第65話 第二段階
1
「お疲れ様です、信西殿」
少しくたびれた様子で、清盛は言った。
満足そうに信西は微笑んで言う。
「おかげでこうして、やりたいことができている。内裏の復興、荘園の整理が終わったら、次にやることは、遣唐使の復活。宋国の優れた技術や思想を再びこの国に持ち込もうと思っている。そして再び国軍を復活させ、高麗や刀伊からの海賊行為や侵略にいつでも備えられるようにするつもりだ。が、私は来年55。もう先がない。もしも、私が死ぬようなことがあったら、清盛、あとはお前に託そう」
このときの信西の笑顔は、とてもすっきりとしていた。そして満足そうでもあった。
突然自分の後釜を託され、しどろもどろになっている清盛は、
「俺にできるかな……。俺はバカだし」
と聞いた。
卑屈になる清盛の肩を信西は強くたたき、
「お前になら、きっとできるさ。だから、忠盛は白河院の落とし胤と知っていても、他にいる自分の血を引く実の息子ではなく、お前を選んだんじゃないか」
と励まし、手を強く握って続ける。
「もし、清盛が出世したら、遣唐使を復活させてくれ。そして、宋国へ連れて行ってくれ! 一緒に宋国を見よう!!」
「わかった。頑張るよ」
「約束だ」
2
伏見の師仲邸。蒸し暑い夏の夜も、京都の郊外にある屋敷に同志たちが集められていた。ただ、いつもと違うのは、信頼がいないということだろうか。
上座に座っている師仲は、
「次の作戦を考えたい」
とつぶやいた。
「確かにこのまま何もしないでいては、信西入道がデカい顔をしたままだ。前に紹介した俊寛と師光は何をやっているのだね?」
「あの二人か。しっかり仕事をしているよ」
「それならばよかった」
「あの2人には目立った行動を取らせたくは無いからね。何かあったときにのために」
「ほう」
師仲は浅葱の狩衣の懐から、梵字の入った人形を取り出し、
「そのために、御堂関白が以前使っていた力を手に入れたんだが、どうする?」
と聞いた。御堂関白とは、藤原道長の異名である。
「御堂関白の力とは、どのようなものですか?」
成親は道長の力について聞いた。
「御堂関白は、人に病を植え付ける力を持っていた。この力を使って、兄や甥を殺し、自らがそれに準ずる地位に就くことに成功した」
「ということは、道隆や道兼は病死ではなく、殺人であったのか!?」
藤原道隆・道兼・伊周の死因が病死ではなく、能力を使った殺人であることに驚いた。
道隆と道兼について少し話しておこう。
道隆と道兼は道長の兄で、いずれも関白になっている。
道兼は関白の職を父兼家から譲られたが、その数年後に薨去してしまう。
嫡子である伊周の年齢はまだ若かったことから、関白の座は、叔父である道隆へと譲られた。だが、その道隆は数日で亡くなってしまう。
このことにより。北家の有力な家系は、道兼や道隆の弟である道長と、道兼の息子伊周だけとなってしまった。
道長と伊周の間にある確執については、歴史物語である『大鏡』や『栄花物語』にある弓の話がそれをよく物語っている。
ここまでは史実を語った。だが、ここで少し考えてほしい。関白になった兄が一気に二人亡くなるのは、偶然にしては、あまりにも道長の都合のいいように話が出来過ぎてはいまいか? この話を聞いたことのある人なら、一度はそんなことを考えたことがあるだろう。
謎の多い道長の兄二人の死について師仲は、
「ご名答。この力を使って、二人の兄弟を殺した」
と答え、自信満々な声色で、
「義朝を動かそうと思う」
と宣言した。
「でも、どのようにしてこの力を使うのですか?」
成親は聞いた。
師仲は少し考えたあと、答える。
「義朝には3人妻がいる。一人は熱田神宮のお姫様、2人目は相模国の芋女、3人目はあの常盤御前さ。3人のうち誰かを病気にして、人質にするのさ」
「何と!?」
「常盤御前といえば、あの美少女ではないか!! 心憎し、心憎し、心憎し!! 東夷の分際で生意気だぞ」
惟方は義朝と常盤御前が通じていることに憤慨した。
常盤御前は、数年前に都の美少女1000人を集めて行われたコンテストで選ばれた雑仕女である。出自は大和国吉野の民間人。神官や武家の娘ではない。ごく一般的な庶民の出である。数年前に義朝に見初められ、以来側室として今若と乙若の二人を生んでいる。そして最近では3人目を妊娠しているそうだ。
「まあ落ち着きたまえ」
義朝がモテる事実に一人憤慨している惟方を師仲はなだめながら、側に置いていたおみくじの箱を持ってくじ引きを勧めた。
くじ引きの結果、当たりくじを引いたのは惟方であった。
「当たりましたぞ、当たりましたぞ!!」
「君も信頼同様神仏に選ばれたのだ。胸を張っていい」
「ありがたき御言葉」
「では、君を神へと変えよう」
師仲は刀印を組んで、真言を唱えた。そして、破ッ! という掛け声とともに指に挟んでいた人形で肩を叩いた。
