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1章 箱の島学園


答辞


FC0012年、箱の島に起動エレベーターが完成し空への飛行ができるようになりました。

そのエレベーターに乗る搭乗員を「飛行探検家」と言い、飛行探検家となる訓練生を学生のうちから育て上げることを政府が発表したのが3年前。

現在FC0015年、ついにそのプロジェクトが始動し私たち50人が、国立箱の島学園に入学することとなりました。

これからこの学校で過ごす1年間、勉学、訓練など積極的に取り組み、今までに経験し得なかったことをたくさん経験し国のため、飛行探検家となる為に精進いたします。

また、新しい経験をするにあたり、先生方にご迷惑やお力をお借りすることもあるかと思いますが、その時は、ときに厳しく、ときには温かくご指導いただけるようお願いいたします。

私たち新入生一同は、新たな仲間である同級生と共に学び競い合い、学園生活を通してともに絆を深めて、この箱の島学園で過ごす1年間を精いっぱい悔いのないよう過ごすことをここに誓います。

最後になりますが、本日は私たち新入生のために入学式を催していただきありがとうございました。

FC0015年 4月4日

新入生代表 朝日奈瑠璃



美しい金髪をなびかせながら、新入生代表の美少女は壇上を降りる。

……まぁ、私のことですけど。可愛すぎる上頭もいい私は新入生代表の答辞を読むことになった。少し緊張したけど悪くない内容だったのではないかと自画自賛しながら自分の定位置に戻っていく。


国立箱の島学園。今日から私が入学する学校で、『飛行探検家』になるための訓練施設だ。

校舎の中には私が来年乗る予定の軌道エレベーターがあり、校舎の高さはなんと約300メートル。箱の島の東にそびえ立つ巨大な建物であり、鋼鉄とガラスで造られた高層建築物が、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。このうちの5階までが校舎となっており、それより上はエレベーターの電力を保つ施設として稼働している。

『飛行探検家』とは、昔この国に隕石が落ちてきて以降、15年前までまともに文明が機能しておらず、人類史として空白期間となっていた。その空白を調査するために空から研究しようというのが『飛行探検家』である。エレベーターの先にあるものは誰も知らない世界。

一般的には『空』と呼ばれていて、その『空』での冒険を小説にして億万長者になるのが私の夢だ。そのためにはこの学校での答辞は選ばれるのが当たり前。

答辞という入学式のビッグイベントを終えた後は適当に先生の話を聞いている。ちなみに私のクラスを担任する紺野って男は、何の特徴もない一般男性で面白味がなさそうだからあまりちゃんと聞いてない。先生っていうよりどこにでもいる営業マンに近いかも。スーツだからかな。

今まで担当してきた先生は、なんの物語の影響か聞いてもないのに「人」という漢字について説明してきたり、二つ結びの赤ジャージの眼鏡で登場したりと現実離れしたような人が多かった。だから余計に面白味を感じなくて、少し残念。


「これにて第1回国立箱の島学園の入学式を終了します」


やっと終わったらしい。出席番号2番の私は一般男性もとい、担任の紺野先生の後ろを歩く。

隣には黒髪のフワフワした髪の男。目が合うと私に笑いかけてきた。その目に吸い寄せられるようにじっとその瞳を見つめる。宝石。宇宙。壁画。

何に例えればいいのかわからないほど綺麗に見える。青くて、美しくて、眩しい。欲しくて欲しくて仕方がなくなり、その目に手を伸ばした。するとその男は私に触られたくなかったのか顔を引っ込めて私と距離を取り始めた。

否定されたようで腹が立つ。睨みつけていると怯えたように話しかけてきた。


「あ、あのぉ」


なよなよしてて情けないやつ。よけておいて何ビビり散らかしてるんだ。こんな可愛くて美しくて完璧な私が触ろうとしてるのによけやがって。

真っ当に会話したいと思わなかったので睨みつけながら「あ?」とヤンキー張りの答え方をした。するとさらに委縮するのがわかる。気分がいい。一生おずおずと弱きものとして生きていてほしい。


「あ、朝日奈さんだよね……?」

「そうですけど」

「ぼく、青島っていうんだけど……お、同じクラスの」


そのまま無言になった。同じクラスの青島だからなんだ?自分から話しかけておいて、その後のことは私に放り投げるのか?これだからコミュニケーションが取れないやつは困る。目的をもって、相手にそれを分かりやすく話しかけてほしいものである。

