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第52話 袈裟の死


   1


「ここは、どこ?」

 袈裟は目を覚ました。

 視線の先には、満開の大きな桜の木が生えていた。

(懐かしい。ここでみんなと遊んだんだっけ?)

 少年少女であった日の出来事を思い出しながら、思い出の地を眺めていた。

 しばらく眺めていると、枯れた去年のヨシの原から、少年の渡と盛遠の姿が出てきた。

 声をかけよう、と袈裟は思った。が、そうはいかなかった。

 渡の手には真剣、盛遠は構えを見せて、互いににらみ合っている。

 盛遠は器用に渡の剣を避けながら、渡は盛遠の手や足を狙いながら、互いに攻撃をしたり防御をしたりしている。

「二人とも、殺し合うのは辞めて!」

 袈裟は叫んだ。だが、真剣に殺し合う二人には届かない。

 仕方ない、と思った袈裟は、戦う二人に近寄り、争いを止めようとした。

「行ってはいけません」

 喧嘩の仲裁に入ろうとしたところで、誰かに袖をつかまれた。

 力の伝わる方向へ振り向くと、そこには頼政の姿があった。

「そ、惣領……」

 突然現れた渡の主君に、

 夢の中の頼政は続けて、

「君は人柱として選ばれました。盛遠君を目覚めさせるためのね」

 と言った。

「人柱? どういうこと?」

「彼には使命があります」

「使命? 意味が分からないよ?」

「わからなくていいです。けれども、これだけは言えるます。貴女あなたが生贄になることはえ──」


 目を覚ました。

 戸を開けた。隣に寝ていた渡の姿は無かった。渡が寝ていた畳の上にあったのは、置手紙だった。

 置手紙には、決闘に行ってくる、と書かれていた。

(さっきの夢は、お告げだったんだ。止めに行かないと)

