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第70話 第三段階


   1


 伏見にある師仲邸。今夜も彼の屋敷では、反信西派の秘密集会が開かれていた。

 今回の反信西派の集会の参加者は、葉室惟方、藤原経宗、藤原成親の3人に加え、師仲の一族の一人である俊寛、信西の息子藤原師光だった。

 俊寛と師光は師仲の前で、頭を下げる。

 師仲は俊寛に潜入先の様子について聞いた。

 俊寛は、

「清盛は相変わらず、我らの存在に気づかず、呑気にしております。ただ、源氏軍の襲撃やら何やらがあって、少し過敏になっていますが」

 と答えた。

「そうか。バレずにこのまま潜伏を続けるように」

「はっ」

 俊寛の報告が終わったあと、師仲は師光の方を向いて、信西の様子について聞いた。

「父上はいつも通り、我々のことなど気に留める素振りもございません」

「ほう。それは良いことだ」

 信西が政務に熱中することは、師仲ら反対派にとって脅威である。だが、自分たちの存在に勘づいて、後白河院を利用して院宣を出させる方がもっと厄介だ。下手に勘づかれるより、政務に没頭していた方が、反対派一同としても行動しやすい。

 師仲は惟方の方を向いて、

「惟方よ、神通力は使いこなせるようにはなったか?」

 と聞いた。

「もちろんでございます!! あの憎き信西を殺すためだけに、食事の時間寝る時間を必死に惜しみ、地獄へ行くのも覚悟の上で従者を使って日々精進しておりまする!!」

 そう言って下人に、れいのものを連れてくるように、と命じた。

 下人は、はっ、と言ったあと、数人の仲間とともに病人を担架にかついでやって来た。

 担架に乗せられている病人は、熱や呼吸困難、はては身体中から感じる痛みで苦悶の叫びをあげている。

「えげつない」

 あまりの痛ましさに、師光は目を背けた。

「おえっ……」

 隣にいた俊寛と経宗は顔を蒼くし、目を背けると同時に吐き出した。

 苦しむ人、正常な神経を持つ二人の反応をよそ目に師仲は、

「おお!! ここまで神通力の練度を上げたか!! やるではないか!!」

 惟方の成長を褒めた。

「これだけではございませぬ」

 笑みを浮かべて言ったあと、惟方は再び下人に命じた。

 下人は病人を背負ってやってきた。

 次に連れてこられた病人は、先ほどの病人と比べると症状は軽い。

「また病人ではないか」

「いえいえ、同じ病人は病人でも、違いまするぞ!」

 惟方は自信満々に言って、病人の一人に説明するように促した。

 病人の一人は嬉しそうに、

「大納言様、私は惟方様の血のお力により、流行り病が快方に向かっております。感謝の一言に尽きます」

 水干の袖で涙をぬぐいながら言った。

 病状が快方に向かっている病人の説明が終わったあと、惟方は狩衣の袖をまくり、腕を出した。腕には血のにじんだ包帯が巻かれている。

 痛々しい惟方の腕を見た師仲は、真顔で言う。

「これは痛々しいな」

「疫病も広めることができるようになり申したが、このように我が血からできる薬でそれを直すこともできまする。我が血からできる薬は、どんな疫病も直す妙薬。もし味方が病に罹ったときは、この惟方の血を飲めば、たちどころに治りまする!!」

 自身の能力の成長を語ったあと、惟方はどや顔を決めた。

「気持ち悪」

 惟方の血を使った薬と聞いた成親は、正直に思ったことを口にした。

「貴様気持ち悪いとは何だ!! この惟方様の血で造られし有難い妙薬が飲めないとは、けしからん!!」

「よく考えてみてくださいよ、他人の血を飲むって、気持ち悪い以外の何物でもないですよ」

「貴様」

 ──これで第三の計画が実行に移せる。でかしたぞ、惟方!

