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第89話 決着④─仲直り─


   1


 ──みんな、よくやってくれた。

 相次ぐ勝利の報告。想定外の出来事に義朝は気を良くしていた。このまま平家軍3000人を突破して帝を奪還し、再び源氏を官軍に戻し、信頼の落とし前をつけることができるかもしれない。

「久しぶりだな、義朝」

 清盛の姿があった。清盛は抜き身の小烏丸を鞘に納め、甲冑を脱ぎ捨てて座り込んだ。

「おい、ここは戦場だぞ」

「お前とは積もる話もたくさんあるな」

 清盛は腰に帯びていた小烏丸の鞘の金具を外し、自分の利き手とは反対の場所に置き、

「お前の奥さんを助けてやれなかった。済まない」

 頭を下げた。

「謝っても、由良は帰って来ないぞ」

 毅然と義朝は返した。今更謝っても遅い。お前が薬を買い占め、品薄にしていたから由良は死んだ。

「お前にとって、奥さんが誰よりも大事な家族だったのは、俺もよく知ってる。だから、必死でどうにか助けなきゃって思った。けれども、間が悪く誰かが大量に薬を買い占めていて、薬を手に入れることができなかった」

 清盛はさらに頭を深く地面へ下げた。

「今更言い訳して許されるとでも思ったのか⁉」

 義朝は腰に帯びていた鬼切丸を抜き、清盛に斬りかかった。

「そう来ると思ったよ」

 清盛は小烏丸を抜き、義朝の一の太刀を受け止めた。

「俺の太刀を受け止めるとはな。あの時よりも強くなった。が、俺に比べてみれば、まだまだ弱い。東国の武士の足下にも及ばねぇ」

 義朝は力で清盛を押し、構えを崩した。間髪与えずに顔面を蹴りつけ、袈裟に斬りつけた。そして鬼切丸の切っ先をかつての盟友に突き付け、

「友よ、最期に言い残すことはあるか?」

 と聞いた。

「いい加減目を醒ませ、本当の敵は俺じゃない。俺はお前の味方だ」

「わかった」

 八双に構え、虫の息となった清盛の首を跳ねようとしたときに、

「ここまでです!!」

 清盛の首を跳ねようとしたとき、聞きなれた穏やかな声が聞こえた。


   2


 声のした方を振り返ると、そこには白地に桔梗紋が染められた旗がたなびいた集団の姿があった。

 先頭には白馬にまたがり、白糸威の鎧を着た頼政の姿があった。

「惣領、加勢に来たのですか!?」

 頼政が来れば、源氏軍は百人力。義朝は勝利への期待はさらに膨らんだ。

 頼政は義朝の期待とは裏腹に、苦い顔をして、

「鬼切丸を納めなさい」

 かつての弟子であった義朝に命じた。

「今、敵の大将がおめおめと出てきたところをどうして斬れずにいれる?」

「わからないか!!」

 頼政は目を見開き、大音声でそう叫ぶとともに念力を発した。

 鬼切丸を持ったまま吹き飛ぶ義朝。

 無抵抗になっている義朝の襟裾を頼政はつかみ、こう言い放った。

「この戦いは、君の負けだ。いや、この戦いの勝者は『どこにもいない』というのが正確だが」

「勝敗⁉ もうついているだろ」

「君は確かに強い。が、同時に弱い」

「......」

 義朝は言葉に窮した。何も言い返せなかった。

「よく考えてごらんなさい。君は河内源氏というこの国の軍事力のうち4分の1を有する大所帯。それと同じくらいの規模を持つ平家と戦わされる。そうなれば、両者ともに無傷では済まない。戦いが長引けば無辜の民たちへの影響も計り知れないだろう。正気であれば、そんな争いなんて、誰も起こそうなんて思わない。どちらにとっても無益だからだ。が、それを望む狂人がこの世にいたとしたらどうだ? どんなに仲がよくても、いろいろな事を起こして互いに不信感を植え付けさせるだろう。そして互いに争わせ、消耗させる。お前はその狂人たちの手のひらで踊らされていたのだ」

「俺は自分の意思で……」

「目を醒ませ!!」

 頼政は思いっきり義朝の顔を殴った。

(痛い……)

