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第72話 妨害


   1


 疱瘡とは、天然痘てんねんとうのことである。日本へは飛鳥時代に大陸から入ってきて、脅威の感染力から、度々感染拡大を起こした。不比等の息子である藤原四兄弟の死因も、義朝の孫である実朝に痣があったのも、幼少期の伊達政宗が右目を潰したのも、この病気のためである。

 幕末や明治の頃に西洋医学が入ってきたことにより、感染者は減り、現在では変異種などを除けば、その感染者はほぼいない。だが、義朝たちの生きている870年前の日本においては、怪しげな漢方の薬や神仏にすがるしか治療方法はなかった。

「どうすればいい?」

 診断を聞いた義朝は、薬師に助けを求めた。

「こればかしは、宋の国より薬を取り寄せる他ない」

「宋国か……」

 宋国と聞いて、義朝は清盛のことを思い出した。あいつに頼めば、時間こそはかかるかもしれないが、宋国の商人に取り次いで薬の原料となるものを入手することができるかもしれない。

「薬の原料になるものが大陸でしか手に」

「わかった」

 義朝は立ち上がり、急いで厩へと向かった。馬の手綱を手に取り、屋敷を出ようとした。

「どこへ行く?」

 急いでいる様子の義朝を見て、正清は

「由良を助けるために、清盛のところへ行く」

「辞めておけ!」

「でも、そうしないと由良が死んでしまう! お前だって、由良が死ぬのは嫌だろう!」

 引き留める正清に、義朝は強い口調で言った。

 正清はしばらく黙り込む。1分半ばかり考えたあとに、

「気持ちはわかる。だが、源氏の棟梁であるお前の影響力と今の情勢を考えてみろ。もし仮にお前が平家屋敷に行けば、殺されるかもしれない。仮に生きて帰って来たとしても、この出来事は波乱を呼ぶ。お前はもう、一人じゃないんだぞ」

 と諫めた。

「由良は、お前にとっても大事な仲間じゃないのか!?」

 義朝は声を張り上げた。

 しばらく黙り込んだあと、正清は、

「わかった。止めはしない」

 嘲るような目で、生き急ぐ義朝を見た。

「そうさせてもらうぜ」

 義朝は手綱を引き、平家屋敷へと馬を飛ばした。


   2


 義朝が六波羅の平家屋敷へと着いたのは、昼下がりだった。

「俺は源義朝だ。清盛はいるか」

 馬に乗った義朝は、門番に聞いた。

「貴様が源義朝か、何用でこの屋敷に来た?」

 門番は薙刀の矛先をきらめかせ、義朝の目の前に突きつけた。

「覚悟はできてるようだな」

 義朝は腰に帯びていた鬼切丸に手をかけた。

 仲間たちを呼びつけ、門番は義朝に斬りかかる。

「斬るぞ」

 義朝は鬼切丸を抜き、攻撃を防いだ。

 寄ってたかって攻めかかる平家の下人たちは、薙刀で義朝に斬りかかろうとしていた。門からは熊手を持った増援部隊が現れ、義朝を取り囲む。

(かなり警戒されてるな)

 今の世間の認識では、源氏と平家の全面戦争がいつ起きてもおかしくないと見られている。

(これまでか)

