す。正直関わりたくない。しかしここから解放してくれそうにないので話を聞くことにする。


「零って?」

「村雨零。お前ならわかるだろ宇宙人」

「宇宙人じゃないんだけど」

「なんでもいいからお前ら零がどこ行ったか知らない?さっきからどこにもいない」


私が出るころにはもう教室の外に出ていた気がする。それにここに来るまで誰にも会っていない。


「実技室にでも行ってるんじゃないか?テストも近いし」

「あんなところで練習する必要ないんだから行くわけないだろ。本当に見てないの?」

「練習する必要がないだって?」


舐めてんのかコイツ。ぶん殴りてえ。絶対に次こそ勝ってやる。退学させてやる。胸倉をつかんでやろうと一歩近づくとそれを阻止するかのように陽が間に入ってきた。


「僕たちは一切見てないんだ。良かったら一緒に探そうか?」

「じゃああんたたちは教室付近を探して。俺は出口で見張ってるから」


命令する癖に陽にあんたって言いやがった。絶対探してやるもんか。それでも陽が行く気満々なので仕方がないから探しに行く。もし陽が村雨を見つけたら2人きりになってしまう。それだけは阻止したかった。あんな煽り野郎と一緒にいたら何されるかわかったものではないからな。

陽に着いて行き、教室近くのトイレに行くと話し声が聞こえた。話し声だけではない。怒鳴り声とか、変な物音とか。さっきまでは聞こえなかったはずなのに。


「朝日奈さん。ここは男子トイレだから僕が見てくるよ」

「でも変な物音がする。お前だけで行かせるわけにはいかない」

「ダメだよ。変な物音がするなら余計に僕一人で行かなきゃだめじゃないか」


ドヤ顔をしながら男子トイレに入っていく。聞かなかった振りをして入ってやろうかと思ったがそんなことしたら本格的に怒られそうなのでここで待つことにした。

しかししばらく待っていても陽は戻ってこない。それどころか変な物音がさらに増えた気がする。


「お前ら離せ!」


良くない物騒な声が聞こえた。この声は村雨?なんで?陽に手を出したのかもしれない。だとしたら村雨を許しておくわけにはいかない。男子トイレのドアを思い切り蹴り上げ中に突入すると、見たくもない光景が広がっていた。


「う、うぅ」


陽がお腹を抑え込みながら倒れている。それを庇うかのように前に立っている村雨。そして、その二人を薄汚い男どもが囲っていた。


「青島は関係ないだろ!俺に用があるんじゃなかったのか?」

「てめえもコイツも金を狙ってんだろ?同罪だ。さっさと消えちまえ!」

「1人でぶんどろうとしても無駄だぜ。ぜってえあいつを阻止して金を手に入れるのは俺たちだ!!」


意味の分からない言葉を叫んだと思ったら男たちは2人に襲いかかった。このままだと陽が苦しむ声を上げることになる。自分の持てる力全てを込めて走り、陽を殴ろうとしてる男の背中を思い切り蹴り飛ばした。


「ぐあああ!」


ゴリっという良くない音がしたが気にするものか。2人を囲っていた複数人を相手取りひたすら殴り倒していく。陽に手を出したのが間違いだったな。殴られまくって倒れていく様は私の気分を爽快にさせた。男の悲鳴が気持ちいい。

全ての男をなぎ倒したので陽に手を差し出す。顔を確認するとかすり傷のようなものがあって、胸の奥底が痛くなった。


「大丈夫か?」

「うん。ありがとう朝日奈さん」


手を握ろうとした瞬間だった。陽の表情が焦りに変わり私の手を振りほどく。後ろからの殺気に気づいたのは振り向いた瞬間だった。


「朝日奈さん!危ない!」


男の拳が目の前に来る。一度顔面で受け止めてから反撃をしようと考えてたら、男の拳が消えた。


「がああ!」


吹っ飛ばされた男の悲鳴が狭いトイレで響き渡る。気が付けば私の目の前には黒い髪と白いメッシュ。先ほど死神のような顔をしていた五月だった。


「邪魔」


私と陽に一言そう告げると、私が倒したはずの男のお腹を踏み鳴らしながら村雨の元まで近づいて行く。


「ねえ零。何コイツら」

「知らねえ。金を狙ってるやつらだろ?俺が1位になったから」

「零怪我してるじゃん。男あがったね」

「だろ?」


よく見ると村雨の身体はボロボロだった。制服は擦り切れ、顔には陽よりもっと酷いかすり傷がたくさんできている。五月に支えてもらいながら立ち上がり、私たちのほうに歩いて来た。


