第53話 去り行く者、新たに加わりし者
1
「袈裟御前の死」
19歳の若い一人の女性の死は、花見で浮かれていた京都の貴族や風雅の心のある武士たちに、大きな波紋を呼んだ。
もとは事実通りのことが伝えられていたが、次第に手ひれ尾ひれがついていき、
「袈裟御前に横恋慕した盛遠は、渡を殺そうとした。だが、どこかで夫を殺そうということを知り、袈裟はその身代わりとなって殺された」
といった感じの物語が出来上がっていった。
襲撃の際に破壊された六波羅の屋敷の補修が完了するまでの間、平時忠の家に居候していた清盛一家の元にも、この話は耳に届いていた。
朝食のとき清盛は、嫡男である宗盛に遠藤盛遠について何か聞いているかについて聞いた。
「いや、聞いてない」
と宗盛は答えた。
盛遠に関する情報は、源頼政に仕えていた郎党の一人であること。歳のほどは19歳。痴情のもつれで婚約者であった渡と斬り合いに及んだ。また、袈裟御前の遺体に首が無かったことから、首を持って逃げているのではないかということ。十分すぎるほどの情報が出ているが、肝心な本人は捕まってはいない。
「そうか」
「捜索範囲を広げて遠藤盛遠を探しているそうだが、手掛かりが見つからないそうで」
「困ったな……」
清盛が頭を抱えているところへ、
「おっす、兄貴!」
時忠がやってきた。
「おう、時忠おはよう」
ニヤニヤとしている時忠は、
「そういえば、この前面白い話を聞いたんだ」
と言って清盛の側に近づいて来た。
「ほう。教えてくれよ」
「実はな、盛遠は生きている!」
「何だって!?」
清盛と宗盛は
「まあ、これは確かな情報ではあるが、彼はこの都、いや、山城国にはいない」
「ほう。じゃあ、どこにいるんだよ?」
清盛は聞いた。
すっと清盛の耳元に近寄り、時忠は、
「それはよくわからないな。だが、彼を生かしているのには、兄貴の昔なじみが絡んでいるのは確かなようだな」
と囁いた。
「え、そうなのか!?」
清盛は驚いた。もしかしたら、自分の知人が関わっているかもしれないと思ったからだ。同時に、昔なじみというのは誰なのだろうか? と思った。義朝か? それとも西行か?
「あくまでこれは、現時点でわかっていること、そして推測程度なんだがな。おそらくだが、俺たちの手出しのできない場所にいるんだろうよ。まあ俺はこれから塩小路の賭場へ行ってくるから、またな!」
そう言い残し、時忠は築地を飛び越えて出ていった。
「おう」
清盛は手を降って見送った。
隣にいた時子はため息をついて、
「時忠のでたらめなんて、信じちゃいけませんよ」
と言った。
「そうか?」
「あの子はいつも変なことを言いますからねぇ」
「でも、俺はあいつのおかげで、いろいろ知ることができてるわけだし、それでいいと思うけどな」
2
木々が一斉に芽吹き始めたばかりの山の中に、頼朝と頼政麾下の若い郎党たちはいた。
このときの頼朝たちは、いつもの直垂もしくは水干姿ではなく、鎧を着込み、薙刀や弓などで武装した姿であった。
物々しい姿をして山の中を歩き回っているのは、盛遠の捜索である。
捜索中茂光は、
「盛遠がいないと、なんか寂しくなったよな」
と生気の無い顔でつぶやいた。
盛遠がいなくなってから、頼政たちの郎党、特に若手の活気が無くなった。というのも、いつも
「渡先輩もいなくなった、か」
頼朝は小さな声で言った。
渡は目を覚ましたあと、短刀で腹を斬り、亡くなった。辞世の句も残さずに。自害の動機については、袈裟を守れなかったことによる責任を感じての自殺ではないかと推測されている
そして、肝心な盛遠は、行方不明である。
不審な人物が見かけられたという証言は多々耳に入っている。だが、検非違使や院北面、滝口に捕らえられるのは怪しげな風体をした18、9の若い男子だった。
