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第78話 平治の乱・破①─聖者の死、時代の転換点─


   1


 ──信西は宇治田原の山奥に穴を掘って隠れていた。彼を尋ねていた従者の武沢の姿を美濃国の武士である源光保が見つけ、拷問の末に居場所を吐かせた。死期を悟った信西は持っていた短刀で自身の首を刎ね、亡くなった。

 これが、信西の死の公式報告である。隠れていた光保の部下は、見たままのことを主君に伝えた。だが、竹内宿禰及び信頼一派による圧力により検非違使に捕縛され、毒殺された。こちらは拷問による事故死ということで片づけられている。証言は改ざんされて世間に公表されたのである。

 信西の首は部隊長であった美濃国土岐の住人 源光保みなもとのみつやすを通じ、義朝のもとへ届けられた。

「間違いない、信西だ」

 水で首を洗い、首実検をした義朝は、首が信西本人のそれであると確認できた。

 首は化粧を施されないまま、四条河原の柳の木の枝にかけられ、晒された。

 世間の人たちは、

「実の甥である清盛に叔父の忠正を、実の子である義朝に父の為義の首を斬らせた報いだ」

「死刑判決も出ずに首を跳ねられるとは、これもまた前世の因縁なのだろう」

 と言いあいながら、信西の首を眺めていた。


 首実検と四条河原への晒しを行ったあと、クーデターを起こした張本人ということになっている信頼は、臨時の除目を開いた。そして、念願であった右近衛大将に就任した。

 実行犯である源義朝は従四位播磨守、その息子頼朝は従五位右兵衛権佐、そして源氏家臣団筆頭の鎌田正清は左兵衛尉に任じられた。これで遅れをとっていた源氏は、官位の上で再び平家に並ぶ武家として返り咲いたのである。

「成功したはいいが、これでよかったのか?」

「ああ。俺の父を殺したのはあの男だからな」

「だが、信西を殺したのなら、平家は黙っていないぞ」

「あいつも同罪だ。滅ぼすいい機会ではないか」

 義朝がそう言いかけようとしたときに、目の前に頼政が通りかかってきた。

「これは棟梁」

 義朝は礼をしようとしたときに、頼政は思いっきり殴り付けた。

 倒れる義朝。殴られた箇所が青く腫れあがる。

「どうして殴るのですか?」

 殴られた箇所を手でおさえながら、義朝は聞いた。

 無様な様子の義朝を見て、頼政は、

「馬鹿者っ!」

 と一言吐き捨て去っていった。


   2


 高野山金剛峰寺の奥の院。都の喧騒からかなり離れたところにある聖地の奥の院で、老人と式神は仏塔が立ち並ぶ森の中を歩いていた。

「聖者が死んだらしい」

 先日使いの者から聞いた話を高野山の大阿闍梨は口にした。

「次は弥勒菩薩の器となる白き龍の顕現。建替の日は近い」

「大掃除が始まるな。褌を締め直していこう」

「既に律令は崩壊している。全てを破壊し、作り替えるときが来たのだ」

 大宝律令以来続いた律令社会は、既に行き詰っていた。

 律令とは、当時大国であった隋や唐に留学してきた者たちによって日本に持ち込まれた政治システムのことである。取り入れた理由は、日本が世界に負けない大国となるため、当時の大陸のシステムが必要であったからだ。

 以来改正や補足がついて、平安時代へと移った。が、唐国に比べ人口も人の住める平野も少ない日本には、あまりにも巨大すぎた。それに加え、蔭位の制と古来から続く血の信仰とが結び合い、源平橘といった皇族の末裔や藤原氏などの上級貴族の支配を正当化する法制度へ変わっていった。

 また150年くらい前から武士という新興階級が勃興し始めた。もとは自身の土地を守るため武装していた在地の豪族や都で食い詰めて地方へ下った中下級貴族の末裔だった。だが、将門が乱を起こして以来少し少し力をつけ、中央にその存在感を見せつけるようになった。その中でも、源氏と平家は武力と財力を盾に、反乱を鎮圧したり、財産を皇室に寄進するなどして家格を上げていった。

 律令の限界や武士という新興階層の勃興だけではない。治安も劇的に悪化した。

 嵯峨天皇が死刑を廃止したことにより、各地で食い詰めた庶民が盗賊になって官物を奪ったり、地方に下った者中下級貴族たちの子孫が中央の支配に抵抗するようになっていったのである。加えて不定期ではあるが、新羅や高麗などから賊が攻めてきて、九州が荒らされたことも度々あった。

「社会の歪み」

「時代のうねり」

「治安の悪化」

「外圧」

 どうにもならない四拍子が揃った時代。こうした時代に生まれるのは「閉塞感」である。何を、どう足掻いても良くならないから、息苦しくなる。

 閉塞感は次第に広がっていき、人々の不安を増大させていく。何も知らない貴族たちは、その閉塞感を無視し、和歌や蹴鞠、念仏や来世に逃避していく。


 この閉塞感をどう打ち破るかについて、当代の斎院と叡山の座主、高野山の大阿闍梨は考えた。

 情報をかき集めた結果、摂津国にある四天王寺という寺に、聖徳太子が書いた『未来記』と『未然本記』という予言の書があることがわかった。

『未来記』と『未然本記』という二つの書物を調べた結果、次のようなことがわかった。『未来記』には未来に起きる出来事が書かれていた。

 具体的な内容を言うと、『未来記』には、聖徳太子の死後に起こった大化の改新や平城京・平安京の遷都、仏法の堕落、地震や台風、洪水、噴火といった天災の増加、人心の乱れといったことが書かれていた。そしてその極みとなる時代が聖徳太子の死後650年後に来るとされる「末法の世」であった。

 末法に入ってからこれらは徐々に激しくなっていくそうで、峠となるのは、偽の弥勒菩薩とその血を引く偽の帝が皇位に就いてから前後10年と記されていた。その峠の期間に災害と人心の乱れますます激しくなり、偽の弥勒菩薩が遷都を強行し、かつての都の仏が焼けたり、皇位継承者が幽閉されたり、三種の神器の喪失が起こったりすると書かれていた。

 もう一つの『未然本記』には世の滅亡を防ぐ方法が書かれていた。

 聖徳太子の死後700年後、末法が始まって100年後に白き龍より弥勒菩薩が生まれる。天照大御神の御霊を引き継ぐ天皇すめらみこと、十の如来・菩薩の応身、そして白き龍より生まれし弥勒菩薩の十二の仏神の力を以て末法濁世を終らせよ。内容はこんな感じだ。

 八咫烏は皇室やその他の力を持った貴族や寺院らと力を合わせ、『未来記』の予言を小難に変えるべく、『未然本紀』に書かれたことに従い、末法の世に至るまでやってきた。


「聖徳太子が大日如来と交わした契約の時が近づいている」

「大日如来の御霊の器である天皇すめらみこと、釈迦如来の応身賀茂斎院、そして当山におはします虚空蔵菩薩の弘法大師空海……。数千年の時を経て十一の神仏の応身がこの現世に揃った。残りは弥勒菩薩のみ」

 天台座主がそう言い、奥の院にある空海の即身仏を見た。

 灯明の明かりで薄っすらと見える空海の即身仏。生前と変わらぬ姿で大日如来の印を組み、台の上に鎮座している。

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