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2章 テストに向けて


訓練にも慣れてきて、戦闘機の撃墜数は1回の訓練で20を超えるようになってきた。機銃を上手く操って露出した操縦席を一発で狙い撃つ。ロックオン画面にピタリと当てはまった瞬間に打つのがコツだ。今も2機が私の射程範囲に入っているが、すぐに打ち落とせるだろう。ロックオンして容赦なく機銃をぶっぱなつ。

ガシャーン!という音とともに画面の撃墜数が22を表示する。自己最高記録だ。しかしここまで撃墜できるようになってくると新たな課題が生じる。打ち落とす戦闘機の取り合いになることだ。

今の状態で残っている戦闘機はレーダーを確認しても10機程だろう。それをポンポンと私が打ち落としてしまうと他の人が撃墜できなくなってしまう。しかしできないのが悪いので容赦なく打ち落としていくと、味方から狙われるのだ。


ピピピピというレーダーからの危険信号。後ろの味方から撃たれてるものだろう。一点に私を狙っているのがわかる。

機体を傾け難なく避けるが、挑発の意味を込めてそいつの方へ向かってみることにした。

相手も私の行動に気づいたのか、逃げることなく迎え撃つようにレーザーが飛んでくる。それらを避けつつ私も応戦して機銃を狙い撃つが相手もまるで私の動きを予測してるかのように避けてくるので撃墜できない。

どんどんお互いに距離が近くなっていく。その間にもお互い応戦してどちらが先に堕ちるかの戦いを繰り広げていた。

そしてついに、戦闘機がすれ違う。ガラス越しに奴の顔を見ると、普段の教室で私の隣に座っている黒髪で毛先が金髪の遊び人だった。


『朝日奈さん、村雨さん、交戦をやめてください。戦闘機の撃墜に集中してください』


紺野の耳障りな声が聞こえる。コイツは村雨って言うのか。遊び人野郎だ。耳障りな声を無視して村雨に攻撃しようとした瞬間、違う方角から私に対して機銃が飛んできていた。

なんだ?まだ誰か私のことを狙っているのか。イライラしながらレーダーを確認すると赤い点、つまり普段は攻撃してこない戦闘機から攻撃が発射されている。しかし今私は避けられる状況じゃない。

何とか避けきれないかとポチポチ動かしていると、ピーッという音とともに右翼側が損傷した。


「うぅっ!!」


衝撃で頭が揺れる。どうやら今まで何不自由なく操縦してきたが、直撃するとしっかり痛みの感覚まで引き継がれるらしい。しかもよく見たらバッテリーも減り始めている。


『えー、ついに生徒同士での交戦が始まってしまったので、訓練は次のステップに進んでいきます。今回からバッテリーが減り、戦闘機も攻撃してきます。皆さんで協力して撃ち落とすもよし。自分が1機でも多く撃ち落とすのもよし。今残っている10機を全て破壊出来たら今日の訓練はおしまいです。皆さん打ち落とせるよう祈っております』


なんだそれ。頭がガンガン揺れている間に説明するな。戦闘機が私たちを攻撃してくるようになった?余裕なんじゃないか?だってこっちは50人いて相手は10機だけ。瞬殺で終わるだろう。そう思ってレーダーを確認すると、驚くべきことに青い点がほとんど残っていなかった。なんだ。戦闘機に打ち落とされたのか。

そうこうしてる間にもどんどん攻撃されていく。ピーッという警報音とともにレーザーで打ち落とされそうになったが、どこからか機銃が飛んできて、私をかばってくれた。誰だろう。レーダーを確認すると近くにいる機体であることが分かる。少なくとも今私の近くにいる村雨ではない。じゃあ誰だ。かばってくれた人の顔が気になるので、残った戦闘機を狙いつつそいつの方へ向かった。


「ん?あれは……」


ロックオン機能を使ってカメラをズームアップしていると最初の訓練の時に私を狙い撃ちしようとした天野がいた。恐らく私が墜落しないようにレーザーの方向転換をしてくれたのは彼だろう。彼の恩返しとばかりに周りにある戦闘機を打ち落としていく。1機落とせたので残りは少なくとも9機になったはずだ。味方は何機ある。確認すると5機だけ。嘘だろ?最初は50機いたはずだよな?いつの間に打ち落とされたんだ?敵はあとどれくらいだ。赤い点を数えてみると8機になっていた。場所的に先ほど私がいた場所の戦闘機が消えてるから村雨とかいうやつが打ち落としたのだろう。