「おい天然パーマ!お前は大丈夫だったか?」

「え?」

「お前もこいつらに手ぇ出されてたろ?巻き込んで悪かったな」

「ううん。村雨君が庇ってくれたから大丈夫だったよ。こちらこそありがとう」

「じゃあ俺たちは行くから。一緒に探してくれてありがとね。宇宙人さん」


2人で文句を言いながらドアを開けてトイレから出て行ってしまった。何だったんだ今のは。それよりも陽だ。かすり傷以外に可笑しいところはないか手探りで探していく。


「うわぁっ!朝日奈さんくすぐったいよ!何それ!新手のカツアゲ方法?」

「違う。お前顔以外に怪我してないか」

「村雨君が守ってくれたんだ。だから大丈夫」

「とりあえず医務室行くぞ。絆創膏貼ってやる」


陽の腕をつかみ急いで医務室へと連れて行く。「あっははぁ!痛いよぉ朝日奈さん!」なんて笑いながら言ってるがそんなの無視だ。あの時私が一緒に入ってればこんなことにはならなかったのに。


「でも朝日奈さん。本当にありがとう」

「そんなの気にするな。それよりも危ない目にあいそうだったら今度から呼べ」

「うん!朝日奈さん喧嘩まで強いんだね」

「昔からな。力と体力だけはあったんだ」


どうしてだかわからないが昔から人よりも力が強かった。殴れば人が吹っ飛び、体力勝負では負けたことがない。小中学生の時は幾度となく喧嘩を売られてきたが、全員どこかしらの骨を折ってやった。ムカつくやつは両足を、反撃してきそうなやつは両手を。格闘経験などないはずなのに力がみなぎってくる。


「何でもできるじゃん!いいなあ。僕喧嘩弱いから」

「強くなくたっていいだろ。喧嘩なんてしないほうがいいんだから」

「でも村雨君に庇われちゃった」

「あいつ1位なのに喧嘩弱いのかよ」


少し意外に感じた。何でもできるタイプかと思っていたら喧嘩は弱かったらしい。複数人だからというのもあるかもしれないが、随分とボコボコにされている様子だった。私が庇いに行く前も、反撃せず陽を守るだけだったし。


「あ、医務室行く前にトイレ寄ってもいい?」

「私も入るけどいいか?」

「それ犯罪だから!すぐ出てくるから外で待ってて!」


男子トイレに着くや否や、先ほどのことが起こる前に中を確認する。生まれて初めて男子トイレを見たが、ここに人がいないことは確かだ。

安全を確認できたため、ドアをエスコートするように開け、陽を中へと通した。


「よし。入れ」

「僕囚人じゃないんですけど」

「異常なしだ。己の膀胱に溜まりし尿をすべて吐き出してこい!」

「……どういうキャラ?とにかく行ってくるね」


陽は恥ずかしそうに私のほうを見ながらトイレのドアに吸い込まれて行った。


***


30秒立っても出てこなかったのでドアを叩きつけるようにノックすると慌てた様子で陽が出てくる。


「大丈夫だから!手だけ洗わせて!」

「トイレには個室があった。そこに誰も隠れてなかったか?」

「いるわけないだろ!おバカ!」


おバカとは何だ。おバカとは。頭をぐりぐりしようと掴もうとしたら、逃げるようにトイレの中へ入った。さらにまたドラムのようにリズミカルにノックを繰り返すと呆れたような表情で出てきた。


