6章 自主練します!
「朝日奈さん!自主練付き合ってくれるんでしょ!何してんの!」
夏休みに入ったので2度寝をしようとしているが、ドアの前がうるさい。何だってんだ。貴重な休日なので昼過ぎまで寝て夜に走り込む私のスケジュールが狂うじゃないか。
「もうお昼になるよ!天野くんと一緒に練習するって言ってたじゃないか!僕も行きたいの!」
うるせえ黙れ。これ以上睡眠の邪魔をされたくないので玄関へと向かう。ノロノロした手つきでドアを開けると、外に青島がいた。
「おはよう!今日から夏休みだけど自主練行くよね?僕も参加させて!」
そう。夏休みは今日からだ。その初日に私は叩き起こされた。
***
「皆さん昨日はテストお疲れさまでした。明日から夏休みに入ります。短い時間ですが体力の維持や勉学など、自分自身でできる努力は怠らないでくださいね」
テストが終わった次の日、学校に行ったら10人ほどいなくなっていた。学校のルール上当然のことだが10人もいなくなると結構教室が広く感じる。次のテストが終わったら10人まで減る予定だからもっと広く感じるのだろう。
「そして10人の脱落者が出たことで10機分の余りが出るようになりました。これからは10人までなら自主練が出来ます。自主練したい方は私のほうまで申請して下されば実技室を解放しますのでぜひ自主練に励んでください。それでは明日からの夏休みを有意義にお過ごしください」
そういえば1回目のテストを終えたら自主練を解放するようなことを天野弟から聞いていたな。夏休みに何度か行ってみるのもいいかもしれない。チャイムが鳴ったので荷物を持って帰ろうとしたところ、天野弟に声を掛けられた。
「おい金髪!なに帰ろうとしてんだ!自主練付き合ってくれる約束しただろ?申請しに行くぞ!」
そういえばそんな話してたっけな。正直自分のライバルを育てるなんて反吐が出る話だが、「兄ちゃんの役に立ちたいんだよぉ~」とか言ってしつこそうだ。仕方がないので申請するために天野弟に着いて行こうとすると、後ろで気まずそうにした天野兄と目が合った。
「あ、朝日奈さん……無理に付き合わなくても大丈夫ですからね?」
「何言ってんだよ兄ちゃん!自主練しなきゃまたコイツに突き落とされちまうからよ!絶対やった方がいい。結局コイツに助けられちまったしな」
「でも……」
「俺だけでも行ってくるよ。今回のテストで兄ちゃんの役に立てなかったし。次のためのリベンジだ。なあ頼む金髪!明日から俺の自主練に付き合ってくれ!」
私も自主練に行くつもりだったので申請するなら今でもいいのかもしれない。村雨と五月に勝つためには、それに、もう青島にあんなことさせないためには自分自身が強くなりたい。
天野弟の後ろに着いて行き、自主練の申請手続きをした。
***
フワフワとした頭でそんなことを思い出す。そういえば今日の夕方から一緒に練習しようって話が出てたな。でもまだその時間ではない。
「昨日の天野くんたちと話してるの聞こえて……その後僕も一緒に行っていいか天野くんに聞いたら一緒に頑張ろうって言ってくれたんだ。だから迎えに来たんだけど、朝日奈さん今起きたところ?」
「ん……」
逆になんで夏休み初日の朝にこんなに元気なんだ。眠すぎて正直青島の顔が見えてない。
「昨日夜更かしして映画とか見てたでしょ?ダメだよ夏休みでも規則正しい生活しなきゃ」
誰目線だお前は。お前が言ってたボールを集めて龍に願いを叶えてもらう話を読もうと思ってたんだ。
「今日は僕が朝ご飯兼お昼ご飯を作りに来たんだ!テストの時のお礼まだできてなかったしね!お部屋に入っても良ければの話なんだけど……」
「寝かせてくれるならなんでもいい」
「ありがとう!えーっと、おじゃまします」
「んー」
初めて人を家に上げた気がする。まあ上げたいと思う友人もいなかったので仕方がないだろう。青島を適当に部屋に案内してベッドに座らせる。
「ぅえ!?ここベッドと机しかないよ?朝日奈さんどこで寝るの?」
「ベッドに決まってんだろ?お前まで寝ぼけたのか?」
