第90話 降臨
1
源氏と平家の一大決戦の矛が頼政によりおさめられたあと、両軍と頼政らによる救護活動が行われた。
「一大決戦がこれとか面白くねぇな」
怪我人を載せた大八車を引きながら、不満げに広常はこぼした。
「まあいいじゃねぇか。丸く収まったんだしよ」
同じく怪我人を運んでいる義明は淡々と返した。
「援護が花道のお前にゃわからねぇだろうが、決着が着かねぇのは納得いかねぇ」
「わかるけどよ」
──お前たちや他のみんなも生きているなら、それでいいじゃないか。
義明は心の中でつぶやいた。
この戦いで義明は、外孫の義平を失っている。彼が子どもだった頃は、同じ釜の飯を食べていた家族の一員でもあった。気の短いところや浅慮なところもあった。が、そんな短所も、勇猛やすぐに判断できる力という個性に思えた。そんな大事な家族の一人を失い、落胆している。
同時に、よく知る仲間が誰も殺されることなく終わってくれて、少しホッとした。戦いで仲間の誰かが殺されるのは、いくら命の価値の低いこのご時世と言えど、胸が苦しくなる。
「お前たち喋ってないで集中してくれないか」
駄弁ってノロノロと作業している義明と広常の二人を頼朝は注意した。
「へーい」
渋々頼朝の注意を受け入れた義明と広常は作業に戻った。
2
「これからどうするんだ?」
治療を受けた清盛は、近くにいた義朝に聞いた。
「都から出て、また一からやり直す。今度こそは負けないように」
「そうか。お前らしい」
義朝の答えを聞いて微笑んだ清盛は続ける。
「俺も負けないようにもっと強くならないとだな」
「ああ。次こそは自分の意思で戦うさ」
「おう──」
約束だ。そう清盛が言いかけようとしたときに、
「二人ともやはり生きていたか」
死んだと思われていた正清と重体で動けなかった重盛の二人が現れた。
「正清、お前生きてたのか⁉」
「重盛、よく生きて帰ってきたな!!」
義朝と清盛は、互いの大事な存在が無事であったことを知り、
「幸いな」
正清は生き延びた経緯について話した。
将門と戦い、四肢を切断されて黒焦げになった正清は虫の息になっていた。自分はここで死ぬんだと思って腹をくくっていたところをたまたま通りかかった重盛により助けられた。
「重盛、友を救ってくれてありがとう」
「それより正清、お前、左腕が生えているぞ」
為朝の流れ矢に当たって射抜かれた左腕が、元通りになっているのだ。
満足そうな笑みを浮かべ、正清は、
「ああ、これは重盛が治してくれたときに勝手に生えてきた」
と答えた。
「なんだか誇らしいですね」
「重盛、ちょっといいか?」
「ええ」
「少し話を聞かせてくれ」
3
「薬師如来の力が覚醒したか」
「義平に四肢を斬り落とされたとき、一度死にかけました。気を失っていたときに、薬師如来が現れてこう私に申し上げました。『お前はまだ死ぬべきではない。我が依り代として力を使い、いずれ訪れる艱難の時代を救え』と」
「ほう」
──ついに薬師如来が覚醒したか。
正清は心の中でつぶやいた。これで日本に十二の仏の応身が降誕した。残るはこの世界を救う弥勒菩薩一柱のみである。
同時に、聖徳太子の記した『未来記』によれば、弥勒菩薩が現れる前に「偽の弥勒菩薩」が顕現するという。その弥勒菩薩は、赤き龍より生まれるそうだ。赤き龍から生まれた偽の弥勒菩薩は、国体を揺るがし、この国を闇と混沌に包み込み、災害や戦争が続く大艱難時代へ誘うという。
赤き龍は平家もしくは平の姓を持つ一族のことを指している。今回の覚醒により、重盛が薬師如来の応身とわかった。確実に重盛は「偽の弥勒菩薩」ではない。とすると、候補は二人に限らてくる。いや、正確にはあいつしかいない。平将門の生まれ変わりにして、白河院の落とし胤でありかつ重盛の父親である平清盛。
「もうこの世は終末へ向かっている」
「え、どういうことですか!?」
「もう弥勒菩薩以外の十二の神仏の応身がこの日本にいる。残るは、これから本物の弥勒菩薩と偽の弥勒菩薩の二柱のみ。その『偽の弥勒菩薩』は、平の姓を持つ誰かから現れる」
「それは、どういうことですか?」
「実はな──」
正清は先ほど考えていたことを重盛に話した。
「そんな──」
衝撃の真実を知った重盛は、動揺した。まさか、誰よりもよく知る優しい父が偽の弥勒菩薩であるかもしれないなんて……。
「もし奴が覚醒し、何かしようとしたときは、お前が止めてくれ。命をかけてでもな」
釘を刺すように正清は言った。清盛、いや、将門を止められるのは、血を分けた実の息子である重盛しかいない。
(正清さんの言うように、もし父上が本当に偽の弥勒菩薩だったとして、自分が止めることはできるのだろうか……)
頭を抱え、重盛は考えた。
数いる息子や弟たちよりも弱くて、不器用で、あまり頭も良くない。けれども、誰よりも優しくて、常に周りに気を遣い、笑顔を絶やさない父。そんな父が、本当に将門の生まれ変わりなのだろうか? 誰よりもみんなの幸せを願っている父が、世の中を闇の時代へと誘う悪の化身そのものなのだろうか? 同時に、仮に父がそうであったとして、自分が命を懸けて止めることなどできるのであろうか? 父を殺すことができるのだろうか? 考えれば考えるほど、深まる疑念と葛藤。
「自分にはできるかどうかなんて、わからないよ」
感じたままの気持ちを、重盛は答えた。
「そう、だよな……」
重盛の胸中を察した正清は、返す言葉が見つからず、肯定することしかできなかった。
4
「さて、俺たちも墓穴を掘るのを手伝いに行こうか」
清盛は立ち上がった。
「そうだな」
義朝と清盛が作業へと向かおうとしたとき、立っているのがやっとなほどの凄まじい揺れが襲いかかった。
崩れる家々と死体の山......。舞い散る砂塵。
「まさか、あいつが生きていたのか!?」
「あいつって誰だよ!?」
清盛は聞いた。
「実はな、地面を操る敵と戦ったことがある」
義朝は若い頃に俣野五郎景久という土を操る力を持った少年と戦ったことを話した。
「何が何だかよくはわからないけど、倒したのはわかった」
「ああ。あのとき俺が倒したはずなのにどうして......」
世界線が変わったから、別の人間が「土を操る力」を持っていて、何の因果かたまたまその「土を操る力」を持った誰かが立ちはだかった。またあの悪夢を見なければいけないのか……。
「どうすればいいんだ……」
絶望が義朝の心を覆う。自分には世界線を変える弥勒菩薩の力はもう無い。鬼切丸も使い手として選ばなかった。
(あのとき『弥勒菩薩の力』を抜いていなければ……)
きっとこんな危機も乗り越えられただろう。別の世界線へと移動させて。
葛藤しているうちに、揺れがおさまった。それと同時に巨大な黒雲が辺り一面を覆った。しばらくした後、落雷の衝撃音と共に、白い狩衣を着、左手には木の箱を抱えた貴公子が空から降りてきた。
「何だ、お前は」
義朝と清盛は、突如天から現れた謎の貴公子を見つめた。
木の箱を持ち、地面から一尺浮いている白い狩衣の貴公子は名乗る。
「私は源師仲。君たち罪深き武士に天罰を与えに来た」




