【短編】第一王子の愛人の名は誰も知らない
公爵令嬢マリアナ、彼女は容姿端麗、品行方正、文武両道と非の打ちどころのない令嬢の鑑として同世代の貴族令嬢たちに憧れの女性として慕われていた。
更に魔法の才能にも恵まれ、魔法学園始まって以来の天才とすら言われ、彼女が公爵家の令嬢である事で魔導士の道を進めない事を嘆く者は数多くいた。
そんな完璧とも言える彼女なのだが、唯一にして最大の欠点……というか、厄介な者が彼女の評判を落としていた。
第一王子バルト、王族の一人にして彼女の婚約者でもある彼も、マリアナに負けず劣らず成績優秀で、魔法の実力は彼女に一歩譲るものの、剣の腕は学生の内から王国軍最強の将軍にすら匹敵するとまで言われる程だった。
しかしその肩書だけではなく、10人女性がいれば9人は確実に目を奪われるとまでうたわれるほどの美男子であり……その事がマリアナにとって最大の厄介事となっていたのだった。
午前の授業が終わり昼食をはさんだ休憩時間。
マリアナはいつもの友人たちとティータイムを取っていたのだが、そんな穏やかな空気にはならず、友人たちは一様に憤慨していた。
「マリアナ様、わたくし昨日も見てしまいましたの! バルト王子殿下がまたも違う女性と一緒に過ごしているところを!」
「そうですよ! しかもはしたなく腕を組んで……殿下もデレデレとして、ご自分の立場を分かっていらっしゃらないのかしら!」
それはバルト王子がいつも違う女性を連れて浮名を流しているという、王族として非常に宜しくない目撃情報。
昨日はピンクのショートボブな学生服の女子、その前は簡素な平民の服を着た黒髪ロングの娘……以前からそのような目撃情報は上がっていたのだが、王子が学園に通う年齢になってからは目撃情報の頻度が倍増したのだった。
そして、その情報が婚約者たるマリアナの耳に入るのは必然であった。
婚約者以外の女性と王子が浮名を流している……そんな情報は王子はおろか婚約者であるマリアナにとってもダメージになりかねない。
報告をくれた友人たちは皆、王子の外聞など不敬罪になりかねない事すら分かった上でマリアナに報告してくれているのだった。
マリアナはそんな彼女たちの友情をありがたくも申し訳なく思い、微笑む。
「まあまあ皆さん、王子も王国を担う一人として、色々とお考えがあるのだと思われます。皆さんのご心配はありがたいのですが……」
憤慨する友人たちをマリアナが宥める……最近はそんなやり取りが定番化してしまっていた。
しかし今日に限っては友人たちは引き下がる様子が無い。
皆チラチラと目配せをする様子にマリアナが不思議に思っていると、一人の令嬢が意を決したように口を開いた。
「マリアナ様、貴女様を傷つける事になるかもと報告を躊躇っていましたが……先日、わたくしたちは、殿下が決定的な行為に及ぶ姿を目撃してしまいました」
「!?」
伏し目がちに、彼女たちが悪いワケでもないのに申し訳なさそうに話した内容に、さすがの貴族令嬢の鑑と言われたマリアナは驚愕の表情を浮かべた。
「……決定的とは、どういうことなのでしょう?」
「その…………殿下と、その時は赤毛の女性と……接吻を…………」
「…………」
その瞬間能面のように表情を無くしたマリアナに、友人たちは揃って「「「ひ!?」」」と悲鳴を上げてしまった。
しかしそののちにニッコリと笑った彼女に、更に腰を抜かしてしまう。
「そうですか…………教えてくださり、ありがとうございます。私、ちょっとコレから生徒会室に用事が出来ましたので、失礼いたしますね」
「「「は、はい……」」」
「ああ、それと……今の話、決して他言しないようにお願いしますね」
「「「もももも勿論でございます!!」」」
ゆらりと立ち上がったマリアナの所作には一切の乱れはなく、そして足音すらしない完璧なモノだったが、完璧だからこそ……友人たちは恐怖を覚えるのだった。
生徒会室は第一王子が生徒会長として詰めている場所。