「朝日奈さん楽しんでるでしょ」

「心配しかしてない。膀胱の中身は全部出たか?」

「言い方気持ち悪!うん。もう大丈夫。そんなにケガもしてないし実技室行っちゃおうよ」

「その傷を放置しておくのは良くない。せめて消毒するぞ」

「心配性だなぁ。わかったよ」


綺麗な顔にできた傷を見るのがなんとなく嫌だった。絆創膏でもガーゼでもなんでもいいから見せないでほしい。見苦しいとかではなく、心配になるから。まあこんなこと直接言うつもりはない。

医務室のドアを叩きつけるように開けると、そこには意外な人物が座っていた。


「あれ?青島さんと朝日奈さん。お二人でどうしたんですか」


一般的な装い。何の特徴もない営業マンのような風貌。紺野が医務室で呑気に紅茶を啜っている。


「珍しいですねえ。ここに人が来ることは滅多にないんですけど4人も来るとは」

「4人?」

「先ほど村雨さんと五月さんも来ました。五月さんはすぐに出てしまいましたけど村雨さんはここで手当をしていかれましたよ」


村雨の怪我は服が擦り切れるほどのものだったので相当なものだろう。鉢合わせしなくて良かった。五月はどう思ってるか知らないが、村雨がいたらきっとうるさくなっていた。煽り野郎は基本うるさいからな。


「村雨さんは教えてくれなかったのですが何かあったんですか?」


陽の怪我のことで頭がいっぱいだったので忘れていたが何があったんだ。村雨がムカつくからクラスメイトに殴られるのは理解できる。しかし陽までこんな目に合う必要はない。私も事情を聴くために医務室をあさりつつ耳を傾けることにした。


「僕もよくわかってなくて……トイレに入ったら村雨君が囲まれてたから何してるのか聞いたら僕も殴られそうになったんだ。村雨君が庇ってくれたんだけどね」

「でもお前の顔にかすり傷が出来てるじゃないか」

「うん。僕も村雨君を守るために反撃したんだけど、それに逆上してもっと酷くなって……そしたら朝日奈さんが来てくれたんだ」

「そうだったんですか。この学校にいるのはあなたたちだけですから殴ってきたのはクラスメイトということになりますね」


顔はもう覚えたので絶対にテストで墜としてやる。苦しむ方法で撃墜させて悲鳴をたくさん陽に聞かせてやるからな。決意を固めながら、アルコール消毒液とシップを見つけたので陽の手当をしていく。