捕らえられた男子は、俺は盛遠じゃない、と自身の冤罪を叫んだり、中にはあまりにきつい拷問に耐えられず、泣き叫んだりしていた。そのため、嫌疑不十分ということで釈放されるか、拷問の途中で痛みに耐えきれず獄死してしまうかの二択であった。
(みんな、いなくなっていく)
いずれは惣領も、父も、母も、兄妹も、茂光もみんないなくなる。そして自分一人が生き残って一人孤独に死んでいく。それが、生きていく、というということなのだろう。
「渡先輩の鼓の音、好きだったな」
頼朝たちと同じ隊にいた茂光の親族の少年 工藤祐経は、
「わかるぞ、祐経」
「渡先輩が生きていたときに、鼓の演奏してくれたことあってさ」
「そんなこともあったな」
頼朝はつぶやいた。
あの二人がいたころが、修行中の頼朝にとっては、頼政の郎党と同様つい最近のことのように感じられる。
先輩である茂光は、寂しそうな眼を浮かべたあとに正気に戻り、
「頼朝、祐経、お前には俺や仲綱がいる。だから、そう気を落とすなよ」
落ち込む頼朝と祐経を慰めた。
「渡先輩が死んだのはとても悲しい。でも、盛遠先輩は生きている。だから、探し続けよう。俺たちがこうして探し続けていれば、きっと出てきてくれるかもしれない」
「そ、そうだな」
頼朝、茂光、祐経の3人は、盛遠が見つかってくれるだろうという希望を抱き、再び山狩りを始めた。
3
伏見にある源師仲邸。ここでは、信頼をはじめとした同志たちが密議を開いていた。
「そう言えば聞いた、袈裟御前の話。今度は婚約者の死体が見つかったんだってさ。ホント、一途だわね。好きよ。そういうの」
信頼は泣きながら言った。最近会合に来るたびにこの話ばかりしている。
「またその話かよ」
ため息を一つついて、惟方は言った。
「まあ言わせておけばいいじゃないか。それよりも」
師仲は続けて、
「清盛の家と信西の家に密偵を送り込もうと思うんだ」
と言った。
「それならば、自前の忍者部隊で十分ではありませぬか?」
「それでは手に入りにくい情報というものもあるものだよ」
そう返した師仲は、近くにいた小姓に目配せをし、今日の客人二人をここに連れてくるよう命令した。
3分後くらいに小姓とともに、二人の人物が、師仲とその同志たちのいる薄暗い部屋に入ってきた。
一人は12、3歳くらいの髪を剃った小僧で、もう一人は狩衣を着た20歳を超えたくらいの青年であった。
二人は師仲の隣に座った。
座ったのを見計らった師仲は、一人の小僧と狩衣の青年の方へと視線を移し、自己紹介を頼むよ、と言った。
若い僧侶は、
「私は俊寛です」
と名乗り、頭を下げた。
続けて狩衣の青年も、
「私は藤原師光。信西入道の息子です」
と名乗り、同じく頭を下げた。
「信西入道の息子だと!?」
「そいつをつまみ出せ!」
藤原師光の名前と出自を聞いた惟方と経宗は、新入りに向けて罵声を飛ばした。
「まあ、みんな落ち着きたまえ」
敵の息子を連れてきたことに対していきり立つ惟方や経宗をなだめて続ける。
「俊寛くんは僕の一族だ。そして、師光、彼は父を憎んでいる。だから、信頼はできるよ」
「本当か、師光」
怪しそうな目つきで、惟方は師光の方を見て聞いた。
ギラギラとした光を瞳に浮かべた師光は、
「ああ、父は間違えている。武士を全て集め、唐土に攻め入ろうとしている。息子として、それだけは止めなければいけない」
と怒気の混じった声で言った。
「だろう? 僕と彼の利害は一致している。それに、信西の息子という立場は、彼から情報を入手するには、忍者部隊を用いるよりも効率がいい」
「でも、不仲でも親子。情が出て、作戦を妨害するようなことがあっては......」
不安げに惟方は忠告をした。
師仲は瓶子を持ち上げ、
「そうなったら、こうするまでさ」
鋭く爪を変化させて、その首を斬った。
落ちた瓶子の首は、ごとり、という鈍い音を立てて床下を転がっていく。
「だから、くれぐれも、変な情は起こさないように」
師仲はそう言って、信西入道の息子に微笑みかけた。




