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第85話 平治の乱・急④─戦いの前(後編)─


   1


 数日後に、一門衆の一人であった源光保により信西が討ち取られた報が入った。

 このことにより、臨時の除目、というより論功行賞により、俺は従五位の左馬頭から従四位の播磨守に、正清は左兵衛尉に任命された。

 途中義平の乱入という珍事もあったが、師仲が丸く収めてくれたことにより、大事にならずに済んだ。


「成功したはいいが、これでよかったのか?」

 不安げな表情で、正清は聞いた。

「ああ。俺の父を殺したのはあの男だからな」

 父を殺したのも、源氏が平家に遅れをとっているのも、由良を殺したのも、全てはあの男が元凶。これでいい。

「だが、信西を殺したのなら、平家は黙っていないぞ」

「あいつも同罪だ。滅ぼすいい機会ではないか」

 俺がそう言いかけたとき、目の前に惣領が通りかかってきた。

「これは惣領」

 義朝は礼をしようとしたときに、頼政は思いっきり殴り付けた。

 倒れる義朝。殴られた箇所が青く腫れあがる。

「どうして、殴るのですか?」

 殴られた箇所を手でおさえながら、義朝は聞いた。

 無様な様子の義朝を見て、惣領は、

「馬鹿者っ!」

 と一言吐き捨て去っていった。


   2


 ──なぜ、惣領は出世した自分をぶったのだろうか?

 帰ったあと、俺は自問自答した。

 間違ったことは何もしていない。聖者のフリをしてこの国を牛耳ろうとしている国賊に、親の仇であり妻の仇でもある男に、善人のフリをして大悪を為す極悪人に、正義の鉄槌を下したまでである。

「わからない」

 導き出された答えはこの五文字。思慮深いお人だから、何かしら意味があって遠い親戚筋であり弟子でもある自分をぶった。ここまではわかる。けれども、そこに至るまでの理由がイマイチわからない。

 何度も考えてみたけれど、答えはわからなかった。

 悶々と考えているうちに、日々は無為に過ぎていく。

 今は有事であるのに、貴族たちはいつも通りどんちゃん騒ぎばかりしている。仕事を下の者たちに放り投げて。

 脅威となるであろう平家が都に入ってきても、出撃命令はなし。

 悪意の聖者を殺したところで、変わったことは何もない。貴族にこき使われる源氏と武者たちがいるのみである。


   3


 泰平の眠りは、帝と院の逃亡により醒まされた。葉室光頼と平家が共謀して、帝と院を六波羅にお連れしたのである。帝と院を擁する平家が官軍になったのである。

 対して何もない俺たちは賊軍。先ほどとは真逆の立場になったのである。

 このとき初めて正清の言っていたことの意味が分かった。自分のやったことは、感情に任せてやった軽薄な行いだった。そりゃ、一時は支持されるだろうけれど、熱が冷めれば切り捨てられる。

 ──死んでしまいたい。

 あまりに酷い事をしてしまった。無念の思いで亡くなった父や祖父、源氏を大きくしてくれた曾祖父や高祖父の霊に顔向けできない。

 俺は腰に差していた短刀を持った。直垂の上を脱ぎ、その切っ先を当てた。これですべてに決着をつけよう。もうどうしようもない。

 全てを諦め、腹を切ろうとしたとき、

「やめろ‼」

 手をつかまれた。

「正清、どうして止めるんだ⁉」

 全ての責任を取ろうとしているのにどうして? もう勝敗は決したも同然なのに。

 手を強くつかんだ正清は、強い口調で、

「生きて、罪を償うんだよ」

 と言い放った。

「あと、友に謝りたいんだろ?」

「友⁉」

「思い出せ、まだ若かったあの日のことを」

 正清の言う通り、俺はまだ若かりし日のことを思い出した。

 父に捨てられ、腹を空かせて都の築地で一人途方に暮れていたとき。

 海賊退治から帰ってボロボロになって帰ってきたあいつを見て、ほっとした

 一緒に父を助けに行ったときのこと。全て思い出した。いいことも悪いことも、清盛のやつがいたから。それにあいつは、弱いけども、自分のライバルが憎いから蹴落とすみたいな卑怯な真似はしない。そういう奴だった。

「なんてことをしたんだ……」

 後悔の念が押し寄せる。もう後戻りはできない。もう平家とは、清盛とは敵同士になったんだ。不甲斐ない自分のせいで。許してくれるはずがない。けれども、ごめんなさいの思いは伝えたい。虫のいい話だというのは、自分でもよくわかってる。

「行くぞ、決着をつけに」

 俺は脱いでいた直垂を着付け、立ち上がった。

「ああ」

 正清は笑顔でうなずいた。

 大鎧に着替えた後、俺は軍勢を集め、記憶を書き換えた信頼を問い詰めた。そうして自分の愚行を償うため、清盛に思いを伝えるため、少ない軍勢で大勢の平家軍の兵士たちの集う大路を突っ切った。

 前衛部隊、そして第二軍、第三軍をを破り、本陣の目の前へと突き進む。そうしていくうちに、大将平清盛のいる馬印がある前までやってきた。さすが総大将のいる本陣とあって、平家の家紋である揚羽蝶が入った赤旗がこれでもかというほどにたなびいている。


   4


「来たか」

 源義朝が本陣の目の前に迫っている報を聞いた清盛は、立ち上がった。そして白い馬にまたがり、義朝の前に来た。

「来たぞ、清盛」

 仲間たちを引き連れた義朝は、言った。

「久しぶりだな」

「ああ。まさか、こんな形になるとは思っていなかった」

「なぜ、信西あいつを殺したんだ?」

「虫のいい考えだっていうのはわかってる。謝っても許してもらえることじゃないってことだって」

「あいつはお前には素っ気ないように見えていたかもしれないが、見えないところではお前のことを褒めていたよ。いつかお前を大将軍にしようって思ってるって、よく言ってた」

「そんなの口だけだろう⁉ お前はあいつと仲がいいからそれがわからないだけで」

「本当は戦いたくはないさ。だが、大事な仲間のため、正々堂々とお前に勝負を挑む」

「お前らしい」

 清盛の本気の表情を見た義朝は、近くにいた義明に目配せをした。

「了解」

 義明は矢筒から鏑矢を取り出し、弦へとつがえた。

 張り詰めた弓の弦から矢が離れ、ロケット花火のような空気を切り裂く音を立てながら宙を舞う。

「かかれーッ‼」

 鏑矢の音を聞いた義朝は、号令をかけた。

 白旗をたなびかせた200騎の軍勢は、3000人もの大軍を率いた赤旗の軍勢の中へと飛び込んだ。

 源氏と平家。東日本と西日本。ランドパワーとシーパワー。共に皇族の血を引いているが、東西という対極の場所に根を下ろした二つの軍事貴族が今、その玄関口となっている五条河原で激突した。日本の歴史に残る宿命の戦いの第一ラウンドのゴングが、今高らかに鳴り響く。

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