第79話 平治の乱・破②─動き─
1
除目が終わったあと、御所では信頼方、正式には師仲一派の戦勝を祝う宴が開かれていた。
酔いが回りはじめ、宴もたけなわに入ろうとしていたころ、内大臣の藤原伊通という人物が、
「たくさん人を殺した者が除目で官位を得られるのなら、三条西洞院の信西の屋敷にある井戸にも官位をやってもいいではないか!」
という発言をした。素面であれば「ん?」と首をかしげるところであったが、このときはみんな酔っていたこともあってか、大した問題にもならず、その場の空気に流されていった。
酔いつぶれて眠ってしまう者が出はじめるころ。事件が起きた。
築地が破壊された。
どよめく一同。酔って宴で高揚していた気分も、この一件ですぐに正気に戻る。
破壊された築地からは、血塗られた大剣を持った色の黒い小柄な青年が現れた。
青年は辺りを見回す。笹竜胆の家紋が入った白い狩衣の男を見た青年は跪き、
「父上、参りました!! 義平です!!」
と勢いよく庭の白州に頭を叩きつけた。
「これ、ここは貴様のような肥溜め臭い無教養な田舎小僧の来る場所ではない。分を弁えろ!!」
義平の登場で羽が場が白けたことに憤った惟方は唾を飛ばしながら怒鳴った。
めんどくせぇオッサンだな、と心の中で切れた義平は、立ち上がった。そして飛び上がり、惟方の前に立った。
「な、なにをする!?」
腰を抜かす惟方。
義平は無防備な中年男の紐を引きちぎった。
キノコに似た髻が姿を現す。
(やはり猿の子は猿か……。)
恥ずかしくなって逃げ出そうとする惟方。
逃げようとしている惟方の頭を義平はつかんで、
「うっせーな、オッサン。その口二度と聞けないようにしてやろうか?」
と脅した。
「いいだろう。そうしたら貴様を病にして生意気な口を塞いでやるわ」
ガタガタ震えながら、惟方は言った。
「息子が粗相をしてしまい、申し訳ございませんでした」
義朝は突然現れた息子の
「義平ちゃん、よ、よく来てくれたわね!」
小さな声で、信頼は歓迎した。
「おう、何の用だオッサン?」
「か、官位はどれくらい欲しいかしら?」
「官位? んなもんいらねぇ」
義平は惟方を投げ飛ばし、大きな足音を立てながら、信頼の方へ寄った。
「な、何ですって!?」
「それよりもオッサン、兵力くれよ? 俺さ、京都で面白いことがあるって風の噂で聞いて、いても立ってもいられなくなって、郎党数人で来たんだよね。だから、軍勢なくてさ」
「誰がオッサンですって!?」
キレる信頼。
「辞めんか、義平!」
義朝は立ち上がり、粗相をする義平を信頼の近くから引きはがそうとした。
騒ぎをおさめるべく、師仲は立ち上がり、義朝と信頼の近くへ寄って肩をポンポンと叩く。
師仲の意を察した義朝と信頼は、もといた席に戻り、座った。
替わって義平に近づいた師仲は、
「君が噂に聞く鎌倉悪源太義平かな?」
と穏やかな口調で問うた。
「おう」
「元気のいい青年だ。君は、なぜ兵士が欲しいのかな?」
「まず清盛たちは紀伊か伊勢どちらかの道筋で来るだろ、だから、そこで待ち伏せをするんだよ。多分あっちは無用心だろうから、易々と討ち取れるだろう」
「ほう。なかなか理にかなってる。いくら欲しい?」
「3000ほど」
「わかった」
では、君には紀伊路を押さえてもらおう。そう師仲が言おうとしたときに、
「ちょっと待ちなさい!!」
と信頼が声をかけた。
「どうした、信頼?」
「平家を敵に回すのは厄介よ。ここは……」
味方に組み込んでおいた方が得策よ。そう信頼が言いかけたときに、苦しそうに頭を抱え込んだ。そして、脳裏から、
『いつから貴様はここまで偉くなった!? 貴様は傀儡だ。あのときの恩を忘れたか!?』
師仲の語りかける声がした。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
泣きながら謝る信頼。
「黙れ」
師仲は一喝し、信頼を気絶させた。
泡を吹いて、信頼は倒れている。
師仲は近くにいた舎人に、
「どうやら飲み過ぎで体がおかしくなっていたみたいだ。手当てしてやりなさい」
と命じ、御殿医のところへ運ばせた。
(うるさい無能な傀儡は消えた)
再び義平の方へ向き、
「我が同志が粗相をしでかして申し訳ない。話を続けよう。さすがに兵3000は難しい。けれども、その代わりに、戦いの際は君には自由に暴れてもいいことにしよう」
と言った。
「まあくれるんならいいや」
目を輝かせながら、義平は師仲との約束に賛同する。
「任せたよ、義朝、悪源太、そして頼朝君」
師仲は実働部隊である義朝親子を労った。
はっ! と言って三人は頭を下げる。そのときの義朝の目には輝きは無かった。
2
「義朝、お前はもう許さない」
早馬から信西死亡と後白河院行方不明の報を聞いた清盛は、かつてないほどに憤っていた。
