第77話 平治の乱・序③─信西死す─
1
「話そうと思っていることがある」
岩屋に入り、疲れで重くなった腰をかけて、信西は口を開いた。
「なんでしょう?」
成景は聞いた。
「どうやら私もここまでみたいだ」
武沢から聞いた情報を総合的に考え、導き出した答えを信西は話した。理由は、ただ一つ。やりたい放題やって来た自分への代償。この一言である。全部、自分の撒いた種だ。そこから育ってなった実は、自分の手で採らねばならない。
「このまま自分のやりたいようにやれば、お前の首が飛ぶ」
昔占い師に言われた
言葉を思い出した。
出まかせだと思っていた。どうせ当たるわけないと思っていた。仮に当たっていたとしても、暗殺未遂事件のときに成就しかけたが、失敗した。だから、自分が殺される世界線の未来は無くなった。そう思っていた。だが、また殺されかけるようなことが起きるとは、思いもしていなかった。
「殿、まだあきらめるのは早いです」
「戦うのは簡単さ。でも、相手は大人数。この5人で何ができる?」
「ううっ……」
「だから、今、私は決めた。即身仏となり、この国の行く末を見守ろう、と」
信西は自身の胸に秘めた覚悟を話した。
即身仏とは、生きたまま仏となる修行のことである。穴の中では五穀を断ち、防腐のために塩と漆を飲み、ひたすらお経や念仏を唱え、近いうちに来る肉体の死を待つ。そして仏となり、衆生の信仰対象となるというものだ。特定の志から自ら死を望むという意味で、自決や諫死に近い性格を持っている。そのため、即身仏になることは現代では一種の自殺になるし、それを扶けた者は自殺幇助罪という立派な犯罪になる。また、即身仏となった僧侶の死体を掘り起こせば、墳墓発掘罪や死体遺棄の罪に問われる。
「敵の手にかかるよりは、お前たちに見守られて死んだ方がいい。だから、頼むよ」
「そんなの、嫌だ」
頭を抱えた成景は、大きな声で主君への思いを叫んだ。
「人間はみんな、いつか死ぬ。それが遅いか早いか、楽か苦しいかの違いだけだ」
「ここまで来たんだ。戦おう」
「お前たちの無念もよく分かる。ここでお前たちに論功行賞をして、褒美や感状を授けてやりたいところだが、それもない。だから、代わりに戒名を授けよう」
信西は連れ添ってきた郎党4人に法名を授けた。
師光には西光、成景には西景、師清には西清、清実には西実。4人の郎党の名前に自身の法名「信西」の「西」をつけた素朴なものであった。
「お前たちの俗名から、そして私の法名である信西の西の字を即興でつけたお粗末なものだが、許してくれ」
「そんな滅相もない」
「じゃあ、頼んだぞ」
藤原師光こと西光と3人の仲間たちは、麓にある村の民家から土を掘る道具を借り、木材と竹を借りてきた。もちろん塩や漆も調達している。
材木で人一人が入れるくらいの正方形の箱を作った。箱の蓋には息抜きのために節をくり抜いた竹が取り付けてある。それをあらかじめ掘っておいた穴の中へと入れた。地中に入れられた箱の中へ、信西は入った。
「この鈴の音が途絶えたら、死んだと思ってくれ。そして、ほとぼりが冷めたときに掘り起こすように」
そう言い残し、座禅を組んで瞑想に入る。
「嫌だよ。生きていて欲しいよ」
人一倍涙を流しながら、成景は即席で作った蓋から手を離す。
「お前の気持ちもわかる。でも、もう引き返せない。閉めよう」
手を離す成景を、涙を必死でこらえている清実は諭した。
「ううっ……」
思いを押し殺し、蓋を持つ成景。
涙を流しながら、4人は自身の主君である信西入道を埋めた。
2
信西が埋められてからは、4人は洞穴で暮らしていた。かつての主君の生存確認は、その日の当番がやることにしていた。
当番の誰かから鈴の音が鳴っていることを聞いては、かつての主君が生きていると知って喜ぶ。それが生きる希望となっていた。
一抹の希望は、4日目の早朝に消え去った。
この日の生存報告係は西光であった。
いつものように信西の埋まっている場所へと向かう。そして排気口を兼ねた竹に向かって、生きているか? と問いかける。
問いを聞いた穴の中の信西は、鈴を鳴らし、伝えてくれた。
生きていることを確認した西光は、そのまま仲間たちのいる岩屋へ向かっていった。
岩屋には、返り血と首がない仲間たちの死体が転がっていた。
(どういうことだ……)
凄惨な光景に、西光は唖然としていた。
何が起きたのか探るため、周りを探す。
落ち葉にまだ新しい血の跡があるのを見つけた。
西光はそれをたどっていった。
血の跡の向こう側には、川があった。川では武者たちは4人の首を持ち、洗っている。
首は最初誰のものかわからなかったが、よく見ると成景、師清、清実、武沢の首であった。首となった4人は怒りと苦悶、そして怨念の籠った目をしている。
怖くなった西光は逃げ出した。
音で気づいた武者の仲間は、
「貴様、仲間の一人だな!?」
と声をかけた。
怖くなった西光は、
「はい」
と答えた。答えても答えなくても殺される。なら、一応答えておくしかない。
「信西入道はどこにいる?」
「信西入道か──」
ああ、そうだった。自分は師仲に信西の情報を伝えるように言われていた。けれども、そうしたら、命をかけて信西を守ろうとした4人を裏切ることになる。
(どうしたらいい?)
