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第9話 関東の義朝⑧─大庭兄弟(後編)─


   1


 景義の下人と思わしき男に連れられ、懐島にある館へと連れて行かれた。

 屋敷の中には、大庭家の家紋が入った幕が張っていて、その周りのいたるところに薙刀や弓矢が置かれていた。そして、下人から侍女に至るまで甲冑で身を固め、腰には刀を差している。

「連れて参りました」

 下人はそう言って、畳の上にいる少年の前に礼をした。総髪に切れ長の目と大きな黒色の瞳。間違いなく、昨日見た少年だ。

 景親に似た少年は、

「探しました。あなたたちは源氏の大将と聞いています」

 と頭を下げ、

「おれの名前は大庭景義。景親とは双子の兄です」

 俺と正清の前で深々と頭を下げた。

「ほう。どうりで似ていたわけだ」

「はい」

「それよりも、お前たちどうして兄弟で揉めているんだ?」

 兄弟同士、それも同じ母親、同じ時間に生まれた二人がどうしていがみあっているのか? その理由が知りたかった俺は、聞いてみた。

「実は父が亡くなる前、『大庭家が代々持つ鎌倉の地は誰にも渡してはならん。そして、げ──』と言い残して亡くなりましたました。」

「ふむ」

「次期当主となる予定であった俺は、父の定められた通り、幼年ではありますが当主の座に就きました。鎌倉やその周辺にある藤沢、湘南、茅ケ崎の地も継承しました。ですが、何を思ったのか、景親は秩父党や佐竹、足利、武田の力を借り、おれのいる鎌倉を瞬く間に占領しました。おれは降参した。多勢に無勢。勝てるわけがない。敗軍の将となったおれに、景親は、『鎌倉を死守してほしいと父上が望んだのは、源氏のためでなく俺たち大庭家のためなんだ。源氏と言うのは誤解だろ』と言いました。そしておれをここへ追いやり、藤沢、湘南、鵠沼、平塚といった父の遺領を奪っていき、大庭家の当主の座を簒奪したんです」

「ほう」

「やっぱり、そういうことだったか」

 一人正清は納得していた。

「どういうことだ」

「まあ、東国の武士たちは、土地に対するこだわりが強いんだ。土地のためなら、やつらは何でもする」

「なるほど」

 さすがは生まれも育ちも東国。土地に対する認識が、京育ちの俺たちとは違う。

「おそらく父上が最後に言いたかったのは、あなたたち源氏が鎌倉へと戻ってくるその日のために、命を懸けて守れということ。景親はそれを無視した」

「そうか。なら、力ずくで取り返すしかないな」

 直垂の腕をまくりながら、俺は言った。

「でも、そう簡単には事はうまく運ばないんです」

「どうしてだ?」

「先ほども話したように、景親には背後に秩父党や武田、佐竹、足利といった一大勢力が背後にいるのもあります。けれど、それと同じくらい厄介なのが、下の弟の五郎です」

「五郎? そいつは強いのか?」

「まだ子供なので、我々ほど強くはないですが、不思議な力を使います」

「ほう。どんな力だ?」

「土を、操るのです」

「土を!?」

 山奥での修行の末に神通力を得たり、生まれたときから人間にはできないことができたりする者たちの噂なら、俺も聞いたことがある。

 初めてそうした超人の噂を聞いたのは、子どものとき。聞いたときは、

(本当にそんな力が存在するのか)

 と思っていたものだ。

 それが本当なのかを知るため、寺や神社「神通力を持っている」と称している聖や山伏の見世物を見たことがある。当時は子供心ながら、すげー、と思ったものだ。

 だが、嘘というものはふとした拍子でバレるもの。

 北野天神の境内で、斬った人間を元に戻せるという称していた聖が、見世物をやっていたことがあった。棺の中に入った少女を斬り、それを元に戻そうとした。そのとき棺の中から、

「足が痛い」

 という叫び声がしたことがあった。

 このとき、観衆は騒然とした。

 もちろん聖は真っ青になりながら、口をポカンと開けている。

 俺はこのとき、人間離れした超人はインチキだと悟った。寺の門前や市でやっている見世物は、生活費を稼いだり、教団の信者を増やしたりするためのもの。必ずどこかしらにタネや仕掛けがあるのだ。本気になって信じてはいけない。

「おれは父から認められた正統な当主。そして、鎌倉の周りは本来おれが持っているべき土地。それを簒奪者である弟から取り返したい。けれども、見ての通り、俺には力がない。だから、一人では無理なんだ。だから──」

 憂いを帯びた哀しい目つきで景義は、

「お願いします。おれに力を貸してください、源氏の棟梁。何だってしますから」

 と頭を下げた。俺と正清の前で。

 しばらく黙ったあと、俺は、

「協力してもいいけど、拠点は自分で探す。ごめんな。俺は源氏の棟梁になろうとか、そういうのには興味はない」

 と答えた。

 えっ、と言わんばかりの顔で、正清と景義は俺の方を見つめる。

 気まずい空気が、波音の聞こえる屋敷の中に漂う。

 そんな中景義は言う。

「急にこんなこと言われても、どう受け答えしていいかわかりませんよね」

「そ、そうだな」

「湯殿がちょうど入り時になった頃合いなので、入っていってください。2人とも疲れているでしょうから」

「ありがたい。ほら、義朝、行くぞ」

「お、おう」

 旅塵にまみれた体をきれいにすべく、俺は正清と一緒に湯殿へ行った。

「源氏の棟梁か......」

 下人から湯殿に案内されているとき、俺は心の中でつぶやいた。

 正直、源氏の棟梁になる気はない。

 父が嫌で家出をした親不孝者の俺が、源氏の棟梁を名乗る資格はない。仮になったとしても、親不孝者なので、仕える人間がついてきてくれるかどうか。俺の思いとは裏腹に、源氏の血を引く俺を必要としている人間がいる。どうしたらいいものか。