睨みつけていると教室についてしまったので自分の席に座る。まあ予想していたことだが、青島というなよなよ男が1番で私は2番らしい。

全員が席に座った後、紺野という一般男性が黒板の前に立ち、語り始めた。


「えー、皆さん入学式お疲れさまでした。ここが今日から皆さんの教室になります。朝登校したらこの教室に入ってください。それではこの学校について改めて説明しましょうか」


いよいよ始まる。私の努力による、私の夢のための、学園生活が……!


「まずこの学校では飛行探検家の訓練生として皆さんが入学してきたわけですが、皆さんが飛行探検家になれるわけではありません。空を旅する乗り物の定員は2名と決まっています。そのために1年間訓練をして、テストをして、1位になった人が『空翔理想宙船』のパイロットとなります。1人で探索していただくことも可能ですが、副操縦席として、もう一人乗ることができます。これは2位の方というわけではなく、パイロットとなった方が選んでいただく形になるので、確実に空に行くためには1位になる必要があります。ここにいるクラスメイトは決してお友達ではございません。皆がその1位の座をかけたライバルなのです」


紺野がそう告げると教室の中の空気感が変わる。緊張感が伝わってくる感じだ。


「そして、ここからが大事なことなのですが」


ゴクリという音が隣の席から聞こえた。ストレートの艶のある黒髪と毛先は金色という遊び人っぽい髪型にも関わらずしっかりと先生の話を聞いているらしい。


「3カ月に1回、定期テストがあります。主に仮想空間による飛行テストです」


入学試験の際に書いてあったものだ。空翔理想宙船は戦闘機として一つしか用意できていない。そんな中で飛行しようものならすぐに壊れてしまう。なので、仮想空間を作り上げてそこでテスト飛行する、というようなことが書いてあった気がする。


「現在クラスの人数は50人いますが、全員が3回テストを受けられるとは限りません。1回目で10人、2回目で30人が脱落、つまり3回テストが受けられるのはこのクラスでもたった10人。そして3回目のテストで残り1人に絞ります。その1人が9人の中からサポートメンバーを選びます。もちろん選ばなくても構いません。残った人は飛行探検家にはなれず、高校卒業資格のみ取得して卒業ということになります。皆さんそのことを忘れずに明日からの訓練に望んでください」


つまり今は50人いるが1年後ここにいるのは10人だけってことだ。そしてその中から1人が飛行探検家として『空翔理想宙船』のパイロットになれる。私はその一人にならなければならない。飛行探検家として、空に出て、誰も見たことがないものを見て、冒険して、小説をかきたい。絶対にここにいる49人を踏みつぶして空に行ってやる。

決意を新たにしていると、スピーカーからチャイムが鳴った。


「それでは時間になりましたので今日は以上になります。……と言いたいところですが、最後に私の自己紹介をしていなかったのでしておきます」


ぶっちゃけそんなに興味はない。ここの学校の先生に用があるのではなく、明日からの訓練内容のほうが気になる。


「私の名前は紺野一八です。どれくらいお世話になるのかはわかりませんが、どうぞよろしくお願いします」


一般男性はなんとなく嫌味な奴だと思った。


***


明日からの訓練に備えるために寮に帰ったら何をしようか。ランニング。筋トレ、体幹トレーニング。パイロットは持久力が必要だと書いてあったから筋トレをやるのが無難なのかもしれない。ボーっと1人で考え事をしている間にも周りに人が寄ってくる。


「朝日奈さん一緒に帰らない!?」

「ねえ瑠璃ちゃん帰りにお茶していかない?」

「彼氏いる?良かったら俺とお試しでもいいから付き合ってよ」


せめて人の言語を話してほしいものだ。鬱陶しい鳴き声のようなものが私の頭に響く。ウザったすぎて殺したくなったのでガン無視して荷物を持ち、帰ることにした。無視してもなお人間どもがついてくるので煩わしいことこの上ない。