そんなこと考えている間にもどんどん戦闘機が私たちを狙ってくる。残り8機をどうやって5機で倒すのか。少なくとも協力してくれそうなのは3機だけ。私を攻撃してきた村雨に期待してはダメだ。じゃあ今、一番頼りになるのは。

通信方法がないため操縦席の扉を開ける。天野に直接話しかけて連携するしかない。相手も同じことを考えたのか操縦席を開けた状態で私に近づいてきた。


「朝日奈さん!燃料どれくらい残ってる!?」

「半分くらい!そっちはどれくらい?」

「半分!?使いすぎだ!朝日奈さん!私は半分以上残ってるので私が攻撃に出ます!後ろに2機いるのでそれを引きつけてください!私が撃墜させます!」

「一気に2機やれるか?」

「もう一人協力者がいるから問題ありません」


この短時間で協力者を私含めて2人用意するあたり天野は優秀なのかもしれない。もしかしたら1年後に選ばれてるのはコイツの可能性がある。でも今はそんなこと考えてる場合じゃない。自分のやれることをやるのみ。方向転換して敢えて戦闘機に近づき自分が標的になるよう動きまくる。どうだ。撃墜数を譲るのは許せないが燃料を使いすぎてしまっているので仕方ない。戦闘機が私に反応して機銃やレーダーが打ち放たれる。それを軽やかにかわし、天野の方へ行かないように誘導していく。すると狙いが定まったのか1機の撃墜に成功した。

しかし正面からもう1機戦闘機がやってきた。こちらは天野の計算外だろう。自分で撃墜する必要がある。後ろの攻撃をかわしながらこれからこちらに向かってくる戦闘機にも対応しなくてはならない。しかし私ならできるはず。そのために今日まで何機も撃墜してきたのだから。

一気に急降下して水面の近くへとたどる。後方カメラを見ると私が通った後の水面が上昇していて気持ちがいい。そのまま一気にスピードを上げていくとレーザーがいくつも飛んできた。そんなのかわして打ち殺してやる。その宣言通り狙いを1機ロックオンしてそいつに向かってレーザーを発射した。見事撃中し撃墜数に数字が加算される。それと同時に天野が1機分撃墜してくれた。残るは何機だ。確認するとあと3機。私と天野とその協力者以外にいるのは村雨ともう一人の誰か。恐らくその二人が組んで他の機体を撃墜させたのだろう。ここまで残ってる時点でそれなりの手練れだ。テストの時は注意しなくてはならない。

しかし今はどうやって残り3機を撃ち落とすかだ。

自分の燃料を見ると、もうほとんど役に立たない。低空飛行を続けているがいつまで持つか。きっと1機倒せたら御の字というところだろう。どうしたものか。ここから天野に連携を取りたいがそこまで戻れる燃料はないだろう。

するとこちらの方に青い点が向かってきている。位置的に天野のものではない。じゃあ誰だ。村雨か?今攻撃されようものなら私が撃墜されるだろう。しかしそんな悠長なことしてられるか?攻撃してくる戦闘機が3機も残っているなら味方を打ち殺すことはしないと信じたい。

そんなこと考えてる間にもどんどん近づいてくる。標的カメラでズームしてみると操縦席に乗っているのは青い髪をした男だった。どこかで見たことある気がする。


「おい金髪女!」


クソ失礼な奴である。童顔のくせして口が酷いタイプか?聞こえなかった振りをして距離をとる。


「聞こえてんだろ金髪!兄さんから伝言だ!そのまま低空飛行を続けて1機分ひきつけてほしいってよ!じゃあ俺は伝えたからな!」


ああ、思い出した。初日に天野に背負われてたやつ。弟だったのか。恐らく初日は離陸に失敗して気絶していたのだろう。それなのにここまで生き残るなんて大した腕である。感心していると上空に1機の戦闘機がある。これを引き付けて天野兄弟に狙い撃ちさせれば残りは2機。あいつら二人で何とかなるだろう。全ての撃破に成功するはずだ。