「いたっいたたっ朝日奈さん手加減して」

「このアルコールは70%らしい。アルコール50%のものを探すか?」

「そんなものありません」

「ないってよ。だから無理だ」

「そうじゃなくて!」


そう言いながらも大人しくしているので何とか消毒できたのではないか。ティッシュでふき取り絆創膏を貼り付ける。サッカー少年のようになってしまったがまあいいだろう。

私にはあの場にいて気になることがあった。あいつらも村雨も、そしてテストの時、陽の無線からも聞こえてきたワード。


「金がどうとか言ってた気がするけど陽は何か知ってるか?」

「え?」

「あいつら言ってただろ。金を狙ってるって。だからお前も……」


何か知ってるか。聞きたかったはずなのにある声でかき消された。


「朝日奈さんはこの間の1位の特典、何だったか知ってますか」


一般男性の耳障りな声。今私が話してただろうが。紅茶を啜りながら偉そうに足を組んで私を見てきた。


「金一封だったんですよ。それが狙いだったんじゃないですか?」

「ちなみにいくらだったんだ?狙われるほどの金額ってことだよな?」

「金額は百万円です。私は殴ってでも欲しい金額かと言われれば微妙ですが、高校生なら欲しい金額でしょうね。喧嘩が弱い人が持ってるなら特に」


呑気に言ってる場合かよ。関係ない陽まで怪我してるじゃないか。しかもその説明では納得いかない。阻止すると言っていた。何から阻止するんだよ。

それに何故他の生徒が百万円という賞金を貰ってることを知ってんだ。私は一切知らされていない。掲示板にも書いてなかった。


「納得いってないようですがそれしか考えられません。実際狙われたのは村雨さんみたいですし」

「随分呑気なんだな。あんた担任だろ」

「お金を持つということはそう言うことなのです。それを覚悟して村雨さんも入ってきたはずですよ」


じゃあなんでこんなことになっているんだ。なんで陽に絆創膏を貼る事態に発展するんだよ。睨みつけるように紺野を見つめると悲しそうな顔をした気がした。しかしそれも一瞬の出来事で、何も考えていないような真顔に戻る。


「百万円だということはわからなくても1位の特典はお金でした。狙われて当然ですよね。だってお金を貰うというのは他人から狙われるということですから」


これ以上コイツの話を聞いても何も進展がなさそうなので陽に聞こうと思った。金を狙ってるというのはどういうことなのか。テスト中も金について何か言っていたから知ってるかもしれない。先ほどから黙っている陽のほうを見ると申し訳なさそうな、悲しそうな表情で下を向いていた。


「陽?」

「朝日奈さん、そうだよね。そろそろ可笑しいと思うよね。こんなこと」

「どうした?」

「朝日奈さんは飛行探検家になって何がしたいの?」


唐突な質問。何だそれ。お前はいつも意味が分からないな。お金と何の関係があるのかわからない。

でもそんなこと初めて聞かれた気がする。一緒に住んでいたあの人にも言ったことはなかった。


「飛行探検家になったら小説をかきたいんだ」

「え?」

「小説ですか?」


紺野が先ほどまで真顔だったのが興味津々に身を乗り出して話を聞いてきた。なんだ。私が小説を書くことがそんなに意外か。


「私の人生はこんなに素晴らしいんだぞって世の中に知らしめてやりたくて」

「それと飛行探検家に何が関係あるんですか?」

「大ありだろ!だって誰も行ったことがないんだから!冒険したことを小説に書いて、色んな人に読んでもらって、私の人生がいかに素晴らしかったかを後世に残すんだ。そしたら飛行探検家になれなかった奴でも空を飛んだ気になるだろ?」


陽だって喘息もちだから空を飛ぶのは難しいかもしれない。でも私の小説を読んだら、きっと一緒に飛んだと思えるような小説が書きたいと思ったんだ。前までは単に自分のすばらしさを見せびらかすためだったのに。

この世界で飛行探検家になれるのはたった1人。それならその一人がその財産を何らかの形で共有しなければならない。


「誰も見たことがない、か……」

「……」


陽と紺野が見つめ合っている。夢物語すぎたか?いやそんなことはないはずだ。だってこの学校は飛行探検家を育成する学校なのだから。

紅茶を飲み終わったのか、話に満足したのか、紺野はティーカップを持って立ち上がった。


「後世に残そうと思えるのは素晴らしい考えですね。私自身誰がどんな夢をもってここに来たのかわからなかったので朝日奈さんのが聞けて良かったです」

「そりゃどうも」

「ではどうか、どうか次のテストも合格してくださいね。あなたの小説が読みたくて仕方がないのですから」

「バカにしてんのか」

「いえいえ!それでは失礼します」


満足げな顔をして医務室から出て行く。初めて嬉しそうな顔を見た。小説を書きたいと言ったときから楽しそうに身を乗り出して話を聞いていた気がする。バカにしやがって。今度のテストで目にものを見せてやるからな。


