第54話 右近衛大将と保元四年春の除目
1
「近衛大将」
唐名を、
「羽林」
とも言う。
この官職は、元は天皇の警護をする武官の長官であった。大臣や同じ武官職である衛門や兵衛と同じように右と左があり、どちらとも一人ずつ置かれることになっている。後に武士にとって名誉ある官職として重んじられていた。
左右の近衛大将という官職に就いていた有名な人物としては、全員後世の人物になるが、源頼朝やその息子実朝、剣豪将軍として名高い足利義輝、そして第六天魔王織田信長だろう。
遠藤盛遠の事件が起きたときから時を遡ること3週間前。竹内の提案により、二条親政派の同志たちの中の誰がこの役職に就くかについて話し合われていた。
なぜ、このような議題が話し合われているのかというと、挙兵の際に信頼の配下にいる義朝が裏切って信西に味方することがあり得たからだ。こうなってしまえば、自前の配下の郎党だけで対応しなければいけなくなる。
では、信頼の力で義朝を洗脳し、信西を殺せばいいじゃないか? となるが、信頼の力の使い方がまだ未熟であるので、仮に洗脳したとしても、いつ記憶が戻るかわからない。
これらの様々な事情から、軍事力を確保しておく必要があった。
師仲は小姓から、神社のおみくじとかが入っている六角形の箱を受け取り、
「くじを作ってきた。この中に赤い線の入った」
と言って、箱の上の部分に当たる穴の開いた前の部分を同志たちの前に差し出した。
「こんなデタラメな方法で大丈夫なのですか?」
くじ引きというあまりに運任せな方法に呆れた成親は、不安そうに聞いた。
「くじには神仏の意志が介在している。『デタラメ』と言うのはあまりに失礼極まりないよ」
自信満々に師仲は答えた。
読者は成親のように、くじよりももっといい方法があるんじゃないか? と思ったことだろう。だが、当時の日本人の感覚では、くじには「神や仏の意志」が宿るという信仰がかなり強かった。時代はだいぶ後になるが、室町幕府の6代将軍足利義教が鶴岡八幡宮のくじで選ばれ将軍になったのは、その最たる一例だろう。
ちなみに現代でも、神社やお寺に行くとおみくじという吉凶や運勢を占うものがあるが、それは師仲の言う「くじには神仏の意志が介在している」というくじが持っていた神聖さの名残であろう。
同志たちは全員くじを引き終わった。
師仲は誰が当たりくじを引いたのか確認した。
当たりくじを引いたのは、信頼であった。その証拠に、竹でできた筮竹に赤い印がつけられている。
「当たっちゃったわ……」
「君か」
「照れちゃうわね」
信頼は顔を真っ赤にした。
喜ぶ信頼に、うれしそうな笑みを浮かべた師仲はこう言った。
「君は神仏に選ばれたのだ。関白藤原道隆の血を引く君には相応しいからね。もし推挙が叶ったら、自信を持って、職務に励むといい」
2
少しづつ暖かくなりはじめ、桜の花がぽつりぽつりと咲き始める2月の中ごろ。師仲らは新たに造営された内裏へと向かい、同志たちの仰ぐ二条帝に、信頼を右近衛大将にしてほしいと推挙した。
薄暗い空間の御簾の奥にいる若い帝は、舎人に簾を開けるよう指示した。そして、顔を出して、
「師仲がそう言うなら、そうしよう」
と答えた。
これでお墨付きは一つ得た。あとは、治天の君である後白河院の了承を得るまで。
次の日、師仲らは後白河院の住まう御所へと向かった。
信頼を右近衛大将にしようという話を聞いた後白河院は、
「よかろう。信頼は私の今様を褒めてくれる数少ない友だ。その恩に報いて、右近衛大将にすること、考えておこう」
と快く承諾してくれた。
帝と院の許可。これでお膳立ては整った。
そして保元4年3月1日。内裏で春の除目が行われた。
たくさんの公卿や武官らが新たに就く役職が呼ばれる。だが、次々と読まれる新たに職をもらう者たちの中に、藤原信頼という名前が出てくることは無かった。
信頼は右近衛大将になれなかったのだ。
3
──どうして、私は右近衛大将になれなかったのかしら?
信頼は、自分が右近衛大将になれなかった理由について考えた。
家柄、財力、官職。この3つを見ても不足は無い。それに、帝や院からしっかりお墨付きを頂いているではないか。なのに、なれないのは、おかしい。きっと、誰かの意志が絡んでいるに違いない。その誰かは、見当がついている。おそらく、信西入道であろう。もしくは、前に師仲の話していた八咫烏であろう。
しょんぼりとしていた信頼の近くで、
「お前がなぜ、近衛大将になれなかった理由を教えてやろうか?」
と何度も聞いた声が聞こえた。
「お前だったか!?」
信頼は
信西はどうとも言い切らず、
「実力も結果も出せていないお前に、そんな重要な役職を任せられない」
ときっぱり理由を答えた。
「私は藤原道隆の末裔よ。それに、代々受領で成した財産だってある。帝にも献金を怠ること無くしてきたわ。そして、帝や院、神様や仏様にも選ばれた。それでもなれないのはおかしい!」
「その心根が卑しいのだ」
「なら、どうすればいいの!?」
「お前が北面や検非違使、滝口に混じって、数年間武芸を学ぶということだ」
「そんなこと、できないわ」
信頼は甲高い声で叫んだ。
信西は真顔で説明を続ける。
「剣術や弓矢の道がわからなければ武士が務まらないのと同じように、戦う人間の気持ちがわからなければ右近衛大将は務まらない。どうしてもやりたければ、そうすることだ。それができたら、お前が右近衛大将にしてやることを考えてやらんでもない」
「ううっ……」
信頼は指貫を強く握りながら、涙目になった。
泣きだした信頼をよそ眼に、淡々とした声で信西は、
「信頼、許してくれ。今この国は、今まで間違った政治をしてきた者たちによって、悲惨な状態になっているんだ。各地に蔓延る賊、在庁官人の起こす反乱。彼らが反乱を起こす理由が、わかるか?」
と問いかけた。
「......」
信西の問いに、信頼は答えられなかった。
「時間がかかってもいい。今からでも遅くは無いから、学んでいけばいいさ」
泣いている信頼に、信西は優しく語りかけ、去って行った。