 袈裟は馬小屋に行き、適当な馬を見繕って馬を出した。

 馬を出したとき、門を守っていた門番は、心配そうに、

「姫様、こんな夜更けに何処へ?」

 と聞いてきた。

「渡が、いないの」

「何ですと!?」

 慌てた様子を見せた後に冷静になって、

「姫様、夜の都は危のうございます。今一度頭を冷やしてゆっくりお考えくだされ」

「そんなことどうでもいい。一刻でも早く行かないと、死んでしまう。だから、行かせて!!」

 袈裟は馬の手綱を引き、賀茂川の方へと走っていった。

「おーい、姫様!!」

 門番は走って袈裟を追いかけた。だが、馬に乗っている袈裟の方が速く、気がつけば、米粒くらいの大きさになっていき、闇の奥へと消えていた。


   2


「クソ、まさか貴様に惣領と同じ力が使えたとは」

 しばらく昏倒していた渡はつぶやき、目を覚ました。全身は打撃で受けたダメージのために血まみれになっている。そして痛みに耐えながら、立ち上がった。

「往生際の悪いやっちゃな」

「絶対に負けられないんだ。だから、何度でも立ち上がって、貴様を倒そうとするさ」

 渡は刀を大上段に構え、盛遠に斬りかかった。

「そか」

 盛遠は渡の繰り出す一撃をよけ、胸元に蹴りを入れた。

 よろめきながら、渡は倒れた。

「まだまだだ……」

「もう潔く負けを認めや」

「絶対に負けられないんだって、言ってるだろ」

 血反吐を吐きながら、ふらふらになった体で渡は立ち上がった。

「いい加減寝てろ」

 ゾンビのように起き上がる渡の喉元に、盛遠は蹴りを入れた。

 再びどっと倒れる渡。

 盛遠はこの気を逃さず、腰に帯びていた太刀を抜いた。

 赤みを帯び始めた東の空から見える光を受け、青く光る刀身。刃はそのまま、きれいな半月の形を描き、渡の首を刎ねようとしたとき、

「辞めて!」

 涙を流した17、8くらいの若い女性が、今から死にゆく盛遠と渡の間に入ってきた。

 盛遠の振りかざした刃の切っ先は、入ってきた女性の体を切り裂いていく。

 切り裂いた傷から出た返り血は、桜の花びらが散る河原の上を真っ赤に染め上げ、川へと流れていく。


   3


「どうして……」

 ぽかんと口を開けながら、盛遠は渡の目の前に突如立ちはだかった女性を見ていた。その女性は、紛れもなく袈裟であった。

 突然割って入った袈裟に、盛遠はその理由を聞いた。

 その理由について袈裟は、途切れ途切れにこう答える。

「私をめぐって、盛遠くんと渡が、喧嘩するのが、嫌だった。昔みたいに、仲良くしていて、ほしかった」

「そうか……」

 盛遠は正気に戻った。知らず知らずのうちに、涙を浮かべた盛遠は、何度も「ごめん」と言い続けた。

 健気な笑みを真っ白な顔に浮かべ、袈裟は、

「いいの、それで。盛遠には、やるべきことが、あるんだから」

 と言い、渡の方を向いて続ける。

「渡、今まで一緒に暮らしてきて、とても、楽しかった」

「袈裟、逝くな!」

 精一杯の声を振り絞って、渡は叫んだ。

「もう、無理みたい。だから、おねがい。盛遠のことを、う──」

 袈裟は涙を流しながら、目を閉じた。

 袈裟の体がどんどん冷たくなっていく感覚が、盛遠の手に伝わってくる。

「あああああああああああああああ」

 目に涙を浮かべ、盛遠は叫んだ。そして、太刀を抜き、その首を斬って走り出した。

 白く、細い首からは真っ赤な血がとくとく吹き出し、袈裟の死体から出た返り血は、渡と自身の血で赤く染まった直垂をさらに真っ赤に染め上げていく。

「貴様、どこへ行く!」

 逃げる盛遠を渡は呼び止めた。

 だが、旧友が呼び止めるのを無視し、盛遠は袈裟の首を持ったまま走っていく。

 散った桜の花びらと袈裟の生首に生えているしなやかな髪が、走ったときに巻き起こる風により

「お前だけは、絶対に許さない」

 袈裟を殺された怒りで頭が真っ白になった渡は、涙を浮かべながら、ふらふらとした足取りで盛遠を追おうとした。

 だが、先ほど受けたダメージのためか、途中で倒れて気を失った。

 半狂乱になっている盛遠は、涙を流しながら、ヨシの生い茂る中を駆けた。袈裟の生首を抱えながら。

 摂津源氏家臣の青年遠藤盛遠は、袈裟御前を殺めて以来、この京都、いや、畿内から姿を消した。袈裟御前の首とともに。


   4


 上賀茂神社の斎院の開かずの間では、いつものように僧侶や神官らの秘密会議が行われていた。

 盛遠の一件をうけ、高野山の大阿闍梨は、うつむく頼政に、

「もう一人の救世主の導き手がついに現れたか。これも『未来記』の予言通り、か。頼政、これで本当に良かったのか?」

 淡々とした口調で問いかけた。

 低い声で頼政は、

「盛遠君がいなくなると少し寂しくなりますが、彼が八幡大菩薩の導き手に選ばれたとあらば仕方がありません。これも運命なのですから」

 と答えた。

「そうか。家臣との絆よりも、運命を取ったか」

「全ては末法濁世を終わらせるため。仕方がありません」

 頼政の覚悟を聞いた高野山大阿闍梨の式神は言う。

「お前の役目はもっと先。それまでお前には生きてもらわねばならぬ」

「はい......」

「遠藤盛遠の一件で忙しかろう。今日のところは、ここで解放してやる」

「ありがとうございます」

 そう言って頼政は開かずの間を立ち去った。

 頼政の頬からは涙が流れ、下に着ていた着物を濡らした。

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