「紺野先生、ちょっと嬉しそうだったね」

「人の夢バカにしてんだ」

「バカにしたわけじゃないと思うよ。僕も朝日奈さんが書いた小説読みたいな」

「その前にテストに合格しろよ」

「そうだったね。じゃあ実技室に行こっか!」


その日も夏休み同様練習に明け暮れ、十分に動いたのち、天野兄弟の家へ向かった。


***


「よお!狭い寮だけどゆっくりしていけや!って青島!?お前の顔大丈夫か!?」

「うん……かすっただけだから大丈夫!」


同じ学校が用意したはずの寮なのに、目の前に広がるのは整ったお部屋。男らしい部屋を想像したが、モダンでおしゃれな部屋だった。これは確実に天野兄の趣味だろう。


「青島さん、朝日奈さん、いらっしゃい!いいタイミングだね!丁度ご飯ができたところだよ!」


怪我お大事にねなんて言いながら案内されたリビングには豪華な食事。私がいつも食べているむね肉とブロッコリーとゆで卵だけの食事とは大違いだった。まさにこの世の楽園。

テーブルの上にはポテトサラダと唐揚げ、そしてホカホカのご飯と赤だしの味噌汁。お腹からぎゅるるという音が聞こえた。


「朝日奈さんお腹空いてたんですね。急いで食べましょうか」

「金髪食い意地張ってんのかよ!俺的最強の唐揚げだからいっぱい食えよな」

「……そうだね。僕もごちそうになるね!」


荷物を置いて手を洗い、座椅子に座る。いつも天野弟が愛用しているらしいが「金髪はお客様だからな!」と言って譲ってくれた。ふかふかで座り心地がいい。よく見ると星のロゴが入っていた。


「あれこのロゴ、前に天野兄がくれたハンカチに書いてあった……」

「朝日奈さんあのハンカチ使ってくれてるんですか?」

「もちろん!肌触りがよくて使い心地がいいんだ」

「だろだろ!?なあ、俺のは!!」

「えーっと……」


貸したきり返してもらってないと陽を睨みつけようかと思ったが、陽の顔が少し暗いのが気になった。お腹空いてないのか?


「もしやお前!失くしたんじゃ!」

「失くしてない失くしてない!そろそろ食べよう!お腹空いて今なら髪の毛まで食べれる」

「意味わかんねえよ」

「じゃあいただきましょうか!」


手を合わせて4人で「いただきます」と言った瞬間、ガッツいたように天野弟がむしゃむしゃ食べている。夏休み前は1人で食べることが多く、こうやって大人数でご飯を食べるのが新鮮で気持ちよかった。

早速天野弟に習って目の前の唐揚げを口の中に入れる。


サクっという音とともに口の中に広がるジューシーな旨味。噛むたびに満足感が広がり思わず表情が綻んでいくのを感じる。肉は柔らかく、そこからあふれ出る肉汁はまさに絶品ともいえる美味しさだった。


「どうよ?俺様のスペシャリングデリシャスウルトラスーパー唐揚げは」

「うん、うん……!超絶美味しい。唐揚げ爆弾って感じ」

「おっ!青島はどうよ?」

「美味しいね。作ってくれてありがとう」


ドヤ顔をしている弟とそれを見て嬉しそうな兄。兄の方も見た目によらず大きな口を開けて唐揚げを頬張っていた。


「うん!結人が作る唐揚げはやっぱりおいしい!」

「だろぉ!?残さず食えよ!」


唐揚げと一緒に乗っていたポテトサラダも美味しい。マヨネーズがジャガイモと程よく絡んでいてまろやかで優しい味がする。こってり感が強いと思いきや玉ねぎやキュウリがさわやかなアクセントになっていて、唐揚げとの相性が抜群だった。


「ポテトサラダもおいしい!天野弟!お前店出せる!確信した!」

「朝日奈さん……!ありがとうございます!こちらは私が作ったものなんです!」


久々に天野兄と目が合った。それが恥ずかしかったのか一瞬で目を逸らされてしまったけど、胸の中で嬉しさが広がる。


「あ、そうだ。食い終わったら兄ちゃんが金髪に話があるってよ」

「結人!」

「え?朝日奈さんと実君何かあったの?」

「い、いえ……ただ話を聞いてほしいだけなのです。すみませんがよろしいですか?」

「ああ」


特にダメな理由もなかったので唐揚げを頬張りながら適当にうなずく。本当に美味しい。あの人、かつて一緒に住んでいたあの人を思い出す。

『皮が食べたいんでしょ?ほら。私のはいいから』

あの時と同じくらい美味しい。今度陽にも作ってもらおうかな。陽のほうをチラリと確認するとご飯を食べてるはずなのに元気がないように感じた。今日の練習で疲れてしまったのかもしれない。明日からまた時間を見直すか。