裏で通じている仲間から得られる利益と死んだ仲間たちの名誉と主君の命。この二つを手に取って考える。前者を取れば、出世と安定した生活を得られる。後者を取れば殺されるが、義に殉じた烈士として歴史に名を残す。
しばらく考え込んだあと、
「ついてきてください」
と答えた。命惜しさと恐怖心で前者を選んだ。
「わかった」
武者の部隊長と思しき男ははうなずいた。
西光は武者たちとともに、信西入道が埋まっている場所へと案内した。
3
「ここだな」
武者は熊手を持っていた自身の郎党に、枯葉を掃かせた。土は他の部分に比べて、柔らかい。
武者の部隊長は、土を掘る道具を持った武者たちに土を掘らせた。1メートルくらい掘ったところで、木の箱の蓋が見えてきた。突き出ていた竹は、予想通り排気口の役割を果たしている。
そこへ槌を持った兵士たちが、蓋を破壊した。
破壊された蓋の下には、座禅を組んで瞑想をしていた信西がいた。
「結局こうなるのか」
座禅を組んだ信西は目を開き、つぶやいた。そして飛び上がり、白刃をきらめかせた兵士たちのいる地上へ現れた。
「貴様、裏切ったな……」
青筋を浮かべ、真っ赤になった信西は、低い声でつぶやき、西光の方へと向かった。
「ごめんなさい──」
そう言おうとする隙もなく、信西は西光を殴り飛ばした。
「見ていろ、これが男の生き様だ!」
涙を流し、殴られて腫れたところを手で抑えるだけの西光の方を見て言ったあとに、
「来るなら来い! 相手になってやる!!」
と大手を構えて武者たちの前に立ちはだかった。
「相手はただの坊主。恐れることは無いっ!!」
迫り来る白刃をよけ、信西は刀を持った一般兵を蹴り倒した。そして持っていた太刀を奪い、2人を一気に斬った。
「強い、強いぞ!!」
ひるむ源氏の部隊長。
信西は持っていた刀を正眼に構え、
「どうしたお前たち。私が持つ破邪顕正の剣が怖いのか?」
と間合いを取って薙刀を構えている一般兵らを挑発した。
「何もできないただの成り上がり坊主の戯言。怖くも何もない!」
源氏の部隊長は、気を取り直し、持っていた刀を構え、信西に斬りかかった。
信西は持っていた刀でそれを受け止め、鍔迫り合いに持ち込んで続ける。
「ほう。私は若いとき北面の武士をやっていてな。そこで弓馬の道や居合の練習もしていたんだ。そしてお前たちに屋敷を襲われる前までは、この日本を利権を貪る腐った貴族たちから国民を守るため、宮中で太刀を振るっていた」
「太刀? 口の間違いだろ?」
「ばかやろう! 俺の太刀は、胸の中にある!」
信西はそう大音声で叫び、源氏の部隊長の体勢を崩し、その首を取った。そしてその首を部下の兵士に投げ、残った一般兵の方を睨みつける。
「こいつ、ただの坊主じゃねぇ」
「つ、強すぎる......」
いつも自宅か院の御所に詰めている男が想像以上に強すぎたことに、一般兵は恐れをなしていた。
「さあ、どうする!?」
血で濡れた刀の切っ先を相手に向け、信西は挑発した。
「ならば、こちらからいかせてもらおう!」
刀を構えた信西は、怖気づく一般兵を斬り殺した。
「まだいるんだろう、出て来い!!」
抜き身の刀を持った信西は、木の梢だけになった冬の山の中で大音声を上げた。
信西の鬼気に恐れをなしたのか、誰も出てこない。
西光の方を向いた信西は、持っていた刀の柄を強く握り、
「覚悟はいいか?」
と怯える西光に語りかけた。
恐怖に怯え、腰を抜かす西光。
「答えない、か。なら、斬る!!」
信西はかつて自身の郎党の一人であった裏切り者の首を斬ろうとしたとき、突如体が固まった。
「体が、動かない」
信西は必死に腕や足を動かそうとした。だが、腕や足が動かない。
「動け、動け……」
心の奥底で必死に念じた。気持ちとは裏腹に、体は断固として動かない。
体の自由が効かなくなったところへ、
「よお、信西」
大鎧姿の竹内がやってきた。
「竹内か。貴様何しに来た!?」
信西は聞いた。幸い喋ることはできる。
「お前の体の自由の一切を奪った。お前はここで死んでもらう」
竹内は神通力で信西の脳をジャックし、運動に関わる神経系を麻痺させた。脳や心が「動け!!」と命じても動かせないようにしていたのだ。
「このや!」
信西は叫ぼうとしたときに、口が動かなくなった。
「無駄だ。お前の頭を乗っ取ったからな。まあいい。これでは可哀想だから、少しは動かせるようにしてやる」
指を動かし、竹内は信西の動作に関係する一部を自由にした。
「動いた。貴様!」
信西は竹内に斬りかかろうと刀を構えた。が、持っていた刀の切っ先は、直弥の方から自分の方へと向けられた。首に沿うように刃が当てられる。
「体、が......」
再び動かなくなり、信西はもどかしい気持ちになる。
「さらばだ、『未来記』の聖者よ」
竹内が指を宙に切ると同時に、信西に向けられた切っ先は刃の部分に変わる。そして自身の意に反して、刃を持った手が首を押す。そうしていくうちに、自身の首が刎ねられた。
「清盛、あとは頼んだ」
首を斬り、意識が冥途へ行くさなかに見た走馬灯の中に見えたのは、友である忠盛、そしてその後継者清盛の顔だった。




