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第84話 平治の乱・急③─戦いの前(前編)─


   1


 五条通りを義朝は直進していた。

 後続の平家の部隊は、義朝と見るや否や、巣を荒らされて怒った蜂の大群のごとく群がってくる。

「怯むな、突っ切れ‼」

 精強な東国の武者たちを背後に従えた義朝は、突き進んだ。

 目の前の敵が多勢であっても果敢に立ち向かう東国の武者たち。数を恃みに源氏軍団を倒そうとしていた平家軍の一般兵士たちは圧倒され、源氏軍の流れ矢に撃たれたり、白刃の餌食となったりして倒れていく。

「頼朝、使うぞ」

「はい」

 正清と頼朝は、自身の持っている神通力を使った。

 正清は両手をいっぱいに広げた。攻めかかった武者たちは、勢いのまま正清を斬ろうとした。だが、半径1メートルほどに入ったとき、熱気を感じて引き返した。そのまま進んだ者は発火して倒れた。

 鬼切丸を鞘に納めた頼朝は、種を撒き、水をかけたあとに呪言マントラを唱えた。

 唱え終えたあと、急激に成長した大量の葛のツタが、平家軍の兵士たちの身体を拘束した。

 再び鬼切丸を抜いた頼朝は、宙を斬った。

 斬撃とともに高速の金属の礫が飛び、平家軍の兵士たちの身体を貫く。

 平家軍の屍の群れを飛び越え、血しぶきのついた白旗をたなびかせ、軍勢は清盛と帝のいる六波羅へと突き進んでいく。

 ──みんな、ありがとう。誰かに捕らえられ、挙句の果てに記憶と友へのわずかな嫉妬心や羨望を利用され、操られていた自分のためにここまでついてきてくれて。


   2


 遡ること、およそ20数日前。謎の黄龍を見てから俺は捕らえられた。

「ここは、どこだ!?」

 義朝は目を覚ました。

 何かが手足を縛っている感覚がする。少なくとも気を失っている間に誰かが自分を捕らえ、ここに監禁しているのであろう。

(面倒なことになった)

 何としてもここから出ないといけない。自分は出家をしに仁和寺へ向かっていた。

(だが、脱出しようにもできない)

 光の射さない部屋の中で手足を縛られている。今どこにいるのかわからないから、動こうにも動けない。

(誰かが来るのを待つしかないか)

 こうして監禁されているということは、誰かが自分を捕まえたということ。その捕まえた人物の下っ端が出てくるであろうから、そこでどうにかするほかない。

 しばらく待っていると、扉の開く音がした。太陽の光が射しておらず、松明の光のみ。時間は夜か。音は近づき、立てた人物は目の前に立ち止まった。

 音を立てた人物は、武者たちに守られながら義朝の前に現れた。狩衣を着、目元に禍々しいほどに黒い隈を作った二〇代後半の痩せた青年であった。青年は顔をほころばせて、

「義朝ちゃん、久しぶりね」

 と言った。

「誰だ!?」

 貴族の知り合いはたくさんいるが、こんな人物は知らない。きっと師仲一派の下っ端であろう。

 狩衣姿の青年は、

「アタシよ、信頼よ」

 と答えた。

「おお、信頼か。俺はどうしてここにいるんだ」

 驚いた。俺の知っている信頼といえば、雪だるまに装束を着せたかのようにでっぷりと太った体型をしていた。だが、半年近くで常人並みに痩せていたとは。何かの病気になったのだろうか? はてまた、何かしらの精神的に応える何かがあって痩せてしまったのか? わからない。今はともかく、彼に情報を聞き出すことにしよう。

「ここはどこだ!?」

「伏見よ」

「なぜ、俺はここに囚われている!?」

 今一番疑問に思っていたことを聞いた信頼は、しばらく黙り込んだ後、涙を流しながら、

「ごめんなさい。アタシもこんなことはしたくないの。でも、やらないとあの人に怒られちゃう……」

 と言いながら、義朝の頭に手を当てる。

「誰だ!? そいつは!?」

「みなも……」

 黒幕の名前を言おうとしたときに、信頼は頭を抱え、

「ごめんなさいッ」

 と泣きながら叫んだ。そして何かに操られているかのように体が動き出し、手が俺の頭に触れた。そして呪を唱えた。

 清盛が父を殺した記憶。清盛が薬を買い占めているという噂が真実だった記憶。自身が由良の敵討ちとして清盛と信西を殺そうと家臣たちの前で宣言した記憶。存在しない記憶が、信頼の手を通じて頭の中へと流れ、書き換えられていく。

