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第57話 右近衛大将になるために③─自信喪失─


   1


「兄ちゃん、いいの着てるじゃねぇか。置いて行けよ」

「な、何よ、貴方たち!?」

 矢をつがえた信頼は、弓の弦を引き、盗賊に向けた。

「お、やる気か!?」

「斬られても貴様の図体がデカかったことを恨むなよ」

 刃こぼれと錆のひどい刀を構え、盗賊は信頼に斬りかかってきた。

 かかってきた盗賊目がけ、信頼は一の矢を放った。

 放たれた矢は一本目はかすったが、二本目は下っ端の肩に命中した。

 矢が尽きた信頼は、刀を抜いて迫りくる盗賊と戦った。

 大きな体とは裏腹の素早い動きで敵の懐へと入り、敵を斬り殺していく。

(努力が実ってる。アタシだって、やればできるんだわ)

 血しぶきを舞わせながら、信頼は盗賊二人を殺した。

「畜生」

 渋い顔をした盗賊の親玉と部下数名は、自分の不利を知るや、馬に乗って全速力で駆けだした。

「待ちなさい、貴方達!」

 信頼は盗賊を追った。

 全速力で逃げる盗賊たち。

 息の上がった馬で盗賊を追いかける信頼。

 だが、馬の息がすぐに上がり、それどころではなくなった。

 盗賊はそれをいいことに、馬の走るスピードを上げ、信頼の目には見えないところまで逃げていった。


 気が付けば、誰もいない茂みに信頼はいた。

 足場の悪い道を引き返そうとする信頼。だが、どこまでも高く生い茂る葦のせいでここが一体どこなのかわからない。

(どうしたらいいの? 誰か、お願い、助けて……)

 心細く、信頼は疲れた馬の口を取って、トボトボとした足取りで歩いていた。

(怖いよ)

 一人はぐれてしまった

 どこからか、何者かが葦を踏み分けてくる音がした。

 信頼はこの足音が、自分を助けに来てくれた源氏の仲間か野獣のどちらかであると考えた。

 獣かヒトか確認をするため、信頼は振り返ってみる。

 視線の先には、先ほど懲らしめた賊の親玉とその子分10人が、刀や薙刀の穂を煌めかせ、自分の命と身に纏っているものを狙い、襲い掛かってきた。


   2


「貴方たちには負けないわ!」

 信頼は刀を抜いて、絶対に勝ち目のない勝負を挑んだ。

 一人対十数人。明らかに数で勝る盗賊の方に分があった。

 一人目の雑魚に斬り込みを入れようとする。だが、どこからともなく刀や薙刀の斬撃が来る。避けたり受けたりするだけでやっとだ。

 逃げまとう信頼。だが、鎧と自分の体の重さで思うように走れない。

 対して盗賊は軽装。軽々とした動きで刀や薙刀を振り回していく。

(もう、アタシはこれまでなんだわ……)

 左手にしている籠手や袖でガードしながら信頼は必死で白刃を防いだ。

 威している糸が、小札と小札を結ぶ紐が、どんどん切れていく。

 引き合わせの緒を解いて、このまま鎧を脱ぎ捨てて逃げようかなと信頼は思った。でも、今そんなことをしたら、容赦のない白刃が襲い掛かってくる。仮に逃げられても、相手は大人数。

(南無観世音菩薩、南無観世音菩薩)