言われた通り機銃を少しそれたところに打ち、相手に気付かせる。案の定こちらに気づいた戦闘機は機銃をこちらに向け、容赦なく打ちはなってきた。

うまい具合に逃げなければならない。地図を見ながら移動方法を考えていると、赤い点が低空飛行しているのがわかった。奇襲をかけて挟み撃ちにされるのだろうか。とにかく天野が狙いやすいように上空の戦闘機をひきつける。ガラス越しだが肉眼でも確認できるのがありがたい。そして地図を確認すると赤い点がどんどんこちらに近づいてくる。それと一緒に青い点も。村雨たちが追いかけてるのを逃げているのだろう。挟み撃ちの線はなくなった。つまり私がやれることは。


自分で定めたポイント地点までたどり着き、一気に急上昇する。ぐんぐんと上がっていく重力は離陸の時と似たような感覚。何かに引っ張られるような圧力。そして燃料の警告アラート。そんなものを無視してどんどん上昇していく。気持ちがいい。重力を浴びながらガラス越しに下を確認した。

どがーん!!と2つの戦闘機が破損する音。

私の狙いが炸裂したらしい。水面すれすれを走っていた戦闘機を見事私を狙っていた戦闘機が撃墜してくれた。まさに自滅である。自分の手で撃墜できなかったことは残念だが、この燃料でよくやった方だろう。そしてしばらくヨレヨレしながら下降していると、紺野のアナウンスがコックピットに響いた。


『残った5人の皆さんお疲れさまでした。撃墜おめでとうございます。本日の訓練は以上となりますのでヘルメットを外してください』


ここまで頑張ったのに案外あっけないものである。まあでもテストで誰に警戒すればいいかわかっただけでも収穫ものか。ヘルメットを外し早速天野の方へ向かおうとした時だった。

黒髪と金髪のメッシュが私のほうにやってくる。あれはさっき私を打ち落とそうとした村雨。隣の席だが初めてまともに顔を見た気がする。


「よお朝日奈。さっきはよくも攻撃してくれたなぁ?」

「そっちから仕掛けてきたような気がするが?」

「ンなわけねえだろ。次の訓練の時は必ず打ち殺してやる」


挑発するように睨みつけてきて、ぶん殴ってやりたかったがそれだと負けな気がするのでこちらも睨み返して近づいてやると


「飛行探検家になるのは俺だからな?お前なんかじゃねえ。俺が空に行くんだよ」

「ほざいてろクソださメッシュ。お前みたいなクソ餓鬼誰もお呼びじゃねえんだわ。せいぜいテストでは断末魔まき散らしながらイってくれ」

「零」


お互い睨み合ってると村雨の後ろにデカい男が立っていた。コイツも黒髪にメッシュが入ってる。だが金ではなく白のメッシュが入っていた。なんだ?こいつらも兄弟か?


「そろそろ帰ろう。こんなの相手にしてたらダメだよ」

「はぁ?でもこいつ」

「テストの時にわからせればいいんでしょ?だから今日はもう帰ろう」


白メッシュは私に一切目を合わさず、村雨を連行していった。何だったんだあいつら。それよりも天野兄弟のほうへ向かいたい。撃墜してくれたお礼を言わなければ。

天野のコックピットの場所は近いので急いで天野のほうに向かうとすでに青い髪の童顔男が立っていた。


「あ、金髪女」


相変わらずクソ失礼。


「さっきは見事だったぜ?敵に同士討ちさせてるところを見た時は感動しちまった」

「それはどうも。それよりも天野は?」

「俺も天野なんだけど」

「天野兄は?」


そうこう言い合っているうちに繭の中から出てきた。汗一つたらさずさわやかな表情は先ほどのカスメッシュ村雨とは大違いである。


「朝日奈さん!先ほどはご協力ありがとうございました」

「天野こそ。村雨からの攻撃から守ってくれてありがとう」

「あれは初日の分のお詫びです」


そのお詫びはすでにハンカチとして受け取っているが?と言おうと思ったが貸しをつくるのは勘弁願いたいのでそういうことにしておく。

すると弟のほうがご機嫌そうに私の方に近づいてきた。


「なあ!あれどうやって操縦してんだよ!お前カッコ良すぎか?今度俺にも教えてくれ!」

「機会があったら教えてやる」

「えぇ!いいのかよ!ありがとう!早速紺野に自主練できるよう交渉してくるわ!」


なんだか調子のいいやつである。私がOKを出した瞬間走り出そうとして兄に服を引っ張られていた。


「コラ!ダメだろ結人。俺たちだけルールから外れるのはナシだ。自主練するにしても朝日奈さんだって疲れてるんだから無理言うな」

「えー!でも兄ちゃんの役に立ちたいんだよ」

「じゃあまずは授業で頑張ること。俺の言うことを聞いてればそれなりにできるって今日わかったじゃないか」


確かにそうだ。初日は早々に墜落してたってのに今日は最後まで残るどころか撃墜までしているのだからとんでもない成長スピードだ。どんなコツがあったらそこまで成長できるのか私が聞きたいくらいである。その方法さえわかれば青島も……って何考えてんだ?まずは自分のことだけ考えてテストに集中するべきなのに。あのクソポンコツは初回のテストで脱落決定なのだから何も関係ない。


