山下君は湿度が高い
4/12 AM8:35
私こと橋崎望の隣の席の山下君は湿度が高い。なんていうかこう、じめじめしているのだ。
悪口にしか聞こえないかもしれないけど、事実だから仕方がない。
「山下君、今日も蒸し暑いね」
「ご迷惑をいつもいつもおかけします……」
山下君は、ぶおんと除湿器を起動させた。なんでも、いくつもの電気屋さんを巡り、その上で見つけたポータブル除湿器らしい。そんなもの、あるんだと、彼から説明されたとき私は思った。
「やっぱり季節の影響受けるの?」
「んー、どっちかというと、誰かの湿度を引き受けてるみたいなものだから、季節は関係ないかなあ」
そのタイプの湿度って物理現象に変換されることあるんだ……。実際に起きているから、納得しないとしょうがないけど。
6/13 AM8:28
隣の席の山下君は今日も湿度が高い。
「カビ?」
「俺は麹って信じてる」
「カビだねえ……」
持ち物がダメになったらしい。カビたのはポケットティッシュだったそうだ。
山下君は振りかぶって、ダストシュート。見事にゴミ箱に入った。私は拍手をする。
山下君は、どうもどうもという風に左手をひらひら振った。
「それで、なんで今日はまた一段と湿度高まってるの?」
湿度というかもはや飽和して、水になってたわけだけど。
「サッカー部の中野の側通ったらこうなった」
「えー」
中野という奴は、おちゃらけで通っている。けど、山下君がこうなっているということはである。
「あいつ、やっぱり湿度高いんだ……」
「過去最高レベル」
「そうなんだ……」
10/21 PM5:32
山下君が、すとんと私の横に腰を下ろした。
「橋崎、なんかあった?」
「んー」
まあ、色々と。
「そっか」
言葉少なに、彼が返す。なんとなく、山下君には色々と気づかれてるんだろうなと思う。
けれど、山下君は何も言ってこない。今ばかりはそれがありがたかった。
◆
10/21 PM5:29
橋崎望は湿度が低い。それがいつものことだ。
俺の経験則的には、そういう人の湿度が高くて、逆に湿度が高い奴が低くなってる時は、何かがある。
だから、まあ、色々と気づいた。
俺は橋崎の隣に腰かけた。
「橋崎、なんかあった?」
ちょっとしたずる。
さらに、期待している自分もいる。
「んー」
言葉で返ってこない答えに、それでも察することはできて。喜んでいる自分もいる。
ああ、浅ましい。
「そっか」
人間の湿度は、人との関わりで変わる。そして、特にそれが高まるのは恋愛絡みで。
そして、橋崎には今まで彼氏がいた。
好きな子がいる。
その子が今、悲しみを抱えていて。
それを喜ぶ自分が嫌だ。
けれどこの気持ちは、きっと彼女が感じ取れることは無い。