第59話 信西入道①─I want to change the society─
1
殿上を去ったあと、信西は報告を兼ねて、六波羅の清盛の家へと遊びに行った。
清盛にどうだったか聞かれたあと、信西は、頭を抱えながら、
「ダメだった……」
と答えた。
「なるほど......」
「まあ、あのお方のことだ。こういうことは想定内。もう何か事が起きねば、あのお方は目を醒ますことはあるまい。放っておこう」
「信西殿」
「どうした?」
「どうして信西殿は、ここまで国事に熱心なのですか?」
昔から、信西は国事に熱心だ。
みんな自分の荘園を増やしたり、官位をもらうことばかり考えている。対して、彼は庶民や皇室のことを考えた政策を立案している。こんな立派なことをどうやったら考えられるのか、そして、その情熱はどこから湧き出てくるものなのか、清盛は疑問に思っていた。
「ああ、それは若いときの出来事と、お前の父である忠盛と出会って約束したことがあるからだよ」
そう言って、信西は語り始めた。
2
──私は藤原南家の血を引く学者の家に生まれた。けれども、父さんが小さいころに亡くなったから、母さんの里である高階の家で育った。
元服したあと、私は家計を助けるために、北面の武士になった。
そこで今は亡き清盛の父忠盛や叔父の忠正、源氏の棟梁為義、そして今院近臣として活躍している者たちと出会った。
学者になるため本ばかり読んでいた私のことだから、武芸なんてみんなよりも劣っていた。
だからこそ、先輩や同年代の仲間たちからいろいろ聞いて、並とまではいかないが、それなりの力を手に入れた。
北面の武士をずっとやっていて、疑問に思ったことがあった。それは、
「どうして盗賊が減らないのか?」
ということである。
捕まえても、捕まえても、また増える。これでもかというほどに増えるので、朝廷や院は、衛門府や弾正台、検非違使の役人だけでなく、北面や滝口も使って彼らを逮捕し、京都から追放することにしている。
そんなに増えるのであれば、死刑にすればいいと思うかもしれないが、それもできない。殺生は仏教の教えに反するとか、怨霊になって祟られても困るなどの理由で、死刑にはできないのだ。
だから、都を追放されても、追放された先で海賊や山賊になったりして、地方の治安をさらに悪化させるという悪循環に陥っていた。
ある日、私は、盗賊の尋問をすることになった。
尋問の前に私は、しょんぼりとした賊に一杯の粥を出して、
「どうして、人からものを盗るんだ?」
と聞いた。
恨めしそうに賊は私の方を見て、
「生活が苦しいからだよ」
と答えた。
「そうか」
「お前たちが『年貢』とか『官物』称して重い税を課して、庶民から搾り取るだけ搾り取っている。その搾り取られた分が俺たちにも分け与えられるならまだいい。だが、俺たちが必死で働いて作ったものが懐に入るのは貴族だけだろ」
この日私は、庶民の苦しい思いを知った。
「俺だって、本当はこんなことはしたくないんだよ。毎日たくさん食べ物が食べられて、家族と楽しく過ごせて、時折仲間たちと飲んだりして。そんな当たり前の幸せを望むことの、何がいけないんだよ!!」
「......」
言葉が出ない。
どうしたらいい? 何をしたら救える?
出家をして万人の幸福を祈ること。一人でも多くの盗賊を殺すこと。全部違う。
名もなき庶民にとって本当に必要なのは、祈りや刑罰、追放でもなく、飢えることなく安心して日々生きていける環境を作ることなのだ。
彼らだって、自分から進んで人を殺したりして物を奪っているのではない。飢えに飢えた末にそうせざるを得なくなって、仕方なくやっている。本来であれば、田畑を耕したり、漁をしたり、物を作ったり売ったりして、休みの日は家族や友人と楽しく生きていたいのだ。
「辛いんだな……」
かろうじて、この一言を発するだけで精いっぱいだった。
こんなクソみたいな世の中を変えたい。けれども、自分には摂関家や皇室のような権力や権威が無い。かと言って、院近臣に多くいるような金持ちでもなく、源氏や平家のように何人もの家臣がいて、それらを動員して造反できる武力も自分には持ち合わせていない。そして何より、自分には平将門や藤原純友のように、真っ向から権力と戦おうとする度胸も無い。何もできないのだ。
尋問のあと、私は自分の非力さを呪った。
3
どうすれば自分は多くの人を救えるか、一人自問自答した。
まずは、一人でも多くの味方をつけたい。そう思って、父さんや北面の仲間たちに、自分の思いを伝えてみることにした。
「何を言っているのかね」
「この国の庶民を救いたい、か。なら、出家してみたらどうだ?」
伝えてみても、こんな感じで冷ややかなものや、非生産的な反応ばかりだった。
出家しても、何も変わらない。変わるのは、寺社の僧侶の人数くらいなものである。
特に酷かったのが、為義の、
「何をバカなこと言ってるんだ。どーせ、俺たちが本気を出して頑張ったとこで、何も変わりはしねーよ。無駄なこと考えてて、楽しいのか?」
という一言だった。
腹が立った。自分はお遊び感覚で聞いていない。本気でこの国を変えたいという情熱から聞いたのだ。いや、そもそもいつも惰性で武士をやっているこんな男に、難しい質問を投げかけた自分が愚かだった。
前の戦の評定で、こいつばかしは、義朝の嘆願が無かったら、本気で死刑にして殺そうと思っていた。
「はぁ……」
誰もわかってくれない。このことがどれだけ辛いのかよく思い知らされた。
何度言っても自分の無実をわかってもらえなくて、死後怨霊になって関係者を祟った。そんな話がよくあるが、無念の死を遂げて怨霊となり、否定した人間を殺そうとする人間の気持ちが、とてもよくわかる。
否定されてばかりの日々。だが、そんな日にも終わりがやってきた。
「お前が、高階通憲か?」
休憩をしていたとき、同じ院の北面であった平忠盛が話しかけてきた。
平忠盛。彼は今を時めく平家の出で、白河の院のお気に入り。そして飾らない性格で北面の武士たちの憧れの存在であった。
そんな忠盛が、ただの北面の武士である自分に話しかけて来るとは、どういうことであろうか。
「ええ」
おそるおそる、私は返した。
「少し、話がしたい。職務が終わったら、賀茂川まで来てくれないか?」
「わかった」