今の話を聞いて真っ先にそこに用事が出来たという事は……。
「わたくし……早まったかしら? 不敬どころかこのままでは王子殿下の身に危険が?」
「そ!? それはさすがに……」
「でも話さないとそれはそれで危険な気もしますし……」
穏やかだったはずの昼下がりに、冷気を残して去って行ったマリアナの後ろ姿に友人たちは恐れおののくのみであった。
*
「殿下! バルト殿下はこちらにいらっしゃいますか!? 少々お話が……」
人形のように無表情を張り付けたまま、マリアナは生徒会室の扉を勢いよく開けた。
その瞬間、室内で何やら作業中だった三人の男の目がマリアナへと集中する。
一人は第一王子にして彼女の婚約者であるバルト王子、そして残る二人は将来の側近候補として学生の間は傍に侍っている宰相の息子ラインと、騎士団長の長男パナマであった。
ノックも無しにいきなり入って来た事でパナマは真っ先に警戒して立ち上がっていたが、それがバルト王子の婚約者マリアナである事を確認すると“なんだ”とばかりに座り直した。
逆にラインの方は眼鏡を光らせて、ノックも無しに入室したマリアナに苦言を呈した。
「マリアナ嬢、さすがに貴女様も生徒会の一員とは言えノックも無しの入室は婦女子としてあるまじき行為ですよ? まあ、また殿下が何かやらかしたのでしょうが……」
「……申し訳ありませんライン様、少々気が逸ってしまいまして」
そう言いつつ、マリアナはキッと目的のバルト王子を睨みつけた。
「殿下……本日も私は友人たちから報告を受けました。またいつもの如く違う容姿の女性と一緒に仲睦まじい様子でいらっしゃったとの目撃情報を」
「そうか……」
しかし睨まれた王子は涼しい顔をしたまま、自分に何一つ非は無いとばかりにニヤリと笑った。
「それがどうかしたのか? 君だってこの件については了承してくれたではないか。王族として卒業後には自由の無い身となる、その前に学生らしい青春とやらを謳歌させて欲しい、特に学生カップルとやらを堪能したいのだと……」
それは字面だけで判断すれば開き直った浮気宣言のようなもの。
しかしそんな言葉にマリアナの表情は全く動かず、それどころか側近の二人も反応する事はない。
それはこの場の全員が王子の行動、噂の全てを容認しているという事だった。
様々な女生徒と浮名を流す王族に相応しくない王子、不仲を噂される婚約者との関係。
もしかすれば公爵家が王家と婚姻で繋がる事を阻止して、そこからも政治的に関係を悪化させる事ができるのでは?
そんな噂を流し暗躍する連中をも焚きつけるような発言だった。
「それは承知しております。しかし殿下……本日私が友人たちから聞いた目撃情報は……その、何と言いますか……赤髪の女性と殿下が……肉体的な接触を……」
「なに!?」
言いよどむマリアナの言葉に、さすがのバルト王子も驚愕のあまり立ち上がった。
その様子に側近の二人も只事ではない事を察したようで、バルトへと詰め寄った。
「殿下……何をなさったのです? 学園内の細事は我らの担当ですが、手出しするにも限度があるのですよ?」
「そうだぜ殿下! まさか学園内でみだらな行為に及んだなんて事……」
「し、失礼な! 俺はまだキスまでしか…………あ」
「「「!?」」」
バルト王子が思いっきり失言した瞬間、生徒会室の気温が凍り付いた。
そして、側近二人の目から光が失われる。
「バルト王子……何の為に自分を好色家などと貶めるような噂を“自ら”流しているのかお忘れか? お二人の婚約関係を破棄しようと暗躍する敵対貴族や他国の勢力をあぶり出す為でしょう!?」
「アンタは……今の段階で真相がバレたら全ておじゃんだって分かんねーのか?」
「いや……そうは言うがな二人とも……」
「あ……」
慌てた様子でマリアナの傍に近寄ると、バルトは自然な動きで彼女のネックレスを手に取り、宝石の部分を押した。
その瞬間、マリアナの見事な黄金色のロングヘアが燃えるような赤いショートへと変化して行く。
そしてバルト王子は彼女を躊躇いなく抱きしめるとドヤ顔になる。