「自分は何をしていたんだ⁉」

「もう、これで、いいわよ……。行きなさい」

 清盛への憎悪で頭を支配された俺は、このまま伏見の師仲邸から帰っていった。


   3


 源氏の嫡男である頼朝は、父義朝に遅れじと馬を駆ける。

「小僧、首はもらった‼」

 頼朝は襲い掛かった平家軍の兵士を一度に斬り上げた。雑魚の相手をしている暇はない。今は父の落とし前をつけるのを手伝うのみ。

 ──あの日から、父上は変わった。

 いつもの強い信念を感じない。鉄でできた糸で誰かに操られている。


 出家をすると言って仁和寺へ向かった日の夕方。父上は再び六条の源氏屋敷へ現れた。帰ってきたときの父の目はどこか虚ろで、どこか遠くを見つめているような感じがした。

「出家はどうしたのですか?」

 私はそう聞くと、父上は、

「気が変わった」

 と答えた。

「鬼切丸は?」

「お前のものだ。俺はまた、関東時代に使っていた刀で戦うさ」

「でも、まだ鬼切丸は渡していません。良ければ」

「急げ! 今からお前の母上の仇を取る」

「どうしてですか!? 前は平家とは戦いたくない、と仰っていたのに」

「お前の母上の病は薬があれば治せた。が、清盛のヤツ、我々が戦いを仕掛ける口実を作るために薬を買い占めて不足させ、由良を殺させたんだ。奴の後ろ盾には信西もいる。そいつらを斬る」

 父上は甲冑に着替え、家臣や兄弟たちを集めて演説を始める。

「皆々よく集まってくれた。今から信西及びその後ろ盾となっている平家を討つ」

 演説を始めて早々、父上は世間の均衡を揺るがすとんでもない決断を表明した。

 どういうことだ? と首を傾げる者。源氏と平家という武家の二大巨頭の決戦に胸躍らせる者。聞いたときの反応は多種多様であった。

「辞めておけ、義朝」

 父の乳兄弟の一人である正清は、父を止めた。

「こんなことをしても意味がない。歴史に『内裏を襲った逆賊』と記されるぞ」

「構わないさ。もう引き返せないところまで来ている」

 捨て鉢に父は言うと、正清は嫌そうな顔をして何か言いかけようとしたときに、

「俺らぁ、あいつらが嫌いだ。自分たちは俺たちの分家の端くれのクセしやがって、いかにも自分たちが本家本元ですと言い張ってデカい面をしている。ここらで平氏本流である俺たちが本物と主張しなければ、あいつらますます図に乗るぜ」

 父の愚行に同調した広常が口を開いた。

 続けて義明も、

「実は、俺も、内心あいつらのことはよく思ってないな。武士とか言ってるけど、やってることは公家のまんまだし」

 彼に同調し、平家への不満を漏らした。

「ばからしい」

 感情のままに動く東国の武者たちを見た正清は、怒りとかそういうのを通り越した表情でため息を一つついた。

 正直私も、父の行いは馬鹿らしいと感じている。

 こんなことをしても、意味がない。都を火の海にし、帝を力付くで奪ったところで、源氏は未来永劫その悪名を背負い続けることになる。そして、平家がもっと大きな面をするようになるだろう。

 同時に、広常や義明の弁には少し理があるとも感じた。

 土地を開墾し、武装した農民である武士が本当に必要としているものは、貴族たちが続けている搾取の仕組みを永続化することではない。一族と力を合わせて耕した土地を自分のものとハッキリ言えるようになることだ。

 これはこれでいい。だが、広常や義明のやり方は間違っている。平家を倒しても何も変わらない。源氏が第二の平家になるか、あるいは朝廷や貴族に新たに引き立てられた平家に替わる第三勢力の台頭を招くだけであろう。

 そうならないために、どうすればいいか?

 昔こんなことを友達で代々学者の家の子息である大江広元おおえのひろもと三善康信みよしやすのぶに話したことがある。

 広元は頭を抱えたあと、

「平家でも信西でもいいから、貴族の側に味方を作っておく。そして古くなった制度の穴を上手く利用しながら、武士が自立できる仕組みを整えていく」

 と答えてくれた。

 また、同じく学者の子息である康信は、

「貴族だけでなく、武士たちとも距離がある程度近い方がいい。遠すぎたら、不信感を産む元になるからね。そして朝廷とも軋轢が産まれるかもしれないから、両者ともに上手く立てていく必要がある」

 と答えた。

 二人に言えるのは、穏当にやれ、ということ。決して武装蜂起して国家転覆をすることではない。

 広常や義明が平家への不満を漏らした後、東国の武士たちは納得した。

 私は何も言えなかった。ここで言ったところで、聞き入れてもらえないであろう。ましてやこの熱であるから、集団で暴行されて殺されるのがオチだ。ここは黙っているのがいい。

 そうして私は父とともに、三条西洞院にある信西の屋敷を襲撃した。が、屋敷はもぬけの殻であった。人は逃げ遅れた従者や侍女が残っているだけ。

 そんな無抵抗な人々を父は、斬り殺し、屋敷を破壊し回った。信西が従者や侍女に変装していたり、屋敷のどこかに隠れていたりするかもしれないという曖昧な根拠で。

 私は悪行に加担するフリをしつつ、できるだけ逃げまとう人を逃そうと努めた。

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