この世界について
ほんの少しだけ陳腐な話をさせて欲しい。
な~に、よくある前世って奴の記憶に関してだ。妄想と言われればそれまでだし、自分しか知らない記憶なんて他の人にとってはどうでもいい事だろうさ。
でもまぁ少し嫌な事があったからちょっとだけグチらせてくれ。
俺の前世の記憶っと言いだすと何か特別な何かがあったのではないかと予想する人は多いかも知れない。
でも実際の所、別に何1つとして面白い話はないし、物語の山場がなければ恋愛的な要素も皆無な、ちょっと探せばどこにでもあるような話だ。
俺の前世は平凡な男子学生で、運動が出来る訳でなければ頭がいい訳でもない。
あえて特徴を言うとすれば当たり障りのない奴ぐらいだ。
友達は居ないけどイジメられるような事もない。何もなさ過ぎてすべて平たんにしか感じられない日々である。
そんなある日、俺はとある7人の悪い連中に出会った。
悪い、と言っても彼らが俺に何かした訳じゃないし、当時の俺は彼らがとんでもない存在である事を知らない。
だから俺はただ何となく気が合いそう。それだけの理由で彼らと友達になった。
彼らは個性豊かで学校に居るクラスの中心に居る顔も名前も覚えていない連中よりもよっぽど良かった。
なんだかアニメとかマンガから飛び出してきたような程の美男美女たち。ちょいちょい過激な事を言ったり、俺との考えの違いに口喧嘩になった事もあるが、表面でただ相手に合わせているだけの学校生活に比べれば幸せだった。
そして放課後に彼らと話をするのが当たり前になっていたある日。俺は拉致られた。
拉致られた先で俺は彼らがこの世界の悪そのものである事を教えられる。でもいきなりそんな事を言われても理解できないし、彼らが本当に悪い奴だと思えなかった。
でも俺を拉致した連中は何故か俺の口から彼らを悪だと言わせる事に固執し、最初はただの威圧的な態度からいつの間にかただ俺は殴られて、殺さない様丁寧にいたぶられる続けられる。
正直最後の方はろくに記憶にはないし、本当に俺が彼らの事を悪だという事を認めなかったのかどうか分からない。
拷問……とは違う気がするがとにかくいたぶられ続け、彼らの事を恨んだり憎んだりしなかったのかどうか自信がない。
当時の俺がそんな目に遭ったのは彼らのせいだと、逃げてしまえば楽になれるはずなのに。
そして最後の記憶は久しぶりに会った悪そのものだと言われた彼らの体温だけ。
彼らがなぜ俺の前に現れたのかは分からない。
でも彼らから感じる温かいぬくもりだけが俺の最後の最後に安心させてくれた事だけは覚えている。
多分その後俺は死んだんだろう。
赤ん坊の頃の記憶はないが、子供の頃にふとこの事を思い出した訳である。
これが俺の何の特徴もない前世。
世界を救った勇者様でなければ、世界を滅ぼす魔王様でもない。
無理に言うなら悪と決め付けられた彼らの友達だった男。それだけだ。
これほどまでに簡単に言える話を聞いてくれてありがとう。
今の俺は前世と同様に何の特徴もない、あえて言うなら前世とそう変わらない人生を過ごしている。
普通に学校に行って、家に帰るだけの日々。ただこれを淡々と繰り返すだけである。
――
それにしてもこの世界はとても歪だ。
俺が一応異世界からの転生者である事を自覚してからそう思った事である。
この世界には数多くの前世の記憶を持って生まれた人達が居る。
そして最も多いのは異世界で英雄と呼ばれていた人達の転生者達。
彼らは生まれながらに前世で愛用していた武器を顕現出来たり、得意な魔法を使う事が出来る。
しかも前世の記憶があるから魔法の制御を大きく間違えるという事もない。
大惨事になる事はないが、前の世界と今の世界で大きな違いがある事もあるそうなので、その辺りは調整が必要らしい。
俺はそういう特別な力を一切持っていないから分からないけど。
それに前世の世界も現代日本とそう技術体系は変わらない。
フルダイブ型のVRゲームなんて存在しなかったし、天使や悪魔のような存在が堂々と町を歩いているという事もない。
エルフやドワーフと言った種族は存在しないし、人型種族は人間だけだ。
俺を含む転生者と呼ばれる人達は世界人口のおよそ1割から2割程度いると言われている。
そんな中で俺の様な特に何の功績もない転生者は悪い意味で稀で、何故転生者なのか誰も分からない。
逆に戦闘系の転生者達の役目はよく知られている。
始まりはとあるヨーロッパの田舎でとある怪奇事件が起こった。
怪奇事件の内容は女子供を中心とした殺人事件。しかもその死体は明らかに何かに食べられたような痕跡があり、最初は野犬による事件だと思われていたが、ある生存者の一言で大きく変わった。
