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第76話 平治の乱・序②─波紋─


   1


 平治元年12月4日夜。反信西を掲げる藤原信頼と結んだ源義朝は、三条西洞院にある信西の屋敷を襲撃した。これが源氏と平家が直接戦うこととなる平治の乱の嚆矢となった出来事である。

 この出来事は、争乱の爆心地である京都から、旅の僧侶や商人を通じ、瞬く間に広がっていた。

「何やってんだお前!!」

 紀州にいた清盛は、突然義朝が乱を起こしたことに憤慨していた。

 わけがわからない。彼にはまだ知らないことが多いから、信西が左馬頭に留めておいたと信西から聞いている。彼もそれは承知のはずだ。なのに、なぜ、信西の家を襲うようなことをしたのか?

「殿、落ち着きなされ!」

 怒号を聞いた家貞は、顔を真っ赤にした清盛をなだめた。

「あいつはやってはいけないことをしたんだぞ、わかるだろ!?」

「でも、何か深い理由があってやったのかもしれません」

「だから、何なんだよ!? 熊野詣では辞めだ。今すぐ行くぞ」

 勢いよく清盛は立ち上がる。

「やると思ってたぜ」

 腰に帯びていた刀の柄に手を握り、忠清は立ち上がった。

「じき俺たちのところにも追討軍が来るだろうな。座して死ぬくらいなら、派手にやってやろうぜ」

 清盛や忠清に連られ、教盛も立ち上がった。

 平家一門の中に、ピリッとした空気が立ち込める。戦いを辞めようと言おうものならば、この場で殺されてもおかしくはない。

「みなさん、ひとまず落ち着きましょ」

 緊迫した空気の漂う中、重盛は声を上げた。

「重盛、何か言いたいことがあるのか?」

 顔を真っ赤にし、青筋を浮かべた清盛は、自身の長男の意見を聞いた。

 怒る父であり棟梁でもある清盛を目の前にしても態度を変えることなく、重盛は、はい、と答えて続ける。

「父上の友を助けたい、友の愚行を止めたい気持ちはよくわかります。ですが、相手にとっては、邪魔はされたくない。だから、武力の二大双璧をなす平家がいないときに、左馬頭様は兵を挙げられた。邪魔をさせないために、どこかに伏兵を潜ませておいて、手勢が手薄になっている我々を討とうとしているかもしれません。伏兵がいなかったとしても、事前に周辺の豪族への根回しをして私たちが来たときに討ち取ろうとしていることだって考えられます」

 重盛の意見を聞いた清盛は、しばらく考え込んだ。確かに数十人しかいない自分たちが、このまま進軍したとしても、伏兵や息のかかった豪族にやられることだって十分にあり得る。それに、備えなんてろくにしていないから、武器や甲冑も手元にない。

「言われてみれば、そうだな」

 冷静さを取り戻した清盛は、進軍を取りやめることにした。

「殿、しばらく様子を見ることに致しましょう。話はそこからです」

 清盛が正気を取り戻したのを見計らい、家貞は諫めた。

「ああ、そうするさ」

 落ち着いた清盛は、しばらく大和の地で大人しくしていることにした。

「ちっ、面白くねぇな」

 戦うことができず、悶々とした顔で忠清は舌打ちをした。


   2


 源義朝が挙兵した報は、東国にも届いていた。

「ついに親父が挙兵したか!」

 相模国鎌倉の亀ヶ谷の屋敷で挙兵の報を聞いた義平は、喜んだ。これで「大義名分」を持って戦える。こんな何もない海と山ばかりの田舎ではなく、花の京都で派手に。

「大蔵の戦いでの名誉を挽回する時が来た!」

 立ち上がった義平は、後ろに飾っていた石切の大太刀を手に取り、

「今から京都へ向かうぞ、出陣だ!」

 と自身に仕える家臣たちに言った。

「ですが、常陸には佐竹が、上野には新田がいます!」

「今から負けたときのことを考えてどうする。こんな好機、逃したら罰が当たる。おら、早く支度をするぞ!!」

 忠告する家臣たちを無視し、義平は立ち上がった。

「は、はぁ……」

 あまりにも急なことで、家臣一同はきょとんとしている。

 大鎧に着替え、馬に乗った義平は、10人ほどの兵士を率いて鎌倉を発った。


 武蔵国 幡羅はら郡長井庄。この地を治めている斎藤さいとう実盛さねもりは、まだ3つか4つぐらいになる童子に剣術を教えていた。

 童子は木刀を振り、目の前にある杭に激しく打ち込んでいた。

 一生懸命剣術の練習をしている童子を、実盛は悲しげな顔で眺めていた。

(この子に災いが及ばなければいいが......)

 実盛は義朝の起こしたクーデターとこの童子のこれからについて考えていた。

 もし義朝が勝てば、この童子も今ほどではないが、少しは堂々と世の中で生きることができる。だが、仮に義朝が負けたとしたら……。死にかけの母親にこの子を託された責を負って自分も死ぬか、どこか人目のつかない場所に匿ってもらうしかない。

「できた。次教えてくれ」

 何も知らない幼児は、次に何をすればいいか、実盛に聞いた。

「そ、そうか」

 幼児の言により、実盛は現実に引き戻された。ひとまずどうなるかは、続報を待とう。そう心に決め、童子の剣術指南へ戻った。


   3


 騒ぎの余波は、俗世から超然としている八咫烏の本部のある賀茂斎院にも響いていた。

「ついに始まったか、第二の戦いが」

「聖徳太子の『未来記』に曰く、『老いた赤と白の龍の首が刎ねられた後、一人の僧がこの国を平和へと導く。しかし、この平和は長くは続かない。白き龍が聖者の首を取り、五本の指を持つ二匹の金色の龍を封ず』とある」