「朝日奈さん?」

「あ?」

「大丈夫ですか?ボーっとされてましたけど」

「いや別に」

「んだよ。あっちの世界だとカッコよかったのに現実だと口下手か?」

「結人」


兄弟漫才を見させられて何とも言えない気分になる。天野兄は他人には丁寧な口調だが弟には随分砕けた口調なんだな。


「それでは私たちはこれで失礼しますね」

「じゃあな!今日超カッコよかったぜ!またよろしく」

「ああ。じゃあな」


天野弟が楽しそうな顔でこちらに手を振る。なんだかそれに返したくなって柄にもなく手を振り返した。それを見て調子を良くしたのか天野弟が私の方に駆け寄ってくる。何だ?忘れ物か?

私の目の前で止まったかと思うと子供がいたずらするときのような顔をしてあるものを差し出してきた。


「なあ!これ自主練の前払いな!絶対紺野と交渉してくるからよ、俺にも教えてくれ」

「なにこれ」

「ハンカチだ!肌ざわり最高だぜ?」

「……」

「兄さんのためにも俺は強くなりてえからさ!頼んだぜ!」


この兄弟はハンカチをお金か何かと勘違いしてるのか。しかも兄がくれたのと同じ柄じゃないか。色違いなだけでほとんど同じ。仲良しすぎるだろ。しかもまた星のロゴマークがある。

渡せて満足したのか天野弟は兄の方へ戻っていった。不機嫌そうな顔で兄にチョップされている。何だったんだあいつら。

でも自主練が解禁されれば天野兄から弟に何をして上手くいったのか聞けるかもしれない。そしたら青島も参加させて、ってそういえば青島はどうなったんだ。急いで青島のコックピットの方へ向かう。また気絶してるのか。最後の5人にいたならとっくに出てるはず。


青島のコックピットの扉を開けると、初日と同じ。ぐったりした様子で倒れていた。


「おい!しっかりしろ!授業はもう終わったぞ!」

「うぅ……」

「いつまで寝てるんだ!」


初日の墜落以来今日まで墜落していなかったからな。攻撃を仕掛けてこないし重力にも慣れてきてるはずなので当然だが。きっと久々の墜落で体力を持っていかれたのだろう。

私自身今日初めて自分の戦闘機に追撃を受けたが、その時身体全身に痛みが走ってしばらく何も考えられなかった。だから墜落したときの痛みはとんでもないものだろう。死にたくても死ねず、どうすることもできないんだからな。

汗が怖いくらい出ていたので先ほど貰ったハンカチで顔の周りを拭いてやる。するとくすぐったかったのか、瞼がプルプル震えていた。

そして次第に瞼の間から宝石のような美しい青色が見えてくる。暗くてもわかる、綺麗で、澄んでいる空のような青色。


「ん、あさひなさん……?」

「起きたかよ」

「あぇ?なんでぇ?ぼく、おとされたはずじゃ」

「もう授業は終わった」


目をシパシパさせながら周辺を見回している。ようやく現実世界だと思い知ったらしい。いつにもまして鈍くさい。


「あさひなさん、おこしてくれてありがとねぇ」

「別に。私は走り込みをするからさっさと帰る」

「ん、じゃあねぇ」


眠そうでバカそうな青島にムカついたので叩きつけるようにドアを閉めた。最後まで残ってる私が走りこんでるんだからお前はもっと頑張らなきゃダメだろ。また僕と走ろうとか言っておいてあれ以来1度も走ってないじゃないか。走り込みって単語を言ってやったんだから、僕も一緒に走るくらい言え。だからお前は最後まで残れないんだ。