4人で話しながら食べるご飯はあっという間で気が付いたらぺろりと完食してしまっていた。


「すっごい美味しかった!ご馳走様でした!」

「お粗末様でした。朝日奈さんも青島さんも喜んでいただけたみたいで良かったです」

「金髪は青島の食おうとしてたよな。ダメだぞコイツを甘やかしたら」


食器をシンクの方へ持っていき、天野弟が片づけをしている。その間に私は天野兄にベランダに連れてこられていた。

蝉よりも鈴虫の鳴き声のほうが大きく聞こえる。茹だるように暑かったはずなのに気が付けば涼しい風が吹いていた。もうすぐ夏が終わる寂しい感覚。

ベランダで2人ぼんやりと川を見下ろす。いつも私と陽が走っている川だった。


「朝日奈さん、すみません。せっかくの楽しい時間だったのに私と2人になってしまって」

「別に。お前らここに住んでたんだな。もしかしていつも走ってるの見てた?」

「いいえ。ベランダに出ることはそんなにないので。でもたまに見てましたよ」

「そっか」


二人の間に沈黙が流れる。でも何故か気まずいとは感じない。夜風が心地よくて目をつぶりながら鈴虫の囀りを聞いていた。


「朝日奈さん。私があなたと話したかったのは、あの時の……テストのことです」

「もう自分の中で区切りがついたのか?」

「全く。だからあなたと話したかったんです」


天野兄が空を見上げているのが気になったので私も夜空を見てみた。月がとてつもなく大きい。恐らく満月なんだろう。周囲の星たちだけでなく、私たちの心も照らしてくれそうな、そんな力を感じた。


「私はあの後見ていましたよ。青島さんは自爆していましたよね」

「ああ」

「そしてあなたはテスト前に青島さんに学校を辞めろと言っていました」

「そうだったな」


嫌な思い出だ。今でも陽は学校をやめた方がいいに決まってるのに何故か一緒に練習している。ただ、陽と同じ考え方だったから居心地がいいのかもしれない。


「なぜ今は一緒に練習ができるのですか?」

「え?」

「だって悲鳴を聞いたわけでしょう?私は忘れられないのです。弟の、結人の悲鳴が。あなたに立ち向かっていくとき、あなたに落とされたとき、ずっと一緒にいたはずなのに聞いたことのない声が聞こえました」


私もあの時の自爆の光を忘れられていないんだ、でも、あいつは。

『自分という存在を肯定できるように頑張るって決めたから。だから僕は自分が応援できることをした』

自分を肯定するために頑張る。いつも私が意識していること。あの行動は陽自身を肯定する為に行ったのなら私は否定することはできない。


「結人にはもうあんな苦しい思いをしてほしくないんです。私だけが戦っていればいいのです。なのに結人はあなたと一緒に練習しようと藻掻いている。辞めてほしくて仕方ない」