 そう思い、ひとまず降参しようとした義朝のもとへ、家貞がやってきた。

「何の騒ぎですか!?」

 少し驚いた表情の家貞は、直垂姿のまま慌てて抜き身の刀を持ったまま、義朝のいる門前へと駆けつけてきた。義朝の顔を見た家貞は、笑みを浮かべ、

「義朝くんですか」

「家貞か。久しぶりだな」

 家貞は抜き身の刀を鞘におさめ、

「殿に御用ですかな? 入りなさい」

 そう言って門に集まっていた兵士たちに引くように命じ、義朝を中へ入れた。


   3


「家貞か。久しいな」

「門番が粗相をしてしまい、申し訳ない」

 申し訳なさそうに、家貞は深々と頭を下げた。

「情勢が情勢だから、仕方ない。俺が平和を望んでいるのは、みんなが知ってるわけではないからな。ちなみに今日は、清盛に話があって来た」

「わかりました」

 家貞は盛国に護衛を任せたあと、清盛を呼び出した。

「おお、義朝か! 大変な中よく来てくれた!」

 久々の友の来訪に、清盛は嬉しそうな顔を浮かべ、思わず手を取った。

「清盛か! 久しぶりだな!!」

「おう、最近いろいろあって会えなくて申し訳ない」

「ああ。こっちもこっちで大変みたいだからな」

 深刻な表情で、義朝は清盛に由良が危篤であることを伝えた。

「大変だな」

「薬が宋国でしか手に入らないんだ。その伝手がお前にしかないから」

「わかった。宋国の商人にかけ合って、薬の材料があるか、聞いてみるよ」

「ありがとう!」

 清盛は急ぎ使者を出した。


   4


 義朝は馬を飛ばし、六条の源氏屋敷へと帰っていた。

「君が、義朝くんか」

「誰だ!?」

 義朝は腰に帯びていた刀を構えた。

 視線の先には、銀杏色の狩衣を上に着、橙色の指貫を履いた20代後半ほどの優男が立っていた。

 優男は真っ白な顔に笑みを浮かべ、

「言葉を慎みたまえ」

 と言った。

「随分と偉そうであるが、何者だ」

「私は源師仲。俗に中納言と呼ばれているね」

「何の用だ!?」

「2年前君は前の戦の恩賞に不満を持って、信西に直訴をしたそうだね」

「ああ、それがどうかしたか!?」

 2年前義朝は保元の乱の恩賞を巡って直訴をしたことがある。上がったのが、従五位上にあたる右馬頭であったからである。


 ──前の戦いでは、夜討ちの提言をした。また、頑張って常人離れした身体能力を持つ弟為朝と戦った。討ち取ったまではいかないが、無力化するという生け捕りにも等しい働きをした。これだけではない。崇徳院方に着いていた父為義を生け捕りにしている。対して清盛は、叔父の忠正と戦い、まぐれで郎党が頼長を討ち取ったぐらいだ。郎党の家貞や弟の経盛は無様に捕まっていたそうではないか。これほど戦いに貢献しているのに、報いはたったこれだけ。不平等ではないか。

 そう思った俺は、自身の働きが無ければ後白河天皇方の勝利は無かったことや武功を並べ立て、信西に抗議した。

 一通り抗議を聞いたあと、信西は、

「君はどの武士よりも強いのは、かつて北面の武士であった私だからこそ、よく知っている。でも、君には足りないものがある」

 と答えた。

「というのは?」

「経験だよ」

「ほう」

「源氏の嫡男である君は、本来であれば清盛と同格の官位官職に就くべきであった。が、あのろくでもない親父のせいで、遅れをとってしまう結果となった。そのため、本来源氏の棟梁として必要な資質を養う時間が取れなかった。だから、お前には時間をかけて学んでいく必要があると思ってな」

「そうですか……」

 信西の言う通りである。清盛とは違って、自分には宮中でのしきたりについても無知だし、人脈も薄い。

 信西は少し考えたあと、

「でも、確かによく考えてみれば、一番の君には右典厩は相応しくはない。上げておくよ」

 と言った。

「ありがとうございます」

 約束通り、信西は俺の官職を右馬頭が一段上の左馬頭に上げた。が、官位は殿上人の最下位である従五位のままだった。

(なぜだ……)

 俺は不満に思った。役職を一つ上げたことについてはいい。だが、官位を上げないのはどういうことなのか!? 

 除目の後、このことをこの恩賞が不足であることを信西に申し上げた。

 呆れた表情で信西は、

「約束はしっかり果たしただろう。官職を一つ上げたではないか」

「でも──」

 そう言おうとした俺の肩をポンと叩いて、耳元で囁く。

「義朝、よく聞け。世の中には自分に合った身の丈というものがある。宮中では高い官位をもらっても、その重責に押しつぶされたり、能力が足りなくて自滅したりする人間が国内外を問わず過去にたくさんいた。君にはそうなってほしくないから、ここで留めておいた」

「……」

 しばらく、俺は考えた。確かにこのまま役職が上がっても、人脈と知識教養に事欠く自分が上手くやっていける気がしない。そう考えてみると、これでいいのかもしれない。

 俺は、はい、とうなずいた。

「わかればそれでいい。ゆっくりでもいいから、いろいろ学んでいくといい」

 不満を抱く義朝を諭した信西は、悠々とした足取りで、新築の大内裏の回廊を去っていった。


「信西は子どものころよりよく知る清盛を贔屓しているだけで、君のことは代わりのたくさんいる『他人』ぐらいにしか思っていないよ」

「あの信西入道が、そんなこと思うはずがない!」

「そうだ、義朝君。よければ僕たちの仲間にならないかい? 系統は違えども、同じ源の姓を名乗っていて、龍の力を持っている。それに、君の所には弥勒菩薩の依代となれる人間が『二人』いるではないか。これも何かの縁だ。私に味方をすれば、君の望む官位を与えてやろう」

「そんな都合のいい話に、乗るわけがないだろう」

「嘘じゃない。よく考えたまえ」

「斬る」

 義朝は持っていた鬼切丸で師仲を斬りつけた。

 師仲は斬られた。同時に彼の遺体から、真っ二つに斬られた紙人形ひとがたが落ち、秋の風に吹かれて消えて行った。

「傀儡か」

 義朝は辺りを見回した。

 消えたと思い、抜き身の鬼切丸を鞘に納めようとしたとき、後ろから人の気配を感じた。

「そういうことか」

 義朝は再び鬼切丸を抜き、師仲に斬りかかった。

「まあ落ち着きたまえ」

 斬られる刹那、両手を出して制止した師仲は、結界を張った。張られた結界は、鬼切丸の斬撃を弾き返す。

「何て硬さだ!」

 まるで、金剛石の壁のようである。結界には鬼切丸の一撃でもヒビ一つ入っていない。

「君もよくよく考えたまえ。信西に着いていても何もいいことはない。おまけに平家は君たちのことを警戒している。白龍の力を宿す源氏重代の宝刀が変化をしないということは、君は『選ばれし者』でなかったということか。まあ無理もない。君はそういうガラでは無さそうだからね」

 師仲は結界を解いた。そして一歩引き、紙人形を取り出し、呪文を囁いた。

 紙人形は巨大なアオダイショウとなり、義朝に絡みつく。

「待て!」

 もがく義朝をよそ目に、師仲は悠々とした足取りで彼方へと消えていった。

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