第81話 平治の乱・破④─葉室光頼(後編)─
1
「報告いたします」
成親は惟方が首を刎ねられて死んでいた剣を師仲に報告した。
「ほーう。あんなことが出来るのは光頼しかいない」
「光頼にあのような力があるとは思いませぬ」
成親は思ったことを言った。まさか、神通力や異能とは縁遠そうな無骨な男に、意外にも持っているとは思いもしなかった。
「あるんだな、それが」
師仲はそう言って続ける。
「私が昔八咫烏にいたころ、『体の一部を刃に変えて戦う力』のところに「藤原朝臣光頼」の名前が載っているのを見たからね」
「放っておいても大丈夫でしょうか?」
異能を使い、人を殺したり物を盗んだりすると、証拠が無いので裁けない。敵にそんな相手がいるとなると、後々自分たちのところにとって、悪い方に傾くのではないか? そう考えた成親は聞いた。
「心配ないさ。あいつには『病を処方する能力』がある。死ぬ間際に光頼を何かしらの病気にさせて黄泉送りにくらいは出来る。惟方の力は、彼が触れた者、彼に触れた者どちらも対象だからね。そのどちらかであれば、任意で何かしらの病気にすることが出来る。ほっといても死ぬから、泳がせておきなさい」
「わかりました」
成親は師仲に頭を下げた。
2
六波羅の清盛邸に主人である清盛が500の兵を率いて帰ってきた。
「時忠、大変な中留守を守ってくれてありがとう」
清盛は留守を守っていた時忠に労いの言葉をかけた。
「おう」
「動乱について教えてくれないか?」
「ああ、これについては──」
源義朝が挙兵し、内裏と後白河院の住む御所、そして三条西洞院にある信西の屋敷を襲撃したこと。後白河院の住まう御所に藤原信頼がやってきて、牛車に乗せてどこかへ逃がしたこと。二条帝と後白河院の安否が不明なこと。信西が田原で首を刎ねられたこと。事件の後に義朝が播磨守に任じられたこと……。時忠は、清盛が熊野にいたときに起こった出来事について、事実の中に周りの風聞を織り交ぜ話した。
「事態は深刻みたいだな……」
兵を挙げて来たときは思っていた以上に敵兵は少なかった。が、現在の都ではここまで事態が深刻化していたとは。
「お前に会わせたい人物が、二人いる」
時忠はそう言って、下人に合図を送った。
下人に導かれ、二人の男が清盛の前へやって来る。一人は帝の居場所を知る葉室惟方、もう一人はこの事件の首謀者の一人である藤原経宗であった。
「こうして話をするのは初めてになりますな、清盛殿」
最初に口火を切ったのは、光頼であった。
「はい。光頼殿はどのようなご用件でこちらへ?」
「私はこの前の参内で、弟から帝と院の居場所について聞いてきた」
「ほう。どこか、申してみよ」
「帝は黒戸御所、院は一本御書所に幽閉されております」
「ほう」
意外にも近くに幽閉されていたのに、清盛は安堵した。もし京都から遠く離れた場所だったら、この不安定な状況下で遠征をしなければいけなくなるので、六波羅の防衛が不安になってくる。
「もう一人を別の場所へ」
清盛は下人に経宗を別の場所に移すよう命じた。
経宗が別室へ向かったのを見計らったあと、清盛は光頼のもとへ近づき、小声で、
「事は隠密にやるほかない」
と囁いた。
「承知いたしました」
清盛の案に、光頼は同意した。
「経宗、お前はどうしてここにいる?」
清盛は聞いた。目の前にいる師仲一派の一員であるはずの経宗がどうしてここにいるのか?
経宗は黙り込んだあと、
「自分が悪事に加担したことに気づいたからでございます」
小声で嘘をついた。実際は惟方殺人事件の次の日に光頼の神通力で脅され、鍵を持って来させられた。この場でそれを言えば、光頼にこの場で確実に殺される。殺されなくても、今目の前にいる清盛に斬られる。
「正義に目覚めたか。まあいい──」
清盛は脇に置いていた小烏丸を抜き、切っ先を経宗の方へ向けた。
「命だけは、お助けを……」
今にも泣きだしそうな顔で命乞いをする経宗。
清盛は経宗の首元に小烏丸の刃を当て、
「殺しはしない。だが、妙な真似をしたら、ここにいる家族が黙ってないからな」
覚悟を迫った。
「は、はい……」
深夜。光頼と経宗、そして忠清と数名は御所へ忍び込んだ。
清盛たちと考えた作戦はこうだ。
まず、光頼と経宗は宿直という形で潜入。そこで夜になったときに黒戸御所へ行って帝を女官のいる場所へ移す。そして女装させて牛車に乗せ、女院の御幸という名目で六波羅へと脱出させる。一本御書所にいる後白河院については、忠清ら200人の軍勢を使い、内裏周辺に騒ぎを起こさせ、御所の警備をしている源氏方の武者たちの気をそらす。騒ぎが起きて警備が手薄になった隙に、後白河院を救出し、六波羅へ送るというものだ。
夜光頼と合流した経宗は、黒戸御所の鍵を開け、帝を助け出した。
「来てくれたのか、光頼」