「きゃ!瑠璃様!こっち向いて!」

「瑠璃ちゃんってよんでもいいカナ!?」


私は昔からこうだった。欲しくもないのに人が寄ってくる。何故か下手に出て取り入ろうとするやつが多い。きっと私が美しくて頭もいい完璧美少女だから少しでも近づきたいんだろうけどそんなこと知るか。私は私の時間を過ごしたい。一般人なんかに構ってる暇はないのだ。

人に囲まれているせいで門までかなり時間がかかってしまった。早歩きで寮に向かっているとトボトボとトロくて鈍いフワフワした髪の男が歩いていた。おそらくあいつはさっき勝手に自己紹介をしてきた青島とかいうやつ。


「あっ!朝日奈さん!朝日奈さんの帰りもこっちなの?」


こっちなのも何もほとんどの人間が寮暮らしだからこっちだろ。


「僕はさ、ちょっと病院のほうに寄らなきゃいけなくて……いつもはこっちじゃないんだけど今日だけこっちなんだ」

「病院?」


思わず聞き返してしまう。綺麗な目をして普通に歩いているのに病院に通う必要があるのか?病気だったら空に行きたいとかそんな話ではないだろ。


「えっへへ。もう大丈夫なんだけどね?小さいころから喘息もちで薬貰いに行かなきゃいけないんだよね。飲めば全然大丈夫なんだけど、それがないときついから」

「飛行探検家になりたいのに喘息もちじゃきついだろ」

「うーん……朝日奈さんは飛行探検家になりたいんだよね?」

「あ?」


飛行探検家になりたくないんだったらこの学校に用はないはず。1年で高校卒業資格が取れるとはいえ過酷な訓練があるというし、勉強だって楽じゃない。普通の高校に通ったほうが圧倒的に楽なのに、どうしてこんなところに来てしまっているんだ。


「朝日奈さんには悪いんだけど、僕は学費のためにここに来てるんだよ」

「学費のため?」

「うん。僕の家あんまりお金に余裕がなくて、ただでさえ喘息もちなのに薬代とか通院代とかかかるでしょ?お金がいっぱいなくなっちゃう。だから少しでもお金が節約できて、はやく社会に出れるようにこの学校に来たんだ」


少し悲しそうに笑いながら語りかけてきた瞳は水の幕が張っていて、舐めたくなるほどに綺麗だった。悲しそうな顔を何とかしてやりた……ってどうでもいいんだよそんなこと。私には関係ない。でも、どうしても気になることがあった。


「金は大事かもしれないけど喘息は大丈夫なのかよ」

「心配してくれるの?」

「んなもんするわけないだろ」

「あれ?違ったか」

「私は最後の1人になりたいと思ってるからな。1人でも消えそうなやつがいてくれて助かってるくらいだ」

「そっか。でも僕は最後の10人に残るためなら何だってやるつもりだからね!朝日奈さんとはあんまり戦いたいとは思わないけど……でも、絶対残ってやる」


多分無理だな。だってコイツ私と1対1で殴り合いの勝負をしたら負けそうだし、操縦するのに必要そうな機動力もなさそうだし。恐らく一番最初のテストで脱落するだろう。これ以上コイツの話を聞いても意味がないので青島より速く歩き自分の帰路に向かった。


「あ!朝日奈さん!また明日!」


煩わしいとはまさにこのこと。私はあいつの声が嫌いだ。



***



「1年間という短い期間で3回のテストを行うのです。昨日の時点で察していた方もいると思いますが、今日から早速訓練のほうを行います。3階の実技室に移動してください」


朝来たら早々に教室を追い出される。でも私自身早く訓練をしてみたかったのでなんでもよかった。周りのごみ共に囲まれながら3階の教室に向かっていく。

エレベーターは使用禁止なので、1階から3階までは階段で行くしかない。しかも出席番号順のため、私の前にはなよなよした青島がいる。


「朝日奈さん、僕緊張してきたよ」


知るか。緊張も何も今日からだろうが。テストまでは2カ月くらいあるのだから今日いきなり好スタートというわけには行かないだろ。私含めて全員。それなのにコイツは緊張しているらしい。オロオロしている姿はバカっぽくて気分がよかった。

