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第80話 平治の乱・破③─葉室光頼(前編)─


   1


 話は平家一門の帰京前に遡る。

 信西の首は、四条河原に晒された。

 柳の木の枝に、坊主頭の首がかけられている。季節は冬ということもあってか、腐敗はそれほど進んでいない。が、飢えた鳥たちが死肉をついばむので、少し無惨な姿になっていた。

 信西の首を見ながら、行き交う洛中の民たちは、こうはなりたくないな、とか、信西が殺されたのも前世からの宿縁、みたいに言い合っている。

「入道殿……」

 群がり、あれこれ言うだけの人たちの中で、首となった信西を見て一人涙を流す狩衣の男がいた。勧修寺家の分家葉室家の当主、葉室光頼である。

 彼が幼少で学者になれなかった少年である。

 学者になれなかった光頼は、信西入道から教えを乞うことにした。そして、信西の意思を継ぎ、与えられた職務をこなしつつ学問にも励んでいた。いつか師である信西入道のような立派な学者になり、この終わりかけた国を救おう。そう意気込んでいた。だが、学問の師であり、心の師でもある信西は、生首となって今、目の前に晒されている。

 この国を少しでも良くしようと思い行動したが、志半ばで逝ってしまった。どれだけ悔しかったろう。どれだけ虚しかったろう。

 恩師の首を見て、涙を流しながら、光頼は握りこぶしを作った、そして心の中で、

(師の仇、必ず取る!)

 と強く誓った。

 

   2


 信西の仇を取るために、まず何をすべきかを考えた。

 最初に思いついたのは、二条帝や後白河院の安否を知ることであった。

 源氏の武装蜂起以来、帝と院、そして斎院の行方は不明のままだ。話によれば、難を知ってどこかへお隠れになられたとか、信頼一派に拉致監禁されてるとか、もう既に崩御なされたなどなど様々な噂が飛び交っている。何が本当で、何が嘘か。それを知る必要がある。

 二つ目は、味方を作ることである。

 一人でやるにしても、できることには限界がある。先日亡くなった師信西が、この国を変えるために平忠盛と藤原家成という二人の味方を得て改革をしたように。帝を解放するにしても、協力者と周囲の理解がなければ、それは「国賊」となってしまう。

 光頼はまず、二つ目の味方の確保から始めた。

 源氏と対等に戦える勢力は平家か奥州の藤原秀衡しかいない。だが、秀衡は奥州にいるのでおいそれとは連絡をつけることができない。おまけに信頼の弟を匿っている。こうした事情から、消去法で平家となった。

 光頼は泉殿の留守を預かっていた平時忠に接近。すぐさま計画について打ち明けた。

 時忠からの答えは、

「正義感の強いあいつのことだ。やってくれるさ。それまでしばしの辛抱を」

 と快諾してくれた。


 一つ目の二条帝と後白河院の安否確認については、参内という形で確かめに行った。

 信頼が義朝とクーデターを起こしてから、光頼は宮仕えを休んでいた。師である信西が亡くなったのでその悲しみで弱っていたとか、喪に服すとかそうしたこともある。が、そうした感情的な理由と政情が安定してから出仕を再開しようという魂胆もある。

 光頼は着飾った郎党と桂某を連れ、久しぶりに参内した。

 朝議が始まる前、細やかな反抗の意思を示すため、光頼は信頼の隣へわざと座った。

「あら、惟方殿のお兄様ではありませんか!」

「お前が、信頼か?」

 そのまま信頼の席に座りながら、光頼は挨拶をした。他人の席にわざと座るさまは、信頼派からみれば図々しく、院政派の貴族からみれば堂々として見える。

(面倒な奴が来たわ)

 信頼は息を呑んだ。

「葉室光頼」

 正義感の強い有能な葉室家の当主として宮中で知られている。言葉数が多い方ではないが、細やかな気づかいもでき、心の広い人物であるから、彼を慕う人はそれなりに多い。彼の復帰については、暫定政権の安定をアピールする道具にもなり得ると同時に、自身の体制を崩す脅威ともなる諸刃の剣である。

「ここは貴方の座るところではないわよ、どきなさい」

「悪い。久しぶりに参内したものだから、どこへ座っていいかわからなくて。良ければ教えてくれないか?」

「アンタの座る場所はもっと下座よ、下座!」

 信頼は「下座」の部分を強調し、指で示しながら言った。

「わかった。ありがとう。あと、痩せたな」

 光頼は信頼が痩せたことについても触れた。昔朝議で見たときの彼は、大きな雪だるまにそのまま直衣を着せたように丸い巨漢だった。

「このままだと飲水の病になって長生きできないって薬師に言われてね、痩せることにしたのよ」

「ほーう」

 さしずめ、医師にこのままだと歩けなくなるとか言われたのだろう。そう光頼は心の中で思った。

(何て度胸だ)

 その場に居合わせた経宗は思った。悪びれることなく、今を時めく信頼の席に座っていたからだ。

(信頼と光頼。こうも違うか......)

