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第82話 平治の乱・急①─崩壊─


   1


 無事、二条帝は女官や平家一門の協力もあり、脱出できた。

 平家の面々の前に、若い女性と線は細いが、骨張った骨格からギリギリ男とわかる女装姿の少年の姿がある。

「帝で、あらせられますな?」

 確認のため、清盛は聞いた。

「はい」

 女装姿の少年こと二条帝は答えた。

「ここは我が六波羅の屋敷。もう、安心してよろしゅうございます」

「ありがたい」

「ところで、誰が帝をお捕え申し上げられたのでございましょうか?」

「信頼と師仲だ」

 ──やはり、か。

 清盛は心の中でつぶやいた。裏で誰か動いているのは勘づいてはいた。が、まさかもう一人の黒幕がいたとは思いもしなかった。

 同時に源師仲についての情報も整理した。

 源師仲。村上天皇の後裔にあたる村上源氏の一族で、中納言の職を務めている。伏見に邸宅を構えていることから、伏見中納言と呼ばれている。見た目は色白で中性的な顔立ち、全体的に細身。40を超える年齢に不釣り合いなほどに若い。

「まず信頼のやつが源氏軍を使い、内裏を襲撃しました。私は経箱の中に隠れていました。そこへ源氏軍がやってきて私を見つけました。万事休すと思われたときに師仲がやってきて......」

「助けるにかこつけて幽閉した、と」

「そうです。」

「わかりました。必ずや帝が内裏に帰れるよう、我が一門は力を上げてお助け申し上げる」

 清盛は帝の目の前で深々と礼をした。

「頼りにしているぞ、清盛」


   2


 ──現在帝と院は六波羅にいる。賊軍となりたくない者は、六波羅へ投降するように。

 後日清盛は、光頼の弟成頼を通じ、お触れを出した。

 仮の内裏となった六波羅の平清盛邸に、関白、左右の大臣といった高位高官が馳せ参じた。六波羅の清盛邸が事実上の内裏となったのである。

 臨時の内裏となった平家屋敷で、源氏軍討伐の軍議が開かれた。

 軍議では、内裏の焼失が懸念された。信西が各地から必死で集めた財で復興した内裏、仮に焼いてしまったら、確実にバッシングが起こるであろう。そして、亡くなった信西に面目が立たない。

 このような背景から、内裏にいる義朝を都の郊外におびき出し、そこで叩くという作戦を取ることにした。

「元号は平治、都は平安京、我らは平氏。3つの『平』が揃っている。勝つのは我らだ!!」

 出陣式では、重盛が演説で機知に富んだことを言い、士気が上がった。


「何ですって!?」

 平家に文部百官が揃っていること、そして平重盛、教盛、頼盛の軍勢が迫っていることを聞いた信頼は、驚きのあまり腰を抜かした。

 腰を抜かす信頼の前に、華麗荘厳な大鎧や胴丸に身を包んだ源氏の武者たちの姿があった。その筆頭にいた義朝は、頭に青筋を浮かべ、

「お前ら、俺たちに何てことをしてくれた!」

 と怒鳴った。

「師仲様、経宗はどこへいったの!?」

 泣きながら地面に突っ伏す信頼。ピンチの時に頼りになる仲間がいないので、自分自身の力ではどうしたらいいかわからない。

 途方に暮れている信頼を見かねた義朝は、

「日本一の役立たず!」

 と罵った。

「酷い、酷いわ!!」

「お前は何で右大将になりたかったんだ?」

 義朝は先ほどの大音声とは一転、落ち着いた口調で聞いた。

「師仲様の、お役に立ちたかったから……」

「ほう。よかったな。だが──」

 義朝は持っていた大鎧を目の前に置いた。

「やったんなら、落とし前はつけさせてもらうぞ」

「怖い、できないわ」

 小さな声で信頼は言った。

「お前は一人じゃない。戦おう!」

「何言ってんだ? 同じ釜の飯を食った仲間だろ?」

 落ち込む二人に、義明と広常は励ます。

「アタシなんかみんなと比べて弱いわ。一緒に戦うなんて、無理よ!!」

「お前が弱いことぐらいみんな知ってら。無理することなんかねぇ。俺たちがついてる。忘れたか!?」

 知家はしょんぼりする信頼の肩を強くたたく。

「みんなそう言ってることだし、行こう。弱くたっていいじゃないか。みんなお前がいることを望んでる。俺たちは仲間だ」

「本当に、いいの?」

 信頼は聞いた。

 義朝は、ああ、と言ってうなずいて続ける。

「正直なんとなくではあるが、俺も戦いたくはない。が、これも俺が不甲斐ないゆえの落とし前をつけるため。一緒に戦おう。そして、共に不甲斐ない自分にケリをつけよう」

「負けても知らないわよ」

「勝ったって負けたっていい。行くぞ。時間がない」

「わかったわよ。着ればいいんでしょ?」

 信頼は立ち上がった。

「それでもいい」

 うなずく義朝。

 この後信頼は源氏軍の雑兵の助けを借り、大鎧に着替えた。久しぶりに着た大鎧は重かった。が、その重さは怠惰ゆえの脂肪の重さではなく、期待の重さ。慣れたときには少しは軽く感じられた。


   3


 ──マズいことになったぞ。

 自身の部屋にいた師仲は、使いの者から平家軍の蜂起を聞いた。

 長い木の箱と背面に、仮名文字や漢字の甲骨文字や金文でもない楔で打ったような形をした謎の文字の入った鏡を見る。

 師仲の目の前にある木の箱は草薙剣の、楔形文字のような文字が背面にある鏡は八咫鏡の形代、いわゆるレプリカである。本来であれば内裏に祀られていて、毎日天皇が祈りを捧げているのだが、三種の神器のもう一つの意味を知る師仲は、二条帝を幽閉したときに密かに自邸に安置していた。

 天下の趨勢は、帝を秘密裏に奪還した平家に傾いている。官軍となった平家軍が、三種の神器奪還を名目に軍事作戦を起こすのも時間の問題である。

(いずれも形代ではあるが、神通力の使い手を弱体化させるくらいは出来るだろう。草薙剣の威力、試させてもらうぞ)

 剣の入った箱を持ったまま外へ出た師仲は、宙へ駆け上がり、雲の中で黄色い鱗を持つ龍の姿へ変化した。

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