訓練室に入ると、繭のようなデカい楕円がずらーっと並んでいる。


「出席番号が書いてある球体の中に入りヘルメットをかぶってください。中に入ったらまたそちらで指導します」


私の出席番号は2番。そちらの方に向かっていると青島が話しかけてきた。


「電気ショックとか大丈夫だよね?感電とかしなかな……」

「じゃあ乗るな。1人で見学でもしてろ」

「そういうわけにはいかないよ!僕も頑張るんだから」


決意固めてるなら無駄に話しかけるな鬱陶しい。イライラしながら球体の中に入ると、中はコックピットのようになっていた。操縦桿やスイッチのようなものがたくさんあった。

固そうなソファ席に座り、顔全体を覆いそうなほどの大きさのヘルメットを着用する。

その瞬間私はどこかの世界に飛ばされたような気がした。



***


ピリっとした頭痛とともに目を開けるとあまり先ほどとは変わらない。目の前には操縦桿のようなものと、先ほどはなかったはずのモニターがいくつか付け加えられている。燃料の残量は100%ということがモニターからもわかった。

ずっとこんなところにいても仕方がないのでコックピットの中から出る。真っ黒な世界から光が差し込んでいるような気がした。扉を開けて降りた景色は青と白。青い海と大量の戦闘機だった。下の地面を見ると道路のようになっているが、常に揺れたような感覚。周りを見渡して確認すると、どうやら自分は空母のようなものの甲板にいるらしい。

それにしてもすごい数の戦闘機だ。その戦闘機の数だけ人間もいる。青島もオロオロしながら周りを見渡していた。チラリと私と目が合う。最悪である。

しばらく青島の視線を感じながら居心地を悪くしていると、一般男性、もとい紺野がアンテナが立っている高台のようなところから私たちを見下ろしていた。


『今日からこの戦闘機を使って標的を撃ってもらいます。まずは安定した飛行をしたうえで標的を確実に撃てるようになりましょう。ちなみに訓練ですので今日の得点はテストとは基本関係ありません。なので競うのではなく、練習に励んでください』


基本関係ないという言葉が気になるが、そもそも標的を打てるようにならなきゃ話にならない。だが、標的というのは何だ。周りを見渡せば海しかない。何を当てればいいのかが全くわからない。それに操縦というものをしたことがないからいきなり『練習に励んでください』なんて言われても困る。

すると上から妙な音が鳴り響く。ブーンという不快な音。上を見上げてみると何隻もの戦闘機が上空を飛んでいた。


『皆さんお気づきでしょうか。上空にはいくつもの戦闘機があります。この戦闘機はあなたたちを狙いません。そしてあなたたちの戦闘機の燃料も常に満タンの状態です。動き回っている戦闘機を狙って追撃させてください』


コックピットの中には大量のスイッチがあったが、その中に何か追撃させる攻撃ボタンのようなものがあるのか。それとも他に戦い方があるのか。本で読んだ限りだと操縦桿の所に機銃のスイッチがあると書いてあった。だとしても説明が圧倒的に足りない。


『攻撃方法については実際に空を飛んでから指示します。まずは滑走路を使って上空に飛びましょう』


その言葉を合図に皆はそれぞれの戦闘機のコックピットの中に入っていった。

自分もそれに続こうと戦闘機を見つめる。恐らくこれは1年後に誰かが乗る予定の『空翔理想宙船』と全く同じ構造なのだろう。白い機体はなめらかな曲線と鋭い角度が絶妙に融合した美しい形状をしており、その表面は光を反射してまるで空に浮かぶ鏡のようだ。

両翼には、攻撃手段のための武装なのか、発射口のようなものがたくさんあった。恐らく操縦桿のスイッチのボタンを押せば何かが飛ぶのだろう。

操縦席はガラス張りのようになっており、外の景色をガラス越しに確認できるというわけだ。空を探険する者にとっては欠かせない要素だな。肉眼で外を見てこそ意味がある。


私以外は全員操縦席に乗っていたようなので急いで自分も乗ることにする。操縦席の中は先ほどヘルメットをかぶった時と同様様々なスイッチがあり、5画面のモニターの1つには紺野が映っていた。初めて真っ当に顔を見た気がする。


「それでは皆さん。今から上空に飛行するわけですが、離陸、および着陸方法はオートでの操作になります。私が映っているモニターの下にボタンがあると思うのでそちらを押していただければ滑走路を利用し自動操作で離陸できます。名前を呼ばれた方から離陸を行ってください」