むしゃくしゃしながら家まで走っていると先ほど天野弟からもらったハンカチを青島のコックピットに置いてきてしまったことを思い出した。最悪である。

天野弟の雰囲気からして『俺のハンカチ使ってくれてるか』とか聞いてきそうでめんどくさい。明日青島から奪い取るか。

寮に着き、ランニングの準備をする。体力づくりとして始めたが、案外趣味としても悪くない。何も考えずにひたすら走り抜けていくのが気持ちいいから。

今日は何を考えながら走ろう。そろそろテストのシミュレーションをした方がいいのかもしれない。

準備体操を終え、寮から出ていつもの川辺までゆっくりと走る。この時間が何よりも好きだ。走っていると何にも邪魔されない。情報も、人も、何もかも私に触れることはない。だから『1人』を存分に味わうことができる。

川辺についたのでスピードを上げていく。涼しい。ここに来るまでに少し汗をかいたから風が気持ちいい。歩行者を追い抜かしてぐいぐいと駆け抜けていく。このスピードのまま空を飛べたりしないか。人々を見下ろしながら走る景色は最高だろう。

自分の思うがままのスピードで走っていると見慣れたフワフワとした黒髪。デジャヴ。もう誰だかわかる。なんでこんな気持ちがいい時にタイミング悪くあらわれるんだ。もうそろそろ追いついてしまう。追いついたとしても無視して走り抜けてやろうか。きっと無視した瞬間とんでもない爽快感に包まれるに違いない。


「あ!朝日奈さん!」


本当何だってんだコイツは。さっきまでぐったりとしてたくせにそんなこと忘れたのか笑顔で走ってやがる。


「さっきはありがと……って!おいてかないで!僕も一緒に走る!」


ついてこれないのが悪い。遅いのが悪い。そんな意味を込めてスピードを速めていく。


「はぁっはぁっ何とか追いついてるよぉ……!一緒に走るんだから!」


昨日まで走ってなかったくせに調子がいいことを言いやがる。一緒に走りたいなら毎日走って努力しろってんだ。


「はぁっこのコース久しぶりだからっ、はぁ、景色が違うといいねっ」

「お前走ってたのか?」


衝撃に速度を緩める。確かに最初に走った時はゆっくりでもグダグダ文句を言っていた。でも今は私の普通の速度にもついてこれている。


「ぁ、はぁ、はぁ、いつもは、これくらい、なんだけどねぇ?」

「ゆっくりでも走ってたのか?」

「うん、紺野先生がね、初日に教えてくれたんだ。離陸した瞬間に気を失ってしまうのは持久力がない可能性があるって。そこを克服すれば飛べるようになるってさ」


あの一般男性から飛行について何も教えてもらったことはなかったが、そんなアドバイスもしていたのか。


「だからね、毎日ちょっとずつなんだけど走ってたんだ!ここの川辺は少し坂になってるから避けてたんだけど」

「じゃあ今日はどうしてここに来たんだ?私は毎日ここを走ってたのに」


ここに坂がなければ毎日お前と一緒に走れてたってことか?なんではやく……って不愉快極まりないな。ここに坂があって本当に良かった。私がスピードを落としたことで呼吸が整ったのか、深呼吸をして私のほうを見た。


「僕、また墜落しちゃってさ、カッコ悪いなと思って……でも今くじけちゃったらもっと差が広がっちゃう。だからさ!ここに来たらまた走ってる朝日奈さんに元気をもらおうと思ってここに来たんだよ」


私から元気をもらう?あげたつもりはないが図々しいやつである。でも、コイツはこいつなりに努力をしていたらしい。最初にあった時は、もう休憩に入っていたころだろう。それなのにヘロヘロしながらも走り続けている。


「無心になって走ってたら朝日奈さんが追い抜いてきて、やっぱり来てくれたって嬉しくなってたんだ。だからもう元気!明日からも訓練頑張るからね!」


謎のガッツポーズを私に向けてきた。頑張るか……今日の訓練で最後に残った5人とコイツを比べてみる。天野兄弟と村雨。あと一人は恐らく村雨に話しかけていた白メッシュだろう。コイツはコイツなりに努力しているが、あの5人を撃墜できるだけの技術が身につくとは思えなかった。今さら持久力に目を向けても仕方がないだろう。現実を叩きつけてやるには丁度いい機会なのかもしれない。


