第91話 黒幕①─黄龍─
1
「源師仲か。何しに来た!?」
小烏丸の柄に手をかけながら、清盛は目の前にいる突如黒雲と雷の光と轟音と共に現れた謎の貴公子に尋ねた。
「あいつはあのときの……」
義朝は顔を青くしながら言った。
「知っているのか!?」
「ああ、一度会ったことがある」
義朝は答えた。
「義朝君、君とは二度目だね」
「あのときの雪辱、晴らさせてもらおうか」
義朝は鬼切丸を抜き、その切っ先を彼の目の前に突き付けた。
師仲は義朝の宣戦布告を無視し、近くにいた信頼の方を向いた。そして刀印を組み、
「君は悪い子だ。恩人である私に逆らったんだからね」
呪文を唱えた。
「あ......」
断末魔を上げる余裕もなく、信頼の首は切断され、遺体はすぐさま白い骨となって河原へ転がり落ちた。
「き、貴様、仲間を!?」
清盛は小烏丸を抜いた。
「仲間? こいつはただの操り人形だよ。九尾の狐に襲われて殺された童子を反魂の術で蘇らせたのさ。そんなものは、はなからない」
「貴様」
絶対に許さない。怒りに燃えた清盛は、小烏丸の鯉口を切った。
日本刀と剣の特徴を併せ持った特殊な形状の刀身の峰には赤い鱗に覆われた。その周りを炎を纏った真っ赤な火焔が取り囲んでいる。清盛の様子も変わった。緑色へと変わった瞳。牙が生えた口元。頭上には角が生え、後頭部には光背が出ている。
「あれが聖徳太子の預言にあった『偽の弥勒菩薩』か」
師仲は感慨深い顔で覚醒した清盛を眺めている。そして、箱に入ったものを取り出した。
箱の中に入っていたのは、刃に七つの切っ先がある長さ七尺ほどの長大な碧い剣であった。師仲はそれを軽々と構え、向かってくる清盛に突きつけ、
「貴様は黙っていろ」
と一振りした。
「そんな剣、長くてお前には使いこなせねぇよ」
落ちてきた長剣は、小烏丸の結界を破り、清盛の腹部を貫いた。
「くそ、力が……」
体からどんどん力が抜けていく。再生しようとするけれど、血が止まらない。
2
「あれは、もしや……」
剣を見た頼朝はつぶやいた。
「草薙剣、正確には形代ですね」
頼政は返して続ける。
「石上神宮にある天羽斬という(あめのはばきり)と同じヒヒイロカネで造られた『神殺し』の剣」
「大変なものを持ち出したものましたね」
草薙剣とは、三種の神器の一つである。須佐之男命が八岐大蛇を倒した際、その尻尾を天羽斬で斬ったときに出てきた。一時は伊勢神宮に八咫鏡とともに祀られていたが、倭建命が叔母 倭比売命から譲り受けた。その後は尾張国の熱田神宮に安置され、御神体として祀られている。
なお、宮中にもあるが、こちらは形代というレプリカで、専用の部屋で祀られている。
「本物でないことが幸いですがね」
「ええ。もし本物だったら、我々も無事では済みませんよ」
「清盛様、今助けに向かいます」
清盛がやられたのを見ていた郎党は、助けに向かった。が、剣に近づいた瞬間、口や鼻、目などから青い炎を噴き出して黒焦げになった。
「バカめ。非異能者が草薙剣を見ると神罰が下るということを知らんのか」
師仲は嘲笑った。
「よくも清盛を」
義朝は鬼切丸を抜き、師仲に斬りかかった。
「無駄だ」
師仲は空を引き裂く仕草をした。同時に凄まじい轟音が鳴り響くと同時に、足元の地面が割れた。
「くそぉっー!!」
地の底へ義朝は落ちていった。
「熱き赤い岩石の海へ沈め」
3
(待ってろ、清盛。今行く)
いても立ってもいられなくなった忠清は、両手に刀を持ち、師仲目がけて大胆に斬りかかった。
「無駄だ」
師仲は刀印を組んで結界を結んだ。分厚いガラスのような透明なバリアが、彼の周りを覆う。
忠清の斬撃は結界に弾かれ、数メートル離れたところまで吹き飛ばされた。
「貴様、何をした!?」
刀を杖代わりに立ち上がった忠清は聞いた。
「結界を結んだまでさ。結界は呪術的な攻撃を無効化するだけだが、極めれば物理攻撃だってこうして遮断できるのさ」
