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第73話 由良の死


   1


 清盛から頼んだ薬は、10日、20日と経っても届かなかった。

(清盛の奴、一体何をやっているんだ……)

 薬が届かないことについて、義朝はじれったい思いを必死でこらえていた。薬を待ち続ける日々。対して日を追うごとに容態が悪化していく由良。

「もう、待てない」

 薬が届かないことに痺れを切らした義朝は、家貞に使いを出し、清盛に合わせるように言った。

 事態を重く見た清盛は、使いが来たあと、狩衣のまますぐ会いに来た。

「どういうことだ、薬が届かないではないか!?」

 義朝は清盛の襟裾を強くつかんで問いただした。

 清盛は「申し訳ない」と一言言ったあとに、

「実は、薬の買い占めをしているようなんだ。それで在庫が無くて……」

 困惑した顔で答えた。

「そうか。買い占めてるのは誰なんだ?」

「それが、信西入道らしくて……」

「そうか……」

 意外な答えに義朝は少し驚いた。彼は国士である。そんな国士が、わざわざ舶来物の薬草を買い占めて市場を混乱させているとは、一体どういうわけなのだろうか?

「彼はそんなことはしないと思うのだが……。でも、本当かどうかはわからないから、聞いてみるのもアリかもしれない」

「わかった」

 冷静になって考えてみれば、本人がやったかどうかを改めて考えてみる必要がある。誰かが信西を貶めるため、彼の名前を騙って悪事をはたらいている可能性だって大いにあり得るわけだから。


 話の真偽を確かめるべく、義朝は三条西洞院にある信西の屋敷へと向かった。

「私はそんな買い占めはしていないぞ」

 信西はきっぱり否定した。そして自身の家計簿を見せた。

「この通りだ」

 信西の家計簿には、食費や灯明代、種苗、書物の代金、化粧品、屋敷の雑色への給料、領民への福祉のために消えていた。薬草は備蓄程度で、買い占めといえるほどの量は買い込んでいなかった。

「これは都の、いやこの日本国民を救うために貯めているもの。決して私利私欲のために貯めているものではない」

「疑って、悪かった……」

 義朝は深々と頭を下げた。

「不安なときは、誰だって攻撃的になるものさ。ほら、来い」

 信西は義朝と一緒に蔵へと向かった。鍵を開けて中へ入り、薬草を巾着袋一杯に詰め、

「これで、お前の大事な人を救うんだ」

 といって信西は義朝に薬草の入った袋を手渡した。

「本当に申し訳ない」

 義朝は頭を下げた。

 これで由良を助けられる。

 信西の家を後にしたあと、義朝は薬師の家へと向かった。が、留守であったので別の薬師を連れて六条にある自宅へ急いで帰った。


   2


 急いで義朝は屋敷へと戻った。

 下人や郎党たちが騒がしい。そして屋敷の中に活気がない。

(どういうことだ?)

 普段とは様相が違う。一体何があったのだろうか? そう考えながら馬を停め、草履を脱いで屋敷の中へ入る。

 屋敷の中には、黒い直衣を着た頼朝の姿があった。

「おお、頼朝か。久しぶりだな!」

 久しぶりの息子の来訪に嬉しくなった義朝は、いつものように彼に声をかけた。だが、頼朝はうつむいたままで、黙ったままだ。

「どうした!? 何があったんだ!?」

 頼朝の肩をつかみ、義朝は聞いた。

 頼朝は小さな声で、

「母上が、母上が死んでしまった……」

 と涙を流しながら答えた。

「え……」

 あまりに突然のことに言葉が出ない。

 そこへ真顔の正清が通りかかり、いつもの調子で、

「残念なことがあった」

 と言った。

「由良が、死んだのか?」

 実感が湧かない。

 正清は、ああ、と低めの声で言ってうなずく。

「本当か?」

「本当、だ……」 

 由良の名前を呼びながら、義朝は母屋へと向かった。

 目の前には、棺に入った由良の姿があった。

「おい、本当に由良なんだよ、な?」

 義朝は由良の体を揺らす。だが、当の由良は、唇一つ動かさない。

「薬をもらってきた。これで楽になれるぞ!! 飲め!!」

 先ほど信西からもらってきた薬草の入った袋を開け、由良にあげようとする。だが、由良は白い顔をぴくりとも動かそうとしない。

「由良……」

 義朝は慟哭した。薬をもっと早くに入手していれば、自分にもっと力があったら......。


   3


 伏見の源師仲邸。この屋敷の主である師仲は、式神を介して水晶玉越しに六条の源氏屋敷の様子を見ていた。

「薬の買い占めですが、無事成功致しました」

 水晶玉を見ていたところへ、俊寛が入ってきた。

 水晶玉を見るのを辞めた師仲は、俊寛の方を向き、

「俊寛、ご苦労であった」

 とねぎらった。

「ありがたきお言葉」

「これで義朝に平家への不信感を抱かせることができた。あとは争いをけしかけるだけだ。君にばかり仕事を押し付けて申し訳ないが、次の段階へ移る」

「中納言様を呼びつけるのですね」

「そうだ。できれば、すぐに呼びつけてほしい。場所は惟方が知っている」

「承知いたしました」

 俊寛はそのまま、信頼の居場所を知っている惟方のもとへと向かった。

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