 今まで受けてきたどんな攻撃よりも。頭の中に「自分は何を間違えていたのだろうか?」という問いが駆け巡る。

 義朝が倒れこんでいる間、頼政は、

「信頼を探して来い」

 と祐経と茂光に命じた。

 祐経と茂光が「了解」と言って自身の郎党を率いて駆けていったのを見送ったあと、頼政は倒れている義朝の襟裾をつかんで持ち上げ、続ける。

「お前の意思は、自分の意思なんかじゃない。この戦いを仕組んだ狂人源師仲とその手下たちにとって都合のいいように書き換えられた記憶だ」

「……」

 ──何なんだろう、この気持ちは。

 かつての師匠に喝を入れられた義朝は、罪悪感に苛まれた。

 戦いの中で、殴られたり、蹴られたり、斬られたり、射られたりしたことは何度もあった。戦いのときは、痛いという本能的な感覚よりも、自分や誰かを守らなきゃという思いの方が優先するから、耐えられる。だが、自身の一族の惣領であり、師匠でもあり、父親代わりでもある頼政の拳には、耐えられなかった。


   3


「捕えてまいりました」

 祐経と茂光は、信頼を捕まえてきた。

 下を向きながら、縄で縛られた信頼はしゅんとしている。

「義朝君を、戻してあげることはできますか?」

 頼政は縛られている信頼に聞いた。

「それはできないわけではないけど、難しいわ」

 小さい声で、信頼は答えた。

「どうしてです?」

「ううっ……」

 信頼は言葉に窮した。

(この者、操られているな)

 頼政は信頼から誰かの気を感じた。彼の気とは違う強大なパワーが縛っている。

「借りますよ」

 義朝が手放した鬼切丸を地面から引き抜き、頼政は清盛の方を向いて言った。

「清盛君、君の小烏丸も」

「あ、はい」と言って清盛は小烏丸を抜いた。

「それを地面に」

「は、はい」

 清盛は頼政の言われるがまま、小烏丸を地面に突き刺した。

「ありがとう」

 小烏丸が地面に刺さったあと、頼政は手に持っていた鬼切丸と自身の佩刀獅子王を地面に刺し、三角形の形にした。そして呪文を唱えた。

「これで、一応は師仲からの念波を妨害できましょう」

「少し、楽になったわ」

 結界の中にいる信頼は、頼政の持っていた小刀で縄を斬られた。

「では、お願いします」

 ためらいながら、信頼は義朝に本来の記憶を戻した。

「俺は、何をしていたんだ!? どうして戦っている!?」

 正気に戻った義朝は、呆然とした顔で周囲を見渡した。

「正気に戻ったようですね」

 正気に戻った義朝を見た頼政は、全てを話した。信頼が「記憶を操る力」で義朝を操っていたこと、義朝が軍勢を率いて院へ攻め入って後白河院を一本御書所に幽閉したこと、そして清盛が自身を止めるためにやってきたことを話した。

「そんなことになっていたとは……」

 信頼に操られてはいたが、知らないうちに自分が本当の悪になっていたとは。

「みんな、悪かった」

 泣きながら、義朝は地面に跡がつくほど勢いよく頭を下げた。

「もういいだろ。頭上げろよ」

 そう言って清盛は、泣きながら頭を下げる義朝に手を差し伸べた。

「どうして、許すんだよ? 俺は、お前の大事な『友』を殺した奴らの仲間なんだぞ」

「おれも、お前の大事な友を半殺しにしてしまった。このつまらない争いのために。俺たちはどちらも騙されていたんだ。被害を受けたという意味では同じだろ?」

「ああ」

「なら、もう一度手を取って戦おう。今度は正義のために。罰とか償いは後からでもいい」

 しばらく考えた義朝は、ゆっくりと清盛の手を取り、立ち上がった。

「これで仲直りですよ」

 互いの手を取り、頼政はこの場をおさめた。平家と源氏は、ひとまず和解した。


 和解が終わったあと、いつもの優しく穏やかな声で、頼政は一人泣いていた自身の同族の弟子である義朝に、

「操られていたにも関わらず、君は仲間を見捨てることも責任から逃げることもなく、こうしてケジメをつけようとした。それだけは評価します」

 と美点を褒めたたえた。

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