「ほう。僧は信西、白き龍は義朝であったか」

「そういうことらしい。だが、この戦いは20年後、そして弥勒菩薩が顕現する前に起こる『真の戦い』の序章にすぎぬ。そうであろう、頼政」

 天台座主の式神は、今やってきた頼政に声をかけた。頼政は大鎧を身に纏っている。

「ええ」

 そう言って頼政は座り、巫女の一人に太刀を預けた後、御簾の奥の斎院に一礼した。

「貴様、源氏に味方したな?」

「いかにも」

 頼政は答えた。

「我らに反旗を翻すつもりか?」

 大阿闍梨の式神がそう言ったあと、力を使おうとした。二人の後ろには光背が現れる。

 大阿闍梨と天台座主の式神に臆することなく、頼政は、

「いいえ。内親王殿下をお救いするためにこちらへ上がりました。外は義朝たちの兵が攻めてきております。今は危険です」

 と大きな声で言った。

「言い訳は無用。消し炭と化せ!」

 座主の式神は衝撃波を、大阿闍梨の式神は光を放った。

 せめて最期の抵抗にと頼政は結界を張る。

「大阿闍梨殿、座主殿、おやめなさい!!」

 御簾の奥にいた式子内親王は、変化をし、頼政を追い出そうとしていた大阿闍梨と天台座主の式神を一喝し、続ける。

「頼政殿が源氏方に就いているのはわけがあるのでしょう。まだ勝ち負けが決まっていないのに責めてはいけません」

 賀茂斎院式子内親王のお叱りを受けた二人は、力を使うのを辞め、

「斎院の顔に免じて許してやる」

「次は無いと思え」

 と言い捨てた。

 式子内親王は従者の巫女に簾を上げさせた。簾の向こう側に会ったのは、赤い袴に白い装束を着た艶やかな黒髪の少女であった。

「もう一度、申せ、頼政」

 式子内親王は先ほど頼政が言おうとしていたことを聞いた。

 頭を下げ、頼政は答える。

「私は内親王殿下をお救いするためにこちらへ上がりました。外は義朝たちの兵が攻めてきております。今は危険です。一旦未来へお逃げください」

「わかりました」

 簾の奥にいた式子内親王は真言を唱えた。そして刀印を切ると、切ったところに沿って空間の裂け目ができた。その中へ、斎院の式子内親王は巫女たちとともに入っていく。

 空間が閉じたあと、式子内親王の姿はどこにも無かった。


   4


 京都から離れた山中に、山伏に扮した信西と4人の武者たちが歩いていた。

 時々山賊に襲われることもあったが、4人の武者との連携で何とか撃退したり撒いたりすることができた。

「気をつけろ……」

 山伏の格好をした信西と4人の武士は、松明の明かりを頼りに夜の山の中を歩いていた。

 闇の中から聞こえる不気味なミミズクの声。時折聞こえる狼の遠吠え。普段人のたくさんいる京都に住まう5人を不安にさせる。

「どこかで少し休息を取りたいな」

 日が暮れる少し前に京都から逃げた。それ以降ずっと歩きっぱなし立ちっぱなしで、ろくに食べ物は食べていないし、水分補給もしていない。いい加減どこかで休みたいと思っていたが、源氏軍の捜索隊に見つかってしまうことを考慮してとっていなかった。疲れていても、

「ここら辺で少し休みますかな」

 信西は少ししんどそうな声色で言った。

「そう致しましょう」

 師光はそう言って、休めそうな場所を探した。が、夜の闇と木の枝や葉が作り出す影のせいで、どこに木の洞や切り株があるかわからない。

「この辺りには暗くて見つかりません」

「だろうな。こういうときに──」

 武沢がいてくれたらな、と言おうとしたときに、何かが木の下へ落ちてくる音がした。

 源氏の刺客か、はてまた物の怪か。信西一行は音のした方を向いて、身構える。が、正体は忍びの武沢であった。

 突如現れた武沢は、信西たちの前で膝を屈め、

「報告いたします」

 と言った。

「何かあったのか?」

「はい──」

 京都から戻った武沢は、信西たちに、逃亡以後に京都で起こっている一連の出来事を語り始めた。


「そうか。あいつは行方不明、か」

 洛中の様子を聞かされた信西は、少し不安になった。後白河院は治天の君、二条帝は現在の帝であるから、命は助かるとは思っていた。ただ、気がかりなことがあるとすれば、信頼一派にいいように操られるということである。特に後白河院に関しては、あの男を重宝しているので特にそう感じる。

「源氏軍は捜索網を洛中から伏見周辺、そして郊外の村々へと拡大している模様」

「やはりか」

 3年前に為朝捜索隊を組んで京都周辺を探し回った経験から、そうなるだろうと信西は思っていた。それからわずか3年にして、追う側から追われる側へと転落した。何たる運命の皮肉であろうか。

 しばらく考え込んだあと、信西は、

「武沢、この辺りに隠れるのにちょうどいい感じの木の洞や岩窟はあるか?」

 と目の前の武沢に聞いた。ここまで歩きっぱなし立ちっぱなしで疲れている。それに今日はもう遅い。どこかゆっくり休める場所が欲しい。

 武沢は表を上げたあと、再びかしこまって、

「それならば近くに洞穴がありますので、私についてきてください」

 といった。

「よかった。では、頼む」

 武沢に案内され、信西一行は近くの洞穴を目指す。

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