 惟方と成親が言い合っているのを眺めながら、師仲は心の中でつぶやいた。惟方が道長の持っていた力の練度を上げたことで、自身に強力な軍事力を得ることができるようになる。あとは、保険である鎌足・不比等が使っていた記憶を操作する信頼の力の練度がより上がれば完璧だ。


   2


 荒れた六条堀川の源氏屋敷には、正清ら東国帰省組が帰ってきた。

 刀や薙刀の傷のある柱、矢が突き刺さった檜皮葺の屋根、風穴の開いた築地。帰ってきた主君の屋敷は、ボロボロに破壊されていた。

「どういうことだ、義朝?」

 荒れた屋敷を見た正清は、唖然とした表情で義朝に聞いた。

「ああ、これはな......」

 義朝は7月15日に起きた出来事を話した。

「そんなことがあったのか……」

「幸い、清盛が来たことでどうにかなったが、仲家がやられてしまった」

「まずいな」

 事態がここまで悪化していることを知った正清は、顔を青くした。平家だけでなく、清和源氏の本家である頼政の系統までもを巻き込んでしまった。もし仮に戦いが起きたなら、平家VS河内源氏VS源氏宗家という三つ巴の戦いが勃発するという最悪の展開に発展してしまう。

「ほう。これで、平家を討ついい大義名分ができたってもんだ」

 拳をボキボキ音を立てながら、広常は楽しそうに言った。

「待て、広常。平家の力は強大だぞ」

 正清は平家討伐に躍起になる広常を制した。

「正清、こんなにやられて勇猛で名高い東国武者として悔しくないのか!?」

「広常、ここは我慢してくれ」

「なあ、義朝、お前はどう思う!?」

「どう思う、って言われてもな......」

 正直なことを言えば、一刻でも早く以前のように気楽に話せる間柄になってほしいと思う。それに、今挙兵したとしても、3年前の戦で散々な目に遭った貴族たちや町の人々の心が許すはずがない。

「ほーう。源氏の棟梁も随分と丸くなったもんだな」

 広常は煽るような口調で言って、義朝の襟を強くつかんだ。

「辞めとけ。広常」

 帰省組の一人であった八田知家は、広常の手をつかんだ。

「何だよ、八田」

 睨みつける広常。

 今にも殴りかかりそうな目をしている広常に、知家は続ける。

「あっちには数がある。数を揃えられたら、俺たち東国武士がいかに強いとは言っても、蜂の巣にされるのが関の山だ。仮に今兵を出したとしても、あっちは春の一件があったから警備は厳重にしているはずだ」

 知家の制止に広常は、

「ちっ……。今日はここまでにしたら」

 舌打ちをして義朝を突き飛ばし、この場から去っていった。


   3


「疲れた」

 義朝は母屋へと入ったとき、畳の上で大の字になった。

 ──めんどくさい。

 表向きは「源氏家臣団」としてまとまっている。だが、ふたを開けると、思想信条や文化的背景はバラバラである。

 平家や新田などの源氏の分家、藤原氏や橘氏、神別(神代の頃の神をルーツに持つ氏族)の在地の豪族に対しての接し方についても、大きく違う。

 正清や穏健派は、上のこともあるから、なるべく外の勢力とも仲良くしたり、敵対している源氏の諸流とも波風立てないようにと言っている。対して広常ら過激派は、彼らも攻め滅ぼせ! と声高に主張している。これに関しては、幸い穏健派や過激派の中にも互いのスタンスを理解している人間がいるので、何とか家臣団内で殺し合いにならずに済んでいる。今日もそんな彼らのおかげで、殴られることなく済んだ。

 他にも源氏家臣団には戦いの後で義朝の武威を聞いて傘下になった者もそれなりにいるから、もとは敵だった者も多い。

 文化的背景については、源氏家臣団の6割7割は坂東出身である。だが、北条時兼(伊豆)や長田忠致(尾張)ら東海勢、佐々木秀義(近江)などの関西勢がいる。

 そのため、平家のように同じ血族同じ文化を共有していないため、この辺りでもちょっとした摩擦が起きてしまう。だから、互いの立ち位置や文化を配慮したりしなければいけないので、とても気を遣う。

 ため息を一つついて寝転がろうとしたときに、

「お疲れのようですね」

 と聞きなれた声がした。由良だ。

「おお、由良か」

「夕飯出来てますよ」

「そうか」

 義朝は、よっこらしょ、と言って立ち上がり、由良と一緒に夕食を食べた。

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