 心の中で、観世音菩薩の聖名を唱えることで精いっぱいだった。

 白刃が、自分の首に迫りくる。

 もうダメだ。そう信頼は思った。だが、刃と首の間一寸のところで賊の動きが止まった。

 頭には矢が刺さっている。

 賊の仲間を殺した矢の飛んできた方向を見ると、そこには白い旗がたなびいていた。白い旗の軍勢の先頭にいたのは義明だった。

「お前らの好きにはさせないぜ」

 そう言って義明は二の矢を構えた。

「畜生、このデブ源氏と仲間だったか。逃げるぞ、お前たち!」

 事態が悪化したことを悟った賊たちは、逃げることにした。だが、逃げようとしたところに拳をボキボキ鳴らした知家の姿があった。

「そう簡単にここから逃げれるとでも思わない方がいいぜ」

「おれたちは、善良な民草だぜ、なあ」

「善良ないち民草がこんな物騒なモン持って暴れまわるわけがねぇだろ!!」

 善良な一般市民のフリをした盗賊に、知家の鉄拳が炸裂した。

 武装した盗賊の親玉は、鼻血を噴き出し、目を白くして倒れた。

「お、おかーさんっ!!」

「何もしないから許して!!」

 棟梁をやられ、情けない叫び声を挙げて逃げ散る盗賊のもとへ、広常の薙刀の白刃が襲いかかる。

 義朝を筆頭に、正清、義明、広常、義盛らの姿があった。

「俺たちも忘れんな!!」

 遅れて時兼と常胤もやってきた。

「み、みんな!!」

 信頼は嬉しくて涙を流していた。

「不慣れなのに勝手に変なところに行くんじゃねぇぞ」

 馬に乗った義朝はそう声をかけ、再び逃げる賊を追っていった。

「ありがとう、ありがとう……」


 信頼を襲った盗賊団は蜘蛛の巣を散らしたように散り散りになっていった。

 生け捕りにされた者たちは言うまでもなく、検非違使に引き渡された。


   3


「ずっと思っていたのだけど……」

 助けられたあと、六条の源氏屋敷の縁側に腰掛けていた信頼は今にも泣きそうな表情で、

「どうして貴方達は、何もできない私にみんな優しいわけ?」

 と聞いた。

 義朝はすぐに、

「大事な仲間だからだよ」

 と答えた。

 正清や義明、広常や知家と比べてみれば、まだ数年間と付き合いは浅い。そして本来であれば、こうして対等に口を聞いてはいけない貴人。でも、義朝にとっては、大事な仲間の一人なのである。死んでもらっては、バツが悪い。

「アタシはこんな図体で何もできないから、いらないって思われても仕方ないわよね」

「そんなことは無いさ」

「ごめんなさい。自分から武芸を教えてなんて言っておいて、いざという時に自分の身すらも守れないなんて」

 小さな声で信頼は、涙と鼻水を流しながら言った。

「勝負の世界に生きていれば、誰だって負けることもある。気にするな」

「アタシには無理だったみたい。ほんとうにごめんなさい。もう辞めるわ」

「そうか。俺は辞めないで欲しいな」

「頭も悪くて動きの鈍いデブなアタシがいたって、どうせ足手まといになるんでしょ」

 義朝はしばらく考えたあとに、

「いいんじゃないか。それも人生の選択。人には誰だって向き不向きはあるさ。だから、辞めたからと言って、お前のことを責めたりはしないさ。頑張ったな、信頼」

 そう言い残し、義朝は信頼を見送った。

「ううっ……」

 信頼は泣いた。

 トボトボとした足取りで六条の源氏屋敷を出て、鴨川の河原へと出たあとに、

「結局、アタシは何もできない『役立たず』なんだわ……」

 と慟哭した。

 自分は何もできない。子どもの時からそうだった。だから、27になった今何かを頑張ろうと思い立ったのが間違いだった。そんなことに今さら気づいた無能な自分が恨めしい。


   4


 伏見にある師仲邸の集会に、信頼は顔を出した。

「どうしたんだい。今日はやけに落ち込んでいるね。そして、こんな怪我までして、一体何があったのかな?」

 落ち込む信頼を見て、師仲は何があったか、優しい声で聴いた。

 信頼は武芸の練習中にあった出来事を話した。

 師仲は耳元で、小さく、こう囁いた。

「そうか。信西は君を貶めるためにそんな条件を出したんだ。落ち込む必要はない。君には神に選ばれた力がある。それを磨いていけばいい。君の理解者は、僕だけなのだから」

「そうよね」

 そうだった。自分には鎌足や不比等の持っていた「記憶を操作する力」を手にしたのだ。無理に武芸なんかしなくても、この力さえ極めれば、時間をかけて鍛えずとも、すごいことができるのだから。

「君の選ばれた力を使って、右近衛大将にしてもらえなかった信西に復讐をすればいいんだよ。信西を殺そう。そして右近衛大将に自分でなればいいんだ」

「そうだわ、なんでそんなことを思いつかなかったのかしら!!」

 信頼は武芸ではなく、自身が引き継いだ「記憶を操作する力」を極めることを決めた。

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