恐らく出席番号順なので私は最初の方だろう。だが1番は


『青島さん。離陸ボタンを押して離陸を開始してください』


そう言い終わるや否やゴーっという音とともに私の前の機体が動き出した。滑走路をとんでもないスピードで駆け抜けていきあっという間に空に飛んでいく。なるほど。離陸まではオートでの操作だからあのトロ臭い野郎でも空を飛べるわけだ。しかし空から離れた瞬間ヨロヨロと操作を見失っているように感じる。モニター越しに見てもその操作はどこか危うさがあった。やっぱりあいつは最初に脱落するだろう。バカにしたような笑みでモニターを見ていると、


『それでは続いて朝日奈さん。続いて離陸してください』


いよいよ始まる。私が空に飛ぶまでの訓練が。今日は確実にコツをつかんで1回目のテストで1番を取り、1年後まで確実に1番を死守し続けるんだ。


1度深呼吸をして離陸ボタンを押す。するととんでもない重力に引っ張られ滑走路を前進している。

操縦席を覆っているガラスが割れてしまうのではないかと心配になったがそんなことお構いなしにどんどんスピードを上げていく。凄い。早い。ジェットコースターとはまた違うスピードに慣れてきたと思ったらさらに重力がかかり、ガラス越しに自分の機体が飛び始めていることが分かった。

今、私は空を飛んでいる。一面は青で空に包まれている。雲一つない綺麗な空。ここはバーチャル世界のはずなのにそれを感じさせない美しさ。左右を見渡すと自分の翼が生えたように感じる両翼が視界に映った。

1年後無事1番になれれば肉眼でこれを見ることができるのだ。

やるしかない。絶対にこの美しい景色を肉眼で見るのは私が最初なんだ。気持ちを新たにしていると紺野の声が聞こえた。


『朝日奈さんは無事離陸できましたね。そのまま飛行を続けてください』


無事離陸できた?どういうことだ?できない場合があるのか?よく意味が分からなかったので5つあるうちのモニターを確認する。

1番左のモニターは紺野の無駄にデカい顔と謎の数字が表示されている。その隣には燃料の残量数と後方の映像が流れていた。真ん中の画面を見ると地図とともに周辺の戦闘機の位置が書いてある。ポチポチ押してみると2次元にも3次元にも表示できるらしい。基本的には2次元のほうがよさそうだが、今の状態を確認したいため3次元にすると、空母にはたくさんの戦闘機、青い丸のようなものがたくさん表示されている。そして赤い丸がいくつか飛んでいるが、それは先ほど見た標的となる戦闘機だろう。敵になる場合は赤なのか、それとも稼働している状態が赤なのかはまだ謎である。今のところ上空を飛んでいるものは自分以外は全て赤だからな。右から2番目のモニターには武装してあるものの残量数や速度などが記載されていた。もちろん武器は満タン状態である。そして1番右のモニターには何も表示されていない。

再度真ん中のモニターを見ると違和感があった。そういえば私より先に飛んだはずの青島は?ガラス越しに自分と同じ白い戦闘機を探しても全く見当たらない。


『それでは続いて天野実さん。離陸してください』


私の後ろにいた天野とかいう男の戦闘機が動いているのがモニター越しにもわかる。離陸しても青いまま。空に飛んでる青い点は2つだけ。つまり私と天野の分だけだ。じゃあ青島は?早速迷子か?


『次に天野結人さん。離陸してください』


天野ってやつは二人いたのか。自己紹介というやつをしていないのでよく知らなかった。しかしもう一人の天野を見ていると、離陸したはいいものの空に飛んだ瞬間ひょろひょろと不安定な飛行をしていた。何事かと思いじっと見ているとどんどん降下していくのがわかる。どういうことだ。エンジントラブルか何かか。やがて降下していった機体は空母に落下していく。空母に落ちた瞬間戦闘機が爆発した。


「は……?」


爆発して全てが飛んで行った。なんだ。どうなったんだ。今4人飛んでるはずだが青い機体で上昇しているのは2機だけ。つまり私と先ほど飛んだ1人目の天野だけである。青島は先ほどのように急降下したのか。私が飛んでいる間に。


