第55話 右近衛大将になるために①─武芸を教えてください─
1
朝の4時に目を覚ましてから、義朝の1日は始まる。
朝食ができるまで、家の庭で素振りと居合の素振りを交互に1000回。これが、朝起きたときにする一つ目の日課である。
素振りをしているときに今若や乙若が起きてきて、父と一緒に素振りの練習を共にする。
ちなみに義平は鎌倉に、頼朝は武家の清和源氏の総本家である頼政の家に、朝長と希義は摂関家に詰めているため、義朝の家にはいない。
6時に下女に呼ばれて朝食を食べる。
歯を磨き、身なりを整えたあと、後白河院の御所へと出仕をする。
出仕が無い日は、手の空いている仲間たちを集め、訓練をする。
訓練の内容は、様々な武器を持った相手とどう戦うかを考え、実際に戦ってみて、こうした方がいいとかを仲間たちと共有したりしている感じだ。他にも、いつでも戦いになったときにスイッチが入れられるよう、六条の河原で模擬合戦をすることもある。もちろん、歴史の教科書や資料集にある「武士の生活」の欄でよく出ている『男衾三郎絵巻』に出てくるような流鏑馬や笠懸、犬追物といった訓練もしっかりやっている。
3月6日の朝。この日出仕が無かった義朝は、正清たちと一緒に、剣術の練習をしようと考えていた。
準備をし、屋敷の庭に集まろうとしていたとき、胴丸を着た門番が焦った様子で、稽古着に着替えた義朝のもとへとやってきた。
「申し上げます」
「言ってみろ」
「義朝様にお会いしたいと客人が来ております」
「中納言様です」
「そうか。丁重にお出迎えするように」
下人は義朝をを母屋へと招いた。
上座には、鏡餅に顔を書いてその上に服を着せ、烏帽子を被せた感じの巨漢の男が、気だるそうに檜扇を仰いで待機していた。顔にまぶした白粉は、汗ではがれかけている。そして着ていた着物は、汗で蒸れている。
「こ、これは中納言様!」
義朝は信頼の前に跪いた。
だるそうに信頼は、
「おはよう。義朝ちゃん。桜の散る時期ともなると熱いわねぇ。ベトベトするし、化粧が落ちるしで嫌になっちゃうわ」
と言った。
「ははあ」
「今日はどのようなご用件で臣下である我々のお屋敷に?」
「そうね。鎮西八郎と戦い、討ち取る寸前まで追い詰めたあなたにだからこそできる頼みがあるから来たの」
「ほう」
「武芸を、アタシに教えてくれないかしら?」
「いきなりどういうことだ!?」
思いもしない事態に、義朝は動揺した。
武芸とは一切無縁の貴族が、どうして自身の臣下であるこの義朝に教えを請いに来たのだろうか? この行動に至るまでの経緯が気になった義朝は、頭の中で思っていたことをそのまま聞いた。
「実は──」
信頼は信西入道から右近衛大将になるための条件として「武芸を身に着けること」という提示されたことを話した。
「なるほど。事情は分かりました」
2
桜の花が散り始め、牡丹などの花が咲き始める3月14日。信頼は白い狩衣を着て、歩きで義朝邸へとやってきた。
「よく頑張ってここまで歩かれましたね」
汗で化粧が落ちかかっている信頼は、息を切らしている。
歩いて六条堀川の源氏屋敷へ来た理由は、前に義朝が、
「武士たるもの、まずは体力と日々鍛錬を続けることが大切。そのためにはまず足の力を養うために歩くことをおすすめします」
と言ったことだった。
「まずは見ることから始めましょう」
信頼は白い直垂と馬袴を履いてやってきた。
でっぷりと太っている体格のせいか、信頼の着ていた直垂は、畿内の武士よりも体格のいい東国武士用のそれよりも2倍3倍も大きなものであった。
「何をやればいいのかしら?」
「まずは、剣術と居合からだな」
「わかったわ」
「ひとまず、休んでから外へ出ましょう。私は先に出ていますので、体調が整ったら、庭へ降りてきてください」
