第一話 灰かぶり少女アリアナとウィンザー男爵家
バッシャーン
「灰かぶり! スープが床にこぼれてしまったわ。拭きなさい!」
「ぎゃははは。スープがもったいないわ。灰かぶり、あなたがそれを飲みなさい!」
「そうそう!」
「犬みたいにペロペロとね! ぎゃは」
「あなたみたいな灰かぶりには、それがお似合いだわ! げひっ」
私は、アリアナ。
今、わざとスープをこぼしたのは、上の義姉のエミリー。床に落ちたスープを舐めるようにと言ったのは、下の義姉のクロエ。
灰かぶり、というのは、私のあだ名だ。
私は、使い古した濡れ雑巾を持ってくると、床を拭き始めた。
二人の義姉と、継母のヴィクトリア、父のヘンリーの四人は、こちらを見てにやにやとしながら、食事をしている。
私の席は用意されていない。
四人の食事が終わってから、台所で四人の残飯に手を付けるのが、私にとっての日常だ。
エミリーとクロエは、食事中も、足元で床に這いつくばる私を、ボスボスと足でつついてくる。
ボスッ
エミリーの蹴りが、たまたま脇腹に深く突き刺さった。
思わず「うっ」と呻き声が出る。
エミリーが吹きだし、クロエも笑い出した。
私は、ただ黙って床を拭き続けた。
彼女たちのいじわるは、いつもこんな調子だ。
私はただ黙って耐えるしかない。
「灰かぶり! 私たちは食べ終わったから、片づけておきなさい」
継母が私にそう命じた。
父も、継母に同調するように、うむうむと頷く。
二人の義姉は、ニタニタと笑っている。
「私たちは、王家主催の舞踏会に出るために、馬車で王都にある屋敷まで向かうわ。ぶふふっ。灰かぶりは一人で留守番よ」
「はい……。分かりました」
一人だけ舞踏会に出られないのは、仕方ない。
それよりも、しばらくはいじめられずに済むことが、嬉しい。
「私たちは美少女だから、王子様とダンスできるに違いないわ。げひっ。かわいそうな醜い灰かぶり!」
「ぎゃはは。灰かぶりには華やかな王都は似合わないわ!」
「そうよそうよ。げひっ。灰かぶりは森でゲジゲジとでも遊んでいればいいわ!」
「ぎゃはははは。私たちが王子様と踊っている間、灰かぶりは便所コオロギとでも踊ってなさい!」
継母のヴィクトリア、父のヘンリー、義姉のエミリーとクロエは、王都に向けて出発した。
馬の足音と、車輪の軋む音が、だんだんと遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。
残された私は、冷えた残飯を食べながら、汚れたエプロンの裾を、ぎゅっと掴んだ。
「お母さん……」
継母とふたりの義姉がこの家にやってきた、あの日、三人は、お母さんの遺品の服を、全て燃やしたのだ。
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