まさか、あの人一倍正義感の強い義朝が、信西の殺害と後白河院の御所襲撃に加担していたとは思いもしなかったからだ。前みたいに力を持った誰かが唆したことも考えてみた。が、それでもやはり、義朝の所業は許される代物ではない。
「殿、落ち着きなされ」
憤る家貞は、彼を諫める。
「あいつを止められるのは俺しかいないんだよ」
「殿のお気持ちはわかります」
「あいつのしたことは、到底許されることじゃない」
清盛は怒鳴った。
一人怒りに燃える清盛を傍目に見ていた教盛は、
「家貞の言う通りだ。辞めとけ」
となだめた。
「誰が何と言おうが、俺は行く」
「焦っていても何も始まらねぇ!!」
「なら、俺一人で行ってくるよ」
教盛を押しのけ、一人行こうとする清盛。
はやる兄の手を、教盛はつかみ、続ける。
「一人で行っても無様に殺されるだけだ。ここはみんなで話し合って窮地を打開しよう」
「離せ!」
必死で手を動かしながら抵抗する清盛。だが、教盛の力が強く、上手く拘束を解くことができない。
「焦ってはなりませぬ。ここは皆々を集めて、熊野詣をどうするかについて話し合いましょう。やるか、やらないかはそこからです」
家貞に諫められた清盛はしばらく黙り込んだあと、
「そうする……」
とうなずき、しばらく頭を冷やした。
夕方、会議が開かれた。議題は、熊野詣を続けるか、辞めて京都へ帰り、義朝と一戦交えるかである。
「父上、ここは熊野詣をやりましょう」
会議を開いて早々、重盛は提案した。
「敵に背を向けることになるぞ」
「一度決めたこと。辞めたら、仏罰が下ります」
「そうか。他に意見のある者はいるか?」
清盛は、重盛以外の一門の者たちに意見を求めた。
教盛は手を上げ、清盛の指名を受けたあとに続ける。
「俺はどっちでも構わねぇ。が、この状態だと、兵力があまりに貧弱すぎる」
「そうだな……」
清盛は頭を抱えた。今は遠征の途上。信頼と義朝がグルになってクーデターを起こすことは想定していなかった。
「ここは戦わずに、四国か九州にでも逃げて力を蓄え、都を目指すのが最善だと思う」
「そうだな」
教盛の意見を聞いたあと、京都へ戻って戦うという自身の意見を清盛が言おうとしたとき、息を切らした郎党がやってきた。郎党は、跪き、大音声で、
「報告致します。源義朝の長男義平が上洛。3000騎の手勢を率いて摂津方面から紀伊へ進行しております!」
と最新の情勢を報告した。
「まずいことになったな......」
タイミングが悪ければ、義平の軍勢と鉢合わせることになるかもしれない。伊勢から行けばいいとも思うが、これはこれでも、陸地を経由しなければいけないのと、危険な航路を取らねばならないのとで難しかった。
「こうなったら、義平がここに来る前に引き返した方がいいな。でも、戦うにしても武具がない...」
ため息を一つ、清盛はついた。
「あーあ、こりゃ終わったな......」
経盛はつぶやいた。
「それでも経盛の叔父さんは武士か!?」
戦う前から諦めている叔父を見てイラついた重盛は、
「3000人にほぼ丸腰で勝つとか無理でしょ。なら、早々と降参しよう」
「毎日武芸もろくにしないで和歌ばっかり詠んでればそうなるか……」
「悪かったね。俺は君たちとは違って肉体も精神も弱いんだ。こういうのは御免被るよ」
「お前ら今は争ってる場合じゃないぞ!!」
争っている二人のところへ、教盛が仲裁に入る。
諍いを教盛が止めようとしていたときに、
「皆々に申し上げておかねばなりませぬことが一つ......」
と家貞が手を上げ、小さい声で言った。
清盛は家貞に意見を申し上げるよう言った。
「実は、熊野詣に行く際に、何かあったときに備え、50人分の胴丸と武器を郎党に持たせておいておりまして」
最初から言っとけよ、と清盛は思った。が、誰よりも武士としての歴が長く、用心深い家貞のこと。何か理由があってそうしているのだろう。そう考えた清盛は、
「だが、その肝心な武器はどこにあるんだ?」
と聞いた。
「それならば、鎧は長持の奥に二つずつ、弓はそれを担ぐための竹の棒に節を抜き、そこに隠しておきました」
家貞は即答した。
(なるほど!)
清盛は納得した。
鎧を隠しておけば、いざというときに戦える。弓については、小さいものであれば節を抜いた持ち手の中に入るから、隠すにも調度いい。
「でかしたぞ!!」
「主君を守るは家臣の役目。当然のことでございます」
主君に褒められ、家貞は照れ気味に返す。
翌日平家一門は紀伊を旅立った。途中熊野別当の堪増や周辺の神社の神人、現地の豪族である湯浅氏らの力添えで兵力は100騎となった。
ルートは、最も危険の少ない大和路。伊勢路でもよかったが、近江の佐々木家や美濃源氏らの襲撃を考慮した結果、大和路からとなった。また、途中で危機を聞いて駆け付けてきた忠清の一族の軍勢300も加わり、総兵力は500騎となった。
そして25日、戦闘もなく、平家は京都の六波羅へ帰還した。