そう言って外へ出た義朝は、木刀二本片手に持って、庭へと案内した。そしてその一本を信頼に渡した。
「剣術の技には、九つの斬撃のやり方がある」
正眼に構えた義朝は、唐竹、右袈裟、右薙ぎ、右の逆袈裟、左の逆袈裟、左薙ぎ、左袈裟、刺突......。木刀は風切り音を立てながら、これらの剣術の基本を瞬時にこなしていった。
「これが、剣術の基本だ。細かい技とかはあとで教えますので、まずは、素振りをしましょうか」
信頼は木刀を正眼に構えた。
義朝に腰が据わってないとか、形が悪いとか言われながらも、健気に直しつつ、木刀を上から下へと振り下ろし、基本の型の練習をしていった。そしてそれを、30回ほど繰り返した。
「難しいわね」
息を切らしながら、信頼は言った。顔に塗った白粉の粉は汗で落ち、肌色の地肌がしっかりと見える。そして毛穴からは、湧き水が湧くかのように、とくとくと汗が流れを作って滴り落ちていく。
「最初は誰だってそんなものです」
「できないわ」
「最初から『できない』と決めつけるのはよくありません。できるようになるまで長い時間がかかってもいいから、やる意味があるのです」
「そうよね」
初めてのことで上手くいかないことばかりの信頼。それでも、頑張って一人前の
3
次の日も信頼は歩いて六条堀川の源氏屋敷までやってきた。膝が痛い、化粧が崩れる、暑いというのを我慢しながら。
「今日も無事こうして来てくれて、私もとてもうれしいです」
「そう。今日は何をやるのかしら?」
「今日は居合について教えましょうか」
義朝は下人を呼び、すぐさま茣蓙の巻かれたものを4つ用意し、自身の周りの四隅に配置させた。
深呼吸をした義朝は、刀を抜き、振り下ろした。
春の終わりの少し熱の帯びた陽光を反射して白く光る刀身は、風を斬る音とともに巻かれた茣蓙を真っ二つに切り裂いた。斬り裂かれて落ちそうになった茣蓙を、義朝はまた真っ二つに斬り、落とした。
「すごい、すごいわ!!」
見事な義朝の居合に、信頼は拍手をした。刹那の間に三つも斬り落とすなんて。しかも、義朝の振るう刃は、肉眼ではその太刀筋がとらえられないほど速い。
「まだまださ。俺よりももっとすごい奴だってたくさんいるからな」
そう言って義朝は、偶然通りかかった稽古着姿の正清に、
「正清、ちょっと来いよ」
と声をかけた。
正清は立ち止まる。
立ち止まった正清に義朝は、
「居合の見本、見せてやってくれよ」
と声をかけた。
「いいのか、そんなことをして」
「こいつは昨日から俺たちに武芸を習っている仲間なんだよ」
「本当に、か?」
「ああ」
「まあ、やるか」
吐息を一つついた正清は、下人を呼んで、先ほど義朝が斬り落とした茣蓙を新品のそれに変えた。
腰に差した刀の柄を右手にかける。
そして片手で刀を構え、抜いた。
義朝と同じように、藁を二等分から三等分、三等分から四等分に斬り落としていく。違うのは、片手であるということだろうか。
落ちた茣蓙は、ぼとり、という鈍い音を立てて地面の下に落ちていった。
「左腕があったときは、もう一方の手に持った刀で8等分出来たのにな」
斬り終わったあと、ぼやくように正清はつぶやいた。
「正清君もすごいわ!」
「ありがとうございます」
正清は礼をした。
義朝と正清の居合を見た信頼は、自分もできるようになりたいと思った。できたなら、信西を見返せる。そして、右近衛大将にしてもらえる。でも、同時に、自分にもできるのか? という思いも強くなった。
自分は無能だ。文にも武にも優れていない、ただ太っちょで図体だけがデカい。とろい自分にはこんなことはできない。でも、頑張る。あの憎き信西を見返すために、そして右近衛大将にしてもらうために。