惟方の目の前に白い人魂のようなものが現れ、体の中へと入っていく。
「力が、力がみなぎってくる!! これで、信西入道に対する恨みを晴らす第一歩を踏み出せる!!」
人魂が入ってきたことで謎の力が湧いてきた惟方は、喜びのあまり涙を浮かべた。
2
暑さも陰りが見えはじめる7月15日。六条の源氏屋敷の持仏堂では、お盆兼義賢を除いた義朝の弟の法要が行われていた。
左には祖父義親、右には曾祖父八幡太郎義家、そしてその間には3年前に刑死した父為義の肖像画がかけられている。そしてその前には位牌が置かれ、下にある机には数多くの供物が捧げられている。
供養には、由良をはじめ、常盤御前と今若・乙若の親子、鎌倉から義平、頼政の家に修行に来ている頼朝の姿もあった。
摂津源氏からは、名代として、義賢の実子であり、大蔵合戦の後に頼政に引き取られた仲家の姿があった。
法要が終わったあと、宴が行われた。
宴では、源氏の一門たちが故人の武勇伝を語り合っている。
中でも八幡太郎義家が前九年の役でピンチに陥ったとき、天才的な弓の腕で切り抜けた話は特に盛り上がりを見せた。
白い狩衣を着た義朝は、上座で悠々と酒を飲みながら、宴会の様子を見ていた。そのときの様子は、侍としての姿ではなく、武士の頂点に立つ殿様のそれであった。
「父はどのようなお人でしたか?」
土器に注がれた酒をちょびっと飲んだあと、義朝の隣に座っていた由良御前は聞いた。
「ろくでもない奴だった」
「実の父に何ということを」
「本当に、ろくでもない奴だったんだ。自分のことを捨てたり、犯罪者を匿ったりな」
「本当に『ろくでなし』だったのですね!!」
由良は義朝の父為義がとんだろくでなしであったことを知って驚いた。為義とは生前少し話したことがあるが、とても紳士的で穏やかな人物であったからだ。
「だから、俺は、母の家でずっと育っていた。そして、10歳になるころには、一族の惣領である頼政殿のもとで修業を積んでいた」
「そうなのですね」
「そっちの父は、愉快な人だな」
「とても賑やかなお人でありました」
「そうか。義父殿にはしばらく会ってないな。今度会いに行こう。久しぶりだから」
仲睦まじく夫婦と妾で話し合っているところに、機を伺いながら話す機会を伺っている少年がいた。源仲家である。
仲家は養父である頼政から、伝言を頼まれていた。
伝言の内容は、源氏と平家の仲を悪くさせようとしている勢力が暗躍しているから、軽挙妄動は慎んだ方がいいということである。
実は昨日、八咫烏の秘密会議で、師仲の話題が出た。そこで、摂関家から紛失した記憶を操る能力を継承したのが藤原信頼であること、そして権中納言である源師仲が信西を殺すため、源氏と平家の仲を引き裂き、どちらかに殺させようとしていることが出た。このことから、注意喚起ということで、義朝に軽挙妄動は控えるよう伝えよ、と頼政に命じられていた。
(今話しかけるのは、少し気まずいな)
気まずい。夫婦同士の話し合いをしているところでだと、特に。だが、義朝に伝えられるのは今しかない。勇気を出して、仲家は声をかけた。
「典厩殿、お話し中ちょっと、よろしいでしょうか?」
「おう、仲家か」
はっ、とした顔をしたあと、義朝は仲家の方を見る。
「内密な話があるので、少し来ていただけませんでしょうか?」
「わかった」
義朝は由良と常盤に、少し抜ける、と伝えて、仲家と一緒に宴を抜けた。
3
義朝と仲家は宴の席から離れ、母屋の裏へと向かった。
母屋や庭のあるの方では、笛や太鼓の音、お囃子の声が聞こえてくる。
「惣領はお元気にしておられるか?」
義朝は彼の養父であり、自身の師でもある頼政の消息について聞いた。
仲家は、ええ、と即答した。
「よかった」
「その惣領から、伝言があります」
「何だ?」
「軽挙妄動は慎むように、と」
「軽挙、妄動?」
義朝は黙り込んだ。
「突然そう思われるのも、無理はないですよね。実は、義朝様と清盛様の御中を割こうとしている勢力があるようで」
「そうか。そいつは一体誰なんだ!?」
「それは、み──」
義朝と清盛の仲を裂こうとしている黒幕の名を言おうとしたが、隣に植えられていた木が、ガサガサ、と揺れた。
酔いが醒めたかのように真っ青な顔色になった仲家は、
「この続きは後ほど」
と言って、宴席へと戻っていった。
4
同じころ、門脇にある平教盛の屋敷では煌々と篝火を灯していた。
上座には胴丸を着た教盛と忠清の姿があった。
教盛は酒の入った土器を傾け、演説を始める。
「前の襲撃で兄上は源氏相手に生ぬるい対応を見せた。兄上は平家の顔に泥を塗ったのだ。その雪辱を晴らすべく、今宵六条の源氏屋敷に攻め込む!!」
そうして持っていた土器を天に掲げ、一献したあと、
「皆の者、行くぞ!!」
号令をかけ、思いっきり土器を地面に叩き割った。
それに続いて周りの郎党たちは、オーッ!! と声を上げ、持っていた土器を割った。