「でも、僕今座っちゃってるし……」
「お前そんなにケツデカかったのか。まあなんでもいいから夕方までゆっくりしていけ。出発時間までには起きる」
「えぇ……?でも、女の子がベッドに寝たまま僕が座るわけには……」
「んじゃあおやすみ」
目を閉じて夢の中に入ろうとするとバシバシと肩を叩かれる。なんだ、青島が帰るのか。
「ねえ!ここフライパンとかないの?いっつも何食べてんの?」
「寝かせてくれ……」
「それどころじゃないよ!僕が食べてる時間だから確認出来てなかったけど、朝日奈さんいつもどうやってご飯調達してたの!?自分で作ってたわけじゃないの!?」
なんでこいつは急にバカみたいに騒ぎ出したんだ。意味が分からない。正直どうでもよかったので青島を黙らせるためにこっちに引っ張った。
「うわぁ!朝日奈さん!?ちょっと、ぼくはまだそんなつもりじゃ……!」
きゃんきゃん猫みたいに騒いでやがったがそれらを無視して爆睡を決めた。
***
ピピピというアラームが鳴り、仕方なく目を覚ます。時間を確認すると天野と約束した時間には十分間に合う時間だった。顔を洗って適当にパンを食べて学校に向かえばいいだろう。起き上がろうとしたとき、布団の中が何故かいつもよりも熱かった。おかしい。冷房でそこそこ冷えた部屋なのに。布団をめくると顔を真っ赤にして泣きそうな青島がぶつぶつなにかをつぶやいていた。
「あっあの、さわ、たりとか、ふかこうりょくで……」
さっきまで猫みたいに騒いでやがったのにめんどくさいやつ。よくわからなかったので再び布団をかぶせてやった。「も、もう僕も起きるから!」何て言ってるがそんなの無視だ。
冷蔵庫の中から賞味期限スレスレのパンを取り出し、水で流し込む。適当に砂糖と塩を飲み込んでとりあえず昼ごはんの完了だ。
「え!?朝日奈さん今僕見てたからね?それが食事とか言わないよね!?」
「食事だが?お前は賞味期限とか結構気にするタイプか?」
「賞味期限の問題じゃないよ!走り込んだりしてるんだからもっと食べないと!」
「食べたじゃないか。パンを」
「栄養取れって言ったの!」
まあ昨日は買いに行くのが面倒だっただけでいつもなら蒸した鶏肉とブロッコリーとゆで卵を食べているのだが、残念ながらストックがなかった。後で買いに行かなければ。
「そんなことより自主練の時間に遅れるぞ」
「ぅえ!?もうそんな時間?」
「だからお前の分の昼飯は抜きだ。賞味期限スレスレパンは今度にお預け」
「別に要らないよ!」
「絶妙に固くて歯ごたえがあって最高なんだが。カピカピでクッキーになり損ねたような何とも言えない食感だ。食べられなくて残念だったな」
「もう!さっさと行こう!」
くだらないやり取りをしながら、二人で学校に向かった。
***
「皆さん夏休み初日だというのに立派ですね!実技室は解放してあるので自主練に励んでください」
夏休みでも変わらず営業マンのような風貌の紺野から鍵を受け取り、実技室に行く途中天野兄弟に会った。
「よお金髪!サボるかと思ったどちゃんと来たんだな」
「村雨と五月に負けたまま終わるわけにはいかないからな。次は絶対に1位をとってやる」
「んじゃあとりあえずヘルメットかぶろうぜ!話はそこからだ」
ヘルメットをかぶりにコックピットまで歩いていると天野兄に話しかけられた。以前のようにフランクな様子はなく、気まずそうな顔をしている。
「朝日奈さん。僕も参加させていただきます。この間のテストでは……その……」
きっと弟が墜とされたことを気にしているんだろう。私が一瞬乗った戦闘機の通信相手はコイツだった。いつもの余裕そうな雰囲気とは大違いの取り乱した様子はまるで鬼のようだったのを覚えている。私を恨んでいるのだろう。そうだとしても
「私は謝るつもりはないからな。そういうテストだったし。お前の弟にもそう伝えてある」
「……」
「恨んでるなら次こそ撃ち殺せよ」
