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第60話 信西の過去②─約束─


   1


 賀茂川の河原へとやってきた。

 馬を留め、堤に腰掛けた忠盛は、

「実は、俺も疑問に思っていた。どうして相手の話を聞かず、問答無用に盗賊を殺したり、痛い目に遭わせて嘘の自白をでっち上げなければいけないのかと。そんなことをしても、賊は増えていくばかり。減ることはないから、根本的な解決にもならない。でも、俺たちは帝や院の命令に従うだけの武士。殺したり、捕まえたりすることしかできない。たとえそれが、頭でわかっていてもだ」

 と言った。

「苦しいですよね」

 こんな身近なところに同志がいたことに、私は意外性を感じた。

 みんな何も考えずに、賊徒を殺したり、捕まえたりすることしかしていない。そして、自分たちも貴族の仲間入りをしようとすることばかりを考えている。そんな中でも、自分の理想を曲げずにこうして持っていられるような人間がいたなんて。

「お前は、そんな世の中を変えたいのだろう?」

「はい」

「少しなら、お前のやりたいことを支えてやるよ」

「いいのか!?」

 忠盛はうなずいて、

「ああ。俺には金持ちの公家にツテもあるから、できることなら協力する」

 と答えた。

「ありがとう!」

 私は嬉しくて、つい飛び上がってしまった。

「ああ、今度暇をもらうのだが、西国へ行くことになったんだ。よかったら、お前も一緒に来ないか? いいものを見せてやろうと思う」

「是非とも一緒に行かせてください!!」

 西国。畿内から出たことが無い俺にとっては、魅惑的な響きだった。


   2


 後日忠盛と一緒に摂津から船に乗って瀬戸内の海へと入り、播磨、安芸を経由して博多を目指した。

 瀬戸内には、小さな島がたくさんあった。ところによっては潮が渦を巻いていたところもある。

 楽しいけれど、長く、危険な旅路。

 瀬戸内の小さな島々を眺めながら、風で進んでいく船に乗って、次の港へたどり着くのを待っていた。そのとき、我々を乗せ、博多を目指している船の前に、5隻の船団を率いた唐船が行く手を阻んでいた。

「か、海賊が、海賊が来る!!」

 怖くなった俺は、忠盛にそのことを伝えた。

 忠盛は船を見た後、

「恐れることはない」

 と言い残し、そのまま船を進める。その顔にはどこか余裕があった。

 俺たちは瞬く間に海賊が率いる船団のど真ん中へ引きずり込まれていく。

「ど、どうなっているんだよ!?」

 普通に考えれば非常事態。だが、忠盛は慌てることなく、前だけを見つめていた。

 周りには、鎌や鉄球で武装した海賊たちが乗る船が囲んでいた。海賊たちの目には殺意が込もっている。

 いつ、襲われるか怖くてたまらなくなった私は、太刀に手をかけた。

 怯える俺を、忠盛は制止した。

 それから少ししたら、賊の棟梁が出てきた。

 賊の棟梁は、身体中に打物や矢の傷跡があちらこちらにある身の丈一間はあろう大男だった。日焼けして真っ赤に焼けた顔と、口周りを覆う髭が、さらに威圧感を強めている。

 もう、終わりだ。何をやっているんだ、忠盛は。そう思いながら、心のなかで念仏を唱えようとしたときに、賊の棟梁の顔がゆるんで、

「こ、これは、忠盛様!!」

 といきなり頭を下げだしたのだった。


   3


「ああ。久しぶりだな」

「これは申し訳ございませんでした」

 先ほどまで私たちを襲おうとしていた男たちは、船の甲板に武器を置き、土下座をした。

「頭を下げずともよい」

 忠盛は笑顔で言った。

「恐れ入ります」

 そう言って見上げた海賊の棟梁は、自分の方を向いて、

「忠盛様、隣にいる小柄な少年は誰でございましょう?」

 と聞いた。

 忠盛は、同じ北面にいる高階通憲と紹介してくれた。

「お友達でございましたか」

 警戒心を顔に見せていた海賊の棟梁は、柔らかな表情に変わる。

「ええ」

「これは失礼いたしました」

「彼は遠征が初めてだ。もてなしてやってくれ」

 忠盛がそう言うと、海賊一同は、承知奉り候、と恭しく言い、部下に安全な海路を教えてあげるよう指示を出した。

 私を乗せた忠盛の船団は、海賊たちに守られながら、美作から安芸へと入っていく。


   4


 突如であった海賊船と俺と忠盛と仲間たちを乗せた船は、安芸にある小島に泊まった。

 そのときに先ほど自分のことについて聞いてきた海賊の棟梁が、話しかけてきた。

「どうしてお前たちは海賊なのに、こうして人を助けるのだ?」

「ああ、忠盛様から仰せつかっているんだよ。『海で困っている人たちを助けるように』って」

「ほうほう」

「あれは、もう4年前の話だったかな」

 海賊の棟梁は、語り始めた。


 ──俺も元々はどうしようもない海賊だった。でも、ある日忠盛様のお父上が率いる平家の討伐軍がやってきて、俺たちは捕まった。縄にかかった俺たちに忠盛様は私に近づいてきて、