師仲は二重三重にも結界を張り、忠清を板挟みにしようとした。
「斬ってやる」
忠清は押しかかる結界を斬ろうとした。だが、あまりにも硬いせいなのか、斬ろうとするたびに火花が飛び散るだけだった。対して師仲の張った結界はというと、無傷である。
「物理攻撃を遮断できるから、こうして攻撃にだって転用できる」
師仲は刀印を組んだ手を押し出し、結界を押し出した。
四方から迫り来る結界。二方面の攻撃にしか対応できない忠清は左右の攻撃をどうにか押しとどめることで精いっぱいだった。
「何やってんだあの野郎」
何も攻撃できない忠清の様子を見ていていても立ってもいられなくなった教盛は、手刀を作った。そこに自身の身体にある気を一点集中させた。
「斬撃が効かなければ、これでやるのみ」
気の形を鋭く、そして尖った形に整えた教盛は目を見開き、
「気功波・斬」
と叫び、斬撃を放った。
斬撃は忠清を挟み込む結界を斬り裂く。
「悪いな」
申し訳なさそうに忠清は言った。
「さっきは決着が着かなかったから助けに来たまでさ」
忠清と教盛は二人で師仲と相対した。
「気功か。宋人から噂に聞いていたが、こんなこともできるとはな」
感心していた師仲は、手刀を作り、手を包み込むようにして結界を張った。
「君にできることは私にもできるんだ。あまり調子に乗らない方がいいよ」
師仲は結界を纏った手刀を振り、斬撃を放った。
「ぐぶあッ!!」
教盛と忠清は血しぶきと共に胴体を切断され、絶命した。
「ヤバい奴が出てきたな」
顔を青くしながら、正清は突如現れた師仲を眺めていた。
源師仲。彼はかつて、12人いる八咫烏の一人であった。
師仲が八咫烏の大烏を辞めた理由については、死者を蘇らせる反魂の術という禁断の術に手を伸ばして国家転覆を図ろうとしたからとか、いろいろ言われている。
(奴を殺す方法は一つ)
核を破壊する。だが、師仲は八咫烏の元大烏の一人。ここに至るまでには普通にやっても勝てない。そこに至るまでの手段があるとしたら、鬼切丸を使い師仲の気を吸い取り、その気を放出して結界ごと師仲の核を破壊する。義朝に弥勒菩薩の力を返し、覚醒してもらう。頼政に神通力を使ってもらい、戦ってもらう。この三つだろう。
──仕方ないが、これしかないんだ。わかってくれ。
正清は重盛の方を向いて、
「重盛、義朝にこれを届けてやってくれ」
と錦の袋を渡した。
「何ですか、これは?」
「あいつが持っていた『神通力』だ。師仲に勝つにはこれしかない」
「わかりました」
義朝をさがしに、重盛は駆けて行った。
(さてと)
重盛を見送ったあと、正清は再び師仲のいる方向を向き、
(一か八か賭けてみるか)
全磁力を放出し、磁力で打ち物を周りに呼び寄せた。将門に火傷を負わせた磁力焼殺波を繰り出すために。出力は最大。将門に照射したときよりも強力なものを撃つ。
赤気を身に纏った正清は、師仲めがけ、全力の磁力焼殺波を放った。
(頼む。当たってくれ。できなくても、結界の一枚か二枚破壊できるだけでもいい)
全力の磁力焼殺波は結界を一枚貫通し、師仲めがけて突き進む。
結界が破壊されたのに気づいた師仲は、焼殺波の飛んできた方向を見た。その方向には、凄まじい赤気を纏った正清の姿があった。
「『鉄を引き付ける力』か。神代や第二世界の終わりにはそれなりに使えたが、文明が崩壊して1700年経った第三の世界では、まだ何の役にも立たないよ」
師仲は左手を変化させた。白く、しなやかな手は黄色い鱗に覆われ、爪は白く厚い獣のそれへと変わっている。その爪を振りかざした。
爪は真空状態を作り出し、その僅かな隙間は強力なかまいたちとなり、正清が着こんでいた鎧ごと切り裂いた。
血しぶきと断末魔を上げ、正清は倒れた。
「さあ、裁きの時だ!! 地の底にある溶岩の海へ沈め!!」
飛びあがった師仲は、変化を始めた。
雷の後に見せた師仲の姿は、宙に浮いた巨大な黄色い鱗の龍になっていた。