「見よラインもバルトも。いつもの金髪ロングが最もマリアナに似合うのは分かっているが、このように赤いショートも可愛らしい! 思わず食べてしまいたくなる俺は間違ってはいない!!」
「で、殿下!? ですから人目に触れる場所での接触は最低限でと……噂を流す程度で決定的な状況証拠は宜しくないのだとあれ程……」
王家の意志に反する不穏分子と、国外から王国の凋落を計る勢力のあぶり出しを目的に、“いつも一緒にいる”マリアナが開発した髪色と長さを思いのままに変えられる魔道具を使い、更に服装も変える事で好色家を演じている王子であったが、逆に決定的にマリアナとの破局として噂が流れるのもよろしくない。
フワッとした噂を泳がせる事に意味があるのだ……なのに。
元々好色などとは程遠い、マリアナにゾッコンなバルト王子は『どうせ好色家を演じるなら色んなマリアナとイチャイチャしたい』と思ってしまったのだった。
「それに、何時もは『貴族令嬢の鑑』として凛としているマリアナだが、こうして髪色を変えて装っている時にはスイッチが入って大胆になるのが……いつもとは違う面を見せてくれて……イイのだ」
「で、殿下? その……とりあえず離していただけると……」
「く……やはり可愛い。俺の婚約者は一体どれほど魔性の女なのか…………こうしているだけで我慢など出来ようか……」
「で……殿下……いけません……その…………」
「止めんかい色ボケ王子!!」
スパアアアアアアアン……。
抱き寄せたまま口付けしようとするバルト王子と、何だかんだ言いつつ流されかけるマリアナであったが、そんな情事が許されるはずもなく、パナマによるハリセンツッコミが王子に落とされた。
「な、何をするパナマ!? 王子である俺の野望を邪魔立てする気か!?」
「アンタが接吻の後も“収める”事が出来んなら止めないが?」
「ふ、それくらい抜かりはない。既にマリアナを美味しく頂いた後、公爵殿に謝罪及び殴られる覚悟は完了している。無論婚姻の準備も書類も5年も前から用意して滞りなく“納める”予定で……」
「そっちの“納める”じゃねぇ! 婚約者とは言え学園内で盛るなって言ってんの!! オマケにそこまで行ったら不仲の噂話なんぞ吹っ飛ぶだろうが!!」
幼馴染であり将来の側近、しかも国王直々の命で王子のストッパーとして一緒にいるパナマとバルトの言い争いに遠慮というモノはない。
防音完備の生徒会室だからこその行動とも言えるのだが……。
それを他所にラインは呆れた顔で溜息を吐いて、マリアナに説教する。
「マリアナ嬢、貴女も王子に絆されて流されないで下さい。せめて卒業までは『令嬢の鑑』として皆の目標でいて貰わないと、本来の目的に支障が出ます。それこそ何のために貴女に変装を頼んでいるのか……」
「も、申し訳ありません……」
ド正論の前に真っ赤になって俯くマリアナ……そんな姿も本来の学園で見かける事など無いはずの光景であった。
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「マリアナ様、聞いてください! 昨日もわたくし目撃してしまいました! 中庭でバルト王子が銀髪の令嬢に膝枕をさせているところを……」
「そ……そうですか、それは困りましたね」
貼り付いた微笑を浮かべるマリアナは相応の覚悟を持って報告してくれる友人たちの“王子の不貞報告”に今日も申し訳なさが募るのだった。
そのすべてが“自分が王子とイチャ付いていた報告”である事を言うワケにもいかず……。
しかし『今日は銀髪ポニーテールが良い』と言っていた婚約者のおバカな申し出を思い出してクスリと笑う。
「本当に、困った人……」
ただのバカップルの話、お読みいただき誠にありがとうございます。
少しでも面白いと思って頂けたら、感想評価何卒宜しくお願いします。
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