どちらにしろ私は村雨と五月に勝たなくてはならない。コイツの中の問題は自分自身で解決すべきことだ。なので特に励ましもせずコックピットの方へ向かうと天野兄から「そうではないです!」と大きな声が響いた。
「いえ、すみません。自分の中で消化できないから」
「まだ1週間経ってないんだからな。戦闘機で八つ当たりしてみてくれよ。楽しみにしてる」
「え?」
ちょっとキザっぽい言葉を言った自覚があったので小走りでコックピットに向かった。ヘルメットを着けた瞬間恥ずかしくて悶えたので練習であれ天野兄を消そうと心の中で誓った。
***
天野弟に兄を狙わせようと指示してみたところ、何と全く当たらず逆に私が天野兄に狙い撃ちされるというイライラタイムに突入した。逃げ回りながら天野弟に指示を出す。
「お前一回も標的狙えたことねえのか?照準の合わせ方も知らねえのかよ!」
『はぁ?お前スパルタか?そんなこと1度でも教わったか?』
「資料に書いてあったわ!」
全くこいつは。入学前に配られた資料に全部記載してあっただろうが。しかもいざとなればモニターに説明概要を映し出すこともできる。1回目のテストまでに訓練時間が長かったのは確認操作の意味もあったのにコイツは何をしていたんだ。
「逆にテストの日なんで島まで行けたんだよ!」
『え?だって皆俺たちを狙う必要がねえだろ?』
「は?」
『五月はそうは言ってなかったけどお前以外を狙う必要はねえからな』
聞いていて意味が分からなかった。私以外狙う必要がない?あるだろ。皆1位の座をかけて戦ってんのになんで後ろにいた私しか狙わなかったんだ?
『皆の目的はお前を墜とすことだぜ?なんで今さらびっくりしてんだよ』
「何言って」
『五月は……協力しないならここで潰すって言ってたからあいつはお前以外も狙ってたつもりらしいけど』
そうじゃねえよ。なんで皆私狙いなんだよ。1位に一番近かったのは五月じゃないか。協力ってなんだ。
聞こうと思った瞬間、ドガンと天野兄に攻撃される。何をやってるんだ弟は。
「うぅう……!天野兄私ばっかり攻撃してきやがって!お前は早く兄を撃墜しろ!」
「えー!兄ちゃんのために強くなりたいのに兄ちゃん墜としちゃダメじゃないか!」
殺すぞ。私はお前のせいで全身が痛くてしょうがないんだ。「兄ちゃん命中率やべえ」とか言ってるから本格的に殺したほうがいいのかもしれない。機銃を向けて撃ち落とそうとしたとき、ピピピというタイマーの音が鳴り響いた。
私の戦闘機の近くに青島に機体が近寄ってくる。
「そろそろ終わりにしましょう!僕も急上昇の重力に慣れてきました!」
ガラス越しに青島を確認すると、顔色は悪くない。呼吸も乱れた様子はない。きっと大丈夫だろう。いい加減天野兄から解放されたかったので私も青島と一緒に空母の甲板に降りることにした。
「朝日奈さん攻撃凄い受けてたけど大丈夫だった?」
「大したものは受けてない。別に心配されるほどじゃねえよ」
「そんなこと言って、金髪はぎゃーぎゃーわめいてたけどな」
「うるせえよ」
甲板に降りて外の空気を吸う。仮想空間の中だけど何故か澄んでる気がして気持ちがいいのだ。
「それにしても兄ちゃん朝日奈に命中しまくりだったな。流石兄ちゃん」
「……うん。ありがとう」
一瞬天野兄と目が合う。いつも何か言いたげな気がするが一体何だってんだ。恨みがあるかの如く私に対して攻撃してきたくせに。これ以上サンドバックになるのは勘弁なので次飛んだ時には容赦なく狙ってやろう。
「朝日奈さん。青島さんも。今日は練習に付き合っていただきありがとうございました。また機会があったらぜひ参加させてください」
「ああ」
「そうだ!これから横島山の方でお祭りがあるんですけど、朝日奈さんも天野くんたちも来ない?僕の家の近くなんだ!」
祭りか。しばらく行ってなかった。最後に行ったのは小学生の頃か?あの人と行ったのが最後だった気がする。
「俺と兄ちゃんも行くつもりだったんだ!金髪はどうすんだよ」
「私も行こうかな。じゃがバターが食べたい」
「んじゃあ決まりだな!早速行こうぜ!」