「朝日奈さんは?今日の訓練どうだった?」


キラキラした美しい目が私を見つめる。なぜかはわからないがコイツの澄んだ瞳に見つめられると心臓がバクバクと騒ぎ出す。

見つめられる前まで『現実を叩きつけてやる』と思ってたのにそれができない。私を見つめる瞳がそれを許さない。


「朝日奈さん?」

「……ついに標的の戦闘機が私たちに攻撃を仕掛けてくるようになった。最後に残った5人でなんとか10機撃墜させたところだ」

「ええ!?攻撃してくる戦闘機を撃墜したの!?」

「ああ」

「朝日奈さん凄い!!本物のパイロットみたいじゃん!凄い!本当に凄いことだよ!」


純粋で、子供のようで、楽しそうな目。凄いなんて言ってる場合か?お前は最後の10人に残りたいんだろ。感心してる場合かよ。そう言いたいのに言い出せない。


「誰が残ってたの?」

「天野兄弟と村雨って男と、後は知らん」

「天野さん……天野さんか、やっぱり凄いんだね。天野さんって」

「は?」

「憧れちゃうなぁ。凄くてカッコよくて優しくて、勝手に僕が憧れてるだけなんだけど」


さっきまで私に向けられていた純粋な目が、今は天野に向けられてる気がした。なんだよ。お前さっきまで私のことが凄いと言ってたじゃないか。なんでその顔で他の奴を褒めるんだよ。


「天野さんは最後まで残りそうだよなぁ」


どす黒い悪魔のような心が自分の身体を支配する。コイツを苦しめてやりたい。私以外を褒めようとするバカな顔を歪ませたい。現実を突きつけて泣き叫ばせたい。


「朝日奈さんも天野さんのことそう思うでしょ?」

「うるさい」

「え?」

「人のこと褒めてばっかりいないで自分が頑張ったらどうなんだ」

「あ、さひなさん?」


疲れたのかなんだか知らないが、走るのを止めて呆然と私のことを見つめている。私の言葉によって心が動いてるようで気分がよかった。私も足を止め青島のほうを見た。


「天野の弟は初日に墜落したのに今日生き残ってたぞ。それに比べてお前はどうだ?カッコいいとかなんとか言ってる前に生き残る努力をしろよ」

「え、」

「お前なんか残れるわけない。努力の仕方もわからないお前が生き残ろうなんて図々しい話だ」

「どうしたの?なんでそんなこと急に……」


急じゃない。ずっと思っていた。なのにコイツの目を見た瞬間言えなかっただけで。でも今なら言える。苦しんでしまえ。努力しないお前が悪い。実力以上を望むお前が悪いんだ。私が思い知らせてやる。

何もできない屑は目障りだから消えてしまえ。そう言おうとした時だった。


「ゲホッはぁ、ゴホッ、うぅ、はぁ、はぁ」

「は……?」

「ごめん、はぁ、はぁ、くすり、のみわすれてた……ごめ、はなしてたのに、」

「く、くすりは」

「ん、ぽっけにあるから、だいじょぶ」


苦しそうな声が私の耳に響く。辛く歪んだ顔。どうにかしてやりたくて腕を引っ張り川辺に座らせた。この間と同じところ。錠剤タイプの薬を飲ませる。水を持ってて良かった。青島は薬は持ってるくせに水を持ってこない大馬鹿野郎だった。本当にぶん殴りたくなる。


「ぁ、はぁ、はぁ、あさひなさん、ありがとねぇ」

「クソかよ」


そんな言葉しか出てこない。本当にコイツはクソだ。なんでこんなことしてんだよ。普通の高校に行けば持久力なんていらないんだから走り込みなんてしなくていいのに。金か?辛い思いをしてでも学費を浮かせたいバカ親に育てられているのか。


「ふぅ、落ち着いた」

「お前、やっぱ学校辞めた方がいい」

「え?なんで?薬飲めば大丈夫だよ」


薬を飲めなかったら?訓練中は基本飲めないはずだ。そんな時発作が起きたらどうする。私にはどうしてやることもできない。あのくらいコックピットの中、1人で苦しむのか。なぜかはわからないが私のほうが苦しくなってきた。


「朝日奈さん?どうしたの?もしかして気分悪くなっちゃった?」


頭痛薬とか持ってたかなぁなんて言いながらポケットを探っている青島に心底腹が立った。無駄に心配させやがって。なんで私がこんな思いしなきゃなんないんだよ。

もう色んな意味で疲れたので青島を無視して帰ることにした。


ハンカチを返してもらうのを忘れたことに気付いたのは、寮の風呂に入ってからだった。


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