『朝日奈さん、僕緊張してきたよ』


緊張も何もないじゃないか。飛べてないのだから。やはりあいつはこの学校には向いてない。さっさとテストで脱落したほうがあいつのためだろ。

そんなこと考えてる間にもどんどん他の生徒たちが離陸していく。飛行を保ててるものもいればさっさと落下して爆発してる機体も多い。


『初日から落下せず飛行を続けられるのは流石ですね。重力に耐えられるだけの体力がモノを言います。気を失いかけるとそのまま機動を保っていられず降下してしまうので今飛行を保てている人たちはそのまま日々の鍛錬を忘れないでください。それでは攻撃方法について説明します』


なるほど。先ほどの重力のせいで体力がないと機動性を保てないのか。納得。やはり本に書いてあった通り鍛錬を怠ってはいけない。


『左手の方に赤いボタンと青いボタンが2つずつあるでしょう。それぞれ左右翼に対応しています。一番上にある赤いボタンが機銃発射ボタン、青いボタンがレーダー発射ボタンです。どちらも燃料を多く使いますのでモニターに表示される燃料と相談の上ご使用ください。今日に関しては標的を狙えればいいので燃料のことは気にしなくて構いません。それでは敵の戦闘機をいくつか打ち落としてみましょうか』


言われた通り中央のモニターを3次元から2次元表示に切り替えて赤い戦闘機を狙う。まずは近距離で確実に狙えるように標的に近づく。地図画面の隣に標的が映し出され見事2機分ロックオンされた。右翼側の機銃ボタンを連打して相手を狙い撃つ。すると上手く定まっていたのか2機とも落とすことができた。

次は遠距離で相手を狙って確実に撃ち落とせるよう1機のみ標的にする。無事ロックオンできたので機銃ボタンを押すとそちらを落とすことも確認できた。以外と簡単なのかもしれない。

どんどん打ち落としていこうと一気に5機ほど狙い撃ちに成功したところ、コックピット内にサイレンのようなものが鳴り響いた。


『敵接近中、敵接近中、直ちに回避してください』


画面を確認すると私の方めがけてレーザーが飛んできていた。明らかに青い点から飛んできている。操縦桿を握りしめ斜めにかわすと紺野がこちら側に発信してきた。


『今は生徒を狙い撃ちするのはやめてください。天野さん。次そんなことしたらテストを受ける前に退学になりますからね』


どうやら1人目の天野が私にちょっかいをかけてきたらしい。腹が立つやつである。コイツが落下してしまえばよかったのに。まあいいだろう。狙っていい授業がきたら1番に打ち落としてやるよ。

イライラしていると全員で全ての戦闘機を打ち落とし終わったのか赤い点の戦闘機は1機もなくなっていた。


『皆さん素晴らしいですね。見事全ての機体を落とすことができました。本日の訓練はこれにて終了です。皆さんお疲れさまでした』


案外あっけなかったな。思ったよりも簡単そうで良かった。私の場合天野のおかげでレーザーのよけ方まで習得できたことだし。

余裕な気持ちで空母に着陸しヘルメットを外す。少しピリッとした痛みが襲ったがすぐに収まり目を開けると暗いコックピットの中にいた。そうだ。今日私はここから空を飛んだんだ。バーチャルの世界だが。入ってきた扉を開けて外に出ると、申し訳なさそうな表情をした男がドアの前に立っていた。


「あの、朝日奈さんでよろしいでしょうか?」

「はあ」


私の目を見て申し訳なさそうに視線をさまよわせた後、深々と綺麗なお辞儀をしだした。


「先ほどはすみませんでした。どれを狙えばいいのかわからず、適当な標的を狙ったら朝日奈さんで」

「レーダーで色分けされてたけどそれ見ずにやったのか?」

「ええ、焦ってしまって……大丈夫でしたか?」

「いや、別に」

「それは良かったです!そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前は天野実と言います。教室では朝日奈さんの後ろに座ってるんですよ」

「私は朝日奈瑠璃。よろしく」

「こちらこそ!よろしくお願いします」


拍子抜けした。いいやつっぽかった。しかもよく見ると背中に何か背負っている。青色の髪の男。ぐったりした様子で気を失っているようだが何かあったのか。


「ああ、これですか?さっきヘルメットを外して弟の所に行ったら苦しそうに倒れてまして。結人っていうんですけど、どうやら離陸できなくて気を失ってたみたいです。まさかこんなことになってるとは思いませんでしたよ。」