「……」

「でも、結人の頑張りを否定したいわけじゃないからどうしていいかわからないんです」


弟は何も気にしてなさそうに見えて、悩み苦しんでいる兄のことがほおっておけなかったのかもしれない。だからあいつから「私に話がある」と言い出したのだろう。


「あの時、五月さんの話を聞いてなければこんな風に悩むこともなかったのかな」

「え?」

「あなたを攻撃する少し前、ひたすら島に向かっている私たちを攻撃してきて聞かれたんです。協力するかここでやられるかどっちがいいかって」

「それで五月に協力したのか」

「目の前で2人組がやられてしまいましたからね。私も結人もどうするべきか悩んだんです。人数差を考えて五月さんについた方がいいと判断しました」

「そうだったのか」


確かにあの状況じゃ五月についた方が有利だろう。村雨だって後ろから挟み撃ちをする予定だったんだからな。遠い星を眺めながら天野兄の話を聞き流す。


「私が朝日奈さんに攻撃する予定だったんです。攻撃するふりをして、適当に逃げて、ゴールすることだけ考えようと言っていました。あなたに勝てるとは思わなかったから」

「なんで勝てないと思ったんだ?五月もいたし、人数的に有利だったじゃないか」

「そうだとしても私には難しいと思ったのです。訓練時からよく見ていましたから。あれに結人が勝てるなどとは思っていませんでした。だから私が行く予定だったんです」

「でも海に落ちたのは弟の方だった」

「そうなんですよ。結人は私の言うことを無視して、とっととあなたに攻撃を仕掛けに行ったんです。何度も引き返すように言ったんですよ。それでも自分が行くと聞かなくて」


天野兄は悔しそうな表情でガラス越しに弟を睨んでいる。心配しているような、情けない自分を悔いているような、きっと複雑な気持ちなんだろう。陽に対して似たような感情があったからよく理解できた。


「それ以来戦闘機に乗るのが少し怖いんです。あの時のことを思い出してしまうから。だから自主練も碌にできずにサボってばかりいる。どうしたら前に進めるのかわからないのです。でも朝日奈さんは友人である青島さんが自爆しても一緒に練習できている。どうやって乗り越えたらいいのかわからないのです」


そんなこと私が知りたかった。私だって思い出す時がある。陽が自爆する瞬間を。『バイバイ』と言った後に見えた光の影を。だけど、私はこう思うのだ。


「悩んでる時間を練習に当てれば守れるようになるかもしれないぞ」

「え?」

「私も陽が自爆した瞬間を見たんだ。それを思い出すこともある。でも陽の中では正しかった選択で、私自身が否定することはできないんだ。お前らの前で説教されてただろ?」


ここの丁度下の河原で、走り込んでる途中で3人に会って。あの時はまだイライラしていたから感情をそのまま陽にぶつけてしまったんだ。

『僕はやりたいことがあってここに来てる。朝日奈さんも飛行探検家になりたいと思ってるのと同じで、僕には僕のやりたいことがあるんだ』

あいつのやりたいこと。それはまだわからないけど応援したいと思った。

ムカつくドヤ顔が頭の中によぎる。


「その瞬間を見たくないのも、思い出してしまうのも、全部私自身の悩み。でも弟はきっと悩みに寄り添ってくれるはずだ。だから直接そのことを伝えてみなよ」

「何を言えばいいんですか……?テストを受けないでほしいとでも言えばいいんですか?」

「そうじゃないよ。天野弟はよく言ってるじゃないか。兄ちゃんの役に立ちたいって。あいつの目的はお前の役に立つことだろ?だから私と戦おうとしたんじゃないのか?」

「……」

「1人で突っ走ってないで俺と一緒に戦え!って言えばいいんだよ。案外わかってくれるかもしれないぜ?」


拳を握り締め表情を歪めた天野兄は下を向いて子供みたいだった。兄として1人で頑張ってきたから言い出せないんだろう。ベランダを開けて弟に声を掛けようとした、その時だった。


「兄ちゃん。本当にごめんな」


窓を開ける前に弟がベランダに出てきた。悲しそうな、泣きそうな、それこそコイツも子供みたいな顔で。


「俺昔っから兄ちゃんの足引っ張ってきたから……今回こそ役に立てると思って突っ走っちゃった」

「足なんか引っ張ってないよ。いつだって一緒にいてくれたじゃないか」

「そんなことない。家のことだって……家のことだってぇ……!」


ジワリと水の幕が張っていると思ったら天野弟の目から涙が溢れていた。クシャリと顔を歪めてじゅるじゅると鼻水まで流している。


「う、うううぅ」

「結人、結人、家のことなんかいいんだ。お金のことなんかもういいんだ。なんだっていいんだよ」

「にいちゃ……」

「1位を狙いに行くよりも、俺は結人と一緒にいたいよ。離れ離れは寂しいからさ」

「俺だってそうおもってるよぉ!」


弟の涙を優しい笑顔で拭っている。私にくれた星のロゴのハンカチ。やたらこのロゴのハンカチを愛用しているがきっと二人の仲で大切な思い出があるのだろう。だからこそ2人とも大事に持っているのかもしれない。