甲板の空気で深呼吸した後、お祭りに向かうためヘルメットを取った。
***
どこから集めてきたんだと聞きたくなるくらいに、人、人、人。人ごみとはまさにこのことを表すのだろうというくらいに人がいる。途中何度か知らん人間に「一緒に回らないか」と言われたが、言語が分からないふりをして無視した。
「朝日奈さんじゃがバターあったよ!並びに行こう!」
何故私がじゃがバターが好きなことを知ってんだ。青島に腕を引かれながら列に並ぶ。天野兄弟は焼きそばを買いに行ったきり帰ってこず、青島と2人きりになった。それを自覚したとたん胸が一瞬ドキリとする。
「お昼食べてなかったからお腹すいちゃったよ!僕もじゃがバターの明太味かっちゃお!」
「そういえばお前今日なんであんなに早く家に来たんだよ」
「お昼ご飯一緒に食べようかと思ってて、最近料理にはまっててね?この間のテストのお礼に僕の料理をふるまおうと思ってたんだ」
「へえ」
「その時にお祭りに誘う予定だったんだけどあんなことするから」
「あんなことって?」
「うぅ……」
何故か顔を赤くして財布をいじりだした。さっきまで目を合わせてくれていたのに今は財布を見たり、周りを見渡したりして私と一切目を合わせてくれない。それに少し腹が立ったので腕を握りしめてやると、「いたいっいたいよぉ!」と言いながらこっちを見た。気分がいい。しばらく見つめてやろうと思ったら順番が来てしまい、汗まみれのおっさんに欲しいものを聞かれた。
「明太味2つね。んじゃあお代は」
「あ、僕が払います!」
私が財布を出す暇もなく、お金を叩きだす青島。ダメだろお前。学費のためにここに来てるんだから。少しでも節約しろの意味を込めて青島の財布の中に金を突っ込んでやった。
「朝日奈さん!ここは僕が払うから!」
「金に困ってるやつが人におごるな」
「僕が払いたいだけなの!」
顔を真っ赤にしながら私の財布に金を突っ込んできた。もう一回奴の財布に入れこもうとしたが、タイミング悪くじゃがバターが来てしまい仕方がないので奢られることにしてやる。
「朝日奈さん、僕いいスポット知ってるからそこに行こう!きっとそこなら人混みが解消されてるはずだよ!」
「ああ」
青島の言うスポットに向かおうとしたところ、途中で射的があった。最近飛行の射的をしてきたから今なら行ける気がする。そんで青島に「凄いよ朝日奈さん!流石すぎるよ!」と言われたかったので列に並ぶことにした。
「朝日奈さん射的できるの?」
「一回もやったことない」
嘘だ。小さいころお祭りに来た時必ずやっていた。一緒に住んでた女のかき氷代を奪い、泣いてる奴の隣で射的しまくったのを覚えている。商品が欲しかったのではなく、当てた瞬間のジジイの悔しそうな顔を見るのが爽快だった。
金を払い、射的銃を受けとる。2人ずつやるタイプのお店だったので青島に実力を見せつけようとしたところ、隣にいるのは黒いフワフワの髪ではなく、ストレートで、毛先に金色のメッシュが入った、私が大嫌いな奴だった。
「宇宙人に自爆テロリスト。呑気にお祭り騒ぎか?」
「ブーメランじゃないか」
お前こそ何を呑気にお祭り騒ぎしてるんだ。それも甚平などを着て。しかも何だ首からぶら下げているガキのような仮面は。それは顔につけるものじゃないのか。
「俺様は1位になったからいいんだよ。なあ五月」
「うわぁ。宇宙人さんこんなところまで来てたんだ。ご苦労様だねぇ」
こいつもこいつで甚平仮面首下げスタイルだ。端的に言うとダサい。髪に謎メッシュを入れているのと同じくらいダサい。
「村雨さんと五月さん!2人とも射的をやるんですか?」
「零だけね。俺は見てるだけ」
「この射的でもお前に勝ってやるよ。空でも地上でも俺が上だってことを見せびらかしてやる」
私は射撃銃を構えて標的を狙う。欲しいものなど何一つないが、射的屋のジジイと村雨の悔しそうな顔を見れるならなんでもよかった。
目に入った箱に向かって狙い撃ちをする。見事にカコンという音が響き、箱が後ろに倒れた。