息も荒く苦しそうだ。あのヘルメットは痛覚までリンクしているのかもしれない。じゃああの青島は?さっきから姿が見えない。


「じゃあ私たちはこれにて失礼します。寮で弟を寝かせなければなりませんからね。そうだ!先ほどのお詫びと言っては何ですが、これ、良かったら」


そう言って差し出されたのは綺麗なハンカチ。しかも触り心地がいいもの。フワフワとしたハンカチを通して少し手が触れた。すると一瞬こちらにニコリと笑って出口の方へ向かっていった。あのまま弟を背負って自分たちの寮に帰るのか。なかなかの距離だぞ。しかし何故ハンカチなのか。その正体はすぐに分かった。額から頬にかけて汗が伝っている。きっと汗かきな奴だと思ったのか。気の使えるいいやつらしい。

自分もさっさと帰ろうと思ったがなんとなく気になって青島のコックピットの扉の前に来ていた。意外と1人でピンピンやれているやつかもしれない。きっともういないだろう。そう思いながら扉を開けると、ぐったりした状態の青島が床に倒れていた。

やはり向こうの世界で爆発などを起こし意識が保てないと気を失ってしまうのかもしれない。

見てしまったものは仕方がないので声を掛ける。


「おい起きろ!訓練終わったぞ!!」

「ん……かあさん、ぼく、がんばるから……」


母親の寝言を言うくらいにはマザコンらしい。確かにガキっぽい顔をしている。乳離れできていないのかもしれない。


「か、さん、ぼく、もどってくるから、かのじょと、いっしょに……」


誓い合った人でもいるのだろうか。よくわからない胸の痛みが私を襲う。それになんだかムカついてきたので青島を無視して帰ることにした。コックピットの外に出ようとしたとき、また青島の寝言が私の耳に届いた。


「はなび、みたい……」


勝手に見とけ。私には関係ない。イライラが頂点に達したのでドアを叩きつけるかのように閉めた。

家に帰りながら飛行に大事なことを振り返る。技術も必要かもしれないが、なによりそれを保つだけの持久力がいることが分かった。毎日夜ご飯を食べる前に走り込みなどをした方がいいかもしれない。

早速実践しようと帰ったらすぐに動きやすい服に着替えて外に出る。先ほど貰ったハンカチも汗を拭くためにポケットに入れておいた。


川に沿ってひたすらに走って行く。適当な音楽を聴いて、暗くなった空を見て、キラキラと星が輝いてるのを感じる。1年後空を飛べればあの星がさらに近く見えるかもしれない。だから、それを見るためにひたすら走る。すると私の前でのろのろと走っている男がいた。嫌な予感がする。前の男が遅いのでどんどん追いついていく。だんだんわかるシルエット。黒髪、フワフワした天然パーマ。やはり青島だ。運が悪いことに同じ場所を走ってやがった。声を掛けられるのも面倒なので無言で抜かしてやると、私の存在に気付いたのか声を掛けてきた。


「朝日奈さん!」


必死に追いかけてくるのがムカつくのでさらにスピードを早めてやるとさらにデカい声で私の名前を呼んできた。本当に勘弁してほしい。仕方がないのでスピードを緩めて青島が追いつくようにしてやる。


「朝日奈さんも走り込みやってるの?」

「見てわからないか?」

「はあっ僕は、ちょっと走っただけでも、疲れちゃうのにっ朝日奈さん本当に、早いよね……はぁっはぁっ」

「お前が疲れるの早すぎるだけだろ」

「そうかもっ!でも、いま、朝日奈さんに、追いつけてるよ」

それは私が合わせてやってるからだ。

「じゃあなのろま。せいぜい一人で走ってろ」

「あ、ちょっとまってよー!」


腹が立ったので置いて行こうと思ったら服をつかまれた。何だコイツ。生意気な奴だ。振り返って青島のほうを見るとすでに汗だくで、体力の限界を向かえているのが分かる。このまま私の服をつかみながら倒れられるのも困るので、走るのをやめてやった。