   2


 この後、俺と正清は手厚くもてなされた。

 下女たちがお膳に酒と焼いた鳥の肉、菜っ葉のおひたしを持ってきて、俺と正清、景義の前に置いた。

 少し冷えた感じで正直あまりおいしくなさそう。だが、せっかく出されたものだから、俺は食べることにした。

「お前よく食えるな」

 出された食べ物を食べている俺を見ていた正清は、心配そうに言った。

「せっかくもてなしてくれているんだ。食ってやらないと失礼だろう」

「あいつが弟を騙った景親だという可能性を考えられないのか」

「そんなことはないさ。でなきゃあ、こんなに手厚くもてなしてはくれない」

 そうだ。せっかく出されたものなのだから、不味いものでも、嫌いなものでも、美味しそうに食べないといけない。

 心配そうに俺を見つめる俺を見た景義は言う。

「そうですよ。毒味の方もしっかりとしていますので、ご心配なく」

「毒味をしたという証拠を出してくれ」

「それは、冷えてることですね」

「ほう」

 正清はうなずき、焼いた鶏の肉に箸を通した。ほぐした肉を、塩につけて口の中へと運ぶ。

「確かに」

「だから、安心して食べてもいいですよ」

 ちびちびとおかずに手を付けながら正清は、

「しかし、ここの屋敷の警備は厳重だな」

 と言った。

 確かに、正清の言う通り警備が厳重だ。

 熱田神宮も屋敷の警備にそこそこの人数がいたが、ここの屋敷の警備は、過剰すぎるほどにかたい。下女や子どもに至るまで、甲冑や薙刀で身を固めている。

「いつ景親の軍勢がここに攻めてきてもおかしくないですからね」

「ほう」

「それと、景親は俺を密かに消そうとしている」

「そんなこと、できるのか?」

 疑問に思った俺は聞いた。

 気づかれにくい殺し方と言えば、陰陽師の術や僧侶の祈祷。だが、これらは当たらないことも考えられるので、確実に殺せるかと言えば、そうではない。

「できなくもない。忍びの者を使えばな。本物の力を持った陰陽師や僧侶、神官、巫女、異能の者であれば、素人に悟られることなく殺せる」

 正清は言った。

「ほう」

 俺はうなずくと、景義は暗い表情になって語り始める。

「正清殿の言う通り。景親は忍びの者を使って私を消そうとしています。この前は食べ物に毒を盛られたり、陰陽師や僧侶を使って呪殺されかけました」

「大変だな」

「気を付けた方がいいですよ。お二方も。ここ近ごろ、私も何者かにつけられてる気配がしているので」


   3


 春雨の降る夜。

 尿意をもよおしたので、俺は厠へ行こうとした。

 回廊を歩いているとき、何者かの気配を感じた。こちらの様子をうかがっているような、ねっとりとした視線。

 視線の主が気になった俺は、

「誰だ!?」

 と声をかけた。

 声をかけた途端、すっ、と何かが消えたかのように気配が消えた。

(気のせいか)

 そう思いながら、厠へ行った。案外物の怪の類いかもしれない。できれば、そうであってほしい。まさか、人では

 大庭家に逗留していたときは、昼夜問わずこうしたことがよくあった。だが、いちいち気にしていると発狂してしまいそうになるので、黙っていることにした。


 大庭家に逗留して7日が経ったころ、不安が現実のものになってしまった。

 俺が寝付けようとしたときのこと。

 掻巻の中へ入ってしばらくしたとき、天井で音がした。

 最初は、ネズミが天井裏で騒いでるのだろうと思った。だが、

「源義朝。貴公の命、大庭景親の命にて頂戴いたす」

 何かの刃が当たりそうになったところを、俺は肘鉄を喰らわせてやった。気配だけを頼りにして。

 うっ、という声の後に鈍い音がした。

「何の騒ぎだ」

 忍び込んだ誰かを倒した衝撃で目覚めた正清は、枕元に置いていた刀を手に取った。

「さっき、殺されかけた」

「何!?」

「今さっき肘鉄を喰らわせてやったところだ。反撃に出てないところからして、気を失っているのだろう」

「ほう」

 俺と正清は、燭台に灯をつけた。

 そこにいたのは、両手に鉤爪をつけた黒装束の男だった。

「気を付けた方がいいですよ。お二方も。ここ近ごろ、私も何者かにつけられてる気配がしているので」

 黒装束の男を目の前にした俺は、景義が前に話していた言葉を思い出した。

 命を狙われている、誰かに見られているという感覚。これは妄想でも物の怪のせいでもなかったのだ。

 そしてはっきりとわかったことがある。景親は俺を密かに消そうとしているということだ。景義が河内源氏の御曹司の力を使うことによって、自分たちを倒してしまうのを未然に防ぐために。

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