「どうして、こんなことをしたんだ?」

 と聞いてきた。

「俺たちは貧しい漁村の生まれで、みんなその日暮らしを強いられているんだ。だから、家族を食わしていくには、どうしても略奪をして」

「ほう」

 忠盛様は刀を抜いた。

 俺たちはここで殺されるんだ。散々悪いことをしてきた報いだ。殺されるのなら、それでいい。そう思っていたが、首は斬られなかった。手を締め付けていた縄の感覚が無くなり、四肢は自由に動くようになっていた。

「どうして……」

 俺は忠盛様に聞いた。

 忠盛様は、

「お前たちを許す」

 と言い出したんだ。

「ありがとうございます!!」

「でも、ただでというわけにはいかないな。お前たちには、この海を守ってもらいたい。道に迷っている者や漂流している者たちを助けてやって欲しいのだ。もちろん、褒美も出す。この言葉に嘘偽りはない」

「ほんとうに、すいません……」

 これしか言葉が出なかった。命を助けてもらえたうれしさでいっぱいで。

 同時に俺は、このひとに命をかける覚悟もした。いつもの追討使とは違って自分や仲間たちを傷つけなかったこの人ならば、何かわかってくれるはずだ。もちろん、恩に報いてやりたいとか、そうした気持ちもある。


「そうだったのか……」

 自分の考えが確信へと変わった。盗賊に身を落とす者は、ほとんど好き好んで盗賊になるわけではない。食うに食われなくなって盗賊になっているんだ。こうした人たちが賊になって悪事をしないようにするためには、討伐ではなく、仁徳天皇のかまどの故事以来の仁愛の心が大切だと悟った。民から絞るだけ絞るのではなく、民を愛し、民に愛されることが大切なのだ。

 同時に忠盛はやっぱりすごいということも感じた。

 自分の出世や荘園のことばかりではなく、こうした無辜の民の幸せをしっかり考え、行動に移せるのだから。


   4


 海賊たちから教えてもらった近くて安全な海路で、俺たちを乗せた船は博多へと着いた。

 博多の街は、因習だらけの京都の街よりも明るい。民衆の顔に活気がある。

 市には大陸から持ち込まれた青磁や白磁、仏像、大量の書物などが売られていた。

 個人的に一番印象に残っていたのは、オウムという鳥だ。

 忠盛と一緒に市を巡っているときに、鳥かごに入れられた一羽の鳥を見かけた。

 鳥は白くそこそこ大きい。そして何より特徴的なのが、くちばしの先端が少しくるりと曲がっているところであろうか。

 日本では見かけない鳥を、俺は見つめていた。

 鳥は俺の方を向くと、甲高い声で、

「安いヨ、お兄サン寄ってラッシャイ!!」

 としゃべり出したのだ。

「うわあああっ!!」

 突然のことに、俺は腰を抜かした。鳥がしゃべるなんて、思いもしなかったからだ。

「何だ、このおかしな鳥は!?」

「これはオウムといってな、人の言葉を覚えて真似をする動物だよ」

「へぇ~」

 世の中はいろんなものであふれている。

「そうダヨ。お兄サン、もしかして、都の人カイ?」

 宋人は片言の甲高い声の日本語で聞いてきた。

 私は、ええ、とうなずいた。

「そうカイ。買ってく?」

 宋人はそう言って、図々しそうな面構えで手を差し出してきた。

 私は戸惑った。今自分は、大した額の金や銀を持ち合わせていないからだ。

「欲しいなら、銭、置いてって」

 先ほどよりも高圧的な口調で、宋人は勢いよく手を差し出してくる。

 戸惑っているのを見かねた忠盛は、私の後ろで、

「宋の国では、物と物とを交換する代わりに、銅でできた銭というものを使って交易をしているんだ」

 と耳打ちした。

「ほうほう」

 銭の存在は知っていた。かつてこの日本でも、富本銭や和同開珎、乾元大宝などの国産の銭が作られていたからだ。朝廷は銭の使用を推奨すべく、銭を貯めたら位をやるというとんでもないことまでしでかした。だが、畿内の一部の階級にしか銭は広まらず、物と物の交換でのやりとりが主流のまま続いた。物々交換がずっと主流だったので、時が経つにつれて次第に銭の存在は忘れられていき、知らぬ間に歴史の表舞台から消えていった。だから、自分は銭というものについては、歴史書や宋国の書物でしかその存在を認知していない。

「銭、無いの?」

 まくしたてるように、宋人は私に向かって聞いてきた。

 私は、

「あ、いえ、その……。しゃべる鳥が珍しいな、って思って、ずっと見てたんです」

 と思っていたことをそのまま答えた。

「ちぇっ……。しけた奴。貧乏な倭人には興味は無いから、あっち行け!! しっ、しっ!!」

 私に金が無いということを知った宋人は、不愛想な態度で、私たちを追い返した。

 この後日本人の店で金と本を交換してもらい、海路で摂津へと戻った。


   5


「忠盛様?」

 甲板の上から見える海と瀬戸内の島々と眺めていた忠盛に、私は声をかけた。

「どうした?」

「貴方となら、この地獄みたいな世界を変えられそうな気がするんです。でも、自分には人並み以上の知力はあっても、武力は持っていません。なので、私の剣となってください」

「いいだろう。私は武力は持っていても、人並み程度の知力しかない。だから、お前の知力を誰よりも頼りにしている。私が剣となるなら、お前は謀略から守る盾となってほしい」

「はい」

「人並み以上の知力と人並み以上の武力。ともに力を合わせてこの世を変えていこう」

 忠盛は右手を差し出した。

「はい。約束です」

 私はそう言って忠盛の手を取った。

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