「わあっ!ど、どうしたの?」

「私は休憩する。お前は?」

「じゃあ僕も!」


さっきまで疲れて死んだような顔をしていたくせに、休憩といった瞬間バカみたいに嬉しそうな顔をしやがった。休憩したかったら1人で勝手にやってればいいものを。

川辺に座り、星を見る。身体を冷やさないように先ほど貰ったハンカチで汗を拭いた。すると青島が不思議そうな顔で私のことを見てくる。


「そんなハンカチ持ってたっけ?」

「は?」

「朝日奈さんってランニングの時ハンカチとか持つタイプなの?」


どんなタイプだと思われてんだ。だが、コイツの言うことは正しい。基本的に私はハンカチなんか持ち歩かない。手を洗った後も自然乾燥だし、ランニングをするときも家の前まで走って帰るから持ち歩く必要がない。

なんでこいつそんなこと知ってるんだ?


「あ、いや、僕が勝手にそう思ってただけ!僕は忘れちゃったから……」


自分が忘れたからと言って同類にしないでほしいものである。私より汗がひどい癖に何故持ってこないのか。少しの嫌がらせの意味を込めて、私の汗を吸収しまくったハンカチを差し出して見ることにした。


「ほら、私の汗をほぼ100%吸収しまくった布切れだ。拭きたきゃ拭け」

「えっ!?いいの!?」

「いいのっって……私が使った後だぞ?」

「別にいいよ!ありがとう朝日奈さん」


嫌がらせのつもりだったんだが。コイツにはそういうのは通用しないらしい。嫌味とかを誉め言葉として受け取るタイプだな。最強のメンタルの持ち主だろう。


「これ凄い肌触りがいいね。どこで買ったの?」

「貰いもの」

「え?」

「今日訓練中に私に狙い撃ちしてきた奴がお詫びでくれた物だ」

「……」


青島の方を見ると悲しそうな、不安そうな、何とも言えない顔をしている。私はその顔が嫌いだ。その顔を見たくなくて無理矢理ハンカチを奪い取る。


「あっ!まだ拭いてたのに!洗って返すよ?」

「いい。明日も使う」

「大事な人なの?」

「は?」

「ハンカチをくれた人のことどう思ってる?」


どう思ってるも何もない。ハンカチくれた人としか思っていない。なんでそんなこと聞くんだよ。しかも悲しそうな顔で。何だってんだ。腹が立つはずなのに慰めてやりたいと思う自分も意味が分からない。


「天野さんだよね?それくれたの」


なんで知ってんだ。


「そのロゴと言えば天野さんだし……明日も使うって、毎日使いたいくらい大事な人から貰ったってこと?」


ロゴ?そういえばハンカチには星の刺繍のようなものが印字されていた。星のロゴと言えば天野なのか。まだ学校に入って二日しか経ってないのになんでそんなこと知ってんだよ。情報通か?逆に怖いわ。でもなぜか怖いものを見るような表情で私のことを見つめる青島。なんだよ。私はお前のその顔が嫌いなんだ。何故か心臓が変な響き方をするから。これ以上見ているとこっちが不安になるような。何とも言えない表情。


「大事とかそういうことじゃなくて」

「え?」

「単純に肌触りがいいから……あと、ハンカチなんて碌に持ってなかったし」


居心地が悪くて視線をさまよわせてるとポカンとした顔で私のことを見ている。バカにしてんのか。頭を掴み上げてやろうと手を開いたら


「あっははは!ハンカチ持ってなかったの?」

「は?」

「今度僕もあげるよハンカチ!ランニングには必須だって今日分かったからね!肌触りのいいものを見つけてくるよ」


外は夜で暗いはずなのに瞳が輝いている。宝石、昼に見た空を凝縮しているような眩しさ。なんだこれ。なんでコイツが笑ってるとこんなに嬉しいんだよ。さっきまで不安そうな顔をしてたじゃないか。何急に楽しそうな顔してやがんだ。情緒不安定か。

笑った顔をじっと見つめていると、楽しそうに私の手を握り締めてきた。


「だからさ!また僕と一緒に走ろう!きっとその時にはもっと体力付けとくから!」


目の前の男は耳障りで目障りで鬱陶しいはずなのに、今は何故か私の心臓が耳障りなほど響いていた。


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