第61話 信西の過去③─弥勒菩薩になれなかった者─
1
後日。私は家成卿と面会をした。
「君は、この国を変えたいのだってね。忠盛君から聞いているよ」
紅の狩衣を着、白い指貫を履いた恰幅のいい青年は、畳の上から私に問いかけた。
「ええ」
「どうして、君はこの国を変えたいと思うのかね?」
家成卿は脇息に右の肘をついて聞いた。
「それは──」
国民が飢えに苦しんでいること。反乱や何やらで地方が荒れていること。賊が本当は望んで悪事をしているわけではないこと。俺はこれまでに見てきたことの全てを話した。
家成卿は、しばらく無言で考えたあと、薄化粧をした白い顔に笑みを浮かべ、
「君は本当に面白い青年だ。力になろう」
と快諾した。
「ありがとうございます!!」
私は頭を下げた。
家成卿の考えはこうだった。
まず私に北面の武士を辞めてもらい、学問に専念してもらう。家族の生活の面倒は家成卿が見てくれるそうなので、安心して学問に励んでほしいと。あと、宮中では嫌がらせや妬みも多いから、何かされたときは忠盛を頼るようにといった感じだった。
2
北面の武士を辞めたあと、努力に努力を重ね、晴れて俺は学者になった。そして、五位の位をもらい、殿上人となった。
自分が南家の出で高階の姓を名乗っているのに、発言力を持っているのが気に食わないという輩も大勢いた。
それでも、忠盛や今は亡き家成卿の力添えもあって、何とか新参者に厳しい殿上でも貴族生命を繋いでいくことができた。
ある日鳥羽院が熊野へ御幸なされた。その道中で甲高い声で院の乗る牛車の前で怒鳴り散らす僧侶が突如現れた。
僧侶は不慣れなカタコトの日本語で、
「帝に会わせてクダサイ。ドウカお願いシマス!!」
と喚き散らしていた。甲高い声からして、宋人であろう。
不審に思った北面の武士たちは彼らを捕まえ、熊野についたときに尋問した。だが、宋人と思わしき僧侶は、先ほどの言葉をひたすら連呼していた。どうやら、日常的な日本語はわかるようだ。だが、細かいところに関してはあまりよくわかっていない。
「さっきから『帝に会わせてください』の一点張りなんだよ」
北面の武士の一人は、困った感じで同僚に話していた。
一緒にいた北面の武士であろう若者は、
「ああ、しかも発音おかしいしな」
と不審そうに言った。
「まあ、季節の変わり目だから、変質者が増えるのも仕方ないか……」
「でも、開放したらしたで、何するかわかんないしな」
北面の武士の二人が、宋人と思わしき僧侶の扱いに困り果てているところへ、私は入って、
「ちょっと、いいか?」
と入った。
「通憲様、こいつは危険です。近づけば何をされるかわかりません」
北面の武士の一人は、宋人と思しき僧侶に近づこうとした私を制止した。
私は北面の武士の二人の制止を振り払い、
「きっと、何か深い理由があるのだろう。少し話を聞いていいか?」
宋人と思しき僧侶に近づこうとした。
「下手に徴発しない方がいいですよ」
「大丈夫。これでも少年のころはお前たちと同じ北面の武士をやっていたこともある。安心しろ」
警戒し宋人に近づけようとさせない北面の武士を私は押しのけ、
『帝に謁見したいのでしょうか?』
と宋国の言葉で聞いた。
宋人の僧侶は目を大きく開いて、なぜ宋国のコトバがワカル? とカタコトの日本語で聞いた。
東夷が宋国の言葉を話しているのを見て驚く宋人に、私は、
『私は日本人でありますが、再び唐の国との正式な国交が回復したときに使節団に加えてもらえるよう、宋国や高麗などの言葉を勉強しております。それゆえに貴方様が何を申し上げているのか、よくわかるのです』
と答えた。
『東の果ての地に我が宋国の言葉が通じる人がいたなんて……』
宋人の僧侶は、
『あなたこそが、夢に見た観音菩薩の化身だ!!』
とうれし涙を流しながら叫んだ。
『辛い思いをなさったのですね。もう大丈夫です』
「謝謝!!」
宋人は母国の言葉で、感謝の意を述べた。
そのあと、私は宋人と故郷のことやどこの寺にいるのかについて語らい合った。
宋人は夢で、観音様から、日本の熊野という場所に本物の観音様がいる、というお告げを受け取り、日本を目指したそうだ。基本的な日本語ができるのは、行く前に民間人から教えてもらったからだそう。宋国で覚えた基本的な日本語を頼りに、赤い帆を掲げた日本人の海賊船に乗せてもらい、海路で高麗を経由し、済州島、対馬、博多と進み、大和田泊、熊野へと向かっていったそうだ。
熊野へ着いたあと、宋国からの使節ということで、家成卿を通じて鳥羽院に謁見させた。そのときの通訳は、私がやった。
先ほどとは打って変わって、落ち着いた口調と穏やかな表情で、最近宋国で流行っている仏教について語る宋国の僧侶。
宋国の僧侶の話に興味津々に聞き入る鳥羽院。
そしてその間に通訳として間に入る私。
この出来事がきっかけで、鳥羽院の御おぼえを得た私は、少納言の職を得た。
3
もちろん志も忘れてはいない。
都の大路で路頭に迷っている孤児や行き倒れている病人たちを保護する施設を作った。地方から流れてきた職の無い人たちや飢えている人たちに職を斡旋したり、食糧を恵んでやる施設も作った。
ある日自宅に女と子供を連れた庶民の男がやってきた。男とその家族は、とても満ち足りたいい表情をしている。
庶民の男は、
「通憲様、本当にありがとうございます。おかげで家内や子どもたちに腹いっぱい食べさせてあげられてます」
と言ったあと、家族と一緒に深々と頭を下げた。
庶民の男の感謝の思いに、私は、
「いいんだ。これは私のやりたかったことだから。それよりも、お前たちがこうして幸せに暮らしていることの方が、私はうれしい」
と答えた。全ては学者として、そしてこの国の政治を担う者としての偽りのない気持ちと感謝の思いを込めて。
「おれのような卑しい人たちのために働いてくれているなんて……」
一緒に来ていた子どもは、泣きながら、ありがとう、と言った。
「お兄さんこそ、ありがとう、って言ってもらえてうれしいよ。こんな何百年も続く地獄みたいな時代を終わらせるために、もっと頑張る」
そう言って、私は感謝してくれた子どもの頭をなでた。
私は人間だから、阿弥陀如来のように助けを求めるすべての人を救えるわけではないし、弥勒菩薩のように次の時代にこの世界を救うことを約束された存在でもないから、やれることは限られている。でも、こうして助けを求めている人がいるなら、助けてあげたい。忠盛や家成卿のように自分のやりたいことを支えてくれた人たちや、少年のころに、賊にならざるを得ない理由を教えてくれた男の思いを繋ぐために。




