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第56話 右近衛大将になるために②─価値観の違い─


   1


 武芸を習いに、信頼は義朝のもとに通い続けた。

 出仕のある日は終わったあとに、無い日は朝から六条にある義朝の家まで歩いて。

 始めた日は30回でやっと息が上がっていた素振りも、回を重ねるごとに上達していった。もちろん、回数は30回から40回、40回から50回へと上がっている。

 斬れなかった茣蓙も斬れるようになっていった。

 源氏軍の中にいる居合の使い手と比べるとまだまだ未熟ではある。だが、少し少しではあるが、六条の義朝の家に来て教えを請いに来たときよりも上達している。

 そして何よりの変化が、信頼の体に体力がついたことと痩せたことだろうか。

 体力がついたことにより、六条の源氏屋敷まで歩いていくときに息切れしなくなった。痩せたことにより、少し引き締まり、膝の痛みが少し良くなった。

「何かが少し少し良くなっていく」

「できるが一つ一つ増えていく」

 このことは、自己肯定感の低い信頼にとって、自信に結びついていった。

 そしてやることは、木刀の素振りや居合抜きだけでなく、薙刀や弓、馬術、そして戦術とやることがどんどん増えていった。

 不器用なところもあるが、信頼は一つ一つ、習得するべきことを習得していった。

 そうしていくうちに、季節は春から夏へと変わっていった。


   2


 4月末のある日のお昼時。

 六条の源氏屋敷では、お昼の支度がなされていた。

 源氏一門では、朝、昼、夕の三食を摂ることを習慣にしている。

 当時は1日2食が普通であった。が、修練でエネルギーを消費する源氏の武士たちは、その間にも食事を摂るのが定例となっていた。といっても、食べるのはおにぎりとか漬物を軽く食べるだけなのだが。

 この食事の時間に、信頼も参加していた。

「そういえば、ずっと思っていたのだけど、どうして白米じゃないのかしら?」

 信頼はずっと思っていたことを口にした。普段食べているご飯は白米で、玄米のまま炊かれたご飯を初めて見たからだ。

 白米と聞くと、現代を生きている我々にとっては普通のことのように感じられるが、義朝や清盛の生きていた時代では、玄米の方が主流であった。現代のように玄米が白米にとって代わられるのは、明治になってからの話しである。

 驚いていた信頼をおかしげに見ていた

「何を、ってお前、白米なんて高価なモン、そうそう出せるわけじゃないだろ?」

「米? こんなのお米じゃないわ」

「じゃあ、お前の知ってる米って、どういうのなんだぁ?」

「白くて、ホカホカで、柔らかいものだわ」

「白米か。そんな贅沢なものを毎日食ってるのか……」

 おにぎりを作っていた常胤は、少し呆れた声色で言った。

「玄米だって悪くないぞ。栄養もあるし」

 そう言って義朝は、信頼の手に自身が握り、塩で味付けしたおにぎりを手渡しした。

「白いご飯は無いのかしら?」

「白米か。あるにはあるが、白米は貴重品だ。特別な日にしか出せないから」

「そんな......」

 うつむいていた信頼は、しょんぼりとした様子で言った。

 落ち込んでいる信頼の後ろから、

「おーい、キジの肉焼けたぞ」

 雉の肉が焼けたことを義明は主君に報告した。

「そうか。じゃあ、笹に盛りつけて切って分けておいてくれ」

「了解」

 笹を持ってきた義明は、そこに焼けた雉の肉が運び込まれた。

 焼きたての雉からは、湯気が立ち、包丁で切り込まれた肉から、香ばしい香りとともにあふれ出てくる肉汁。

「に、肉ですって!?」

 肉、と聞いて信頼は軽いひきつけを起こした。

 貴族の主なたんぱく源は大豆や魚、卵といったヘルシーなものばかりであった。貴族たちの間では、肉を食べるということは、仏教の戒律である「生き物を殺してはいけない」という戒律に反すると考えられていたからだ。

「肉は、お嫌いですか?」

「獣の肉なんて、そんなものよく食べられるわね」

「まあ、昔から食べてきてるからな」

 そう言って、義朝は笑いながら言った。

「肉で引き付けおこした奴初めて見たぜ。うまいのにな」

 塩で味付けした雉のもも肉を食べながら、広常は言った。

 肉を焼いていた正清は、

「まあ、俺たち武士と貴族では常識が違うんだ。ここは何も言わないでおくのが優しさというものだ」

 と言ったあと、切り終えた雉の肉を笹の葉の上に載せた。

「にしても、あいつら贅沢だよな。いっつも白米とかいいもの食べてばかりでよ。俺たちにはあいつらが口をつけた汚いものばかりしかくれない」

「それに関しては、俺も同意だな」

 義明の意見に同意した正清は、先ほど笹の上に載せた雉の肉を並んでいた郎党に手渡しした。


   3


 暑さも盛りになる6月。この日源氏方は六条の河原に出ていた。賀茂川にある六条の河原で、巻狩が行われた。

 鹿やウサギ、野鳥などといった生き物を狩るため、源氏の武者たちは甲冑や小具足姿に身を包み、背中にはたくさんの矢の入った矢筒を背負い、左手には弓矢を持って馬に乗り、河原を駆け抜けた。

 義朝に誘われた信頼も、この日は直垂に身を包み、巻狩に参加していた。

「待ちなさい!」

 馬に乗った信頼は、鹿を追いかけた。

 鹿は目の前にいる大男の殺気に気が付き、若々しい草葉の茂る蔭へと逃げていく。

「逃がさないわよ」

 馬に乗った信頼は追いかけた。

 矢筒から矢を取り出し、弓につがえる。

 放たれた矢は大きな音を立てて逃げる鹿を目がけて駆けていく。だが、狙いが悪かったのか、矢はそのまま遠くの方向へと消えていった。

「待ちなさいったらもう!」

 馬の手綱を引いて、信頼は鹿をさらに追いかけた。

 10本目の矢をつがえてやっと、鹿を射止めることができた。

「初めてやったわ」

 日々の努力が実り、信頼は思わず、やった! 叫んだ。

 血を流した鹿を持ち上げようとする。意外にも鹿は重くて、なかなか持ち上げられない。

「困ったわね」

 信頼は助けを呼んだ。だが、遠くで矢の鳴る音が聞こえるばかりで、誰もやって来ない。

「誰か、いないの!?」

 周りを見渡しながら、信頼は知っている誰かを探し続けた。

 答える者は誰もいない。緑色に生い茂ったススキや葦の葉の鳴る音が、虚しく聞こえるばかりである。

 きょろきょろ河原を見渡している信頼のもとへ、数人の盗賊がやってきて、信頼の周りを囲った。

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