「まあ私にかかれば1発で倒せちまうんだな。ほら自称1位。早くやってみろ」
「わあ!朝日奈さん凄い!」
青島が嬉しそうに私のことを褒めてきた。目がキラキラしていて顔がかわい……とかではなく、アホ面が炸裂していて気分がよかった。村雨にも同じ風に褒められたら腹が立つので打った瞬間足を踏んでやった。天才的にタイミングが素晴らしかったので村雨は何も当てられずに1発目が終了した。
「あっ!てめえやりやがったな!」
「何もやってない。次は私の番だ」
「こっちもやったらぁ」
私の足を踏もうとしてるのがバレバレだったので避けながら狙いを定める。しかし村雨のあまりのしつこさに思わず村雨の下駄を狙ってしまった。
「おい!暴力反対!」
「お前が踏みつけて来ようとするからだろ?いいから下駄よこせよ」
「下駄が景品なわけあるか!次こそ邪魔すんなよ!絶対当ててやる!」
「やれるもんならやってみろ」
射撃銃を真ん中に定めているようだが、あんなよわよわなコルクじゃ倒せるわけがない。村雨がごちゃごちゃやってる間に景品を選ぶ。すると私が気になっているものがあった。これにしよう。ジジイから受け取り再び村雨のほうを見るとドヤ顔で射撃銃を渡してきた。
「見ぃたかぁ?でけえのぶち当ててやったからよぉ?俺の勝ちだよなぁ?」
うぜえ、ぶち殺してえ。発言だけでもむかっ腹が立つのに青島がキラキラした目で村雨のことを見てやがった。取り返してやる。
一瞬だけ景品を選んでいる村雨のケツに射撃銃を向け、当たる妄想をした後箱のほうに再度射撃銃を向けた。
「朝日奈さん……!頑張れ……!」
青島の応援が聞こえる。村雨のケツを思い出しつつ狙いを定める。絶対に当ててやる。大き目の箱を狙い撃ち、カコンという音が響いて見事倒すことができた。
「やったぁ!大きい箱だよ朝日奈さん!」
「ああ。これくらい余裕だ。私の勝ちだな村雨」
大き目の箱は先ほどの景品とは違い豪華だったようで、ラムネ瓶2本をジジイから受け取り店を去った。
「おい!俺あと1発残ってんだけど?」
そんなの無視だ。私が終わったからもう用はない。五月が「おつかれ〜」なんて呑気に言っているのを耳に入れつつ私と青島は人ごみから脱出すべくひたすら前に進んだ。
***
「村雨さんたちが来てるなんて意外だったなぁ。家が近いことは知ってたんだけど」
「へえ。ご近所さんだったのか」
「うん。僕が走り込んでる時、たまに二人で歩いてるのを見かける」
川の崖に2人で座り込み、じゃがバターを食べる。明太子のピリリとした味が美味しい。ちなみにここの川をずっと下っていくと私がいつも走ってる川につながってるらしい。ここへ来るまでに青島が楽しそうに教えてくれた。
「そういえば今日の自主練、天野兄と連携してたんだろ?どうだった」
「うん。相変わらず丁寧に色々教えてくれたよ」
「相変わらず?」
「実は僕ね、テスト前に実君から色々アドバイスを貰ってたんだ」
「え?なんで?」
「だって朝日奈さん教えてくれたじゃないか。天野君は最後まで残ってたのに僕は最後まで残れてないって。それで天野君に相談したら兄ちゃんに聞いてみるのがいいって言われて……それで相談に乗ってもらったりしてたんだ」
「ふーん」
なんだか面白くなかった。確かにあの状況じゃ私にアドバイスなど求められるわけがないけどそれでも私を頼ってくれよという理不尽な感情が顔を出す。
「それでね。実君から、緊張がそうさせてるかもしれないからリラックスするのが大事って聞いたんだ。まあ当たり前のことかもしれないけど。テストに合格するのも大事だけどまずは飛び続けることを目標にしたの!そしたら上手くいくようになったんだ!」
「ああ、だから撃墜数0だったのか」
「攻撃よりも長く飛び続けて、撃墜されなければいいって考えるようにしたんだよ」
なのに私は自爆させたのか。もう絶対にあんな思いをしたくない。明日からまた練習しなければと青島を見ながら決意する。
まあそんな辛気臭い考えは置いておいて、じゃがバターも食べ終わったことだし射的屋でもらった景品を青島と一緒にやりたかった。