「でも、でもぉ、お金のことはもう諦めちゃうのぉ?」

「家のことはいいって言っただろ?外に出ても二人で暮らせるように頑張ればいいんだよ」

「っうん、にいちゃん、おれ、にいちゃんといっしょならなんでもがんばれるよ」

「うん、うん……お前は自分の部屋を片付けられるようになろうな……」

「うぅ、そんなこと今はいいんだよ!それより!次のテスト、合格できるように2人で頑張って行こう!」

「うん」


他にも何か色々話していたが、兄弟水入らずなのでさりげなくリビングの方へ戻った。チラリと窓辺のほうを見てみると泣きながら抱きしめ合っている。きっとこれで大丈夫だろう。陽に明日の練習内容でも話そうとしたところ、ジトーっとした目つきで私のことを睨みつけていた。


「朝日奈さんは天野さん家のご飯のほうが美味しいの?」

「は?」

「さっきお店開けるとか言ってた。どうなの?」

「え?陽のが1番美味しいけど」

「本当に?本気で言ってる?」

「え……うん」


コイツが何に怒ってるのか本気で分からない。お茶をズズズと啜り、一息ついたのか何かを決意するように宣言した。


「僕も明日唐揚げを作る!」

「なんて?」

「それではっきりしてよ!僕の方がおいしいのか!」

「うん……わかった……」


陽が不機嫌なのをどうにかしたくてお茶をもう一杯注ごうとしたら、ベランダから2人が戻ってきた。


「朝日奈さん、青島さん。お騒がせして申し訳ございませんでした」

「俺たち次のテストも頑張るからよ!ぜってえ生き残ってやるぜ!」

「ああ、頑張れよ」

「朝日奈さんも、変な態度をとって申し訳ございませんでした。また出来れば一緒に練習してやってください」

「その時は私ばかり集中攻撃するの辞めろよ!」

「辞めません!私にとってあなたはトラウマですから!」


その後は4人で好きな映画の話で盛り上がって、夜も更けてきたころに解散した。今は陽が私を家まで送ってくれるというので2人きりで歩いている。


「今日本当に楽しかったね!」

「ああ。案外天野兄は泣き虫なんだな」

「それもだけど今日は本当に長い感じがしたよ!五月君に話しかけられたのがはるか昔のよう……」

「そんなこともあったな」


死神みたいな顔を見たのも今日なのか。そういえば気になることがあった。『金』というワード。天野兄弟にも聞けばよかったのにすっかり忘れていた。金一封を狙ってる輩がいるのは知っていたのか。でも、まあ、私には関係のないことか。お金に困ってるわけでもない。ひたすら二人で歩いていると。


「そうだ!医務室の時からずっと言いたかったんだけど」

「なんだ?傷が痛むのか?」

「そうじゃなくて!紺野先生について!」

「紺野?なんかあったか?」


小説を書きたいといったことを気にしてるのか。飛行探検家について何か思うところでもあったのか。それとも、『金』について本当は何か知っているのか。


「紺野先生と朝日奈さんって雰囲気が似てるよね」

「は?」

「目元とか表情とか」


何を言うのかと思えばくだらなすぎて眩暈がしそうな内容だった。私と紺野が似ている?そんなわけないだろうあんな一般装備な顔。


「私の顔はもっとゴージャスだ!あんな普通の顔と一緒にすんな!」

「嬉しそうな顔とか似てる気がしたんだけど……気のせいかな?」

「絶対気のせいだろ」


そうであってほしい。あいつの年齢は確か35歳。そして私の年齢は15歳。もし親子関係だとしたらあいつは20歳の時に私を産んだことになる。

だけど恐ろしいことに、私は自分の父親の存在を知らなかった。




***







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