 同じく居合わせた伊通は、この場にいる二人の名将の名を連想した。

 信頼と光頼。二人の名前を逆にすると「頼信」と「頼光」になる。いずれも清和源氏の中で武勇をもって知られた猛将である。光頼の方は豪胆であると同時に相手不快にさせないよう対応している。対して信頼は、自身の場所に座られたからという理由でキレた。名将の名前をひっくり返した名前の二人であるが、こうも違うとは。


   3


 挨拶を済ませたあと、光頼は御所の周りを歩いた。

 歩いていれば何かしらの手がかりがつかめるかもしれない。些細なことでもいいから、何か情報をつかんでおかねば。

(相変わらずどこも警備が固いな)

 どこもかしこも、胴丸を着た源氏軍の兵士たちが薙刀の刃をきらめかせ、周囲に睨みをきかせている。

 辺りの様子を目に焼き付け、平家に情報を提供しようと考えていた矢先で、

「おお、これは兄上ではございませぬか!」

 弟の惟方に声をかけられた。

「惟方か。久しいな」

 怪しまれないよう、光頼は挨拶を返す。

「こんなところで何をなされているのですかな?」

「単に気分転換を、と」

「ほーう……」

 いぶかしそうに兄を見つめる惟方。

(惟方か。先日の政変に加担したと聞いている。ここで彼に探りを入れてみるのもいいかもしれない)

 俊敏な動きで光頼は惟方の近くへ寄り、耳元で、

「帝と院の居場所を教えろ」

 と囁いた。

 しばらく考え込んだあと、惟方は、

「我々のような末端には知らされていないことゆえ、存ぜぬ」

 と答えた。

「ほう。いつも信頼や師仲と一緒にいたのに、『知らない』わけがないだろう?」

「いい度胸だ。私は絶対に勝てないと思っていた兄上を殺すことができる力を手にしたのだからな」

「ほう。これでも、か?」

 光頼は掴んでいた右手の小指を刃に変え、首もとに軽く押し当てた。

「わ、わかった、教えよう。帝のいる場所なら黒戸御所というところだ。院は一本御書所にいる」

「やけに素直に吐いてくれるではないか」

「ま、まあお前と私は同じ腹から生まれた兄弟だからな。それぐらい当然ではないか?」

「なのに、なぜ、無名の師を起こそうとした信頼に加担した?」

 光頼は惟方が信頼に与していることについて問うた。

「……」

「葉室家は代々皇室にお仕えしてきた家柄。その恩は山よりも高く、海よりも深いはず。その信頼を崩すようなことを、なぜした!?」

「お前には何もわかっていない。今の世は『力』こそが全て。前の戦でわかったであろう」

「だからといって、力で帝と上皇様を押し込めるのか!?」

 頭に青筋を浮かべた光頼は、左手の指をまとめた。左腕全体が鋭い刃となる。文字で書いた通りの手刀であった。

「そういう兄上も、力で可愛い弟である私を殺そうとしているではないか」

 光頼は刃に変えた左腕を押し当て、

「惟方、どちらが正義で、どちらが悪か、よく考えるんだな」

 と言った。

「正義? 金にもならぬものに命をかけて......」

 何になるというのだ。そう反論しようとしたところで、

「もういい。貴様は葉室家の恥だ。死ね!」

 光頼が押し当てていた左手の刃の切っ先を思いっきり振り上げた。血しぶきと共に惟方の首が飛ぶ。

「哀れ……」

 物憂い表情をした光頼は、血払いをした後にその場を去った。


   4


 惟方を殺した光頼は、警備の目を盗み、黒戸御所へ向かった。

 紙には、

「私は葉室光頼。帝のご様子を伺いに参りました」

 と書いてある。それを隙間から、すっ、と差し出した。

 扉の向こう側にいた帝は、紙を受け取った。

(光頼か、頼もしい)

 そう思った帝は墨壺に入っていた墨を筆につけ、返事を書いた。

「助けてくれ。朕はあの日師仲や信頼に保護された。だが、外は危険だからという理由で庭にさえも出してくれないんだ。ここから出たいよ」

(やはりか)

 光頼は二条帝が幽閉されていたのは事実であると確認した。半ば嘘だと思っていた惟方の証言は、事実だったのだ。

「承知いたしました。近いうちに必ずや助けに参ります」

 紙にこうしたため、光頼はまた、戸の隙間に入れた。

飲水の病...糖尿病のこと。

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