「まあお互いテスト合格ってことで、お前にこれをやるよ」
「え?」
「ほら、やりたかったんだろ?」
初日の授業の時、気絶してる青島を起こしに行った際ブツブツと何かをつぶやいていた。派手なものではないが、私もやってみたかったので青島に渡す。
「線香花火……」
「夏祭りと言えば花火だし、さっき景品で貰ったんだ。一緒にやろう」
ボーっとしたままの青島をほおっておいてラムネ瓶に川の水を入れる。線香花火と一緒にもらったマッチに火をつけ、線香花火にも着火させた。青島も急いで花火に火をつける。
「先に落ちたほうが負けな」
「えっへへ。僕こういうの強いんだよね。負けないよ」
パチパチという音が二人の間に響く。あたりは真っ暗だからこの光が青島を照らしているような気がした。
「綺麗だね」
「ああ」
小さく弾けた火花が、青島の瞳を輝かせる。そうだ。私はお前の輝いた瞳が好きなんだ。楽しそうで、嬉しそうで、あの日見た花火を思い出すから。
この世界には2人しかいない。そんな錯覚に陥る。小さくて儚い火花なのにずっと続いてほしいと願ってしまう。
『今回の試験で私が墜落させてやろうか?』
私が酷いことを言ったこともあった。でもあいつはそれでも食らいついてきて、私をイラつかせていた。
『僕が途中で燃料をあげるのはどうかな?』
アホみたいでくだらない作戦だけど、それでもコイツが燃料を残しておいたおかげで島にたどり着いたんだ。
『朝日奈さんゴールできたんだね。良かった……』
自分のことよりも人のことを心配するのが何よりも大嫌いだけど、お前はそういうやつだよな。
『朝日奈さんはどうしたら消えたくなくなる?』
『朝日奈さんもこのハンカチ持ちながら走ってたなと思って。頑張ってる朝日奈さんにあやかろうとして持ってたんだ。なかなか返せなくてごめんね』
いつも私の名前を呼んで、私のことを考えてくれてる。花火を見ていると大した時間を過ごしたわけでもないのに色んな事を思い出した。
「もうすぐ終わっちゃうね……」
やがて小さな火花は線のように細くなり、丸い赤い光がどんどん萎んでいくのを感じる。もう花火の時間が終わる。寂しいとはこういうことを言うのだろう。
青島と会ってからムカつきだけじゃなくて、切ない気持ちや、楽しい気持ちになることが多くなった気がした。初めての感情。自分自身でもわからない感情に襲われることもあるけれど、そうだとしても、私は、青島といることが楽しい。もっと一緒にいたい。
青島の赤い光が落ちかける。でも私は青島の嬉しそうな顔が見たかった。だから、こっそりと自分の花火に息を吹きかける。案の定消えかけていた花火はチャポンという音とともに地面に落ちて行った。
「あれ?これって僕の勝ち?」
そうだ。そう言ってやるとまるで瞳に花火が舞ったような、綺麗な花を咲かせた。負けてやりたかったんだ。この顔が見たかったんだ。嬉しくなって、この時間が愛おしいと思ったから、私は、ずっと、ずーっと呼びたかった、でも恥ずかしくて出来なかった言葉を、言うことにした。
「陽。本当にありがとう!」
私を楽しい気持ちにさせてくれて。色んな気持ちにさせてくれて。頑張ろうと思う力をくれて。お前といるとイラつくことも多いけど、一緒にいたい。お前の楽しそうな顔を見ていたい。
それが伝わったのか、過去最高の楽しそうな顔をした青島が、私の手を握って笑ってくれた。
***
なああの二人はもう付き合うのかな?
あの感じは告白じゃないだろ。勘違いしちゃダメだ。
えー?どう考えても昨日のやり取りは付き合う流れだろ。
お前よく見ろよ。お互いに「付き合ってください」なんて言ってないだろ?
そんなフェイントがあんのか。人間関係こわ。
人間関係よりも狙われてることがバレたのかが怖いな。あれで自分以外が狙われてないことに気が付いたら次は厄介だ。
いや、意外と村雨も狙われてる。今回1位を獲ったから。
確かに五月と2人で1位を狙ってんだもんな。狙われて当然か。
***