その生存者が言うには狼男に母親を食べられたと言ったのだ。
最初こそ警察も周りの住人達も、母親を野犬に食べられてしまったショックで狼男に食べられたと言っているのだとばかり思っていたのだが、1人の青年がその話を真剣に聞き、狼男を特殊な猟銃で撃ち殺し、その死体を警察や住人達の前で見せつけた事により生存者の言葉が間違いでない事を知った。
この辺りから世界中でちょっとした怪奇事件や、あまりにも異質な事件が起こる様になっていく。
幽霊屋敷で本物の幽霊が現れたり、海岸の沈没事件で常識では考えられない異形な魚が起こしていたり、時に知能の高い悪魔としか表現できない存在が現れたりした事もある。
そんな異形の存在達を正体不明の異世界生物と言われ、英雄の転生者達はアンノウン達を倒すための存在として広く知れ渡った。
なので本来であれば転生者達の役目はアンノウン退治であり、戦う力も、戦う知識もない転生者は非常に珍しい。
しかし戦う力や知識がないと言ってもドワーフの転生者で武器作りが得意な転生者がいたり、どこかの科学技術が異常に発展した世界の転生者で戦う転生者達のサポートをしている。
そして本当に悪い意味で目立っているのは俺1人だけ。
戦う力がなければ武器を作る事も出来ない。そんな転生者は本当に俺1人だけだ。
むしろ俺には戦う力も何もないのによく転生者であると見抜いたものだと俺は思う。
そして社会はそんな俺を放っておくわけにもいかず、一応転生者が入る学校に通っている。
国立輪廻学園。
日本の首都である東京から少し離れた地方都市に新しく作られた、転生者達を教育するための学園都市である。
ここには転生者達の親も一緒に住める住宅団地や、保育園から幼稚園、小学校から大学まで教育に関する物は全て揃っているとまで言われている。
更にそんな学生たちを狙った商業施設も多くあり、意外と娯楽なども充実している。
転生者達の中には荒っぽい連中も非常に多い。
確かに英雄と呼ぶにふさわしい実力はあるが、異性に対して積極的だったり、手当たり次第強い奴に喧嘩を売ってきたり、悪い奴じゃないけど問題児は結構多いのだ。
そんな連中のために大きなドーム型の運動場も存在し、そこでなら決闘でも喧嘩でも好きにやればいいと言う感じ。
もちろん学園側に申請は必須だし、勝手な喧嘩はご法度。それに申請しておけば戦った後の治療などが無料で受ける事が出来るらしいのでお得だとか。
と言っても俺にとってはどれもこれもどうでもいい物だし、何の関係もない物だ。
他の転生者達は前世の姿と言う物に引っ張られるように髪や瞳の色が変わったり、スタイルがよくなったり、筋肉質になったりするらしい。
それらは自身が使える魔法や武器を前世の時の様に使いこなせるように体の方が合わせていると入学前のくだらない話の時に聞いた。
しかし俺はそういう変化は一切ない。
元々俺の前世はさっきも言ったように何か偉業を異世界で行なったわけではない。ただ学生の内に殺されただけ。
だから俺の外見は他の転生者達の様にあからさまに骨格や髪や瞳の色が変わっていない。
なので俺はついこの間までは普通の中学に行って、普通の人間として過ごしていた。
ただ最近の検査で転生者である反応が少しだけ強くなったらしく、一応っと言う理由で輪廻学園に入学せざる負えない状況になってしまった。
転生者である反応と言われても何が?としか言いようがないのだが……よく分からない検査した人たちがそう言ったのだから仕方がない。
検査した人たちは近所の医者とかではなく学校に呼ばれた国の関係者なので無視する訳にもいかない。
というか国で輪廻学園に行けと言われたら行かざるをえない。
だから俺は1人で輪廻学園に来た。
何故1人なのかというと元々俺の出身は東北で、父は仕事を放ってこれないし、母は家の事と1つ年上の兄の事だってある。兄は普通に高校があるので付いていく訳にはいかない。
これらの理由から俺は1人で東京近くの地方都市に行く事になった。
特別持って行くものに制限はないが、狭い1人部屋なのでマンガとかゲームとか、そう言う物を持って行くには制限があった事ぐらい。
読み飽きたマンガとか置いていけば結構少ない荷物量になったのは幸いだ。
ちなみに寮は1人1部屋らしく極端に騒音や周囲への迷惑をかけなければ問題ないとの事。
トイレはあるけど風呂は決まった時間内に入る事、飯が出るのは昼だけで朝と夜は好きに食え。俺が覚えているのはこれぐらい。
これらを守っていれば部屋で何してようが干渉しないとの事。
朝飯と晩飯を用意するのは面倒だけど、夢の1人生活でもあるので正直憧れていたので運が良いとポジティブに思う事にする。
こうして俺は輪廻学園に通っているのである。