二条帝は安堵の表情を浮かべ、光頼の方を見ている。
「帝、今は大きな声をお出しあそばすのは危険です」
見つかる危険性から、光頼は指を唇の前に出し、小さな声で注意した。
二条帝は声を小さくし、
「そして経宗、どうしてお前がここにいる?」
目の前に自分を幽閉した一味の一人がなぜここにいるのかを問うた。
「話はあとです。ひとまず女官のいる場所へ向かいましょう」
「わかった」
警備に見つからないよう慎重に帝を連れ出し、女官のいる場所へ案内した。
3
「もし」
光頼は女官のいる宿所へ帝を連れて現れた。
「これは、光頼様。どうしてここに?」
ここは帝以外の男子禁制。帝以外の男が夜に来るなど、あってはならない。
「君たちに協力してほしいことがある」
光頼は二条帝の姿を女官たちに見せた。
「これは」
帝の姿を見た女官たちは、ただ事ではないと悟った。臣下に伴われて来るということは、やはり噂通り帝の身に何かがあったのだ。
「今から帝に女の化粧を施し、単衣を着せてここから脱出させてほしい」
光頼は頭を下げた。
「ひとまず、事の成り行きをお話ししてくださらぬか」
「時間がないので手短に話そう──」
光頼は二条帝と院が幽閉されていたこと、そして脱出計画のことを話した。
「わかりました。仰せの通りに」
その後二条帝は寝巻から十二単に着替え、白粉を塗り、髪にはつけ毛をつけて牛車へ乗った。名目が女院の御幸ということもあり、すんなりと脱出に成功した。
4
忠清は作戦通り、内裏の近くで源氏軍の警備をこちらに引くべく騒ぎを起こした。
作戦会議での読み通り、騒ぎを聞いて駆けつける源氏軍の警備隊。
警備隊の先鋒は、悪源太義平だった。
義平は大剣石切を振りかざし、忠清の乗っている馬ごと斬りにかかった。
忠清は刀を抜き、義平のヘビー級の一撃を受け止めた。
(この青年、どこからこんな馬鹿力出してやがる)
小さいのにこの力。侮れない。
「オッサン強いだろ?」
「ある程度な」
「俺は源義朝の長男源太義平。俺の相手をしろ」
忠清は義平の持つ石切の一撃をよけた後、刀を袈裟に振り上げた。
びゅん、という音がしたあと、義平は左腕の裏に痛みを感じた。
刀を離し、確認してみると、濡れている感覚がある。
(空振りしたときの風圧だけで人の肉を斬った、だと……)
これができるということは、目の前にいる平家の武者は相当な手練れだ。義平は勝てないと悟った。そう彼の中にある動物的本能が言っている。強者と戦えることへの好奇心が、一瞬にして恐怖へと変わっていく。
「次はお前の首を斬ってやろうか?」
忠清は二本の刀を構えながら、傷のついた左腕を眺める義平を脅した。
(やばい)
もし今あのまま突き進んだら、確実にかまいたちみたいな斬撃で斬られる。そう考えた義平は、そのまま逃げた。
「意外に骨の無ぇ奴だ」
父義朝は飛ぶ斬撃を目の当たりにしても臆することなく戦ったが、義平はそのまま背中を向けて逃げた。高名な悪源太義平の「悪」は、飾りだったか。
「ま、手間が省けたからいいか」
少し気分の萎えた忠清は、背中を見せて逃げる義平を遠目に見ながら、左手に持っていた太刀を鞘に入れた。
後白河院の脱出は、忠清の戦闘を合図に行った。
光頼は見張りを気絶させ、経宗から受け取った鍵を開いた。
「誰だ?」
暗闇の中にいた後白河院は聞いた。
松明の火に顔が映し出される。
「光頼と経宗でございます」
光頼は名乗った。
「私を殺しにでも来たのか?」
「いいえ、その反対でございます」
「そうか。誰の差し金だ?」
「平清盛でございます」
「あいつか。やはり頼りになる」
月明かりで白く映る顔に、後白河院は笑みを浮かべた。
「時間がありません。直ちにここから脱出致しましょう」
光頼は後白河院の手を引く。
「わかった」
後白河院はうなずき、手の引かれるままに御所を出た。
残っている警備隊に気をつけながら、三人は出口へと向かう。
5
義平を撃退した忠清は、内裏からの脱出に成功した光頼、念のため別の場所で詰めていた教盛の軍勢と合流し、六波羅へ帰還した。
六波羅に入った辺りであろうか。突如光頼の顔色が悪くなり、胸に手を当て、馬から落ちた。
幸い周りの兵士たちが守ってくれたため、頭を打つことは無かった。
「大丈夫か!?」
馬から降りた忠清は、苦しむ光頼に語りかけた。
「気にするな。行け……」
「生きて帰って来ねぇとあいつはうるさいんだ。少しの辛抱だ、ほら」
忠清は痛みで息も絶え絶えな光頼を馬に担ぎ上げ、共に六波羅へと向かおうとする。
担ぎ上げ、再び馬に乗せようとしたときに、光頼は、
「もう、私は、ダメ、みたいだ。頼む、俺に代わって、正義のために、戦って、くれ……」
と言い残し、目を閉じた。
目を閉じた光頼の身体はどんどん冷たくなっていく。




